勇者のいる神樹館小学校も、昼休みは他の小学校と変わらない。
サッカーボールを抱えて校庭へ駆けて行く子。
昨日発売された雑誌について友達と話し始める子。
誰もが自由に遊んでいる。
園子もまたその一人で、昼休みには教室を出て、ふらふらと歩き出した。
「そーっ・・・・・・」
そうして園子がこっそり覗き込んだのは職員室の隣にある応接室。
ソファーに腰掛けた人影が、教科書を読んでいるのが見えた。
「・・・・・・バーテック・・・・・・の神・・・・・・」
「それは・・・・・・赦の・・・・・・閲・・・・・・」
ソファーの向かいにいるのは、安芸先生だ。
個人授業をしているらしい。
気軽に混ぜてと言えない雰囲気がして、少し残念だった。
「そのっち、何をしてるの?」
「あ、わっしー。えっとね、お姉ちゃんに会いに来たんだけど、安芸先生の授業中でどうしようかなーって」
園子を追いかけてきたらしい、須美に事情を説明する。
先日のお役目の後、園子は千景をどうすれば良いか悩んだ。
乃木家に連れて帰るべきか、どうするべきか。
そして、悩んだ結果、安芸先生に相談したのだ。
すると、安芸先生が面倒を見てくれる事になり、千景は昼間はこうして神樹館の応接室で過ごす事になった。
しかし、安芸先生の元へ行ってから、千景はずっと園子の夢に出てきてくれない。
結果、園子は心寂しい日々を過ごしているのだった。
「合宿では一緒に居られるんでしょう?」
「そうだけどー・・・・・・えいっ」
「わっ!?」
園子は幼い頃からマイペースな一方で、寂しがり屋のところがある。
千景に甘えて解消できないなら、もう銀や須美と触れ合うしかなかった。
「わっしー、すごい包容力・・・・・・これはいろんな人が夢中になるわけなんよ~・・・・・・」
「いろんな人って誰よ・・・・・・」
「うちとミノさんとか~?」
「二人だけじゃない、もう・・・・・・」
須美は口では呆れているようでも、その表情は温かい。
須美の優しさに安心した園子は、昼休みも須美と一緒に図書室で過ごす事にした。
須美におすすめされた本、偉人の伝記なんて園子は一度も読んだことが無かった。
けれど、須美と一緒だと思うだけで楽しいのだった。
「あら、どうしたの、そのっち?」
しかし、それでも何故かふとした拍子に寂しさが湧いて来る。
そんな時は、どうしても須美に甘えずにはいられなかった。
「わっしーが消えちゃう気がして、つい~」
「そう・・・・・・。じゃあ、安心するまでそうしてて良いわよ」
「ありがとー、わっしー」
後ろから須美を抱きしめて、その肩越しに一緒の本を読む。
この日から、園子の須美に対する愛情表現が、また一つ増えたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そして放課後になり、園子らは安芸先生に呼び出された。
「合宿にあたって、三人の中で隊長を決めないといけないの。乃木さん、お願いできるかしら?」
それは近く予定されている、お役目をこなす為の合宿の話だった。
園子は隊長の人選があまりに不思議で、自分よりしっかり者の須美を見た。
すると須美も、安芸先生に尋ねていた。
「あの・・・・・・安芸先生、どうして三人なのでしょうか?」
しかし、まず須美から出たのは、年長者が省かれていることへの疑問だった。
「郡さんの事情は、どの程度知っているかしら?」
安芸先生の質問に、須美は丁寧に答える。
郡千景は、西暦の勇者で、神樹に依らない力を有している。
前回の祝勝会において、お役目はバーテックスを追い払う物だという説明を誤解していたことが判明したが、結果的にはバーテックスを即座に倒して即座に治すという、控えめに言っても相手を手玉に取るだけの力を見せつけた。三人がかりで一体のバーテックスに苦戦している園子達とは、隔絶した力を持っていると表現しても過言ではない。
「力が違いすぎる、ということでしょうか・・・・・・?」
「いいえ、怒らないで聞いてほしいのだけど・・・・・・」
安芸先生が申し訳なさそうに告げるのは、大赦の事情だった。
この数日で、安芸先生を介して、千景の存在は大赦に知れ渡った。
すると、千景の扱いについて様々な意見が吹き出したそうだ。
賛否両論、排斥路線か融和路線か、次の神託を待つか待たざるか。
「内部が乱れすぎて、赤嶺からも郡さんの扱いは慎重を期すよう言われて・・・・・・」
