1. 園子の夢のお姉ちゃん
最初にその不思議な夢を見たとき、園子は小学一年生だった。
「あら、なんだか面影のある顔立ちね・・・・・・」
知らないお姉さんが、夢の中にいた。
園子が自己紹介しても、目を細めるだけ。
しかし、園子に注がれた眼差しは決して嫌な物ではなかった。
彼女はぼんやり、足下に広がる花畑と一緒に佇んでいた。
園子もぼんやりが好きなので、会話はほとんど無かったけれど、仲良くなれそうだと思った。
「こんにちは。また花を見に来たの?」
そして二度目の夢では、彼女の方から話しかけてくれた。
なんとなく、あちらも園子を好いてくれたのだと思った。
夢の中で会って、そのまま夢が覚めるまで一緒にいる関係。
何度も、園子と彼女は夢の中で、ぼんやり花を眺めて過ごした。
「今日は随分と怖い夢ね・・・・・・」
でも、それは一年生の夏休みまでのことだった。
その夜、園子は寝る前に、夏の怪談特集のテレビ番組を見ていた。
そのせいで見てしまった、お化けに追いかけられる夢の中に、彼女は出てきてくれた。
そして、お化けに怯える園子を抱きしめてくれた。
「ほら見て、お日様が出てきたわよ・・・・・・?」
そして、彼女がそう言うと太陽が出て、暗かった夢が明るくなった。
お化けも煙みたいに消えてしまった。
「いつもの花畑も出してあげる、もう怖くないでしょう?」
「お菓子も食べる? えぇ、好きな物を出してあげるわ・・・・・・」
そして、園子はお化けの事をすっかり忘れてしまった。
花畑やお菓子が現れる魔法みたいな光景に、夢中になってしまったのだ。
まさか、いつも花畑でぼんやりしている彼女が魔法使いだったなんて。
翌朝の園子は目が覚めてもまだドキドキしていた。
園子のお昼寝に目的が加わったのは、その頃からだった。
「えっ、もう二年生・・・・・・? 背も伸びて、子供の成長が早いって本当なのね・・・・・・」
夢は連続して見れるわけではない。
何日か続く事もあるが、ずっと見れない事も珍しくない。
けれど、どれだけ時間が経っても、彼女は園子を覚えていてくれた。
誕生日や進級祝いには、夢の世界で花火だって上げてくれた。
お願いをすれば、サンチョで一杯の夢だって作ってくれた。
「サンチョ・・・・・。けっこう可愛いわね・・・・・・」
でも、たまに難しい話をする事もあった。
園子は興味本位で、彼女は誰なのかと尋ねただけだったのに。
「世界というのは、水面に向かって立ち上る泡沫みたいな物」
「ふとした拍子に隣の泡にぶつかって、この夢みたく異世界につながる事もあるのよ」
それは、とても難しい話だった。
それに泡みたく消えてしまう事もあると言われて、園子は怖くなった。
消えてほしくない物はどうすれば良いのかと、園子は尋ねていた。
「名前を呼んで、文字にして、語り継げば良いわ。言霊を利用した魂呼ばい、類感呪術による契約の再現、どちらも存在を繋ぎ留める力を持つわ」
結果、とてもとても難しい話をされてしまった。
でも、園子が困った顔をすると、彼女はすぐ話を噛み砕いてくれた。
好きな誰かがいたら、恥ずかしがらずに名前を呼べば良いと。
誰にも名前を呼ばれないと、人間は消えてしまうのだと。
その説明で、園子はもっと怖くなった。
「え、私の名前?」
だから、園子は彼女の名前を聞いた。
消えてほしくない、園子の大切な人の名前を。
けれども、彼女は困った顔をして、すぐに名前を教えてくれなかった。
それこそ園子が一生懸命にお願いして、悲しくて本当に泣いてしまいそうになって、ようやく教えてくれたのだ。
「しょうがないわね・・・・・・。私は――」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ねーねー、わっしー、わっしー」
小学六年生になった園子は、友達をよく呼ぶ子だった。
いつまでも幼いと言われる原因だが、どうしてもやめられない。
友達の少ない園子にとって、それは大切な愛情表現の一つだった。
「どうしたの、そのっち?」
「わっしーには、お姉ちゃんって居る?」
そして、これは何気なく口から出た話題だった。
園子の親友、鷲尾須美はいつも真面目に答えてくれる。
「いないけど・・・・・・そのっちも確かいないわよね?」
「ふふふー、実は園子には内緒のお姉ちゃんがいるのでしたー!」
(・・・・・・!?)
