こんなキャラ居てもおもしろそう。
って思って書きました。
「りゅう・いーらい?」
「リュー・イーライ。世間知らずのお前でも名前くらいは知ってんだろ」
「馬鹿にしないで、勿論知ってるわ。あれでしょ?裸で戦うあの人でしょ?」
「夜凪さん、その言い方だと古代オリンピックみたいだよ」
喧嘩越しに会話をする男と女と女。喫茶店に居た他の客は、遠巻きにその様子を眺めていた。
男の方はどこか野生的な魅力を放つ、悪く言えばガサツそうな雰囲気を醸し出していた。
髭や顔の皺から、三十路を超えたくらいか。
名を黒山墨字。世界に通用するほどの実力を持つ、日本では無名の映画監督だ。
そして、二人の女の方は。
綺麗な烏羽の長髪。繊細なステンドグラスを嵌め込んだかのような瞳。顔つきも整い、女優と言われても頷ける程の美少女だった。
否、正に今現在女優を目指す俳優の卵、女子高生夜凪景。
そして隣に座っているのは、百城千世子。
芸能事務所スターズの若手トップ女優にして天使の異名を持つ天才。
残念ながら今は変装をしているため、そのご尊顔を拝むことは出来ないが。もし今そのマスクを外せば、この喫茶店は混沌の坩堝と化すだろう。
閑話休題。
そんな俳優関係ではトップを征く二人から投げかけられた話題に、夜凪は眉を潜ませた。
「今話題の映画、『ホワイト・ファング』の主演、リュー・イーライ。そいつが、日本に来てる」
「そうなの」
「で、今こっちに向かってる」
「そうなの」
「そいつと、カンフーで戦って貰う」
「死ぬの?」
寧ろ殺すよ?
自分の所属事務所の最も偉い人に対するものとは到底思えない台詞だが、夜凪は一切後悔をしなかった。
話が突拍子が無さすぎで意味が解らない。
「流石に話が突然過ぎるよ」
「そうか?…つーかなんでお前いんの?」
「暇だったから」
「んなわけねぇだろ。俳優舐めんな」
「実は、劉くんとは知り合いなんだよね」
「…あ?共演した映画なんてあったか?」
黒山の脳内を一瞬で様々な映画が駆け巡る。
数多くの作品に駄目出しをつける黒山だが、作品自体を見ずに貶すことは断じてない。
それが彼のポリシーだからだ。
「ううん。昔ウォン爺さんがうちの事務所に
「あーなるほど。あのスケベ爺に何かされなかったか?」
「大丈夫。劉くんが助けてくれた」
はにかむ千世子に、こいつもしやと思うが、直ぐに無いと翻す。三度の飯より演劇が好きなこいつがそんなことに現を抜かす筈も無い。それよりも。
「そういう縁なら納得だ。あの爺だからな」
「どういうこと?」
状況を飲み込めない夜凪へ説明する為に、黒山は口を開いた。
その瞬間、である。
バリーン、ドンガラガッシャーーン!!
『キャーーー!!!』
喫茶店の入り口にある板ガラスが、凄まじい音と共に粉砕され、人一人が吹っ飛んできた。
その人物、黒服の青年は膨大な運動エネルギーを床に叩きつけ、店内の机を幾つも薙ぎ倒し、漸く停止した。倒れ伏し、ピクリとも動かない。
「え、なになに!?」
「…あー」
「来たね」
店員や他の客同様混乱に陥る夜凪を放って、ガリガリと頭をかく黒山と、にこりと微笑む百城。
取り敢えず事情を知ってそうな二人に聞こうとすると。またもや大きな音、否。声で遮られた。
「クソッタレ!」
倒れていた青年が一瞬で起き上がり、ぱんぱんと服に付いた粉々のガラスを払う。ダンプカーで跳ねられたかのような衝撃を食らったというのにぴんぴんしていた。
そして直ぐさま周りを見渡し、びびったまま硬直している店員や客を一人ひとり観察している。どうやら怪我の有無を確認しているようだ。
「おいジジイ!テメェ危ねぇだろうが、一般人がケガしたらどうすんだ!?天下のウォン監督がケーサツの世話になるってか!」
「ばかもんが。この儂がそんな凡ミスするか。ちゃんと他に被害いかんよう調整してお前さんをぶっ飛ばしたんじゃ。そんな事くらいわかっとろーが」
「チッ」
いつのまにか、本当にいつのまにか目の前に居た。背丈は青年の半分より小さいくらい。だというのに、会話を聞くに、これで人一人を吹き飛ばしたというのか。それも手加減して。
なんだがすっかり世界観が変わってしまったような錯覚に陥ってしまった。そんな風にフリーズした夜凪を放って、黒山が奇妙な二人組に話しかける。
「久しぶりだな、劉」
「あ?…あー!スミジか!イヤー良かった良かった。待ち合わせが分かんなくて迷ってたんだよ!」
「じゃからこうして跳んだほうがはやいというのに、お前さんがちゃんとコーツーキカンを使えというから遅れたんじゃ」
「誰もがテメェみたいに縮地使えると思うなバカ野郎。そもそも予定通りだったらちゃんと間に合ってたんだ。誰かさんがオンナの尻追いかけてフラフラしたりしなかったらな!」
