夢を見ていた。
自分が建造された時、多くの者が働いていた。初めて海にその身を浮かべた時、周囲から歓声が起こり、記念撮影に引っ張りだこだった。
そして多くの者をアメリカへ運び、夢を与えた。
その後、大型客船や軍艦も次々と建造され、彼のすぐそばを航行したが、彼は笑顔で手を振り彼女達を見送った。
しかし急に暗転し、自分はイギリス海軍の制服を身にまとっていた。
安全だった大西洋も、Uボートの脅威に晒されながら、フリゲート艦に守られ兵士達を送り届けた。
そして一度目の世界大戦が終わり、今度は戦場から彼らを家に送り届けた。
…それと同時に、船倉に載せきれないほどの、帰ることが叶わなかった者達の形見の品、そしてそれらの所有者だった者達の戦死報告書、そして傷だらけで疲れ切っていた兵士達も一緒に載せて。
また場面が変わり、戦後の経済が上向きになった時、貨客船に戻り戦前と変わらず人や荷物を運んだ。それでも、もはや他の大型客船に勝てることは、決してできなかった。
しかし気にすることはなく、逆に嬉しそうに、その大型客船の娘達を見ていた。自分にとって、孫ともいえる娘達が、自分よりも有名になり、そして歴史に名を残すことが何よりの誇りだったからだ。
だがその平和な時間も、また終わりを告げた。
また暗転し、目の前には、灰色の雲に覆われたロンドンの街が見えた。二度目の世界大戦が始まり、自分はまたもイギリス海軍に呼び出された。今度は民間業者の所属のまま、特設防空艦の任を受けた。
多くの者が日光浴を楽しんだ甲板には、チェアの代わりに多くの対空砲が並べられ、客室は手術室や、弾薬庫になっていた。
だがそれは短い期間だけだったが、その次は、その時まだ十分な数がなかった他のリバティ船の娘達とともに、増員された兵士や武器弾薬を運ぶ仕事についた。
しかしそれも、短期間で多く竣工した娘達の存在により、とても短い期間で彼はまた、別の任務を受けることになった。
場面が変わり、自分が所属する民間業者の調査のために、派遣されることになった。なんでも、太平洋の支部がきな臭くなってきているためとのことだった。
だが太平洋に付いた時、ちょうど日本軍が勢力圏を拡大し始め、難を逃れようとあちこちの港を転々とした。
しかしとうとう捕まり、今度は別の国の下で働いた。国は違えども、その身で出来ることは何でもやろうと頑張った。
船は、自分が使えるべき主人を選べないからだ。
また場面が変わる。今度は軍港であった。
自分の体は、特設防空船の時のように、対空機銃や対空砲が装備された。違うのは、その数だ。それまでよりも多くの対空砲が、槍衾のように彼の体に合った。
そして度重なる警報に、その都度発射される砲弾や機銃弾。自分や彼女達のすぐそばで着弾する爆弾。
自分は今まで以上に傷だらけで、いつの間にか沈みかけていた。それでも機銃や対空砲を放ち続けた。
次は太平洋の岩礁にいた。自分の周りには、長門や酒匂、プリンツ・オイゲン、サラトガ、その他にも娘達がいる。皆、不安そうな表情を浮かべたり、達観した顔を見せたり、悔しそうに顔を歪めたりしていた。
彼女達のこれから起こるであろう運命を知っていた。彼に乗っていた兵士達が話していたからだ。
――――「新型爆弾の実験台」だと。
知ってしまった。あの国で起こった悲劇の兵器を、今度はこの娘達に使おうとしている。
―――許せない
確かに強固な軍艦を沈める程の兵器なら、国防に一大威力を加えられる。しかしそれは、その艦を作り上げた者達の誇りや、その艦に乗って戦った者達の誇りすら奪うものではないか。
敵と戦って沈むならまだマシだ。だが、標的など。
それにもし結果が出てしまえば、今度はその兵器が使われるのは、その敵国の軍事施設だけではない。恐らく一般市民の住む住宅街にも…。
