名も無き星の物語   作:水晶水

1 / 3
 故あって、十年以上前に作ってた一次創作作品を、自己リメイクすることにしました。読んでくださればありがたいです。


第一章 -魔の再来-
Prologue -始まりの予兆-


「何だか、風が騒がしいわね」

 

 開かれた窓から夜空を覗き、その身に晒される風を浴びて、少女は独り口を開いた。豪華な調度品で彩られた、広すぎるほどに広い部屋に、彼女以外の人間の姿は無く、静寂の中にその鈴が鳴るような声は溶けていく。

 

「そうは思わない? アストライア」

『うんうん、アダーラちゃんも感じてるみたいね』

 

 しかし、誰もいないはずの空間に少女──アダーラが語りかけると、虚空に響くように、快活な女性の声が空気を震わせた。幾分かアダーラよりも幼さを感じさせる声は、彼女の言葉に肯定の意を示す。

 

「最近、鉱山や森の方では野生動物が凶暴化していると聞くし……」

 

 街を歩けば十人中十人が振り返る美貌に陰を落として、アダーラは自身の住まう地で起きる、ある種の前兆のようなものに対して、ぽつりと不安を零した。そんな彼女が思い出すのは、己が父より聞いている、領民からの嘆願書の内容である。

 聞けば、凶暴化した獣が人里へと降り、民草を襲うということが度々起きているとのことだ。領民からの信頼も厚く、また、自らも領民を想い、力を研ぎ澄まさせてきたアダーラとしては、──勿論、領主たる彼女の父も同様に──そのことに心を痛めるのも必然であった。

 

「これって、やっぱり……」

『……可能性は高いと思う』

 

 それに重ねて、アダーラとアストライアには更に不安を感じる要因があった。原生生物の凶暴化。その根源的な原因について心当たりがあるからだ。十数年来の付き合いである二人──否、一人と一柱は、先程までの声色を潜めて、最低限の意味を込めた短い言葉で通じ合う。

 

『アダーラちゃん……』

「大丈夫。ずっと前から、覚悟はちゃんと決めてるから」

 

 気遣うようなアストライアの声に被せて、アダーラは強く宣言した。まるで自分にも言い聞かせるような声色で、彼女は自身に課せられた宿命に対する覚悟を見せる。

 それは一族に課せられた宿命。かつて神より授かりし、無双の力を得た代償だ。

 

「魔族がまた人界(ヒュノム)に侵攻してくるなら……私が必ず食い止めてみせる」

 

 揺らぐ蒼玉(サファイア)で天を見上げ、アダーラは拳を握りしめる。硬く結ばれたそれからは、美しき蒼炎が揺らめいていた。

 

 此より綴られるは、名も無き星に産まれた戦士たちの物語。神の名代として神の炎を振るい、人の世を蝕まんとする魔を祓う者たちの物語だ。

 この星に存在する三つの世界を巻き込んだ闘争が、今この瞬間、徐に幕を上げた。




【ColumnI】-三界大戦-
 千年以上前に起きた、世界最大規模の戦争のこと。大戦中の五年という期間で、多くの逸話が生まれ、多くの者が散っていった。
 中でも有名なのは、“神憑き”の一族の話で、これは今でも多くの人々に愛される御伽噺になっている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。