とりとめのない文章にご注意ください。
とある女生徒の独白
私は、他人は自分の鏡だって話が嫌いだ。
誰かに意地悪な事をされても自分が悪い。
意地悪な誰かが怖く見えるのも自分が悪い。
全部自分のせいだって責められている気になる。
幸せは自分の中にあるという話も、大嫌いだ。
何を求めても無駄。
人に尽くしても無駄。
どれだけ勉強に、スポーツに打ち込んでも、どうせ無駄だって言われている気になる。
だけど何より、こんな事を考える自分が嫌いだ。
朝はいつもこうだ。爽やかな目覚めなんてあり得ない。
朝は灰色で、濡れたタオルみたいだ。
手足も錆びついた寮の自転車みたいに、軋んで動いてくれない。
毎朝こんな風にズルズルギコギコ頑張らないといけないなんて、未来は絶望だ。
「貴女、何も楽しい事は無いの?」
そんな私に尋ねたのは、とある転校生だった。
午前の授業で、二学期の課外学習の班決めがあった。私は余り物で、転校生もそうだった。そこで自己紹介したときに言われた。いくらなんでも好きな物「無し」はないだろうって。
「だって、何を言っても馬鹿にされるし・・・・・・」
「まぁ、たまにそういう人種が居るのは認めるけど・・・・・・」
「でしょ?」
「でも、私はそういう人種じゃないわ。だから大丈夫よ」
転校生は、改めて好きな物を教えてほしいと言ってきた。
これで馬鹿にしてきたら呪ってやる。
「・・・・・・猫」
「あら、私もけっこう好きよ、猫」
「でも、猫を飼ってるわけじゃなくて、丸亀城公園の・・・・・・」
「ひょっとして、いつも公園でひなたぼっこしてる猫?」
「うん、私が近寄っても撫でさせてくれて、すごく優しい子で・・・・・・」
「知ってるわ。人気者よね、よくテレビの取材も受けていて・・・・・・」
「うん、それなのに私の事もちゃんと覚えてくれてるみたいで、私が撫でに行くと、すぐお腹を見せてくれて・・・・・・」
自己紹介から外れて話してしまったのは恥ずかしい。
一人で喋りすぎて気持ち悪いと思われたかもしれない。
でも、それは転校生が話しやすいのが悪い。
転校から数ヶ月、まだ私が転校生呼ばわりするくらいに周囲に馴染めていない子だったから意外だった。でも、私の気のせいでなければ、たぶん夏休み前より雰囲気が柔らかくなった。夏休みデビューだろうか。こういう夏休みデビューは羨ましい。やり方を教えてくれないかな。
「それじゃ、これからよろしくね」
転校生の名前は、郡千景。
ずっと前から知っていたけど、今日やっと人間として認識した。私はこうだからみんなに好かれないのだろう。薄情で無関心な自分が厭だ。でも、郡千景の自己紹介にあった、好きなゲームと、入ってる部活と、誕生日は覚えた。彼女の事は少し好きになれそうだと思ったから。
でも、郡千景から優しくされて嬉しがる自分は、穢らわしいと思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昼の賑やかな感じはあまり好きじゃない。
昼休みは居場所が無い。授業中は勉強していればいいのに。校舎の人気の無いところを見つけて、スマホをいじって時間を潰すしかない。図書館は嫌だ。読んでいる本を、誰かが見ているかもしれない。壁を背にして、表紙の無いスマホの電子書籍が一番安心できる。
私が読んでいるのはサン=テグジュペリの星の王子様。四本の棘しか無いのに王子様にトゲトゲして、わがままを言う小さい薔薇がいる。わがままな薔薇に毎日欠かさず水を注いで、心配してくれる優しい王子様が大好きだ。
「ふぅ・・・・・・」
優しい話を読んでいると、心の底からホッとする。
でも、現実はあまりそうじゃない。数年前には大きな地震や台風が続いて、よくわからない怪物も沢山出た。でも、怪物の話はちょっと嫌いでもない。ずっと怪物のせいで沢山の人が死んだとニュースで言ってた。それが、今年の文化祭の後くらいに別のニュースが流れた。やっぱり死者ゼロでしたと偉い人が謝っていた。偉い人は大変だ。神様のドッキリに引っかけられたんだ。
