とある昼休み。
名も知らないスリザリンの生徒にぶつかった。大柄の男子生徒だったため、かけていた分厚い眼鏡は宙を舞い、ヒビがかなり目立つ部分にハッキリと残ってしまった。
とは言っても、替えの眼鏡も無く裸眼ではほとんど生活できない私は、元の眼鏡をかけ直すしかなかった。
ただでさえ笑い者なのに、こんな眼鏡で過ごさなきゃいけないなんて…。早く直して元に戻さなければ。
杖はあるが、眼鏡を元に戻す方法は呪文集で調べに行かなくちゃいけない。
そう思い、足早にグリフィンドール寮へ戻る塔の中、久しぶりにハリーと遭遇した。
いつも隣にいるロンがいない。ハーマイオニーもいない。塔の螺旋階段には今、私と彼だけがすれ違いで通過することになる。
ここはふくろう小屋でもないし、落ち着いて話せる環境じゃない。
そそくさと通り過ぎるべきか、挨拶くらいはするべきか悩んでいる内、目が合ってしまった。
(…今眼鏡割れてるのに…!なんでこんな時に会っちゃうんだろうか…)
恥ずかしさで消えてしまいたい位だったが、予想外に彼は足を止め、私の方へ向き直った。
「エロイーズ、その眼鏡…」
「あ…あの、さっき…ぶつかったら割れちゃって。」
慌てて説明しながらも、気まずくて顔が上げられない。
どうして、好きな男の子にこんなみっともない姿を見せなければいけないんだろう。
せっかく彼と久しぶりに会話が出来ているというのに、こんな状況だなんて憂鬱過ぎる。
「そっか。ちょっと、眼鏡を貸して?」
そう言うとハリーは、私の顔からいつの間にか取り外したひび割れ眼鏡に向かって、
「レパロ!」
と唱えた。
黄色がかった火花が散り、私の分厚い眼鏡は、ヒビがあったことがまるで嘘みたいに元通りになっていた。
レパロ…そういえば原作でも、よく出て来てた呪文だったのに。実際に魔法界に居ると、授業で習う呪文の習得で精一杯だから、その他の便利な呪文まで頭が回らないのだ。
「僕もよく壊すんだ。ハーマイオニーに教えてもらった呪文だよ。」
ハリーが言う。
「うわぁ、君、僕よりも目が悪いんだね。すっごく分厚いレンズだ。」
そう続けると、私に眼鏡をかけ直してくれる。
「あの…びっくりした、ハリー。わ、わざわざありがとう…。」
驚きと嬉しさ以上に、何気なくこれまでに無い程の距離まで接近していることに気付き、なんだかうまく息が出来なかった。
「どういたしまして。エロイーズの素顔、始めて見た気がするなぁ。レンズのせいで、いつもはよくわからないし…」
な、なんて無自覚な人たらしだろうか…。
主人公だからってこんなに…いや、もう何も言うまい。
とにかく上手く言葉も出てこないし、顔も火がついたように熱くなっている。
ハリー以外にこんな姿を見られたら、と思うと恐ろしさで少しは落ち着いたが、やはりこれ以上は心臓に良くない。
曖昧に笑みを浮かべつつ、彼にもう一度感謝を伝えてからは一目散に撤退した。
もう呪文集を探しに行く必要も無いし、眼鏡も元通りになった。けれど、彼と同じ方向へ戻る勇気も、心の準備も出来ていない。
何より、こんな真っ赤な顔と落ち着きの無い心臓をどうにかしなければ。
寮のベッドに顔を押し当て、ひんやりとした柔らかな感触を感じながら、たった今、塔の中で遭遇した彼とのやり取りを反芻する。
一体彼はどれだけ人たらしなのだろうか。
原作にはここまでの描写は無かったと思う。
むしろ奥手な印象だったのに。
この世界のハリーときたら、ジェームズも顔負けの振舞いばかりに思えるのは、私の気のせいだろうか……??
「すっごいドキドキした……本当、心臓に悪い…」
がらんとした寮の寝室の中、誰にも聞かれない位の音量で、エロイーズは一人呟いていた。