「赤嶺・・・・・・?」
須美が首を傾げるが、園子も赤嶺家はよく知らない。
赤嶺家の人間が来ると家の雰囲気がピリピリするが、それと関係があるのだろうか。
「とにかく大赦が落ち着くまで、乃木、三ノ輪、鷲尾に郡さんを並べて刺激したくないの・・・・・・」
「なるほど・・・・・・」
その説明で納得したのか、須美は園子に強く隊長を勧めた。
それが一番平和に収まるという、大人のような意見だった。
「園子がリーダーならいいんじゃないか?」
銀も園子を応援してくれた。
「えっと、お姉ちゃんがいないけど、いいのかな~・・・・・・?」
「郡さんは"園子ちゃんがリーダーなら全力で応援する"と言ってくれたわ」
「じゃあ、がんばろうかな・・・・・・?」
園子は少し姿勢を正して、皆の推薦を受け入れることにした。
こうして、園子は皆に頼られる嬉しさと、責任を背負うことになるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
一方でその頃、千景は応接室で一人の大赦の神官と話をしていた。
その表情は、この世界の千景にしては珍しく険しいものだった。
「貴方は誰かと話すとき、顔を隠すよう教わったの?」
不機嫌な理由は、神官の出で立ちゆえだった。
大赦の仮面をつけた神官に、千景は素顔を見せるよう促した。
「私は、神を代弁する立場として此処にいますので」
「神託なんて解釈次第で歪められるじゃない。大事なのは誰が伝えるか、だと思うのだけど」
「神樹様からの神託をお伝えします」
しかし、神官が仮面を外すことは無かった。
信仰心を貶すような事を言われても、何ら反応を示さない。
大赦の神官としては正しい姿だが、千景がそれを好むかは別の話。
千景の知る神の代弁者、上里ひなたは千景の目を見てまっすぐ話していたのだから。
「"神樹の隷となるべし"」
「なにそれ」
「貴女様には今後、我々の隷下に加わって頂きます。大赦においても組織再編が行われますので、今後は一切、乃木園子をはじめとする勇者との接触は控えて頂きます。貴女様専用の施設を用意致しますので、今後はそちらでお過ごしください」
「は?」
「拒否された場合、問題が生じるのは貴女様一人ではございません。どうかご理解を」
そして告げられた言葉に、随分とふざけた神託だと、千景は内心で毒づいた。
神託のくせに神官よりよほど人間臭い。
神の声を聞き慣れている千景は、大赦が神託をわざと曲解していると解釈した。
千景を挑発する意味はわからないが、おそらくは大人の事情。
もっとも、これを正しい神託と信じている、神官にそんな自覚は無いだろう。
「考えておくわ」
「ありがとうございます」
だから、千景は適当にはぐらかして話を切り上げた。
そして、応接室から退出する神官を見送って思うのだった。
最初に安芸先生に会えて良かったと。
「さて・・・・・・赤嶺の連絡先は・・・・・・」
安芸先生の伝手で、千景はこっそり大赦関係者と知り合っていた。
そのうちの一つが、赤嶺家だった。
過去に赤嶺友奈という少女と知り合った縁があり、興味が湧いたのだ。
そうして安芸先生に尋ねてみれば、古波蔵棗という勇者を一族の恩人として神樹の次に祀っている家系と聞き、これは知り合いのコネが使えると思ったのだ。
千景は夢を介して千景の世界へ戻り、沖縄で棗に頼み込んで写真と一筆を入手。
安芸先生に手紙と共に託して、赤嶺の人間と話をする機会を得た。
当然、赤嶺友奈のような少女はいなかった。
しかし、赤嶺家代々、三百年かけて熟成された棗への慕情を滔々と聞かされたので、棗への手紙を預かろうかと、千景が親切心から提案。タイムパラドックスについては特に問題無い、千景の知っている棗は赤嶺の恩人であっても異世界の住人である。
千景の能力は奇しくも神樹のお墨付きらしく、すぐに手紙を預かる事になった。
棗の手紙を携えた交流はまだ一度きりだが、一通の返事だけでも大いに喜ばれた。
その喜び方は、家の偉い人が千景を座敷に上げて茶を出してくれる程だった。
棗の手紙で慕情が募ったのか、沖縄へお礼参りしたいと願望が口からこぼれる場面もあった。
四国の外の状況は安芸先生から聞かされて、有力な家の人間はそれを知っているとも聞いていたので、赤嶺にとってそれが夢のような願望である事は千景も理解していた。
