面白いものが好きな彼の万事屋生活   作:エンカウント

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すみません。

そして、いつもありがとうございます。(人・∀・*)


クーリングオフ

 

その日は1日、疲れた日だった。そしてつまらない日でもあった。

 

しかしつまらないのは今日始まった事では無く、工場でバイトを始めた日からだった。

何故かと言えばその工場には活気が無く、更には働いている人が常に疲れているような目をしていた。

 

だから、空気を読んで静かに仕事をしていた。朝から晩まで。

 

そんな変わり映えのしない生活を何日も送ったせいで、退屈だ、退屈だと思い続けていた。

 

そして、このつまらないバイトが終わりを告げた今日。

さっさと家に帰って、さっさとご飯を食べ、さっさとお風呂に入った。

 

風呂から上がり、布団までやってきた彼には1つ予想している事がある。

 

それは、悪夢を見るかもしれない。という事だ。

 

そう。つまらないなぁと感じる日々を送れば送るほど、竹仁は何故か悪夢を見る確率が高くなるのだ。

1回だけだが、実験した事もある。

 

(まぁ、・・いいや。どうせこのままじゃまともに寝れないだろうし・・・、)

 

押入れの奥に手を伸ばす。

 

「あった。」

 

取り出したのは一振りの刀。

 

赤を基調としており、そこら辺にある刀よりも美しく装飾されたものだ。

しかしこれは美術品ではなく、ちゃんと戦いにも使える。

 

(懐かしい。)

 

刀を取りだしたのには理由がある。

 

ここ最近、浪人から幕府の人間まで、多くの者が餌食となっている事件が発生している。

その下手人は天人らしく、被害者のほとんどが刀を取られているために刀狩り、などと呼ばれている。

 

(刀狩りってアレ・・・明智・・、ん?・・・。まぁいっか。)

 

さてさて楽しい事をしよう。

 

それで思いついたのが下手人との殺し合い。

しかし、楽しい事をしたいなら定春をもふもふしに行けば良い話。彼がそれに気付くのは、朝、万事屋へ出勤した後だったが。

 

そんな事にも気付けぬまま、睡魔がへばりついているような感覚で彼は夜の江戸へと繰り出した。

 

 

 

 

・・・一時間後、彼は裏路地を歩いていた。

 

(いねぇぇ・・・。)

 

この広い江戸で、会う予定の無い人間と遭遇する確率は低いものだと想定できそうなはずだが、寝不足気味の彼は気付かない。

 

・・さっさと見つけて、生きるか死ぬかの楽しい戦いをする。生きられれば今日明日は良く眠れる。

死んだら、まぁ。それまで。楽しい最期を迎えられて良かったですね、だ。

 

どちらでもいいから、早く見つけて遊びたい。ひたすら速足で歩き続ける。

 

(はぁ・・・。)

 

路地を抜け、竹仁は辺りを見渡す。すると、橋の上に2つの影がある事に気付く。

 

そして、少し遠いため細かい部分までは見えないが2人とも武器を持っている。

 

(ん、あれだったりする?する?)

 

期待の芽がにょきにょき生えるのを抑えもせず、速度を緩めて近付いていく。向こうは気付かない。

 

ある程度近付いたところで、1人が吹き飛ばされ、倒れ込んだ。

 

違うなら良い。嘘言ってでもコイツと戦ってしまえ。

そう考え、竹仁は男に話しかける。

 

「こんばんわ、こんな夜に何してんだい?」

 

あっ自分もだ。

言った直後にそう気付く。こんな時間にぶらぶらと出歩く人間はそういない。

 

(まぁいいや。さて、どうでるかな?)

 

 

・・・、

 

男は何か考えているようで、しばしの静寂が流れた。

 

「・・・貴様、その腰の獲物は・・・。」

 

その言葉に、竹仁は心の中で悪い笑みを浮かべた。

心の中とは裏腹に、顔にはにっこり笑顔が浮かんでいる。

 

「これ?うん、これがどうかした?」

 

「・・小僧、ワシと勝負しろ。」

 

「うん。いいよ。」

 

竹仁はそう答え、ぽん、と柄に手を置く。

 

その瞬間、岩慶丸は素早く持っていた武器を構えた。

 

しかしその防御に意味などなく、男の脚は切り裂かれた。

岩慶丸は目を僅か見開き、背後を振り向く。

 

