その日、日本のある沿岸では大勢の見物客が押し寄せ、また上空には多数の報道ヘリが飛び交っていた。
彼等が目にする先にあったのは、数隻のタグボートに曳航される、一隻の古びた蒸気船であった。
しかし如何に古びた蒸気船といえども、それは6本のマストと5本の煙突、巨大な一対の外輪とスクリューを持ち、そして全長は200mを超える。そんな巨大な蒸気船の存在は、見物客の目を引くには十分は代物であった。
この船が建造された19世紀当時において、蒸気船が帆を持っていることは決して珍しいことではなかった。
また現代においても、200m級の船は決して珍しい存在ではない。
しかし、19世紀に建造された当時では、この船は正に破格の超大型船であった。そしてその巨大さゆえに、この船が建造されてから以後約50年間は、これより大きい船は出現していない。
そしてその新しく出現した船とは、第一次世界大戦真っ只中の、1915年にドイツ軍のUボートによって撃沈された、豪華客船ルシタニア号であった。
彼の兄弟船とは違い、周囲の反対を押し切る形で建造されたこの船は、実に幸運に恵まれた船であった。
主に貨客船として世界中を周り、そして二度に渡る世界大戦を生き抜いたその船は、輸送船や病院船、練習船や浮き倉庫と経て、修復のため日本へ渡り、そのまま当時の様子を知ることが出来る博物館船へと生まれ変わったのである。
余談だが、第二次世界大戦中には、アメリカの五大湖で運用された「ウルヴァリン」や「セーブル」同様、訓練用の空母に改装する案も挙げられた。しかし、イギリス軍首脳部や英国王室の意向により、この計画は最終的に却下されたという経歴を持っていた。
そして戦時中に輸送船として機能させる為に、アメリカ軍の手によって波の抵抗を受ける外輪を外されていたが、博物館にする時外輪が再び取り付けられ、エンジン類も修復され往年の姿に蘇ったこの船は、市民の憩いの場所にもなっていた。
けれども財政難や、船体の老朽化の為に保存活動が難しくなり、とうとう解体されることになったのだ。だが解体されるのを拒むように、ワイヤーの寸断や、タグボートの不調といった事故が続いたりしていたが、とうとうその日がやってきたのだ。
一世紀以上もの年月を重ねた老朽船を、ぜひ一目見ようと見物客が押し寄せていたのである。繋留のためのロープが解かれ、無人であったその船が沿岸を離れ始めていた時、突然それは起きた。
まばゆい光がその船を覆い、次の瞬間にはその巨大な蒸気船は跡形もなく消え失せていたのである。この時タグボートの乗員数人が、巨船を曳航するために馬力を出していた反動で軽傷を負った。
この出来事は世界中に知れ渡り、日本でも連日この出来事が報道されていた。
しかし一年もすると、人々はこの出来事を忘れ去り、一部の人間が調査を続けるに留まっていた。
こうして、栄光に満ちた蒸気船「グレートイースタンⅡ」号は、怪異現象に見舞われる形で、歴史の中にその姿を消した。
この物語は、そんな船に憑依(?)してしまった者の物語りである。
修論のストレスが爆発して、気が付いたらこんなん書いてました…。