あの二つの街の悲劇が、世界中で…。
そう考えた時、いつの間にか本来のコースとは違うところを航行し、そして動けなくなった。
彼女達はとても驚いた表情を浮かべていた。何故敗戦国の自分達を、何故標的となってしまった自分達を守るようなことをするのか。
だが自分は答えようとはしなかった。
疲れていたからだ。
長年あちこちを行き来し、さらに多くの二度の世界大戦だけでなく、多くの戦火も潜り抜けたその身からは、あちこちから軋むような悲鳴が聞こえていたのだ。
そして今回の座礁が決定打となった。
岩礁に座り込み、ただ目の前の波を見ていた。呼吸すらもきついものがある。彼女達に向け、ただ笑いかけ自分は大丈夫だと訴えた。
やがて彼女達は、一人、また一人と水平線の彼方へと消えていった。その時は皆、国に帰れることを実感したのか、泣いて喜んでいた。
それでも自分を見た時、悲しく申し訳なさそうな表情だったが、気にしなかった。最後の奉公が出来たのだから。
ただ、ふと頭の中にあったのは「彼女達」が国に帰れたかどうかだった。
やがて、経験したことのないような大嵐に身を任せ、海底に身を横たえた時、やっと自分の「最後の仕事」が終わった。
この身が朽ち果てるその時まで、眠ることにした。
そして…。
眩しさを感じ、彼は目をうっすら開けると、目の前に広がっていたのはあの暗い海底ではなく、真っ白い天井。
そこは、かつて自分の「中」にもあった救護室に似ていた。ここは恐らくそうなのだろう。
自分の今の姿を見ようと、動くたびに痛む首を何とか足元に向けると、貝類が大量に付着していた手甲のようなものがなく、青白い自分の手があった。
窓の方に目をやると、朝日が眩しく部屋を照らしていた。その眩しさに、彼の目からは、いつの間にか涙が流れていた。
「アカ、ルイ…ヒノ、ヒカリ…」
そして反対方向から扉を開く音が聞こえた。そちらの方に目をやると、そこには少し癖のあるボブカットをしている、へそ出しルックのノースリーブの女性と、ダルグレーの色の瞳と、同じ髪をポニーテールにし、薄紅色の和服のような服を着ていた女性が立っていた。
二人はとても驚いた表情を浮かべている。彼はその二人を知っていた。
「ム、ツ…?ホ…ウ、ショ…ウ?」
「あ、あなた…!も、もう傷は!?」
「鳳翔、私、提督と長門を呼んでくるわ!ちょっと見ていてあげて」
「わ、分かりました!」
陸奥が慌てて部屋を飛び出していった。鳳翔は、少し慌てたような顔をして彼を見ていた。
「ココ…ハ…」
「ここはパラオ泊地です。あなたはここに運ばれてきたんです」
「パラ、オ…」
彼は天井を見て何か考えていたが、鳳翔はそんな彼を見て、つい言葉が出てきていた。
「また、会えましたね」
「?」
彼は、一瞬何のことか分からなかった。だが、それがこの世界の歴史において、「あの港」で、共に停泊していたことを思い出した。
「あの後、私は復員してきた人たちを沢山、沢山運びました。他にも多くの艦が。知っていますか?出雲さんや磐手さんも、本土へ人を運んだんですよ?」
「アノ、カンモ…」
「ええ…。…それにしても、とても白い、ですね。この手」
鳳翔の言葉が途切れたが、彼女は彼の手を取り、何度も感触を確かめるように握りっていた。そして彼女は、静かに涙を流していた。
「本当に、沢山運びました…。あな、たが、守って…くれた。でも、何も…出来なかった。もう…あんなことを、あんな無茶を、しないで…」
彼女は彼の手に縋りつくように、泣いていた。そして廊下から騒がしい物音が聞こえてきた。
ドアが荒々しく開かれ、そこには陸奥と、白い軍服――かつて見慣れた二種軍装だった――を着た若い男性ともう一人。
「ナガ…ト?」