「・・・驚いたぞ。この鋼の肉体を切り裂くとは・・・、」

 

「へー、鋼かぁ。すごいね。玄武族?の特徴だっけ?」

 

「その通り。・・・ふふ、妖刀「星砕」。ようやく、見つけたぞ。」

 

その言葉に、竹仁の視線は自分の持つ刀と相手を何度か往復する。

 

「・・・・いや、コレ。そんな恐ろしい名前じゃないから。」

 

星を砕くなんて、そんな恐ろしい刀を持った覚えない。竹仁は苦笑する。

 

「ほう、そうか。だが関係無い。その刀、欲しいのは変わらぬ。」

 

追い求めてきた刀ではない。・・だが、岩慶丸は落胆する訳でも無く、笑ってみせた。

戦闘終了とはならずに済み、竹仁は喜んだ。

 

「あははは。――そりゃぁいい。」

 

一直線に駆け、刀を振り下ろす。それを薙刀で防ぐ岩慶丸。お互いの武器が交差する。

 

ドスリ。

 

「――ッ!?」

 

薙刀と刀が交差した次の瞬間にはもう、ナイフが男の左目に突き刺さっていた。

 

いつナイフを取り出した?その岩慶丸の疑問は、すぐに消えた。

刀を持つ側の、ひら、とはためいた袖の中。彼の腕には、ナイフホルスターがついていた。

 

「ちゃんと見ないと。」

 

注意するような声が聞こえた時、岩慶丸はすぐさま竹仁を蹴り飛ばした。

が、男の肩と足に、2本のナイフが突き刺さる。その上、左胸から左肩にかけて切り裂かれた。

 

「ッ・・・、」

 

(あぁ楽しい、楽しい、)

 

これ以上攻撃を食らってたまるか、と男は薙刀を振るう。

しかし、竹仁は刀で薙刀を地面に叩きつけ、そのまま横に向けて男の脚を切り裂く。

 

さて、そろそろ心臓か頭にでも一撃、と思ったが、彼は歩を進めずその場に留まった。

何もせず動きを止めた目の前の男に、岩慶丸は警戒した。

 

「・・もう時間だし、帰るわ。」

 

「・・・!」

 

目の前の男の言葉と視線で、岩慶丸は気付いた。複数人の走る音がすぐそこまで来ている事に。

 

 

「――お前らッ!そこで何してるッ!!」

 

「んじゃーねー。」

 

警察の姿が見えた、と同時に彼はその場から走り去る。

岩慶丸に刺さったままのナイフは・・・取ってる時間が無いので、諦めて置いていくしかない。

 

「待てェッ!!」

 

このまま走って家に帰りたいが、追いかけてくる警察(やつら)を撒かなければ帰れない。

 

速度を落とさぬように気を付けて走りながら、道から外れて人家の屋根や細い路地など次々に移動していく。

 

(・・あっ、猫だ。見た事ない。可愛い。)

 

明日明後日、まぁいつでもいいや、遊びに行こう。そう考えながら家を目指す。

 

警察のいる逆方向へ、逆方向へ。

 

 

 

「・・んしょっと。」

 

結構な距離を移動した後、乗っていた人家の屋根から降りて周囲を見渡す。

警察らしき人物は見当たらない事に安堵し、ゆっくり家を目指して歩き出す。

 

 

 

 

ただいまぁ。誰もいない静かな家に入り、疲れた声で挨拶をする。

当然返事はない。

 

自分の部屋に直行し、布団の上に座って壁に凭れ掛かる。

 

そのまま、ボーッと壁の写真を眺めた。・・時計を見た。・・・・本棚を、見・・・・

 

 

(・・・・、・・ん?)

 

 

ちゅんちゅん、ぴぃぴぃ。

 

覚醒してから少し経ち、彼は現在の状況を理解し始めた。

いつの間にか雀が外で鳴いていて、窓から優しく朝日が入り込んでいる。

 

「・・・あぁ。朝か・・・。」

 

 

今日は特に予定もないので。彼はのそのそと出勤準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

久しく体験していない眠りから目覚めた後、竹仁はまだ朝と呼んでも問題ない時間に出勤し、ソファの上で寝ていた。

 

と言っても、仰向けになって本を顔に乗せているだけだが。

実際は起きている。その証拠に定春を撫でる手は全く止まる気配が無い。

 

だから、テレビから流れて来る音も、神楽が電話をする声も、全部聞いていた。

 

