まばゆい光に包まれ、意識を失っていた彼は、唐突に波に揺られる感覚を受け、気がついた。ふと周りを見回すと、そこは日本の沿岸などではなく、大海原の真っ只中だった。
少々混乱していた彼は、諦めと同時に、船になった自分を改めて観察しようとしたが、そこで違和感に気付いた。
確かに体としての感覚はある。しかしどこかおかしい。
自分の目の前、それこそ手元のような――実際に手は無くとも――感覚の様子はある。しかしいくら感覚あろうとも、足元を見ようとしても首が全く動かないのである。
全くと言っては語弊があるかもしれないだろう。首は確かに左右に動くが、上下に動こうとしないのである。いくら感覚があろうとも、である。
彼には、それが一体何故なのか分からなかった。
しばらくし、落ちついて確認してみると、違和感の正体が分かった。自分の体は正しく船体であるが、人間であった頃のものもある。
だがその人間だった時の名残といえるものは、首だけだったのだ。
今の彼は、蒸気機関車が主人公である物語の、亜流ともいえる作品に出てくるような姿形をしていたのだ。人間の頃の名残である彼の首は、本来ならば船首付近にある操舵室の上に、転生する直前に被っていた、あの黒の帽子を被った状態で鎮座していたのである。
これには流石の彼も驚いていた。彼が考えていたイメージとしては、魂だけが入って、全身のイメージが明確な――例えるならば、透明人間のようなものしか考えていたために、より一層驚いていたのである。
そしてこの「体」になってから、自分のことを一通り考察してみた。
ゆっくり「歩く」限りでは、外輪だけが動き、普通に「歩いて」みると、外輪と同時にスクリューが動くのを感じた。
そして急いでみると、外輪とスクリューが激しく動き、先程よりも早く移動しているのが分かった。しかし、14ノット以上の速さを出そうとすると、機関が異常をきたし始めることも判明した。
何故分かるのかというと―人間で例えると―「胸」が苦しくなるのを感じたためである。それにより、彼は余程のことがない限り、全力を出すのは控えようと心に決めた。
また舵を切ってみると、動きが思いの外に鈍重であったため、手助けがなければ狭い所などは航行することが厳しいものである事が分かった。
そして分かったことがもう一つあった。この船体のクレーンや蒸気機関などの、いわば「体の一部」ともいえる物は皆、自分の思うように自由に動かせるということである。
それは自分が「どこか」を動かそうと思うと、その通りに動いてくれるのである。
何故動くかは分からず、また今の所それを披露する場所も、そして人もいないのが現状ではある。だがこれは、行動を広げることに役立つことは間違いない。
「やれやれ、これから一体どうなるのかの…」
更なる変化は、その口調であった。人間だった時の彼は、世間一般で言えば中年に差し掛かるくらいの歳であり、老人と呼ばれるには幾分早すぎたはずである。
しかし、彼の口調は正に老人そのものであった。
これにも困惑していたが、若く喋れるようにしてみると違和感を拭いきれず、逆に年寄りくさい言葉の方がしっくりきていたのだ。
これからどうするか考えていた時、なにやら頭の中で声が聞こえるような感覚を受け、目を閉じ集中してみた。するとその声は、門を潜る直前まで共にいた『神』のものであることに気が付いたのである。
『聞こえるかね?若いの』
『やはりあなたでしたか』
『おお、ようやく繋がった!まことに、すまなかった。まさか門にまで手を加えていたとは思わなかったのだ』
『では、やはり今の自分のこの姿や、口調も…』
『うむ。門が弄くられていたばかりに、因果律が更なる混乱を引き起こしたのだ。本来歩む世界に行ければ、このようなこともなかったのだが…』
『それは仕方がないとしましょう。下手をすると、私の魂は消滅していたかもしれなかったんですから』
『すまない…。我々が不甲斐ないばかりに…』
『それはそうと、この世界は、どのような世界なのでしょうか?』
『少し待ってくれないか。少し調べてみよう』
そうしてしばらくの間、海上で漂っていた。そして『神』の返答が来たが、それは驚くべき内容だった。
『ふむ…どうやら君がいるその世界は「艦隊これくしょん」というゲームの世界らしい』
『は…?え、ゲームってどういうことですか!?それになんですか、その…艦隊なんとかって!?』
『説明するから、落ち着いて聞いてくれ』
『神』の言葉に彼は混乱したが、説明を受けなんとか落ち着く事ができた。
この世界――「艦隊これくしょん」とは、第二次大戦期の日本海軍の軍艦を、いわゆる萌えキャラクターに擬人化させ、そのキャラクターのカードをゲーム中で集め、強化しながら敵と戦闘し、勝利を目指す。そのような内容の、シュミレーションゲームの名前であった。
そしてその擬人化した存在は、「艦娘(かんむす)」と呼ばれている。
『そして敵が、深海棲艦と呼ばれる存在の艦娘…ですか』
『左様。君は歪な形で、その世界に転生してしまったのだ』
『しかし、何故ゲームの世界に…』
『実は門を調べてみたのだが、あの下級神は、転生先をランダムに決めるようにしてしまっていたのだ。先程なんとか修復したが、君がもう一度門を潜るには、もうしばらく時間がかかるのだ』
『そうですか…』