ギャーギャーと騒ぎ出す二人に、今度は百城が話しかけた。
「久しぶり、劉くん」
「あ?誰だお前…あ、チヨコか!あーうん、ヒサシブリだな。ツモル話もあるだろーが、後にしてくれ。取り敢えずこのクソジジイをいい加減地獄に叩き込んでやる」
「できもせんことを抜けしゃあしゃあと。あれか?女の前じゃからカッコつけとんのか?おうおう、童貞は必死じゃなぁ!?」
「ドーテーカンケーねぇだろーが!」
「ほれ、いいからかかってこい」
「…行くぜ」
二人が構えた。
すっと手を翳し腰を落す。正に映画で見る中華拳法そのものである。それだけで先程までざわついていた空気がシン、と沈む。
誰に言われるでもなく。ただ自然と目が離せない。人としての本能が、惹かれるのだ。
少しずつ熱を帯びていく。二人の間に心なしか陽炎すら見え出した。
人間が人間である以前から持つ闘争本能。
それが刺激されたのか、沈黙だけがその場を支配した。誰もが彼らに注目している。
「ハッ」
「フッ」
『!?』
短く息を吐く声がしたかと思うと、二人は瞬きの間に間合いを詰めていた。
青年の蹴りが繰り出されたと同時に老人が躱す。老人が前に出たと思ったら、既に回避が終わっている。
鏡合わせのようにピッタリとした動作。
その様に、百城は知らず知らず冷や汗を流した。一切の打ち合わせもせず、今目の前で世界最高峰の殺陣が行われている。
いや、勿論本人らは真剣勝負なのだが。自分には出来るのか、と役者魂が囁いていた。
「アイヤっ!!」
唐突に放たれた青年の後ろ蹴りが、喫茶店の椅子を宙に浮かす。それを、見もせずにキャッチし、意のままに操る。
対する老人は、あろうことかその場に落ちていた箸を持っている。
香港系アクション映画でみる「店内の小道具を使っての戦い」だ。
目の前に来た椅子に、絶妙なタイミングで座る。そして青年の攻撃を全て箸で捌く老人。
痺れを切らした青年が両足で跳び、椅子を蹴り砕くと。
「ほいやっ」
「グッ!」
空中を舞っていた椅子の足をキャッチし、そのまま青年の頭目掛けリリース!
バコン!
見事脳天にぶち当てられたのか、そのままバタンと倒れる青年。
「修行が足りんノォ」
言って、そのまま観客に一礼。
一拍おき。
『おおぉぉぉぉ!!!』
店員、客、そして店外から眺めていたオーディエンスによる万雷の拍手が巻き起こった。
自然と自分も拍手をしていた夜凪は気付く。
これもまた「俳優」の一種ではないか?ジャンルが違うと言ってしまえばそれまでだ。
だが人を魅せるといったことでは違いない。
アクションとは、現代社会においても必ず一定の需要がある一大ジャンルである。
そして剣や銃を使わずに行われるカンフー。
古来から人を魅せてやまない、アクションの一つと言える。
「どうだ夜凪。こいつが、今を代表する若手俳優の一人、リュー・イーライだ」
夜凪は倒れている劉にげし、と足を乗せる黒山。未だ白目を剥いて気絶している劉の頰をつんつんしている百城を眺め。
最後に、当の本人を観察しながら、いつかみた彼のドキュメンタリー番組を思い出す。
『リュー・イーライ。
彼は自分以外を演じることを不得手とする。
そして、それを改善することは無いという。
彼は、彼自身で人々を魅せるのだ。
そのあり方は、さながら一匹の龍の様だ』
リュー・イーライ 18歳
香港系の父と日本人の母を持つ。
幼少期からずっと香港の中華街で暮らし、やんちゃばかり。地元でも超有名な不良少年だった。
名監督ウォン・リロッドの眼に止まり、強制的に功夫を習う。当時は嫌々で仕方なく、道場から逃げ出すこともしばしば。その都度きつい拳骨を喰らい、日々喧嘩三昧だった。
直情的で嘘をつけない、一見俳優には向いていないように感じるが、兎に角「魅せる喧嘩」が上手い。つまり格好良く戦う。
デビュー作たる「炎の刻印」は社会現象になるほど。その後も数々のヒット作を出し、その名を轟かせた。
ウォン爺
人外。
生身で縮地したりする系ジジイ。
たぶん150歳。世間的にはアクション映画の父と言われている。
自らの手で育てた弟子に武術で殺されることを生涯の幕引きと決めている。たぶん。
劉のイメージ元はジャッキー・チェン。
今まで見なかった俳優目指す系ジャンプ漫画と、ジャッキー好きが作者の中で融合されて気づけば書いていた。最近なんかジャッキーディスられてるけど作者はめちゃくちゃ好きです。
一番好きな映画は「プロジェクトA」。
冒頭の酒場での大げんかとか、ほんと好き。
素早くカッコ良いカンフーと、絶妙なコメディがバランスよく、傑作映画だと確信してます。
興味あったら是非。