リンガ泊地の提督や艦娘達が、心配の面持ちで「彼」を見つめる中、調査のために乗り込んでいった軍関係者や政府関係者のほとんどが鼻息を荒くしていた。
ただその理由が、何か未知の敵に遭遇したとか、深海棲艦の弱点を発見したとかそういうものではなく、ただ単に親に遊園地に連れてこられた子供のような、そういう空気を感じさせるものだった。
それもそのはずである。「彼」の船内はなんと建造されたばかりの時のように、様々な場所や物が、綺麗に磨き上げられていたのだ。それは随所にある電球や食器類、それに各部屋の調度品も、ほとんどが新品同様の物ばかりで、一つも汚れているものなどなかった。
幽霊船のようなものを想像していた彼らは、子供のようにあちこちを見て回っていた。
さらに物珍しさゆえか、機関室を見た関係者の多くが興奮し、写真を撮りまくったりもしている。
その理由の一つとして、そこにいたのが鎮守府のあちこちで見かける、あの妖精だったからだ。いつの間に乗り込んでいたのか不明だが、その彼女達が懸命に機関に油を差し、あちこち磨き上げていたからだ。
またそれだけでないのが、ひとえに直動機関の存在だろうということは、明白であった。もうすでに直動機関の船は、一部の観光用の外輪船しか載せられていない。しかし深海凄艦が暴れまわっている影響か、その船も軒並み解体か、よくて博物館に展示されているのが現状だった。
その光景を、護衛の兵達は若干呆れたような目線を投げかけているが・・・調査団の面々がそれに気付くことはついぞなかった。
だが彼らにも、どうしても理解不能な箇所があった。それは船首付近の彼の頭部についてである。
彼は兄弟船と違い、船体の中央ではなく、船首付近に操舵室が設けられていた。そしてちょうどそこに、彼の幾分大きな頭部が存在していたのである。当初そこを調べようとした彼らだったが、操舵室の扉を開けようとした時、彼は苦痛の声を上げたのである。
「頼む、やめてくれ!他は調べてもかまわん。だから、そこはやめてくれ!」
あまりの剣幕に、彼らは仕方なく船内を調べていった。そしてさらに数時間が経ち、船内をあらかた調べ尽くした彼らは、リンガ泊地の幼い提督に、また後日細かい指示を送るという訓示を行なった。
リンガ泊地の提督や艦娘たちはそれを聞き、彼が解体されるのではないかと危惧したが、それを察した調査団の一人――英国人だった――がこっそり、その内容を教えてくれた。
「あのような指示を出したが、実は私も含め、あの「マイティー・オールド」に出会えたばかりか、僅かな写真でしか知ることができなかった彼の船内を見ることができて、満足しているんだよ。解体?そんなこと、決してありえん!何しろ、さきほど聞いたばかりだが英国政府はこの船の支援のためならば、どんな援助は惜しまないと太鼓判が押されている。だから貴官と部下達は、何の心配もいらないから、安心してほしい」
彼らが帰った後、提督は彼に対する英国政府の決定や、全面的なバックアップを隠すことなく、彼の部下の艦娘や周辺の鎮守府に伝えた。それを聞いた艦娘達は、先程のリンガ泊地の提督や艦娘達同様、腰砕けになるか大喜びになるかの二つであった。
ある意味で当然といえば当然かもしれない。
いざとなれば、リンガ泊地にいた艦娘達はその身を犠牲にしてでも、彼を逃がそうとしていたからだ。
だが人間である提督達からすれば、その見方は異なっていた。
「グレート・イースタンⅡ」は、艦娘や深海棲艦のような姿とは違い、その姿はとても中途半端だったからだ。その姿は、普通の人間が見れば、それこそ化物にしか見えないだろう。
しかし彼がリンガに来てからというもの、深海棲艦の襲撃が格段に減っていったのも、また事実であった。これは、偵察機によって彼の姿を見た深海棲艦達が、新手かというように困惑したからだ。何故かは分からないが、ほとんどは彼に対して幾分友好的な目線であった。だが、どうすべきか一部の姫級達が話し合っていた事が原因であった。
話を元に戻すが、調査団のメンバーの太鼓判があるとなれば、事情も少し違ってくる。リンガ泊地に展開する、その周辺の鎮守府に所属する提督や、そこにいる他の艦娘達は、戸惑いながらもそれを受け入れるしかなかった。
そうして彼は、リンガ泊地にそのまま寄港することになった。
しかし何も、彼はそこにただいるだけではなかった。
いくら太鼓判をもらったとはいえ、そこにいるだけでは不安などは決して払拭できない。そうして、近隣の鎮守府の不安をぬぐい去る為に、彼は敢えて、石油などの物資を供給する輸送船としての任務に就いたのである。
しかしいくら彼が頑張ろうとも、彼を信じることが出来ない提督等からは、奇異の目どころか、敵対の目で見られることが多かった。だが武器を向けられようとも、彼は物資を運ぶことをやめなかった。そして何度もあちこちに顔を出すうちに、次第に他の鎮守府の艦娘達とも打ち解けるようになっていった。
だがリンガ泊地に彼が来てから、物資を運ぶ回数が三桁に近い程になった頃、事件が起きた。
ある日、彼が輸送の任を終えて、港の直ぐ側までやってきた時、彼の目の前で二隻の貨物船がすれ違おうとしていた。片方の船は空船だったが、もう片方は、弾薬や燃料の類のものが満載されていたのだ。しかしちょうどその時、一隻の大型のモーターボートが、もの凄い勢いで二隻の貨物船の前を横切っていった。
物資を満載していた方の貨物船は、慌てて舵を切った。だがその時、ワイヤーが切れてしまい、固定されていたドラム缶が転げ落ち、弾薬の箱にぶつかった。
そしてその衝撃で、火薬に火が付き、一個目の木箱が爆発し…。
二個目、三個目に続き、次々と弾薬やガソリンの箱に火の手が回った。そうして、軍用船は大火事になってしまった。
港では、サイレンがけたたましく鳴り始める。
WOOOOO!!! WOOOOO!!! WOOOOOO!!!