『――十二回払い、月々たったこれだけで夢のボディーが手に入っちゃうんだから~!』

 

(運動と健康的な食事、じゃダメなのかな・・・。)

 

「ワウッ。」

 

(・・そう。)

 

彼自身、最近定春との会話が成立している事に少々驚き始めている。

 

(・・・まぁ、神楽は女の子だからね・・・。)

 

「ワンッ。」

 

キレイなものや可愛いものが好きだったり。体型を気にしたり。

女性は、いくら歳を重ねても女性だ、と。教えられたその時は、何を言ってるんだこの人?としか思わなかった。

 

(・・・今なら分かるかもなぁ。)

 

「クゥン・・。」

 

悲しそうに小さく鳴く定春に、竹仁はすごいなぁと感心する。

会話してるかもしれない。という事もだが、動物には自分たちの感情が伝わる。それは本当だったんだな、と。

 

(・・・。でも定春はガチのエスパータイプ・・・。)

 

「ワンッ。」

 

この会話?が竹仁にとって楽しい反面、ちょっと恐いなぁ、と思う事がある。

それは、突然定春が人語を話したりなんてしたら・・・

 

どうしよう?そう思ったと同時に、その思考を吹き飛ばすような平手打ちが頭部にスパァンッ、と決まった。

顔に乗せていた本は落ちるし、痛いし。竹仁はイラッとしたので叩いてきた人間を睨みつけた。

 

「ってぇなー、なんだよ。」

 

「呑気に寝てねーで止めろや!!」

 

怒る銀時が指差すのは、神楽。

テレビショッピングで買い物しまくっていたの止めろやクソ野郎寝てんじゃねぇ。

 

そういう事だな。終始起きていた竹仁はすぐに理解する。

 

「いや寝てねーし。お前らが出掛ける前からずっと起きてましたー。」

 

「なら尚更止めろよ!!」

 

「あのなぁ。人間ダメって言われた事ほどやりたくなるだろ?」

 

後でその欲求が大爆発するぐらいなら、今ここでテレビショッピングとはどんなものか、知った方が良いんじゃないかなぁと思ったり、定春をなでなでしてたいし、別にいいかなぁとか思ってたり。

後者は口にしない方が身の為なので、絶対に言わない。

 

「だからって最初から何もしない奴があるかァ!」

 

「いーだろクーリングオフ出来んだから!良かったな。」

 

「あぁ。お前が説明とか面倒臭がらなきゃもっと良かったんだがな。」

 

その嫌味に竹仁は、寝てますとばかりに目を閉じて思い切り無視。

はぁぁあ。呆れたような、銀時のデカい溜息が耳に入る。

 

「・・神楽。スグ返してこい、今ならまだ間に合うからよ。」

 

「おいおい冗談きついぜジョニー。」

 

「誰がジョニーだ!!」

 

完全にテレビに影響されてしまっている神楽にツッコミを入れ、銀時は床に置いてある商品を拾い始めた。

 

「・・あの寝坊助野郎は使い物にならねーからな。手伝え新八、全部返しに行くぞ。」

 

「ハーイ。」

 

この商品達を返さなければ、とんでもない請求が万事屋に来る。

ただでさえ日々の生活が大変である率が高いというのに。

 

だが、欲しくて購入したものを返品されてしまうのは、買った本人からすればやめてほしい事だろう。

 

「や~め~ろ~や~ジョニー!マクスウェル!」

 

その言葉は無情にも却下されてしまう。日々カツカツの万事屋で、無駄遣いは自殺行為に近いのだ。

 

銀時と新八、2人は多くの商品を抱え、再び出掛けて行った。

 

「っんだよチキショー!!あたいがダブルバーガーになってもいいってのかよォ!!」

 

商品を返しに行く2人の背中を最後まで見届け、神楽は居間のソファにダイブした。

 

「神楽大丈夫。ダブルバーガーになんてならないよ。」

 

そんな豪勢な食事する金、ここにある訳無いじゃん。

目を閉じたまま、現実を告げる。

 

「・・・。」

 

定春をもっこもっこと触り続ける間も目を閉じたままの竹仁を、神楽は不満いっぱいに見つめた。

 

しかし 効果は 無かった。

 

仕方なく立てかけてあった木刀を手にし、神楽は玄関に向かう。

すると、定春と竹仁が後ろからトコトコついてくる。

 

