名も無き星の物語   作:水晶水

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 このあたりはまだ記憶にあるけど、もう展開が変わった。


A.聖地ホーリディア

「おい坊主! そろそろ着くぞ!」

「ん……おぉ、アレが例の」

 

 雲一つ見当たらない空の下、ガレオン船から身を乗り出している青年が一人。目鼻立ちは整い、まだ幼さを少しばかり残しつつも、既に大人の仲間入りを果たしている彼は、波立ち、蒼海が船底を叩く音に耳を傾けていると、自らを呼ぶ野太い声に反応して、徐にその声の方へと顔を向ける。

 そうすると、船首から顔を覗かせる大きな島を視界に捉え、青年は惚けていた顔に楽し気な色を乗せた。長い長い船旅も終わりの時が近い。

 

 

 

 

 

 貿易船が寄港し、青年は木製のタラップが架けられた船から港へ降りる。未だに足元が揺れているような感覚に襲われつつも、一つ、気持ちを入れ替えるように、大きく伸びをしながら深呼吸をした。

 

「此処がホーリディアか……」

「そう、此処こそが聖地ホーリディアさ」

 

 そんな青年に、これから大いに役目を果たすであろう大荷物を背負った男が話しかける。彼はここまで青年と同行してきた大陸の商人で、独り言を拾うように繋げられた言葉は、青年も此処に来るまでに幾度も耳にしたものだった。

 

「なるほど、言うだけのことはあるな」

 

 事前知識と照らし合わせるように、青年はきょろきょろと人が溢れ返る港を見回す。海の方へと目を向ければ、自分たちが乗ってきた船と同じ規模のものがずらりと立ち並ぶ、壮観な風景に感嘆の息を漏らした。今も船の側で積み荷を降ろす船員や、声を張り上げる漁師の姿を、其処彼処で見ることができる。

 当然、それだけではなく、青年のような身軽な旅人や、青年の側に立っているような商人、華美な衣装で身を包んだ貴族やその付き人など、そこには様々な人間の姿が見受けられた。忙しなく交わる人波は、この街の活気を象徴付けるものだ。

 

「さて、じゃあ俺はもう行くぜ」

「あぁ、ここまで助かったよ」

 

 青年の観察が終わるタイミングを見計らって、商人の男は一声かけてからその場を立ち去っていった。その気分は軽い足取りに表れていて、数秒もしない内に雑踏の中の一人へと消えていく。それを見送ってから、青年は今一度街の方へと目を向けた。

 

「聖地、ねぇ……」

 

 ホーリディア(此処)へと案内してもらう代わりに、道中護衛をしていた商人とも別れ、再び一人となった青年──ムリフェインは遠くに見える市壁をぼんやりと眺めながら、言葉を空気に溶かしていく。そこの込められていたのは長き旅路の末に目的地に辿り着けた達成感か、或いは、幾度も耳にした聖地という言葉に対する疑問か。

 

 ホーリディアとは、大陸に首都を置くリヴェラ王国が領土とする絶海の孤島のことだ。本来であれば、人が住み着き、斯様に、それこそ王都と遜色ないほどに発展するような立地ではないものの、様々な要因によって発展を遂げていた。

 まず第一に、この地でしか採れず、なおかつ、非常に有用性が高い鉱物──メテオライトが採掘されていることが挙げられる。それを精錬したものは強度と加工性において、他の金属よりも遥かに優れた金属となり、それを用いて作られた武具は武人のみならず、菟集家(コレクター)からの人気も根強い。他にも、大陸とは異なる特殊な土地柄故に、王国では見られない珍しい物が多く産出されているのもあって、ホーリディアは王国きっての貿易都市として発展してきたのである。

 

「おっと」

 

 馬が嘶く音を聞き、ムリフェインは慌てて道の真ん中から飛び退く。間もなくして通るのは、肌の白い偉丈夫たちを乗せた馬車の大行列だ。早朝と夕暮れ時に見られる、この街においてはもはや風物詩と化した光景であるが、その多さにムリフェインは思わず足を止めてそれらを眺める。

 

 ホーリディア発展の第二の理由として挙げられるのは、大量の需要を擁するメテオライトの採掘を担う、彼ら鉱夫の存在だ。現状、大陸での需要に供給が追いつき切れていないメテオライトの生産は、大部分が本国から出稼ぎに来た者たちによって賄われている。そして、元はホーリディアの人口の少なくない割合を占める彼らのために、娯楽場となる酒場や賭博場などが建てられていたが、それらが形成する歓楽街や、避暑地として適性が高い土地柄が、観光資源として大いに役割を果たすこととなっていた。

 更に、人が集まるということは、商売もそれに比例して盛んになるわけで、とにかく、此処ホーリディアでは、その規模に対して動くお金の量が極めて多いというわけだ。富を求める者にとっての聖地。それが今日におけるホーリディアの在り方でもある。

 

「おや……?」

 

 馬車の行列を見送ってから、街の中心たる広場の方へとムリフェインは視線を移す。すると、そこに見えたのは自然に形成されたとは思えない人垣だ。遠目に見えるそれに彼の視線は自然と誘導され、一先ず何も情報がない彼はそこへと真っ直ぐに歩を進めた。

 

「なぁ、アレは何だ?」

「ん? 何だお前さん、アダーラ様を知らないのか」

 