「あ・・・・・・」
昔の怪物のニュースを見ていたら、知ってる名前が出てきた。
郡千景。関連ワードは、勇者、魔王、自衛隊のアイドル。
魔王って何だろうと調べたら、郡千景が怪物を撫でてる動画が出てきた。安心した。彼女の優しいイメージそのままだった。怪物と仲良くしていたから魔王だなんて、ひどい話だ。
でも、郡千景は文化祭で、魔王と勇者が仲良くなる劇をやっていた。そういう意味だったんだと納得した。やっぱり優しい人だ。あんな風に勇気を出すにはどうしたら良いんだろう。
あと、自衛隊のアイドルで検索したら、郡千景が自衛隊の人と話をしている動画が出てきた。目の前の困難に向き合える人はそれだけで勇者だって。素敵だな。動画は迷わずダウンロードした。
でも、動画を繰り返し再生していたら、昼休みが終わってしまった。
「勇者かぁ・・・・・・」
私も勇者になりたい。いや、私みたいなのが真似したら失礼だ。誰にも心を開かない私は、あの劇だったら勇者でも魔王でも王様でも、村人ですらない。木だ。いてもいなくてもいい存在だ。
でも、すぐ近くで勇者を見ているなら、木も少しくらい頑張った方が良いのかな。やっぱりもう少し頑張ろうか。でしゃばらない範囲で、怒られない範囲で。ううん、それならやっぱり要らないかも。世間はいくらでもサービス残業できる人じゃないと要らないって話みたいだし。いや、それだと郡千景みたいな優しい人が過労死してしまう話になる。それはダメだ。やっぱり頑張ろう。死なない範囲で、人生を舐めてるとか中途半端だって叱られても、好きな人が死んだら悲しいから。
「勉強、もう少し真面目に頑張ろう・・・・・・」
自分の幸せとか責任とか考えず、できることからやっていこう。
でも、それが誰かの幸せに繋がっていなかったら、やっぱり嫌だな。
煮え切らない自分が厭になった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
放課後、私は生まれて初めてすぐに寮へ帰らず、教室に残った。
郡千景をもう少し見ていたかった。彼女の席に後輩の子が来て、楽しそうにしていたのも気になった。普段の彼女は穏やかだけれど喜色を露わにしない人だから。後輩の名前はすぐわかった。高嶋友奈だ。昼休みに調べたから知っている。郡千景がニュースに出ていた頃からの友達だ。勇者部の劇で勇者役をしていたのも覚えている、可愛い子だ。
郡千景が彼女へ向ける表情から、どう頑張っても一番の友達にはなれないとわかって残念。
少し空しい。でも、お似合いだとも思った。
「はぁ・・・・・・」
「あんた、体調悪いの?」
寮の部屋へ戻ると、ルームメイトに声をかけられた。
別に親しくない。病気だったら伝染すなと言われるだけ。私も病気じゃないと伝えるだけ。会話なんて無い。私より朝が弱いから、たまに起こすだけの関係。夜更かしするわけでもないのに授業中も寝てばかり。ノートもよく取り忘れて、クラスメイトに頭を下げてる。
「最近、ノート取れてる・・・・・・?」
「なによ、説教?」
「ううん、いつも友達に頭下げて気まずそうだなって・・・・・・」
「よけいなお世話よ」
言うとおりだ。私みたいな親しくもない相手。心配されたところで。不幸を喜んでいると思われたかもしれない。いや、何か力になれたらと優越感じみた考えは確かにあった。汚らしい。やっぱり、私が誰かの為になろうなんて、あり得ない事だったんだ。
でも、落ち込んだフリはやめておこう。うざいと親にもよく言われる。本気なんだけどな。大げさに騒ぐなって話かな。もっと表情を隠せたらいいのに。
せめて言葉だけは前向きに行こう。困ったときこそ勇者を想像しよう。
「困ったときは何時でも言ってね・・・・・・」
「うん・・・・・・? そう、じゃあそのうち頼むわ」
「あ、やっぱり取れてないんだ・・・・・・」
「うっさいわね」