「神楽、どこ行くの?・・持ち主ボッコボコ大作戦決行?」

 

「しねーヨ。・・コレ、売ってくるアル。」

 

まぁー悪い子。

そう言った男の頭を、神楽は木刀で軽く殴った。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

もこもこ。定春のほっぺたを触りながら、竹仁は神楽と一緒に鑑定結果を待っていた。

神楽と定春についていった理由としては木刀に値段を付けてくれる店があるのか、興味が湧いたからだ。

 

(あったら怖いな。ソレ通販物だし。)

 

「・・・きったねー木刀だなぁ。それになんかコレ、カレー臭くない?え?コレ買い取れって言うの?」

 

店主から返ってきたのは、当然と言えば当然の言葉だった。

 

なんとなく、このまま引き下がるのもつまんないなぁと思い、竹仁はバッグから何かを取り出す。

 

「・・今ならこの良く分かんない金属片を付けて30000円で売ってやる。喜べや。」

 

「何でアンタが偉そうに値段決めてんだよ!それに高すぎるだろーが!!」

 

「じゃあ割引して20000、」

 

「高ぇって!それに、こりゃウチじゃ引き取れねーよ。・・そっちの生き物なら買っても」

 

ズゴッ。

店主の後ろの壁に金属片が突き刺さった。

顔を青ざめさせた店主とは裏腹に、投げた張本人は特に何か言うでもなく神楽達の方を見た。

 

「だってさ。どうする?」

 

「しょーがないネ、他当たるヨ。」

 

「ワンッ。」

 

木刀を店主から受け取り、全員店を後にした。

 

 

2軒目。

 

「くさっ!なんかカレー臭いよコレ。それに洞爺湖ってコレ土産物じゃないかィ?いらんよ、こんなの。」

 

「はぁ。そっすか。」

 

駄目だった。

 

 

3軒目。

 

「俺はなァカレー嫌いなんだよ。ハヤシライスは好きだけどな。」

 

「知らねーよシチュー食ってろ。」

 

店主の極めて個人的な理由で買い取り拒否を食らった。

 

 

4軒目。

 

「これは買い取れないけど~、お嬢ちゃんなら買っ」

 

――ドゴァッ!!

不穏な言葉を高速で遮り、竹仁の拳が男の顔面に突き刺さる。

 

首が折れんばかりの一撃を食らった男は、ゴガシャァ、と轟音を立てて店の壁すらぶち壊し向かいの建物にめり込んだ。当然顔面は悲惨な事になっている。が、彼らの知った事では無い。

 

竹仁は何事も無かったかのように手を掃い、神楽の方へと視線をやる。

 

「残念だけど、そろそろ帰る?どこも買ってくれなさそうだし・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・?おーい?」

 

声を掛ける竹仁を無視して、神楽は木刀を持ったままどこかへと歩いていく。

 

 

「・・おーい。」

 

定春と共に神楽の後ろについて歩き、もう1度声を掛けるがやっぱり返事はない。

 

その後は無言で、ついてゆく。

 

 

 

すると、橋の真ん中で欄干の方を向いたまま、神楽は立ち止まった。竹仁も同じように止まった。

そして。神楽は木刀を持った手を振り上げ・・・

 

「・・なんで誰も買ってくれないアルかぁ!!この役立たずがァァッ!!」

 

ゴシャッ、ドガッ。

橋の解体工事が始まってしまった。

 

(粉々だぁ。すごい、怒りがすごい。)

 

彼女がこれ程までに怒ってしまうのは、当然と言えば当然。

ネットショッピングで買った物は全て返却されてしまったし、売る為に持ち出した銀時の木刀はどこも買い取ってくれない。

 

「大体ロクに給料も貰えねーってのによォォ!どうやってほしいモノ手に入れろゆーかアン!?」

 

そもそも、給料が無いから。何にも買えない。

 

ガッ、ゴシャッ。凄い勢いで橋が削られていく。

 

(橋じゃなくて本人殴らないのかな。)

 

それをしない辺り、彼らのお人好しさが見て取れる。

一般的な会社だったら、既にブタ箱の中だ。それなのに万事屋の社長は毎日気の向くまま、自堕落に生きている。

 

(明日生ゴミの日だよな・・。よし。)

 

何かを決心し、竹仁は未だに橋を攻撃し続けている神楽に声を掛ける。

このまま橋を破壊してしまえば、市民生活に支障が出るからだ。

 

「おーい、かぐら」

 

ッゴシャァアッ!!

