さーこれからどうしよう…。
リンガ泊地に所属する艦娘達が出撃を開始してしばらくして、彼は目的地の鎮守府の沖合500キロの地点までたどり着いていた。彼は不審船と間違えられ、攻撃を受けないように、彼を建造した国の旗―――ユニオンジャックの他に「本船を避けよ。本船は操縦が困難である」という国際信号旗を大きく掲げていた。
遠目から見れば、ただの時代錯誤の船にしか見えない。だが近づけば二人の艦娘が舷側に括られているのが見えた為、沿岸域の多くの船が、彼の姿をよく見ずに「武運を祈る」の発光信号を送っていた。
そして先程から、飛行機が彼の上空を旋回しながら彼を見張っていた。下から見た限りでは、日本軍の水上機のようであったが、その飛行機の下に、まるでぶらんこぶら下がっているかのように人がいたことに彼は驚かされた。
しかし器用に機体を操縦しており、また双眼鏡で見ているだけであった為、彼はあまり気を配る事なく航行した。
「ふう、やれやれ。ようやくここまで来たなわい。もうしばらくしたら目的地じゃな。じゃが、ここら辺も懐かしいのう…昔はわしみたいな船相手に、バナナの行商船とかがよく来たものじゃが…戦時中じゃ、さすがに今はないか」
昔を懐かしみ、「今の世界」の現状にぼやいていた彼は、遠くに船団らしきものに気がついた。
六隻ほどの船団が徐々に近づき、「汝、停船サレタシ」の発光信号を送ってきている。彼はそれに対し「了解」の返答を送った。
そしてその船団が近づいてくるにつれ、彼はそれが艦娘である事に気がついた。そして先程から上空を旋回していた飛行機が、その艦隊の一人に収納されるのを見て、先程から見ていたのはあの艦娘達のものであった事に気付いた。
彼は「やはり…」と考えていた。
そうこうしている内に、正規空母と軽空母が一隻ずつ、そして戦艦が二隻に重巡洋艦が二隻の、計六隻からなる艦隊が彼を取り囲んでいた。
彼女達はいずれも、彼の姿を見て激しく驚愕し、そして緊張した表情を浮かべている。
重巡洋艦である艦娘の一人は、もう既に涙を浮かべている。
それはそうだろう。
深海棲艦が蔓延る沖合いを、艦娘の護衛もないばかりか、大形船が平然と航行する事自体、今の時代では考えられないからだ。それによって、いくら彼が時代遅れの非武装船で、ユニオンジャックを掲げ、艦娘を曳航していても、不審船にしか見えない。
そして何より、彼の姿は彼女達のように人型ではなく完全な船形で、さらに船首付近に首が鎮座する形で納まっている。これまで何度も、人ならざる深海棲艦を相手にしてきた彼女達でも、さすがにこれには驚かされた筈である。
それによって、彼女達は目の前の船こそが、報告にあった新型の深海棲艦ではなのではないかとも危惧していた。
しかしもしそうならば、わざわざ天龍と龍田を鎮守府の方向まで曳航するだろうか?彼女達はどうすべきか悩み、しきりに互いに目をやっている。
やがて沈黙を破るかのように、正規空母の艦娘が一人、彼に問いかけた。
「貴船に告ぎます!貴船の船名、及び所属、そして目的を提示して下さい!」
彼はその質問に速やかに返答した。
「こちらは『グレート・イースタンⅡ』号じゃ!所属は…一応イギリスになるのかのう?目的は、この嬢ちゃん達をリンガ泊地の基地まで、送り届ける事じゃ!」
そう告げた瞬間、周囲の艦娘達は手にした弓や連装砲を握る手に力が入った。
もし何か怪しい動きをしたら、容赦はしない。たとえ自身が傷つこうとも、舷側の艦娘を助ける、そのような意気込みを見せていた。
「まあ、普通はそんな反応をするじゃろうな…」
「んん…どうしたんだよ、爺さん。もう着いたのか?」
「おお、起きたか嬢ちゃん。大丈夫かね?」
「ああ、さっきよりは少しマシになったけど…ここどこだ。基地じゃないのか?」
「起きたばかりですまなんだが、あの子達はお主の仲間じゃないかね?」
彼の言葉を受け、天龍は寝ぼけ眼をこすり、彼の周囲に展開している艦娘達に目をやった。
「あれ?赤城に祥鳳。それに皆も。どうしたんだ?」
「天龍ちゃん、じっとしてて!今助けてあげるから!」
「助けるって…おいおい山城、一体どうしたんだよ?」
