ルミルミ√はPTA的にまちがっている。   作:あおだるま

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ルミルミの誕生日にかこつけて短編を書くつもりが、ルミルミの誕生日が設定されてないからこんなことになってしまった。よって様子を見て続いたり続かなかったりします。


その1

 

 朝の教室は、ため息が出るほどにいつも通りだった。

 

 うるさい女子に下品な男子。高校生になっても中学校、いや、小学校の時と何ら変わりない。勉強する振りをして、仲のいい振りをして、楽しんでいる振りをする。 

         

 誰も本当のことは言わない。核心には触れない。偽物に言及することはない。

 

 偉そうにのたまう私も、鶴見留美という人間も、そんな彼らと実は何ら変わりない。

 

 教室の端の男子の集団が視界に入る。さっきから下品な笑い声が余計に私の神経を逆撫でる。集団の中心にはグループの中心人物のイケメン君と、気弱そうにヘラヘラと笑う男子がいる。イケメン君は気弱な男子に向かって、傍から聞けば暴言としか取れない発言を繰り返し、取り巻きはぎゃはぎゃはと笑う。そしてその気弱な男子すら、彼らに媚びるようにヘラヘラと笑う。そのグループの周りの人間も彼らに触れないようにする。

 

 私だってそうだ。こんな「くだらない」ことで、明日からの学校生活を壊すわけにはいかない。…あの人みたいに、あの林間学校の時みたいに全部を壊すことなんて、私には到底できない。

 

 そういえば。私はふとあの腐った目を、丸まった背中を、ひねくれた言動を思い出す。最近全然会ってないなぁ。最後に会ったのは、私の中学の卒業式。あの時は無理言って私の卒業式に来てもらって、お母さんと鉢合わせになって気まずそうにしてたっけ。おどおどするさまはどこまでも彼らしくて、つい傍から見ちゃってた。

 

 それももう一年前。あれからは私も総武高校にはいったばかりで忙しかったのもあったけど、あっちはあっちでゼミやら就活の下準備やらで忙しかったみたい。…とはいえ。私は彼の顔を思い出し、少しムカムカする。そもそも会えないのは大体あっちの都合なのだ。私がメールするたびに「あー」とか「おー」とか「また今度な」とか適当な返事するばっかりで、私のことなんて昔と同じでまるっきりの子ども扱い。ちょくちょくメールでもセクハラまがいのことを聞いてくることからもそれは分かる。「ちょっとは成長したか。身長とか体重とか、その他諸々」って。…そもそも私、小学生の時からあの雪ノ下さんよりは、全然胸あったし。林間学校でも、もし私も水着になってたら絶対私が勝ってたし。ちなみに由比ヶ浜さんは反則。チート。そろそろ運営に通報されたほうがいい。作者に贔屓されすぎ。垢BAN食らって、どうぞ。

 

 そんなことをぼんやりと考えていると、突然の後ろからの衝撃に意識は現実へと戻る。

 

「ルーミルミ!おはよ!」

 

 後ろを見ると、人を食ったような笑顔が私を迎える。いつも通りの無遠慮なスキンシップに思わずため息が漏れる。

 

「…はぁ。彩、もう一回だけ言っとく。後ろからいきなり抱き着くのも、そのふざけた呼び方もやめて」

 

 とくに後者は。その呼び方をされると彼に子供扱いされてたことを思い出して、イライラに拍車が掛かる気がする。

 

 彼女の名前は綾瀬彩。高校二年生になり、新しいクラスになってから一カ月。クラス替え直後から、ぼっちの私にやたらちょっかいをかけてくる。

 わからない程度に脱色されたセミロングの茶髪には、これまたわからない程度のパーマが当てられていて、制服も程よく着崩している。ぱっちりとしたその瞳とどちらかと言えば丸めの顔は、接する人間に安心感を与える。

 その見た目通りに性格もあけすけとしていて、嫌なところが一見して見当たらない。いわゆるリア充。いわゆる青春を楽しんでる系の人種。というかバラ色ど真ん中。私とは正反対。

 

 そんな人間が、私のようなぼっちに話しかけてくる理由。それは。

 

「えー、いいじゃん。かわいいじゃん、ルミルミって呼び方。…ほ、ほら、実際留美、めっちゃ可愛いし!」

 

 可愛い。彼女はファーストコンタクトからそんなことを繰り返し言い、私にまとわりついてきた。私は一層ため息を深め、思わず額に手を当てる。

 

「あのね、そもそも私男の子にも女の子にも、そんなこと言われたことないから。私の見た目が『可愛い』のは否定しないけれど、周りからは『本当にお前は可愛くない』としか言われないから」

 

 そもそも近寄られないから。思わずそう付け足しかけて軽く落ち込む。私がこんなことを考えてしまうのも、あの男の卑屈な猫背を知ってしまったからだ。そう。私は悪くない。全部あいつが悪い。

