「目が覚めたか」
男の声が響く
「ここは…?」
見知らぬ景色、謎の男、なぜ私はこんな所に__
「ここは貴様らの言う“異世界”と呼ばれる場所、さあ、貴様の力を見せてもらおうか」
その言葉を言い終える前に男の足が眼前に迫った。私の意識を刈り取るのに十分すぎたその蹴りを受け、再び意識は深い闇に落ちていく
*
「また失敗か、ユニークスキルも身につけていない不完全なゴミを召喚してしまった」
男は淡々と、誰に言うでもなく言葉を吐いた
「もう貴様に用はない、せいぜい生き延びることだな」
男は返事をするはずもない意識を失ったままの少女にそう言葉を浴びせ、そのままどこかへと去っていった
*
夢を見ていた
幸せな夢。父と母と三人で笑顔で暮らす夢
しかしそれは夢。いまは決してありえるはずのない夢
再び目を覚ました少女はただ涙を流し
「たすけて」
と聞くものもいないこの場所でそう呟くしかなかった
自分が辿るであろう未来を予見した彼女はただそうするしか出来なかった
光の届かない森の中、獣の声の響く闇の中、彼女はただそうするしか出来なかった
激しい痛みに顔を顰め、叫びたい気持ちを抑えながら、少女は歩きはじめる
自分がどこにいるのかも、何が起きたのかもわからないまま。歩く先に何があるのかもわからないまま
その時遠くでなにか大きなものが落ちる音がした
音を頼りに、折れかけていた心を奮い立たせ、さらに少女は歩を進める
その先に何があるのか、彼女は知らない
ただ何もせずに朽ちるならと、彼女は歩き続ける
死を覚悟し、生きることを諦めず、絶望に打ちひしがれ、希望を捨てることなく
異世界から召喚されてしまった”鈴谷 伊吹(スズヤ イブキ)“という名の少女は、暗い森を進んでいく
一縷の希望に縋るように、孤独と不安を遮るように__
*
世界を渡り、生への執着を見せた彼女は力を得る
遅れて力に目覚めたのは僥倖であったか
得た力は『幻惑者(マドウモノ)』
異世界に迷い込み、深い森を彷徨い歩く彼女に目覚めたのは惑わす力
《ユニークスキル『幻惑者』を使用しますか? YES/NO》
謎の言葉に耳を傾け、彼女は念じる
YESと
彼女には変化が分からない、理解するつもりもない、しかしその権能は、ただの深い森を、脱出不可能の迷宮につくりかえてしまった
彼女が念じれば普通の森に戻るだろう、だが彼女は力の使い方を知らない
あらゆる生物を飲み込んだ迷宮は、少女の力に、願いに呼応して領域を広げる
助けを求め、出会いを求める少女の思いとは裏腹に、彼女が発した力は迷いの領域をより広大に、より複雑に作りかえていく
ただ助けを求めて彼女は強く願う、絶望的な状況になることも知らぬまま