「どうしたって…何を言ってるの!天龍ちゃんは、そいつにやられたんでしょう!?」
「はぁ?」
起き抜けだったが、天龍は彼女達が誤解している事に気づいた。確かに男の深海棲艦と戦ったが、戦闘中だった為に細やかな報告は出来ていなかったのだ。
だから取り囲んでいる彼女達は、何をどう思ったのか曳航している彼を、その深海凄艦だと勘違いしているのだ。
「いや、やられたって…俺達を攻撃したのは、確かに男の深海棲艦だけど、そいつ戦艦の主砲を持ってたし…それにそいつ、完全な人型だったぜ?」
「「「「「「え?」」」」」」
「……なあ爺さん。あんた、俺達みたいに、人型になれるか?」
「人型にじゃと?建造されてから、この姿でもう一世紀以上も経っとるんじゃぞ。無理に決まっとろうが…」
「で、でも、私達の例もあるんだから、その船がいきなり人型になって、私達を襲うかもしれないでしょ!?」
「俺達は、生まれた時から人型だろ?そんなのってあるのか?」
「さあ、のう…まぁ、船を人型に出来る専用の装置かなんかあれば、話は別かもしれんが…夢物語じゃないかの?」
「だよなぁ…」
「…ねぇ天龍ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど。なんで…その船とそんな、仲がいいの?」
祥鳳の質問も、もっともなものである。先に述べた姿の船と、自分達の仲間が親しげに話しているのだ。
さらにその姿を見た彼女達は、もしかしたら自分達がおかしいのかと思い始めてもいた。
「ああ。爺さんは、昔俺と龍田が引っ張った船なんだ。こうやって出会うのは初めてだけどな」
「引っ張ったって、え…?」
誇らしげに語る天龍の言葉に、扶桑は疑問の言葉を挙げる。彼はそれを補足するように、詳細を語る。
「石炭の過重積載で動けなくなった時、わしを引っ張ってくれた最初の軍艦なんじゃよ。この子は」
「え…いや、引っ張ったって」
「…ねえ。ちょっと、まって」
「どうしたの、羽黒」
「石炭の過重…六本マスト…外輪…『グレート・イースタン』…あの、もしかして、あなたって、『鈍亀船』や…あの、気を悪くしたらごめんなさい。『棺桶船』って…呼ばれた事とかって、なかったでしょうか…?」
「何じゃと?」
「ひぃぃぃぃぃ!!ごめんなさいごめんなさい!!」
「いやいや、別に怒ったわけじゃないんじゃ」
少し落ち着いたのか、涙が止まっていた羽黒と呼ばれた艦娘の口から、彼にとって思いもかけない言葉が出てきた。
それはまさに、彼を示す一つのあだ名であったからだ。
現役時代には、彼は「ラッキー・オールド」や「頼もしい幸運」等、この外にも様々なあだ名で呼ばれている。
しかし、彼はまさかその名を聞かれるとは思わなかったが、苦笑気味で答えた。
「ハハハ。まさかその名を聞かれるとはのぅ…まぁ、確かにその名で呼ばれたのも事実じゃな」
「『鈍亀』や『棺桶』って…爺さん、なんでまた、そんな縁儀の悪い名前で呼ばれてたんだよ」
「石炭の件や、船足…まぁ色々あって、そんな風に呼ばれた時も、あったんじゃよ」
実はあだ名が付けられた背景には、先述の過重積載の件や、元来の船足の遅さだけでなく、兄弟船の事も大きく関係している。
それによって、「兄弟船と同じように、いつか死人が出るのではないか」とまことしやかに囁かれ、いつしか「鈍亀船」や「棺桶船」等の不名誉なあだ名が付けられたのである。しかし時代が経つとともに、その忌み名は忘れられていった。
「まあ、遅いっちゅうのは認めるが…『棺桶』はな…先に言っておくが、わしは『棺桶』になった事も、ましてや死人を運んだ事すらもないぞ」
「あ、あー、そー…」
「あー…もう、いいか?」
緊迫した空気はとうに霧散してはいるが、那智が改めるように言葉を掛ける。
「すまないが、貴船は確か所属がイギリスと言ったな。それが、何故こんなところに?」
「いや、それがな…」
彼はこの世界にいる経緯を説明した。無論、転生云々という箇所は言わずにだが。
さらに彼女達は天龍の説得によって、彼が