園子のカミングアウトすら、須美はまっすぐ受け止めてくれた。
すぐに「嘘だろう」と否定の言葉を返さないのが須美の優しさだ。
第一に、詳しく聞かせてほしいが来る。
園子が夢の話を始めても、じっと耳を傾けてくれる。
「へー、乃木はやっぱり特別な家系なんだなー」
途中から話に混じったもう一人の親友、三ノ輪銀も園子を疑わなかった。
夢のお姉ちゃんなんて、控え目に言って、嘘吐き扱いされても不思議じゃない。
これは神様への距離が近い神樹館小学校の教育と、二人の善良さの賜だった。
「お姉ちゃんがね、"お役目"がキツくなったら私を呼びなさいって言ってたんだ。私も"勇者"だからって~」
「お役目に・・・・・・? でも、勇者なら良いのかしら・・・・・・」
「いいじゃん、勇者が四人になれば、それだけ戦いが楽になるし!」
二人が話を信じて提案まで受け入れてくれて、園子は安堵した。
二人と一緒にこなすお役目は大切な物だけれど、園子には不安があったのだ。
最初のお役目では、銀や須美が危ない場面が何度もあったから。
「じゃあ、次のお役目の時に、二人にも紹介するね~」
「いやぁ、楽しみだなぁ! 早く次が来ればいいのに」
「こら、銀! お役目を何だと思って――――っ!?」
そのときの異変には、三人がほぼ同時に気づいた。
世界の時間が止まっている。
あまりに突然の出来事だが、三人は動じない。
――それが"神樹のお役目"が始まる合図だから
「そのっち、お姉さんは呼べるの?」
「うん、これを地面に立てなさいって~」
園子が取り出したのは、一本の銀色の鍵。
夢の中で千景から手渡されて、夢から覚めると園子の枕元にあった。
千景曰く、地球上には存在しない素材で出来た鍵。
不思議な幾何学紋様が刻まれたそれは、園子が立てると自然に床へ呑まれていく。
幾何学紋様が床へと広がり、紋様が渦巻き黒い穴が開く。
――そして、黒い穴から飛び出す影が一つ
「呼んでくれたのね、ありがとう園子ちゃん」
「お姉ちゃん、来てくれてありがとー!」
「おぉー! なんか召喚魔法っぽい感じでキター!」
はしゃぐ銀、海軍式の敬礼で迎える須美に対して彼女は名乗った。
「郡千景よ。西暦で勇者をしていたわ、よろしくね」
瞬間、世界が震えた気がした。
しかし、その意味を園子が知るのは、もう少し先のことである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
おとぎの国に攻めてくる悪い怪物を追い払う勇者。
園子は大まかに、園子達のお役目はそういうものだと千景に説明していた。
悪い怪物の名前は"バーテックス"といい、"神樹"を狙ってやってくる。
神樹に覆われた結界の外には恐ろしいウィルスが蔓延しており、神樹の恩恵によって人は生かされている。
神樹は他にも人々を守るための"樹海化"等の能力を持つが、直接戦う力は持たない。
「それじゃあ、変身~♪」
なので、バーテックスに立ち向かう、神樹の花が求められる。
それが勇者で、勇者には携帯端末と専用アプリが与えられる。
携帯端末が繋がっている先は勿論サーバーなどではなく、神樹。
神樹の力を借りて、三人は勇者として咲き誇るのだ。
――園子は優雅の花。
――須美は清楚の花。
――銀は情熱の花。
「お姉ちゃんの装束、カッコいいかもー」
――千景は緋色の花。
「ありがとう、園子ちゃん」
しかし、千景の衣装には他の三人と異なる部分があった。
たとえば、変身する時に携帯端末を使っていないこと。
そして、固有の武器の形が、まさかの大きな"筆"であること。
「あの、千景さんの武器って・・・・・・?」
「見ての通り、筆よ」
「マジっすか・・・・・・」
本人の言葉でそれが肯定されて、園子は少し悩んだ。