困っているのに、拒絶するのはなぜだろう。私もやるけれど。私と一緒で、相手の勢いで話されるのが怖いのかな。知らない一面が見えた気がした。私も彼女も、どうしたら怖がらずに話ができるんだろう。
「あのさ・・・・・・」
「何・・・・・・?」
「あんた、郡さんと課外学習一緒だったよね」
「うん、そうだけど・・・・・・」
「あの人、地味に人気だから、うっかり近づきすぎない方がいいよ」
「えっ」
友達が少ない私を馬鹿にしている、わけではないと思う。心配されたみたいだ。少し嬉しい。けれど、郡千景の人気が高いなんて。わかるけど。どういうことだろう。
ルームメイトは言った。勇者部は学園の聖域。ご当地アイドルみたいなものだって。それはわかる。郡千景だけじゃない。高嶋友奈も、土居球子も、乃木若葉も、上里ひなたも、みんな可愛い。小等部にいて勇者部にまだ入っていない伊予島杏も。ネット上では、四国の勇者はアイドル、沖縄と北海道と諏訪がガチと言っていた。ううん、郡千景は絶対に勇者だと思うから、ネットはあてにならない。可愛いのは間違いないけど。
「みんな、郡千景が好きってこと・・・・・・?」
「そんな感じ。ファンクラブとかあるけど、どうする?」
「入らないといじめられる・・・・・・?」
「不思議とそんなことは無いけど、千景ファンの友達ができーー」
「じゃあ入る」
「おぉぅ、あんたが食い気味に来るの初めて見たわ・・・・・・」
郡千景に憧れる人がいる。それは素敵な事だと思う。私もああなりたい。どうすればいいのだろう。そんな話ができる。期待が膨らんだ。
ルームメイトは乃木若葉のファンらしい。まったく気づかなかった。
郡千景のファンはわかりやすいと言われた。不本意だ。ルームメイトに教えられたLINEグループに入るとすぐ指示が来た。基本は郡千景を構わず、友達を作ろうと頑張るのをそっと見守るようにと。彼女がクラスでぼっちなのはこいつらのせいか。退会しよう。
「ごめん、退会した・・・・・・」
「はやっ」
私は普通の友達を目指す事にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夕方、窓から夕闇が見えた。黒に残る赤の温かい感じが、郡千景みたいだと思った。
寮の門にも、本人が丁度帰って来たところだった。隣には高嶋友奈。流石だ。まったく隙が無い。隙なんて探していないけど。夕闇はスマホの待ち受けにした。綺麗に撮れて良かった。
「あんた、一日で随分変わったわね・・・・・・」
ルームメイトの声は聞こえない。これはただの風景写真。何の後ろめたい事も無い。ダブルミーニングなんて無い。綺麗な温かい黒だ。スマホのカメラで連写していると、寮門に今度は後輩の姿が見えた。親しくもなく、名前も知らない。寮のおんぼろ自転車を押していた。パンクしたらしい。
私は部屋を出て、寮備え付けの工具箱を持って行った。工具箱は重くて冷たくて、女らしさを否定する感じ。あまり触りたくなかった。自転車の修理も、先輩に無理矢理教わっただけで好きじゃない。でも、帰ってきた後輩が泣きべそをかいていたから、仕方ない。寮の備品を壊してしまったって。そんな気にしないでいいのに。でも寮監は恐いから、仕方ない。
私は後輩に、郡千景の真似をして、大丈夫と微笑んであげた。
でも、やっぱり私は勇者じゃない。慣れない事はするものじゃない。タイヤのチューブがぜんぜん取れない。手もすぐ真っ黒になった。握った工具も指に食い込んで痛い。タイヤの穴を探すのに盥に水を汲んでくるのも忘れていた。日が沈んでも作業が終わらず、たくさん時間をかけて、やっと直せた。こんな事なら途中で心配して様子を見に来た高等部の先輩に頼めば良かった。どうせ捨てる自転車だから適当で良いと言われてムキになったのが恥ずかしい。消えてしまいたい。
夕飯も食べ損ねた。後輩にはきちんと食堂へ行かせたけど、この寮は時間を守れない人間は食事抜きが決まりだ。寮監にも叱られた。ルールを守れないのは人間未満だって。