天龍と龍田を固定するロープを解かなかったのは、解いた瞬間に龍田が沈んでしまうのを彼女達が恐れ、そのままで彼女達が彼を曳航する事となったからである。
リンガ泊地では、そこに所属する艦娘達が、入港してくる第二艦隊と、「捕獲」したとされ曳航される船を見ようと湾口付近に集結していた。その中には、すでに帰投している第一、第三艦隊も含まれている。
だが第二艦隊が入港すると、集まっていた他の艦娘は驚愕と緊張、そして中には先程の羽黒同様、涙目で怖がる駆逐艦の艦娘が見受けられる。そしていずれも、それぞれの連装砲を油断なくこちらに向けていた。
防衛用の沿岸砲ですら、砲口をこちらに向けている。
「お主とわしが、数時間前に出会った時のような状況じゃな」
「俺と?ああ…なんか分かった気がする」
「じゃろ?」
そして彼に括りつけられている天龍、龍田の二人を入渠させる為に、彼はドック付近まで曳航されたが、ここからが問題だった。
船尾付近で天龍と龍田が括られている為に、ドックへ彼を回頭させなければならない。
それには、タグボートが現状ではほとんどいないリンガ泊地においては、小回りの効く駆逐艦や軽巡洋艦の艦娘に頼むしかない。しかし第二艦隊を除く艦娘達は、彼の姿を不気味がり、中々近づこうとしなかった。
だが彼は、かつての恩人とも言える二人をどうにかして救いたかった。そして知らず知らずの内に、言葉が口を継いで出てきたのである。
「頼む、わしを解体でもなんでしてくれても構わん!じゃから、この二人を早く助けてやってくれ!!お願いだ!わしの昔の恩人なんじゃ!」
繰り返されるその言葉に、害意はないと分かり幾分か心を許したのか、おずおずと艦娘達は彼を動かし始め、船尾をドックに向ける事が出来た。
そして龍田と天龍が入渠すると、今度は使われていない解体ドック付近で仮泊させている彼に、艦娘達の好奇と疑惑の目が向けられた。停泊していても、艦娘達は砲口を油断なく構えている。
しばらくして、彼の事を聞きつけ、艦娘に護衛された真っ白い服に身を包んだ人物が、短艇に乗って彼の元を訪れた。彼の手にはメガホンが握られている。
「僕…じゃなかった、自分はこのリンガ泊地を任されている者です!貴船の艦名と艦級、そして所属を教えてください!」
拡声器の声を聞いた彼は驚いた。まさか自分に呼びかけてきた少年が、指揮官であり、ましてや提督だとは思いもしなかったからだ。
だがその少年は、部下の制止を押しとどめ、不審船である自分に可能な限り近づき、話しかけている。それに答えねば、自らの立場が今以上にまずいものになるのは、必至である。
その事を彼は考え、質問に答えた。
「わしは『グレート・イースタンⅡ』号じゃ。艦級は…まぁ一応、グレート・イースタン級客船の二番船になるな。所属は…ここに来る前を考えると、やはりイギリスになるのかのう」
彼の応答に、周囲の艦娘達はどよめいた。
それはそうだろう。かつては「史上最大」と詠われ、国の内外で活躍が報じられきた蒸気船が今、彼女達の目の前にあるのだから。
彼女達は、己の職務を忘れ、その場は喧々囂々となっていた。
「『グレート・イースタンⅡ』って…もしかして、あの?」
「…もしそれが正しかったら、考えてる通りでしょうね」
「それに、あの独特の船影を見ても、そうとしか…」
「ああ、あのシルエットは、確かにそうだったはずだ。あの船は『幸運船』と呼ばれ、それに纏わる話も数知れないぞ」
「でも、そんなのってあり得るの?建造されてから、百年以上も経ってるのよ。船体の強度を考えても…」
「しかし、解体されずに消えたって噂もあるし…」
「だけど、もしかしたら敵かもしれないのよ!?あの船が、嘘を言ってるかもしれないし!」
「だがもし本当に敵なら、天龍と龍田をわざわざここまで引っ張ってくるか?」
「でも…」
「皆、静かに!それに提督!相手は非武装船とはいえ、不審船です。そんな簡単に自身の事を言うのは…」
一喝する伊勢の言葉を、さらに別の艦娘が遮った。
「あーーーーー!!やっぱり、お爺ちゃん!!」
「あの船って、やっぱり…」
そこにいたのは、船団護衛の任を終えた金剛と、足柄の二人であった。