 慣れた様子で人集りの中へと視線を送る男に、ムリフェインは適当に当たりを付けて話しかける。すると、彼らが見ているものはホーリディアでは余程有名なのか、思わずといった驚愕を顔に貼り付けながら、男はムリフェインへと視線を送った。

 

「先程着いたばかりでな。教えてくれると有難い」

「なるほど、その格好からすると旅人ってとこか。本土から来たのか?」

「あぁ、そんなところだ」

 

 気の良い男は、素直な態度のムリフェインと心の距離を縮めて、笑いながら会話を始める。その顔には、新参者に丁寧にレクチャーしてやろうという古参者の気配を滲ませていた。

 

「まず、ホーリディアがどういう所かは流石に知ってるよな?」

「伝聞で耳に入る程度には、だな。珍しい鉱石が採れるとか、それで貿易をしてるとか。観光地だとも聞いている」

「まぁ、小難しい話はいいんだよ」

 

 いいのか、とは口に出さずに、ムリフェインは自分よりも背が高い男に視線を送る。逆立つ赤髪を携えた男は、それを受けて、気まずそうな顔を一瞬浮かべた。何となく生きている彼は、自分が思っていた以上に情報を持っていたムリフェインに、そういう方面でマウントを取るのは止めたようだ。

 

「とにかく、あの方はホーリディアを治めておられるエトワール公爵の一人娘、アダーラ=エトワール様だ」

「アダーラ様、か」

 

 旗色が悪くなったのを感じ、男はすぐに人垣の向こうで走る馬車の中に佇むアダーラへと話題を移していく。それを聞いて、ムリフェインはその名を自分の中で咀嚼するように、ゆっくりと復唱した。

 

 ──ということは、あの方が。

 

「麗しい見た目はもちろん、身分に驕らず俺たち平民にも分け隔てなく接してくださる優しいお方で……」

「助かった、礼を言う」

「っておい、何処行くんだ?」

 

 必要な情報は得たとばかりに、ムリフェインは無理矢理に話を切り上げて歩みを再開させる。実際、旅の第一の目的はすぐそこで果たせそうなのだ。本人と接触をする以上、他の者の評価よりも自分が見たもので判断する性格のムリフェインが、自慢気に話を続ける男に構う理由はもう無かった。自分から話しかけておいて酷い話ではあるが。

 

 最後になるが、ホーリディアが発展した第三の理由は、此処が“伝説の地”と呼ばれていることに起因する。というのも、古の時代に勃発した世界を越えた戦争。大人のみならず、子供でさえも誰もが知っている、今となっては御伽噺も同然な出来事の終着点がホーリディア(此処)なのだ。聖地という名の由来も、元々はこの伝説が基になっていた。

 しかし、それは決して御伽噺などではなく、事実としてホーリディアの最奥地には魔界(ヘルグラード)への扉が封印されている。エトワール家が公爵という王族に次ぐ地位に就きながらも、このような僻地にも等しかった島の統治を代々任されているのは、彼らがその扉の封印、管理を行っているからだ。逆に言えば、万が一が起きた場合に確実に最前線と化すこの地を任せる以上、王国としてもエトワール家に便宜を図らざるを得なかったということでもあるが。本来であれば植民地のような扱いを受けていたであろう地で、斯様に自由な発展を遂げている理由は主にそこに存在していた。

 更に言えば、統治を行っているエトワール家の者が極めて善性の家系であることも、ホーリディア発展に一役買ったと言えるかもしれない。先ほどの男も口にしていたが、公爵家という身分に驕らず、民の目線で民のことを想える人間であるからこそ、ホーリディアの領民たちは領主であるエトワールの血筋に全幅とも言える信頼を寄せている。エトワール家(統治者)その領民(被統治者)、双方が互いのためを思い合うことで成り立つこの地は、少なくとも王国内では貴族制が根強いこの時代において、かなりの程度特殊であった。

 

 ──屋敷は多分アレだろうし……先に従伯父上(おじうえ)に挨拶しておくか。

 

 一度アダーラに視線を送ってから、ムリフェインは人口密集地から離れていく。この状況では声もかけ辛い上、目立ってしまうことを避けたからだ。代わりに目指すのは遠目からでも目立つ、ここら一帯で一番大きな建物。即ち、エトワール公爵家本邸である。

 

「今の……」

「アダーラ様、どうかなさいましたか?」

 

 そんな去り行くムリフェインに、アダーラは振り返って視線を向ける。直感で振り返った時には既に背中しか捉えることはできなかったが、彼女の胸には郷愁にも近い心地が漂っていた。そんなアダーラに、彼女の護衛の任に就く女性が声をかける。

 

「いえ、何でもありません」

 

 怪しい気配ではなかったことから、アダーラはその想いを振り払って再び前を向いた。どの道、今から馬車を降りて追いかけても、もう彼に追いつくことはできないだろう。

 すれ違う二つの()。しかし、邂逅の時はすぐそこまで迫っていた。




【ColumnII】-蒼き瞳-
 神の力を継承した星見の一族であることを示す、言わばそれそのものが絶対的な身分証明たり得るもの。その光を宿す者は世間では誉れある一族であると認知され、同時にこれを騙る者は何人たりとも断罪を免れることはできない。
 二百年ほど前に星見の一族を騙り、私欲を満たそうとした者が極刑に処されたという記録も残っている。
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