「緊急事態発生!緊急事態発生!軍用船に火が入った!消防船、並びに消火ホースを持つ船は、消火活動を開始せよ!それ以外の船、及び全艦娘は急ぎ避難せよ!!繰り返す、緊急事態発生!緊急事態発生!軍用船に火が入った!消防船、並びに消火ホースを持つ船は、消火活動を開始せよ!それ以外の全ての船、及び全艦娘は急ぎ避難せよ!!」
燃え上がった軍用船の乗員たちは、そばを航行していた他の貨物船に乗り移り、幸い全員無事だった。
だが港の中では、けたたましいサイレンや怒号が、港中を駆け巡り、皆が右往左往していた。
というのも、軍用船が炎上したのは港の入口付近だったために、他の船は皆、港から出ることができなかったからである。
必死に消防船や、消火装置を持つ船が火を消そうとしていたが、火の手は衰えるどころか、次々と爆発が起こっていった。
そしてその爆発で、火が付いたままのドラム缶や、弾薬入りの木箱が少なからず港に降り注いだのである。
港の消火部隊は、沖の船のだけでなく、港の消火にも追われることになったのだ。
港中にいた彼らの脳裏をよぎったのは――一部の艦娘達にとっては忌まわしい――あの原子爆弾が登場するより前に起きた、軍用船火災事故による市街壊滅事件―「ハリファックス大爆発」―のことであった。
それは第一次大戦中に起きた不幸な事故であり、火薬によるものとしては、世界最大級の爆発を引き起こした大災害だった。
その前列を考えると、消火作業をしていた彼らでさえ、ためらいが出てくる。しかしそれでも消化の手を緩めることはなかった。
そんな中、「彼」はおもむろに炎上している船に近づき、クレーンを使いながら、自身の船尾にロープを結んだ。その光景に、消防船だけでなく、他の貨物船や港内にいた艦娘達は、声を張り上げた。
また他のタグボートといった船も、汽笛や霧笛を鳴らし続けていた。
「何をしている?!早くその船から離れるんだ!もう持たないぞ!!早く逃げろ!!」
「早くロープを切り離せ!離れろ!!」
「何してるの!早く逃げて!爆発するのよ!!早く逃げて!!」
「お爺ちゃん、早く逃げるデース!!」
「ロープを切れ!!早く!!」
しかし、「彼」は意に介さずロープを結び終わり、やがて軍用船を湾外へ曳き始めた。その間も、「彼」は自身の消火ホースで水をかけていたが、船は絶えず爆発し続けている。
「早く船を切り離せ!早くー!!」
「今こいつを沖に引かないと、皆吹っ飛ぶんじゃ!何、心配するな!わしも消化ホースは持っとる!それに海には水がたくさんあるからな!」
しかし、その時また軍用船が爆発を起こした。燃えた甲板の一部が「彼」に容赦なく降り注ぐ中、「彼」の妖精たちは懸命にそれも消していった。
港にいた者達は皆、所々爆発を起こす船を曳く「彼」を、ただ見ていることしかできなかった。
やがて懸命の消火作業が功を奏したのか、徐々に火の勢いは弱まってきていた。それを見ていた彼は、大きなため息をついた。
「ふう、どうにかなりそうじゃな」
しかしそれもつかの間、今度は上空から、何かが風を切る音が聞こえてきている。妖精たちは必死に彼にそれを彼に教えた。
「何じゃと?深海棲艦の艦載機が!?ええい、こりゃまずい!」
なんと彼の存在を知らない深海棲艦の艦載機が、獲物を見つけたとばかりに襲い掛かってきたのだ。
端から見れば大型の貨物船が二隻。しかも片方は火災が起きている。
格好の的だ。
「ロープを解いて!妖精さんや!面舵一杯!全速前進じゃ!」
彼は懸命に軍用船から離れようとした。しかし、まだ煙が上がっている軍用船から離れることが出来たその時、数発の爆弾がその船に直撃した。
その瞬間、光と衝撃、そして爆音が辺りを包み込んだのである。