 と言っても、こういうこと言っちゃうところが多分可愛くないんだろうなぁ。自分の発言にまた自家中毒を起こしかける私に、彩は底抜けに明るく笑う。

 

「あはは。確かに普通に考えれば留美のそういう所、可愛くないのかもしれない。ま、ぶっちゃけほかの女子がそんなこと言ってたらめんどくさいとしか思わないし」

 

 正論過ぎる彼女の言葉に思わず閉口する。私も嫌だ、私みたいな女子と付き合うの。

 

「でもね」

 

 彩は柔らかく微笑み、私の頬に手を当てる。

 

「強がってるのにすぐそうやって落ち込んでわかりやすい所とか、ほんとは優しい所とか、寂しいのにそれを隠しちゃうところとか。…私は好きだよ、留美のそういうとこ」

 

「…うぅ」

 

 そして私は、平気でこういうことを言ってのける彼女をこの一カ月、振り払えないでいた。彩は黙る私の顔をのぞき込み、満足気に一つうなずく。

 

「ふふ、やっぱり可愛い…あっ、そういえば、留美、教育実習生がくるって話きいた?」

 

「…教育実習?」

 

「そ。なんか朝からクラスの女子が騒いでたからさ。ちょっと聞いてみたんだけど――」

「――おーし、お前ら席着けー」

 

 乱暴にドアが開けられ、見るからに体育会系のジャージを着た若い男が教壇につく。私たちの担任の教師、中井先生だ。下の名前は忘れた。言うまでもなく、私は苦手だ。

 話の腰を折られた彩は小さく舌打ちをし、「じゃ、また休み時間にねー」と言い残して自分の席に戻る。彼女もどうやらこの手のタイプが苦手なようだった。

 

 一通りクラスの人間が席に着いたことを確認し、中井先生は大仰に咳ばらいをして口を開く。

 

「えー、今日はホームルームの前にちょっと話がある」

 

 元々この教師はホームルームの始まりを、私的な雑談か著名人の格言から入ることが多い。また何か言ってるなぁ。そんな話に毛ほども興味がない私は、校庭の葉桜を眺めながらなにとは無しに聞き流していた。

 

 散り切った桜を見るともう4月も過ぎたのだと思い知らされる。1年生は本当に退屈だった。小学校からそのまま持ちあがる中学校。そんな中学で人間関係が上手くいかないのは分かり切っていたことだけれど、それは高校に入ってもそんなに変化がなかった。

 結局、雪ノ下さんがあの時に言ったことはある意味で正しく、ある意味で間違っていた。中学になったらよその人が一緒になって私をハブる。それは的を射ていたのかもしれない。私は中学校でも友達ができなかった。それは小学校の、私を排他していた彼女たちの働き掛けがあったのかもしれない。

 しかし、地元の人間がいない高校でもそれは変わらなかった。私は独りのままだった。

 つまり、これはどこまでも私の問題なのだ。私は改めてそう思う。どうしても周りの人間のように、空虚な会話に話を合わせる気になれない。他人の悪口や他人を傷つけることを一緒に、嬉々として楽しむことができない。それらを共有することで「友情」を育むことができない。それが社会に出るために、将来を生きるために必要な技能になるとうすうす気づいてはいながら、私は排他する側に回ることができない。

 

 要するに、一番卑怯なのは私なのだろう。排他されていた小、中学校とは違う。排他する側にもされる側にもならず、何とも交わらずに惰性で日々を送る。

 二年生になってからはなぜか綾瀬彩が私に興味を持っているようだが、それはたまたま私なんかに興味を持つ人間が現れたというだけで、私自身に変化があったわけではない。鶴見留美という人間はどこまでも孤独で、どこまでも空虚で、どこまでも卑怯。小学校の時の私から、何も変わってなどいない。

 

「どうぞ、入ってきてください」

 

 そんなことをつらつらと思う私の意識は、いつも不遜な中井先生の、少しかしこまった態度によって現実に戻される。

 

「はい」

 

 ガラガラガラ。控え目にドアを開ける音ともに、その人は恐る恐る教室に入ってきた。

 

 その瞬間、さっきまでの爛れた空間が、音を立てて崩れ落ちた。

 

「えー…今回教育実習生として参りました、比企谷八幡と言います。…まあその、短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 小学生の時から想い続けていた彼が、なぜかそこに、私の大嫌いな空間の中にいた。

 

 は…

 

「八幡!!」

 

 一年ぶりに見る彼。気づけば私は心の中ではなく、直接呼びかけていた。

 

 ぼっちが突然上げた奇声。反対にその空間には静寂が降りる。

 

 八幡は呆然と私を見つめ、綾瀬彩の笑い声だけが甲高く朝の教室に響いた。

 

 

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