38話(終) 9月5日の真相
9月5日
窓のないビル
「うおぉぉぉぉぉ!」
「はぁぁぁぁぁぁ!」
2人の男が互いに高め合うかのように叫ぶ。
上条当麻とアレイスター=クロウリー。
伴侶を庇うように立つ吸血鬼は、右腕の竜を操り、宙に浮いた緑の装束の魔術師を狙う。
宙に浮いた魔術師がそれを迎え撃つ。
策などなかった。
ただお互いに、己の全力を、相手の全力にぶつけるだけだ。
ドカンッ!
攻防は一瞬。
ビルの壁が吹き飛び、閃光が外にまで漏れ出した。
「ぐはっ…」
アレイスターが低い呻きを漏らす。
敗れたのはセリオン。
勝ったのはハディート。
こうなる結果はやる前から見えていた。
この世の法則を調べ尽くし、それを統べるまでに至ったアレイスター。
しかし、“ホルスの力”にこの世界の法則は通用しない。
人間がどれだけ脚力を鍛えてもチーターには勝てない。
まして、今回の敵はドラゴンだった。
攻撃を受けても、なお呼吸を止めずにいられたことが奇跡に近い。
「グオォォォォォォォ!」
最早、躱す術など持たないアレイスターに“竜王の顎”が襲いかかる。
「ああ…」
アレイスターの口から息が漏れる。
「長かったな…」
竜王の顎がアレイスターを呑み込み、彼の意識はそこで途切れた。
「はっ!」
ベッドの上で、男は短い叫びをあげた。
「夢か…」
ハァハァと、荒い息遣いのまま身体を起こす。
もう何度目かも忘れてしまった夢を見ていた。
史上最高の魔術師にして最高の科学者であった学園都市の統括理事長・エドワード=アレクサンダー=“アレイスター”=クロウリーの“死”の場面の夢を。
否、夢ではなく記憶と言った方が正しいのだろうか?
まあ、どちらでも障りないだろう。
あれから40年以上の時が流れた。
学園都市も、世界も、様変わり…とまではいかないが、少しずつ変わっている。
男は頭を切り替えようと、洗面台に向かい、顔を洗って歯を磨いた。
そこで、毎日起床する時刻が近づいてきていることに気づいた男は、そのまま朝食を摂ることにした。
コーヒーを飲みながら朝刊を読む。
一面には、統括理事長・削板芹亜と英国女王・ヴィリアンの会談についての記事が載っていた。
写真には、削板夫妻とヴィリアン・ウィリアム夫妻が写っている。
読み進めていくと、先日ハリケーンに襲われた地域でARISAがコンサートを行ったという記事もあった。
若さこそなくしたものの、人気はまだ衰えを知らない彼女であった。
鳴護アリサは、エンデュミオンの一件以降も、多数の魔術師たちから襲撃を受けたが、シャットアウラ=セクウェンツィア率いる黒鴉部隊が全て撃退した。
その後“何故か”イギリス清教が、アリサへの不干渉を提示し、破った魔術師たちを悉く殲滅するようになったため、彼女の安全は保証されるようになった。
他にも幾つか興味を引かれそうな記事はあったが、男は機械的に目と手を動かすばかりで、目立った反応は示さなかった。
実際、彼は世間の動きなどというものに興味はなかった。
目的を40年前になくした彼にはどうでもいいことだった。
そんな彼の目が、とある小さな記事で止まった。
フッと、皺が増えた口元を持ち上げて呟く。
「相変わらずやっているようだな、“偽善使い(フォックスワーズ)”」
その時、彼の部屋の扉が開き、看護士姿の女性が入ってきた。
「星先生!急患です!」
「わかった。すぐに行く」
新聞をそのままうっちゃると、壁に掛かった白衣に袖を通しながら、足早に廊下へ出ていった。
「道くん、状況は?」
「第7学区内で事故があったらしく…」
彼らの声が遠のいていく。
男が見ていた記事がこれだ。
───────────────────
ロシア北西部の寒村で一夜にして村人の半数近くが失踪するという事件が発生した。
2日後全員が無事に家に帰ったのだが彼らは失踪していた間の記憶をなくしていた。
取材に応じた村人は「吸血鬼が出た」「ドラゴンを見た」「若い東洋系の男女の余所者がいた」「余所者の男女は魔法使いだった」などと語っている。
(記事:佐天涙子)
───────────────────
これにて完結です。
これまでご愛読して頂いた皆様に感謝。
どうにか最終回を迎えることができました。
感想、質問、指摘などなどお待ちしております。
面白いと思われた方は是非、評価の方をよろしくお願いします。