名も無き星の物語   作:水晶水

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 じゃんじゃか書き上げていきてぇよ。


B.星見の一族

Main Character:ムリフェイン=ケイニス

Location:エトワール公爵家 書斎

 

 

 

 

 

「おぉ、久しぶりだなムリフェイン」

「ご無沙汰しております。従伯父上(おじうえ)

 

 時は流れ、あれからムリフェインは寄り道することなく、真っすぐにエトワール邸へと向かった。今は、メイドの案内によって書斎まで通され、エトワール公爵家の当主である壮年の男、ミルザム卿に恭しく礼をしているところだ。そんなムリフェインを見るミルザムの目は、我が子を見るような慈しみの感情が見られた。

 

「伯母上は息災か」

「はい。相変わらず病とは無縁のようでして、私が王国を発つ前も張り切って宮仕えなさっておりました」

「ははっ、王の相談役はしばらく代わりそうにないな」

 

 頭を上げたムリフェインに、ミルザムは自身の伯母、即ちムリフェインの祖母について尋ねる。二人の頭に思い浮かぶ、若い者にはまだ負けないと気炎を滾らせている女性の姿は、ムリフェイン、ミルザム両名にとって慣れ親しんだものだ。

 そもそも、ムリフェインの家名であるケイニスという家系は、代々王宮に仕える家系である。ムリフェインやその父は当然として、エトワール家からケイニス家に嫁いだ彼の祖母──その代は彼の祖母ともう一人嫡男がいたので、諸々の事情も合わさって外へと嫁ぐことになった──も例外ではない。ミルザムが今しがた口にした重役を果たしているのが、彼らが今話題にする女性というわけだ。

 

「それで、伯母上からの命でここまで来たと聞いたが」

「はい、それについてはこちらを」

 

 雑談もそこそこに、ミルザムはムリフェインに尋ねる。彼が王都から遠路遥々ホーリディアまで訪れた理由を。それを受けて、ムリフェインは懐からケイニス家の家紋で封蝋を施された手紙をミルザムへと手渡した。蝋印が間違いなく本物であると確認した上で、ミルザムは封を開けて伯母、ルフド=ケイニスからの文を読み始める。

 

「ふむ、なるほど……」

「何が書かれていたのでしょうか」

 

 暫くの間、ミルザムは無言でそう長くはない手紙を読み進めていった。静寂の中に時折紙を捲る音が響き、そして、程なくしてそれを読み終えたミルザムは徐に口を開く。内容を精査するような重い口振りに、ムリフェインは思わず従伯父に疑問を投げかけた。

 

「ムリフェイン、お前は伯母上に何と言われてここまで来た?」

「詳しいことはまだ何も。祖母にホーリディアまで急いで向かえと言われた時には、既に王命として処理されておりまして。慌てて単身ホーリディアまで辿り着いた次第です」

 

 返されるミルザムの逆質問に、ムリフェインは姿勢を正して返答する。若干、ホーリディアに来るまでの数日間の苦労を表情に滲ませた彼の姿を見て、ミルザムはふっと口元に笑みを浮かべた。

 元々、自分自身も王宮で働いていたムリフェインであるが、彼はある日突然ルフドからの命を受けてホーリディアへと赴くことになる。王国内でも決して軽くはない──というより、相当に重い立場に籍を置くムリフェインはその命令に当然困惑するが、その直後にリヴィラ王直々に呼び出され、王命を拝することになった。その内容は、ケイニス家から見れば本家に当たるエトワール家への出向。本人の与り知らぬところで仕事の引継ぎも行われ、半ば左遷──実際にそんなことはないが──のような形で、ムリフェインはホーリディアへと発つことになり、数日かけてこの貿易都市までやってきたのだ。

 

「それなら、読んだ方が早いな」

「拝見します」

 

 端的に言えば全く状況を知らぬムリフェインに、ミルザムは自分が今しがた読み終えた手紙を手渡す。それを両手で受け取ったムリフェインはすぐに自分が届けた手紙を読み始めた。

 

「これは……」

 

 そこに書かれていたことを要約すると、魔界への扉(ヘルズゲート)の封印が解かれる日が近いこと。そして、その対応の任にムリフェインを就けることが書かれていた。

 予想だにしていなかった大役に、それが何故出発前に知らされなかったのかとムリフェインは訝しむ。しかし、かの三界大戦の悲劇が繰り返されると知れれば、世間の混乱は免れられず、それを少しでも秘匿するためにこのタイミングで明かされたのだと思い至った。同時に、これが祖母の予知──男尊女卑の風潮が根強い時代において、ルフドが女性でありながらも長く相談役を務めているのは、この能力によるもの──によって予見されたということも。