やっぱり私ごときが誰かの役に立とうなんて間違いだった。手の黒い汚れだって、石鹸でいくら擦っても落ちなかった。烙印だ。身の程知らずへの罰が当たったのだ。
「ぐすんっ・・・・・・」
私は部屋へ戻ると、すぐ布団に隠れた。そして布団の中で誓った。もう二度と勇者に憧れたりなんてしない。明日からはきちんと木に戻ると。
でも、明日が来てほしくない。私の手は汚れてる。寮監に叱られて、目だって腫れている。誰にも会えない。会ったらきっと笑われる。勇者に憧れてやらかしたとバレたら、好きな人にまで迷惑をかける。このまま死んでしまいたい。
「・・・・・・おーい、起きてるかー?」
「・・・・・・・・・」
「寝たふり禁止。あんたの鼻すする音めっちゃ聞こえてたからね」
「なに・・・・・・?」
「何も食わなかったら眠れないだろ? カップ麺だけでも食べときなよ」
余計なお世話だと、拒否する元気は無かった。
でも、布団から顔は出せない。私の顔は最低だから。
「顔がひどいことになってるから、外に出たくない・・・・・・」
「じゃあ、部屋に持ってくればいい?」
「うん・・・・・・」
「はいはい・・・・・・」
誰かが部屋から出ていく音がした。
お礼をちゃんと言わないと。汚い顔でお礼を言われても嫌だろうな。腫れが引いたら謝ろう。
三分で誰かが部屋に戻ってきた。カップ麺は早い。もっとゆっくりでいいのに。考えも整理できない。カップ麺は余裕の無い社会の象徴だ。すぐに受け取らないと麺が伸びてしまう。カップ麺に流される、私も社会の歯車だ。カップ麺に、布団から追い出されてしまう。
「あの、ありがとう・・・・・・」
「お邪魔するわよ」
「えっ・・・・・・」
郡千景がいた。同じ寮だけど、なんで。
最悪だ。髪が乱れてる。服も顔も最低。手も汚い。消えたい。こんなの望んでいない。
「あの、あの・・・・・・」
「後輩の面倒見て、ご飯を食べ損ねたのよね?」
「はい・・・・・・」
郡千景に知られた。きっとルームメイトが教えたんだ。知られたくなかった。もうやだ。心配もかけた。無駄な手間を取らせた。勇者は木に構わないのに。私が汚した。
「ごめんなさい・・・・・・」
「どうして誰かの為に頑張ったのに謝るの?」
「だって、迷惑をかけた・・・・・・」
「貴女が助けてくれたって、後輩の子は喜んでいたわよ。頭の固い寮監ぐらいよ、貴女に文句をつけるのなんて」
郡千景に褒められて喜ぶ自分が浅ましい。これは違うのに。私は堂々と人助けできるようになりたかったのに。失敗して慰められるなんて。どうして嬉しいのだろう。喜ぶなんて浅ましい。親にも言われた、甘やかされて喜ぶのは幼稚園までにしろって。幼稚で意地汚いって。
でも、涙が止まらない。褒めてもらえた。認めてもらえた。背中を撫でてくれる手が温かい。
「ごめんなさい・・・・・・」
「落ち着くまで撫でてあげるから、慌てないでいいわ」
「はぃ・・・・・・」
やっぱり私の憧れの勇者だ。優しい夕暮れの太陽みたいだ。一日の終わりに頑張りを褒めてくれる。こんな風に温かくなりたい。どうすればいいんだろう。教えてほしいな。
ちり紙で鼻をかむのは恥ずかしかった。でも、声が出ないから仕方ない。お礼は言わないと。
「ありがとう。明日から、またがんばるね・・・・・・」
「どういたしまして。また明日も、教室でよろしくね」
明日も郡千景に逢える。それだけで嬉しくなった。
明日はきっと、私の頑張りが誰かの為になる。
明日はきっと、私が頑張れば良い日になる。
そんな風に舞い上がるけど、でも、本当はどうなるかわからない。やっぱり未来は怖い。
弱気な自分が厭になる。でも、だから勇者はカッコいい。郡千景は勇者だと思った。
その日は、夕闇の画像にこっそりキスしてから寝た。
(おわり)
ご読了ありがとうございました。
モブは豆腐メンタルなのでぐんたかは邪魔しません。
ご安心ください。