弓槍斧で役割分担をしている三人の、どこに千景を割り当てるべきか。
たしか、夢の中では――
「遠当て技もあるから、遠距離も行けるわよ」
「おぉー! なんか千景先輩、トリッキーですね!」
魔法使いなら、遠距離に適性を持つのはごく自然な事。
それならと、弓の須美の近くに居てもらう事にした。
「じゃあ、お姉ちゃんはわっしーと一緒にお願いねー」
「わかったわ」
「あの、こちらが指図してよろしいのでしょうか・・・・・・?」
「私はリーダーみたいな事は苦手だから・・・・・・」
そうして話をしながらも園子達は移動し、大橋へと辿り着く。
勇者にだけ知らされる情報だが、バーテックスは必ず大橋を通ってやって来る。
神樹は被害を減らす為にわざとバーテックスを大橋へ誘導するのだと、園子達は聞いていた。
「おー、今度の奴はなんだかヒョロヒョロしてるなー」
大橋に現れたバーテックスは、分銅を垂らした天秤のようだった。
ところが、先制攻撃に須美が弓で射かけると分銅が矢を吸い寄せてしまった。
一筋縄ではいかない相手かもしれないと、園子は思った。
「私も行くわね」
しかし、千景が分銅を避けて筆を振り、横線を引く。
――天沼矛ノ筆「一閃」
「あっ」
その声が誰の物だったかはわからない。
だが、天秤型のバーテックスが突如として上下に断ち切れた。
それがあまりにあっさりで、声が漏れてしまったのだろう。
「(やりすぎたわ・・・・・・ちょいちょい)」
――天沼矛ノ筆「画龍」
かと思いきや、バーテックスは崩れ落ちる間もなく元の姿へと戻った。
「なんて再生能力・・・・・・っ!?」
須美が驚愕する。
しかし、バーテックスも顔は無いが、何か驚いているような、そんな気がした。
やがて、身動き一つしないバーテックスへと花弁が降り注ぐ。
「え、まさか"鎮花の儀"・・・・・・?」
神樹が弱ったバーテックスを追い返す鎮花の儀は、勇者の戦いの終わりを告げる儀式。
だが、今回のそれはまるで冗談のようだった。
「あれっ、もう終わりなのか・・・・・・?」
「あれ~?」
須美と銀だけでなく、園子も首を傾げてしまった。
まだろくに戦っておらず、相手も万全の姿を保っている。
それなのに、バーテックスが帰って行くのが不思議でならなかった。
「私のせいね・・・・・・。戦って追い返すと聞いてたのに・・・・・・」
「そんな! 千景先輩は悪くないですよ!?」
千景がいたたまれない様子で頭を下げるが、銀の言うように悪い事は一つも無い。
「今回は、行動が読めないバーテックスが悪いのでは・・・・・・?」
「おぉっ! さすが須美、なんて冷静な指摘!」
やいのやいのと話し合いをする裏で、神樹の樹海化は解除されていく。
少し肩透かしな二回目のお役目であったが、友達に怪我が無いのは園子には嬉しかった。
皆の間に和やかな雰囲気が漂ってきて、安心していつものぼんやりに戻れた。
「それじゃあ、今回もイネスで祝勝会いっとく?」
「おぉー! ミノさんナイスアイデアー!」
「そうね、千景さんの事を大人に教えないといけないから、きちんと話し合っておきましょう」
「あははー、わっしー真面目~・・・・・・」
園子は決して、お役目を軽く考えているわけではない。
たしかに、祝勝会に浮かれていないと言えば、それは嘘だが。
「今日もジェラート食べたいなー」
「あら、今時の小学生は買い食いしても良いの? 羨ましいわね」
しかし、お役目をこなすことで、友達と一緒にお菓子を食べに行ける。
そう思えばこそ、園子は次のお役目も頑張ろうと思える。
「みんなでイネス、ジェラート~♪」
友達を大切に思う気持ちに、嘘は無かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
同日放課後、神樹館小学校、職員室にて。