「「きゃああああ!」」

 

声を掛けるも既に遅く、本当に真っ二つになってしまった橋にすごいなぁと感心するけれど。

もう1度、今度は歩きながら神楽に声を掛ける。

 

「神楽ー。」

 

 

「・・・気、済んだ?・・帰ろ?」

 

よいせ、と隣にしゃがみ、顔を少しのぞき込む。

 

「・・・・帰るに、帰れないヨ。」

 

「?・・・あぁ。プリン勝手に食べたとか?」

 

「ちげーヨそれはお前ダロ。」

 

その指摘に笑顔のまま横へと逸れる視線。

神楽は呆れ、溜息をつく。

 

「・・大事にしてた物、勝手に持ち出しちゃったから。きっと怒ってるアル。」

 

少し悲しそうな神楽のその言葉に、ちょっとばかりキョトンとした後、彼は困ったように笑った。

 

「そういう事かぁ・・。」

 

その時。橋向こうから何かが、武器を持って飛びかかってくるのを、彼女は見た。

 

「・・・!」

 

「神楽。大丈夫、」

 

竹仁が神楽の手から、木刀を貰い受ける。

 

ギィンッ、

そして瞬間的に振り向き、攻撃を防いだ。

襲い掛かってきた男を見て、彼は笑う。

 

「コレは立派な通販物です。」

 

竹仁は見た事がある。前に、銀時が通販で木刀を購入しているところを。

だから、こだわりはある、のかもしれないが替えの効くものなので世界に1本だけだー、とかそんな大事なものではない。

 

安心してくれると嬉しいなぁ、と考えたところで、男を押し返そうと彼は片足を前に出したが。

 

「あれ?」

 

そこに足場が無い。

 

理由は先程、神楽が破壊したから。

 

・・・・この短時間ですっかり失念していた事実に、竹仁は頭が一瞬真っ白になった。

 

憂いを帯びた神楽の声が、彼の耳に届く。

 

「アホかヨ。」

 

(多分そうだッ!)

その言葉が声に出る事は無く、岩慶丸と竹仁は一緒に川へと落ちていく。

 

バッシャーンッ!

 

下が川とはいえ、痛いものは痛い。しかも深くはないので身体のどこかしらが川底にぶつかるわけで。

 

「いったぁ・・。」

 

身体が痛むが、寝ているわけにはいかない。取りあえず、上体を起こす。

 

「まさかここで再び出会う事になろうとはな。」

 

「嬉しくねぇ・・・。」

 

「今度こそ見つけたぞ。その木刀、まさに「星砕」にふさわしき威力。」

 

(コントか?通販物ってさっき目の前で言ったはず・・・。)

 

だが竹仁にとって、岩慶丸がコレを通販物だと思おうが思わまいがどちらでも構わなかった。

 

木刀をしっかりと握り込み、立ち上がる。

 

「・・・あの刀も手に入れたかったが、まぁ、いい。」

 

「はぁ。タフだねぇじーさん・・・。」

 

片目を失明させ、脚やら上半身に傷をつけた後だというのにその木刀を寄越せ、など。

 

というか、それよりも彼には一つ気になっている事がある。

さっきから右目の上から下へ何かが流れてってるのだ。

 

ただの水とは違う感覚に、べちょ、と手のひらを当てる。すると、痛みが増した上に、水で少し薄まった血が付いた。川に落ちた際、出来た傷だろう事は分かり切った事。

 

しかし幾ら血が出ているとはいえ、元気に活動できれば特に問題はない。

 

「・・・さて。」

 

水と血で濡れ、纏わりつく髪を横や後ろに視界の邪魔にならないように流し。

鬱陶しさが幾分か消えたところで、手にした木刀を掲げた。

 

 

「――なァにしてくれんだクソジジィイイッ!!」

 

怒りのままに、思い切り斬りかかる。

ガギィイッ!

 

当然、ただの大振りでは防がれる。だが、彼の目的は眼前の男を倒す事ではない。ストレス発散だ。

 

「(頭ぶつけたせいで)馬鹿になったらどーしてくれんだッ!!」

 

ギィンッ!!

もう一撃。これもやはり防がれる。

 

「なんか血ィ出てるし痛いし服だって洗濯しなきゃいけねーしィイッ!!」

 

ガィンッ!