しかし、千景にとっては、外の状況はわりとどうにかできる物だった。なので、千景はバーテックスから世界を取り戻して赤嶺へ沖縄旅行をプレゼントする代わりに、大赦と友好関係を作るのを支援してほしいと取引を持ちかけたのだった。
「郡千景です。はい、先日は美味しいお茶、ごちそうさまでした」
千景には皆と仲良くしたいという以外に、大した下心は無かった。
ただ偶然、赤嶺家が大赦組織に内偵を忍ばせる公安じみた家系で、発言力があっただけで。
「はい、少し困った事が・・・・・・」
大赦とのやり取りで困った事があればいつでも相談してほしい。
このときの電話も、そんな赤嶺の親切な申し出に、千景が甘えただけだった。
「私は大赦に嫌われているのでしょうか・・・・・・?」
「はい、私を遠ざけて、園子ちゃん達に何かしようとしているなら・・・・・・」
「二度目は絶対に許さない・・・・・・。あ、すみません、大社に騙された事があって、つい・・・・・・」
だから、この電話をきっかけに大赦仮面の是非や、千景への対抗策として開発されていた勇者を生贄とする満開システムを巡って粛清の嵐が吹き荒れたとしても、それは千景の意図せぬ事である。
千景の名誉の為にも、それだけは断っておく。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そうして訪れた、合宿当日。
園子達が合宿所へ車で移動している最中のことだった。
「この間はごめんなさいね、大赦の掃除を手伝わせちゃって」
「気にしないで、なんだか私のせいだったみたいだから・・・・・・」
安芸先生と千景がそんな話をしていた。
それを拾った園子が、なんとなく銀に話を振る。
「お掃除といえば、ミノさんのお家にもお手伝いさんが増えたんだよね」
「そうそう、お役目が始まって、あたしができなくなった家事の手伝いをお願いしただけなのに、わーって大勢やって来てさぁ・・・・・・」
そういって、銀は少しだけ愚痴をこぼした。
最近では、自分を求めてくれるのは甘えん坊な弟だけだと。
「えー、私達もミノさんのこと大好きだよ~? ねぇ、わっしー?」
「まぁ、そうね・・・・・・」
「それにミノさんはクラスでも人気者だから~。きっとミノさんがいなくなったら・・・・・・いなくなったら・・・・・・ぐすっ・・・・・・」
「わー! 園子、想像で泣くのやめろよ!」
「ほら、そのっち! サンチョよ、ほら、ボクサンチョ~」
「サンチョはそんなこと言わない・・・・・・ぐすんっ・・・・・・」
「まさかのダメ出し!?」
安芸先生に叱られるまで、そんな騒がしい道中は続いた。
ちなみに、千景も後輩をきちんと注意しなさいと叱られていた。
悪い事をしていない千景が叱られるのが、園子には不思議だった。
しかし、千景が嬉しそうにしていたのは、もっと不思議だった。
「遠慮してくれるのは嬉しいけど、郡さんはもっと堂々としていいのよ?」
「そんなこと言ったら、また大赦が驚く事になるわよ・・・・・・?」
「構わないわ。大赦もようやく落ち着いて来たから、後輩の指導くらい遠慮せずしなさい」
「・・・・・・じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」
でも、それが千景への叱咤だとすぐにわかり、園子も安心した。
それに、千景がまた構ってくれる。
それがわかって、園子はこの合宿がより楽しみになった。
「よかったわね、そのっち」
「えへへ~、お泊まり会が楽しみなんよ~」
「園子は本当にみんなと一緒が好きなんだな、愛い奴め~」
須美と銀と手を繋ぎ、千景もいて、安芸先生の運転する車の中。
ひさしぶりに安らぎを感じる園子なのだった。
(つづく)
赤嶺家(本作において)
西暦において、古波蔵棗に守られて沖縄を脱出し、四国の英霊碑に古波蔵を刻んだ一族。
古波蔵棗については花山家の侠客立ちみたく、理想の勇者として赤嶺家に代々語り継がれている。
(例:赤嶺友奈「棗お姉さま~♪」←棗との面識無し)
大赦では忍者やスパイと表現されるような裏方仕事を任されており、その冷たい仕事柄がまた棗への慕情を煽っており、大人になって世間の冷たさを知るほど棗の慈愛と勇気に涙を流す一族。
なっつんが何か言えば、高嶋さんに何か言われるぐんちゃん並にチョロい。
なっつん大好きなことを除けば、大赦のKGB。「大赦に消される」の正体。