「急いで任務を終らせてきたんですケド、報告にあった船って、やっぱりお爺ちゃんだったんデスネー!」
「お久しぶりね。観艦式でのあなたの姿、今でも覚えているわ」
「金剛、足柄。この船を知っているのか?」
「もっちろんデース!お爺ちゃんは、私を建造した英国の誇りといっても、おかしくない船デース!」
「私は観艦式で見た事があったけど、その時は凄かったわよ。様々な装飾で彩られて、参列してた最新鋭艦の『ダンケルク』が、霞んで見えた程だったわ」
金剛はまるで自分の事のように胸を張り、そして足柄は昔の出来事を懐かしんでいた。
その中で彼は、足柄が口にした「観艦式」の言葉が気にかかり、思わず考えていた事を口にしていた。
「観艦式…?足柄…お前さん、もしやジョージ6世陛下の戴冠記念の観艦式に来とった、『足柄』かね?」
「そうよ!覚えててくれたの?」
「ああ、覚えておるとも!あの時、嬢ちゃんの乗組員達の立ち振る舞いが素晴らしいと、他の軍関係者が皆、絶賛しとったよ」
「本当に?嬉しい!ありがとう!!」
「お爺ちゃん、私の事は分かりマスカー?」
「あ、あーと……すまん、嬢ちゃんの名前は何だったかの?」
「私の名前は、『金剛』と言いマース!英国のヴィッカース社で建造されたデース!」
「…ん?嬢ちゃん、今お主『金剛』と言ったか?」
「そうデース!」
「…ひょっとして、バロー=イン=ファーネス造船所におった、あの戦艦か?」
「思い出してくれたデスカー!」
「おお、なんと。あの戦艦じゃったのか!いやまさか、こんな所で会うとはのう」
「思い出してくれて嬉しいデース!!」
実は日向が指摘したように、金剛は自身の建造時に、足柄はジョージ6世の戴冠記念観艦式に参列した時に、彼に出会った事がある。
金剛の場合は、建造が最終段階に入った時に、彼が修理の為にバロー=イン=ファーネス造船所に曳航されてきた時に、遭遇している。
本来ならば、民間船が軍用の造船所を利用する事はまずない。
しかし、多くの大型船が建造され始めた当時でも、彼は他の貨客船を凌駕していた。
そしてその桁外れの大きさ故に、利用できる造船所が限られていたのだ。
さらに運悪く、この時その限られている造船所のドックのほとんどが使用中だった為、偶々ドックに空きがあったこの造船所に、臨時に曳航されたのである。
この時、新型戦艦が建造中だった為に、彼が造船所に着いた時の乗組員は全員、軍関係者だった。
そして足柄も参加した観艦式では、イギリス海軍がこの時の為に一時的に徴用し、観閲船を勤めさせている。その時の彼は、派手な装飾を付け、観艦式の花を飾るのに一役買っていたのである。
思わぬ再会で彼等は会話が弾み、気がつけば、それまで緊迫していた空気は、なんともいえない微妙なものに変わってしまっていた。
「すまんの。ついつい話が弾んじまって」
「いえ、あの、お気になさらず…えー、と…では、とりあえず『グレート・イースタンⅡ』号さんは、害を加えたり等はなく天龍と龍田の二人を連れてきただけ、でいいんですね?」
「ああ、間違いないぞ」
「分かりました。ですが一応規則ですので、簡易ですが検査しなければなりません。だから妖精を使いますので」
「分かった。じゃが変な所を弄くらんでくれよ?機関とか、もう年代物なんじゃし」
「分かりました」
そして簡単に船内の捜索を受け、安全が確認された彼は、そのままリンガ泊地に停泊する事になった。
正式な調査隊は、後日来るとの事であった。
一部の艦娘達は不満を漏らしたが、多くの艦娘は彼を好意的に受け入れてくれた。
なお、不満を漏らした某空母の艦娘の一人は、「食べるボーキサイトが減る」という理由から反対していた事が分かり、他の艦娘からとても怒られたらしい。
そして夜になり、艦娘達や提督が寝静まっている中で、彼は月の光を浴びながら呟いた。
「しかし、これから一体…どうなるのかのう…」
それはそうだろう。彼は明確な理由もなく、この世界にたどり着いた。そして、今彼にある記憶も与えられたものである。
そのような不安定な状況の中、今彼に出来る事は、自身を照らす月と、照らされた周辺の風景を眺める事しかなかった。