 

「えーっと・・・、なんか動き辛いしさァアア!!!」

 

少し考えるように動きを緩めた後、すぐ木刀を振るう。

 

その一撃は、下からくる。岩慶丸は防御態勢をとったが、衝撃は一切来ない。

何故なら、竹仁が木刀を今までのように振るわず、上に向かって投げたからだ。

 

「・・ッ!!」

 

全身で危険を感じ取った岩慶丸は、反射的に横へと跳んだ。

 

――ドバッシャァンッ!!

跳んだ直後に聞こえた音は、人間の腕力で出せる音ではない。

それもそのはず、その攻撃を仕掛けたのは神楽だからだ。

 

しかし、岩慶丸が彼女に攻撃を仕掛ける暇も、感心してる暇もない。

 

「とうっ。」

 

避けてすぐの所を狙った竹仁のローキックが、ゴスッ、と音をたてて決まる。

ロクに防ぐこともできず、まともに食らっただろう事が男の表情からも良く分かる。

 

「っぐ、」

 

岩慶丸は壁側へと飛ばされ、その場に膝をついた。

 

しかし2人がそれ以上追撃することは無く、竹仁は男を見つめたまま神楽から木刀を受け取る。

その様子を見ていた岩慶丸は、膝をついたまま苦笑した。

 

「・・・ふっ、面白い。」

 

「うん?あぁ。うん、面白れぇよね。」

 

「ホントアル。」

 

ガブ。

 

神楽が頷くと同時に、岩慶丸の頭に痛みが走る。

背後から定春が頭部に噛みついたのだ。銀時に噛みつく時と同じように。

 

「ッ!!」

 

岩慶丸はすぐに定春に向かって薙刀を振るおうとする。

 

「その子可愛いだろ?定春って言うんだよねぇ。」

 

しかしその薙刀に足を乗せられ、動かせない。と同時に、木刀が首元に当てられる。

 

 

だが、岩慶丸とて武者修行を長い年月続けてきた男。素直に降伏する者ではない。

 

空いている右手で木刀を掴む。その時の岩慶丸の目には、僅かに驚いたような表情をした竹仁が映り。

その瞬間に、チャンスだ、と思ってしまった。チャンスな訳が無かったのに。

 

 

相手の体勢を崩す為、岩慶丸は掴んだ木刀を捻るようにして引っ張った。すると、木刀は抵抗もなく竹仁の手から離れた。

 

それは別に岩慶丸の力が強かったとか、奪い方が上手かった訳ではない。

ただ単に彼が離しただけ。

 

一切ない抵抗に男が驚いた隙に、竹仁はその場にしゃがみ込んだ。

 

そして彼の背後から姿を現した、小さな少女。

それがこの戦いで岩慶丸の見た最後の映像となった。

 

「ッうらァアアッ!!」

 

ドゴァッ!

 

どれだけ刃の効かぬ皮膚を持っていたとしても衝撃に強いとは限らない。

事実、神楽の渾身の一撃で岩慶丸は気絶した。

 

「ワンワンッ。」

 

気絶して動かない男にガブガブと噛みつく定春を宥めるように撫でる。

 

「食べちゃダメだぞ定春~。」

 

そして、流血したまま町を歩く訳にもいかないので。

川の水で血を簡単に洗い流して、バッグから出したびちょびちょの手ぬぐいを絞り血が出ている額に巻き付ける。

 

「でもコイツどーするアルか?」

 

「ほっとけほっとけ。」

 

そう言い、神楽の手を掴んで僅か傾斜になっている川の壁を上った。

 

「・・じゃ、今日は帰るね。木刀、銀時(アイツ)に返してやりなよ。」

 

「ウン。分かってるヨ。」

 

「ワンッ。」

 

2人とも、笑顔でサムズアップ。意思疎通はしっかりと成された。

恐らく定春も、何をするかなんとなく分かっているのだろう。

 

「じゃーね、気を付けて帰るんだよー。」

 

「オウ!」

 

「ワンッ!」

 

手を振り合った後お互い背を向け、帰路についた。

 

 

次の日。

万事屋には折れた木刀が転がり、顔に湿布を貼った主がいたという。

 

 




「どーだ神楽の一撃は!」
「やっぱテメーかコノヤロォォォ!!!」

ぎゃーぎゃー。

「・・・何があったの?」
「計画的犯行があっただけアル。」

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