『今、君は我々が考えていたよりも、さらに遠い世界にいる。今はこのように会話しか出来ず、貸せる力も僅かなものだ。だが我々の力や、その世界への道筋などが整ったら、もっと君に手を貸せるかもしれん』
『分かりました』
『微力ながら、君の幸運を少し上げる。そして、その船の記憶も付け加えよう。これならば、下手をしてもなんとかなるだろう』
『ありがとうございます。あ!あと、すみません。それと聞きたいことがあるのですが』
『どうしたのかね?』
『いくらゲームの世界とはいえ、傷付くこともあるでしょう。ですがこの船体を傷付けでもしたら、拙いのでは…?』
『それならば気にしなくても大丈夫だ。君がいくら傷付いたり改造されていようとも、ここに戻ってくる時には、元の姿に戻すことができる。だから時が来るまで、その世界を満喫してくれて構わない』
『あともう一つ聞きたいことが。何故かクレーンや機関とかが、自分の思い通りに動くんですけど、これは…』
『ふむ…恐らくだが、それも歪にその世界に転生した影響かもしれない。しかし、何かしらの悪影響などは感じられないから、多分だが、そのままでも何も問題はないだろう』
『はぁ…だったら問題はないかと…』
『…すまない。本来ならば今すぐ我々が向わなくてはならないのだが』
『いえ、本当に気になさらないで下さい!あまり謝られると、こちらも申し訳なくなってしまいます』
『…分かった。なるべく早くこちらに戻れるようにしよう。そろそろ会話も怪しくなってきている。これで一度切らせてもらうよ』
『分かりました。では何かありましたら』
『うむ。そちらから強く念じれば大丈夫だろう。ではな』
『神』が最後にそう言い、会話は途切れた。
船に憑依するだけでなく、まさかそのままゲームの世界に転生するとは思ってもみず、彼はどうすればいいのか、改めて途方にくれていた。
悩んでいても仕方がないと感じた彼は、艦橋にある――厳密に言えば、彼の頭の中にある――羅針盤を頼りに近くの港を目指していた。
いくら船に転生したとはいえ、人間の部分があるために、空腹を覚えるのは必須である。幸いにして、石炭庫には今の所石炭が十分備わっていたが、いつかそれもなくなる。ならばせめて補給を受けられる場所を、というように港を目指していった。
そしてしばらく航行していると、ふと自分の付近になにやら気配を彼は感じた。
停船し、そして辺りを見回してみると、何やら口や触手らしき物がついた、帽子のようなものを被っている少女が一人と、下半身が大きな球体に埋まっているような姿で、さらにそこに腕が固定され、完全に顔も被り物で隠れてしまっている少女が数人、彼のすぐ近くまで来ていたのだ。
彼はこの少女達を見て、内心では驚いていた。それは巨大な船体であるはずの彼を、帽子のような物を被っている少女が背伸びをするような形で、なんとか覗き込もうとしていたからである。
だが記憶と共に度胸も付いていたのか、自分でも思っていたより驚きは少なく感じていた。
この少女達こそ、先程『神』から教えられた「深海棲艦」であった。
だがここで―それも現在進行の形で―一つの問題が発生していた。実は、彼は『神』から情報としてそのような敵がいると教えられていたが、 その姿など聞かされていなかったのだ。
そのために、彼は目の前の「深海棲艦」達も、普通の「艦娘」のいずれかだろうと勘違いしていたのだ。それは両者共に少なからず慌てていた為に起きた、致し方ないことなのかもしれなかった。
「おやおや。嬢ちゃん達は、一体誰なのかな?」
話しかけてみると、少女達はとても喜んでいるように見て取れた。特に下半身が球体の少女達は、彼の周りを泳いでその喜びを表している。
「ヲッ!ヲッ!」
「何?自分は空母のヲ級で…この子達は輸送のワ級じゃと?」
「ヲッ!!」
話が出来てよほど嬉しいのか、ヲ級だけでなく、ワ級も笑みらしきものを浮かべている。それはまるで祖父に構ってもらえている孫と、見る事も出来なくはない姿であった。
そうしてしばらく他愛もない話をしていたが、少女達は用事を思い出したのか、彼から離れていこうとした。そこで彼は、船内にあった色つきの紐を、クレーンを使って彼女達に印として渡した。
ヲ級と呼ばれた少女に結び方を教えながら、それぞれ好きな場所に紐が結ばれていった。
「じゃあな、嬢ちゃん達。またどこかで!」
「ヲッ!」
『♪ ♪ ♪』
楽しそうに波間にゆれながら離れていった少女たちを見送り、再び自分一人になってから、彼はあることを思い出していた。
「あ、そういえば港がある島の場所を聞くのを忘れとったな…嬢ちゃん達の姿も、もう見えんし…仕方がない。また羅針盤で、地道に探すしかないのう」
そうして、再びあてもなく航行していると、遠くになにやら人影らしきものが見え彼は思わずため息を吐いた。同時にようやく港の場所を聞ける事に安堵し、その人影に近づいていった。
「ふう、やれやれ。島の場所を聞けそうな奴が、ようやく見つかったわい。おーい!」
その人影――どうやら二人組みらしかった――に近づいてみると、どうやら怪我をしているようで、特に頭頂部になにやら天使の輪のようなパーツがある一人は、どうやら重傷のようで、そして気を失い体が半分沈んでいたのが見て取れる。
そして同じように怪我をしている、左目に眼帯をし、動物耳のようなものを付けているもう一人は、重傷である彼女を守るように抱きかかえながら、彼を睨みつけていたのだ。