一人の女性教諭が頭を悩ませていた。
「ハァ・・・・・・」
彼女の悩みは多い。
例えば、教師として子供達の担任を受け持つ事から生じる悩み。
それは嬉しい悩みだ。教師の誇りを胸に立ち向かっていける。
次に、その教室から出た、神樹のお役目の勇者三人についての悩み。
罪悪感と信仰心の板挟みになるが、まだいける。
次に、神樹館小学校の上部組織である"大赦"から告げられた新たな悩みの種。
――正体不明の強大な神らしき存在が、乃木園子に取り憑いている。
それは神樹からの神託だったという。
なるほど、予想外すぎて話が飲み込めない。
だが、問題は更にそこから女性教諭へ大赦から下された指示だった。
――早急に対処すべし。
言い換えれば、ヤバいから何とかしろ。
恐ろしい程にアバウトで、あらゆる手段を認めるようなニュアンス。
大赦が混乱している事を察した女性教諭は大赦で強い発言力を持つ乃木家へと連絡し、園子の監督責任者の権限を強化し、生徒を守る予防線の確保に努めた。それは大人の都合に子供が振り回される事があってはならないという、職業倫理が正常に働いた結果だった。
しかし、その結果、神の如き存在の矢面に立つ羽目になった。大赦から容易く横槍が入らない代わりに、女性教諭には未だかつて無い責任の重圧が掛かった。
「私は勇者でも巫女でもないのに・・・・・・」
"安芸先生"と生徒に慕われる女性教諭は嘆息して天井を仰いだ。
「ふぅ・・・・・・」
大赦との交渉だけでも疲労が大きい。
それだというのに、これから待ち受けているのは神樹が恐れる程の存在への対応。
目を瞑って、少しだけ休憩する。
瞼の裏に浮かぶのは、神樹のお役目で擦り傷を作ってもへこたれない、可愛い教え子達の顔。
「・・・・・・うん、まだ頑張れるわね」
わずかな休憩だが、やる気は出て来た。
神様だろうと、教え子の為なら立ち向かってやるという気になる。
そう決意した瞬間だった、携帯端末の呼び出し音が鳴ったのは。
「あら、乃木さん・・・・・・?」
それはまるで覚悟を待っていたかのようなタイミング。
安芸教諭は通話アイコンをタッチして、電話に出た。
「はい、安芸です」
そして、教え子から寄せられた相談に安芸教諭は意識が遠くなる気がした。
――時間と世の理を超越するお姉ちゃんの家を探しています。
安芸教諭が、今日はホテルを使ってもらいなさいと指示を出したのは、現実逃避の産物だった。
まさか、大赦が言うような存在が、小学生に家を探すのを手伝ってもらう事は無いだろうという。
「貴女が乃木さんの・・・・・・郡千景さんね、家が無いのは確かに大変よね。大丈夫、今晩はこっちで宿を取ってあげるから」
それから電話口に出てもらった相手には、安芸教諭の名義で予約したホテルを教えた。
しかし、通話先の少女らしい幼さの残った声には、安芸教諭の責任感が擽られた。
大人として、教師として、子供を導かなくてはいけないという。
「その代わりじゃないけど、今後について何か相談に乗れるかもしれないから、郡さんと直接会って話をしたいのだけど・・・・・・。どうかしら?」
それはよくある、家出少女に対する姿勢だった。
大赦の指示や、教え子が相手をどう称したかなど、安芸教諭は完全に頭から追い出していた。
つまりは現実逃避、相手はただの困っている未成年者だという認識で、思考を止めていた。
「それじゃあ、ホテルのラウンジで」
それこそ、この日の安芸教諭の初動対応が完璧だったと評価されるなど、予想する筈もない。
教師として子供を守らなくてはいけない。
安芸教諭の頭にあるのはそれだけだった。
それ故に、一波乱ある事は約束されていたが、それはまた別の話である。
(つづく)
百川合瀬様、誤字報告ありがとうございます。