 総てを読み終えたムリフェインは、手紙をミルザムへと返却して再び彼と向かい合う。

 

「ムリフェイン、お前はどう思う?」

「そうなると想定して動いておくべきかと」

 

 ミルザムによる主語の無い問い、しかし、その内容は容易に想像できるそれにムリフェインは即答した。ムリフェインがルフドの予知が的中する様を何度も目にしてきている以上、それを無視することはできないからだ。彼自身の血も、その話を手紙で知ってから奇妙なざわめきを感じている。

 

「お父様、ただいま戻……失礼いたしました」

「いや、ちょうどよいところに来たなアダーラ」

 

 そんな折、書斎の扉が開かれ、ムリフェインが街の通りですれ違った女性、アダーラが入室してきた。客人が来ているとは思っていなかったアダーラは、自身の帰還を告げる口のまま己が父へと頭を下げて退室しようとするが、ミルザムはそれを止めて彼女を部屋の中に招く。

 

「お父様、彼は……?」

「そうか、会うのは初めてであったか」

 

 敬愛する父親と話す自分と同じぐらいの年頃の青年を見て、アダーラはミルザムへと問いを投げかけた。よく見ると何処となく父と同じ面影を感じるムリフェインを見て、彼女の疑問符は加速度的に増えていく。

 

「王国軍蒼星(そうせい)騎士隊が隊長、ムリフェイン=ケイニスです」

「ケイニス……ということは?」

「はい、アダーラ様の再従弟(はとこ)に当たります」

 

 そんなアダーラの問いに答えを齎したのは、他ならぬムリフェイン本人であった。剣を用いぬ特殊な騎士礼をしながら自身の素性を明かす名乗りに、アダーラは特に彼の家名に反応を示す。彼女はまだ機会が伴わず話でしか耳にしたことはなかったが、それはエトワール家の分家筋に当たる家の名前だ。それを確認するような問いへの返答と、目が合った彼の眼窩に嵌め込まれた二つの蒼玉(サファイア)が、ムリフェインの言葉が真実であるとアダーラに伝えた。

 

「知っているとは思いますが、私はアダーラ=エトワール。ミルザム=エトワールが嫡女で、エトワール家の次期当主です」

 

 同年代からの敬語にむず痒い思いをしながらも、アダーラは分家に当たるムリフェインが、自身が何を言っても父の前でそれを崩せないことに思い当たり、その場はそれを一先ず流すことにする。それから、彼の礼に倣ってアダーラも自己紹介の言葉を告げた。

 本来、長男が家を継ぐのが普通であるが、エトワール家においてはそのある種の仕来りが適応されない。というのも、やはり、その家柄の特殊性から一番初めに産まれた子──当然、この際性別は考慮に入れない──に家を継がせざるを得ないのだ。実際、歴代の当主の中に女性の当主も幾らか存在していた。

 彼らが来たるべき時に備えて脈々と受け継いできた神の力は、その性質から第一子に最も濃く受け継がれる。魔界(ヘルグラード)からの進攻を防ぐための最前線になるホーリディアに、その当代で最も強い能力を持つ者を当主に据えるのは、ある意味当然と言えるだろう。

 

「それでお父様、何かあったのですか?」

「実はな──」

 

 自己紹介もそこそこに、アダーラは再びミルザムへと向き直った。ムリフェインが身内であることは分かったが、結局のところ何故自分も同席を許可されたのか分かっていないからだ。そんなアダーラに、ミルザムは手紙の内容を簡潔に伝える。それを黙って聞くアダーラは自身が先日懸念していたことであったからか、その表情に険しさを滲ませた。

 

「となると、やはり獣の狂暴化も……」

「楽観視はできない状況かもしれないな……」

 

 齎された情報と現状を照らし合わせて、エトワール親子はその顔に陰を落とす。最近上がってきている嘆願書の内容が、彼女たちの予想通り不穏な気配を感じさせるものであったと理解して。

 

「既に何か起きているのですか?」

「……はい、数日前から都市外の野生動物が狂暴化しているとの知らせが入ってきていて、私たちはこれを魔界の扉(ヘルズゲート)に何かしらの異変が出たものだと考えています」

 

 明らかに表情が沈んだ二人を見て、ムリフェインは疑問の声を上げる。それに答えるのは、民を想い今も心を痛めるアダーラその人だ。事態はすぐそこまで迫っているのかもしれないという事実を聞くムリフェインもまた、二人と同様に顔を顰めた。

 

「対応はどうなされているのでしょうか?」

「今は調査隊を派遣している。可能であれば駆除するように言ってあるが、この手紙を見た後ではな……」

 

 重なるムリフェインの問いに、部下に調査を命じたミルザムが口を開く。十人規模の調査隊にできる限りの対応を命じてはいるが、新たに手に入った情報を知る今ではその表情はやはり優れない。

 

「遅くとも明後日には帰還するはずだ。今我々にできることは、彼らの報告を待つことだけだよ」

「了解しました」

「……はい、お父様」

 

 今できることはないというミルザムの言葉に、ムリフェインは軍人らしく即座に、アダーラは少し逡巡してから返答した。態度に違いはあれど、その場の全員の胸中は同じだ。

 

「ムリフェインも長旅で疲れているだろうし、今日はこれぐらいにしておこう。おい、誰か!」

 

 感受性の高い娘と強行軍で疲弊した従甥を想い、ミルザムは一旦話を打ち切る。積もる話もあるにはあったのだが、今は全員そういう気分ではなさそうだと判断したからだ。故に、声を挟む間もなく彼は屋敷仕えの従者を呼びつけた。

 

「お呼びでしょうか旦那様」

「彼を寝室に案内してやってくれ」

「かしこまりました」

 

 すぐさま入ってきたのは、ムリフェインを書斎へと案内したのとはまた別のメイドだ。しっかりと教育が施されている彼女は、王宮勤めのそれと遜色ないほど淑やかな動作で流れるようにミルザムと遣り取りを交わす。

 

「ご案内いたします。ムリフェイン様はこちらへ」

「あぁ、分かった。従伯父上、アダーラ様、失礼いたします」

 

 恭しいカーテシーを行い退出するメイドと共に、ムリフェインは屋敷の主人たちに丁寧に頭を下げてからその後を追った。予言のことと併せて手紙に書かれていた事であったが、ホーリディアに滞在する間、ムリフェインはエトワール邸に滞在することになっているのだ。本土では見ない調度品で飾られた廊下を、ムリフェインはメイドと静かに歩いていく。

 

「何か不都合があればお申し付けください」

「今は大丈夫だ。ありがとう」

「もったいなきお言葉です。それでは失礼いたします」

 

 案内された部屋で二人はようやく口を開いた。ムリフェインも貴族の一員──ケイニス家は代々騎士の家系であるのと同時に、侯爵の地位も賜っている──である以上、その主人と従者としての遣り取りも問題なく熟していく。星見の一族(エトワール)の血を継いでいるせいか、その態度は他の貴族と比べると気さくなものであったが。

 

「さて、どうなることか……」

 

 メイドが退室して閉ざされた扉から目を離して、ムリフェインはそう独り言ちる。その声に込められたのは先への不安か、それとも────

 

「はい」

「アダーラよ。入ってもいいかしら?」

「どうぞ、お入りください」

 

 ムリフェインが思考に意識を割く中、唐突に白塗りのドアがノックされる音が部屋に響いた。反射的にそれへと言葉を返すと、扉の向こうからは先程と比べて言葉から固さが取れたアダーラの声が返ってくる。態度の変化に少々面食らいつつも、ムリフェインは彼女を待たせるわけにはいかないと扉に手を掛けた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 部屋の前に立つアダーラに、ムリフェインは声をかける。書斎を出る前に見た時と変わらぬ顔色の彼女の要件を聞くために。

 

「少し、話さない?」

 

 そして、その問いの返答はそんなものであった。見つめ合う蒼は揺らぎ、しかして交差する。




【ColumnIII】-王国軍蒼星騎士隊-

 ムリフェインが隊長を務める王国軍の一部隊。主に騎兵で構成された部隊で、規模は百人ほど。
 隊長が若いからと他の部隊からは舐められがちではあるが、その実力が他の部隊に劣っているわけではない。余談ではあるが、ムリフェインの父、ウェズン=ケイニスが隊長を務める黄金近衛隊とは隊長繋がりで仲が良い。
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