とある蒸気船の物語   作:トッキー

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なんか思い浮かんだので、書きなぐってしまいました。


番外編

 その日、太平洋のある環礁に集結していた、全船舶の乗組員達全員が困惑していた。

 

 二度目の世界大戦が終結し、敗戦国や自国の老朽艦等を使った大規模な実験が行われようとする中、それは起こったのである。

 

 敗戦国の戦艦を曳航し、味方の艦隊に集結しようとした大型船の一隻が、操船ミスによって、なんと地図に載っていなかった珊瑚礁に乗り上げてしまったのである。

 離礁しようとしても、珊瑚の一部が船の二重底を突き破ってしまい、全く動くことができなかった。

 

 無理に離れようとすれば、船底の穴がより大きく広がってしまい、最悪の場合沈没は免れない。

 

 慌てて応急措置を施したが、軍司令部はこの対応に頭を抱えてしまった。

 

 

 その船が自国のものならば、迷わず実験に使うだろう。

 しかし事故を起こしたその船は、まだリバティ船が満足に行き渡っていない時に、同盟国であるイギリスから借り受けた船だったのだ。

 そしてこの船も、「できるだけ傷がないように」と念を押され、ようやく借り入れることができたのである。

 

 

 この時、タカ派の軍人が実験を続行させようとして、同席していたイギリス軍の将校達と乱闘になり、拳銃を抜く寸前まで発展してしまった。

 この事件を重く見たアメリカ政府は、この船の復旧作業を最優先で行わせることにしたのである。

 

 そしてアメリカ政府は、パールハーバーから、戦艦を改造した当時世界最大の大型クレーン船「キアサージ」や、多くの支援艦艇を展開させた。

 

 

 しかし上層部の予想以上に、作業は難航した。

 

 掘削するはずの珊瑚が何故か予測以上に固く、穴を一つ開けるのにも最短で2~3週間ほどかかり、本来行われる作戦に大きな支障をきたしてしまっていたのだ。

 国防に新たな一手を加えるべく、いかにしても行われるべき作戦の遅延に、アメリカ政府を大いに困らせた。

 

 あまりに船の離床に手間取っていた彼らは、いっそこの船を買い取ろうとも画策した。それならば、そのまま標的艦にしても何ら問題はない

 しかし、本来の持ち主であるイギリス、ひいては英国王室すら、この案件を決して受け入れようとはしなかった。

 

 

 そしてそうこうしている内に、極東で新たな火種が発生した。

 

 

 

 

 ――――――朝鮮戦争の勃発である。

 

 

 

 

 それまで地上部隊を支援していた艦艇群は、ソ連軍から「史実」よりはるかに多く供給された、爆弾を満載した北朝鮮軍のジェット機の度重なる特攻を受け、修理が追いつかず前線を離れることを余儀なくされていた。

 

 その中にはアイオワやニュージャージー、エセックス級航空母艦や多くの護衛空母、そして巡洋艦や駆逐艦の姿もあったのだ。

 

 

 その中で、アメリカ政府は異例とも取れる命令を下した。

 それは『ビキニ環礁にいる艦艇群を、再就役させる。なお長門と大和、プリンツ・オイゲンなどといった艦船は日本へ曳航後、接舷させたままとする』という命令であった。

 

 これは当時の世論も少なからず関係している。

 確かに軍が行うはずの実験は、国防に一大威力を加えるものだった。

 だが新たな戦争が始まり、いつまでも事故を起こした古びた蒸気船に括り、実行しない作戦に対し、軍はもはや艦艇を派遣する余裕などなかったのだ。

 

 さらに、標的艦となるはずの艦艇を、作戦開始するまでに維持しなければならない。しかしそれすらも、もはや割り当てるには厳しいものがあった。

 

 

 さらに本作戦に参加させた艦艇の多くが、旧型艦とはいえ現状では喉から手が出るほど必要なものだったからだ。

 

 サラトガに至っては、「シスター・サラ」のあだ名を持ち、海軍将兵に愛されてもいる。

 

 

 だが長門や大和、さらにプリンツ・オイゲンは弾薬の都合や、米軍の自軍の艦船の修理の問題などから、係留が決まったのである。

 つまりは、古びた艦艇を体よく日本に押し付けたのだ。

 

 

 ちなみに、標的艦の中にあの戦艦大和の姿があったのは、ちょっとした逸話がある。

 実はこの世界において、大和は沖縄に向かう途中、艦首を米軍の磁機雷によって被雷し、沖縄特攻が不可能になっていたのだ。

 

 そして終戦時に連合国に接収され、この度標的艦に選ばれたのである。

 

 

 

 しかし枢軸国の軍艦の押し付けには、軍部からも少なからず非難の意見が吹き荒れた。

 もしこの艦艇が、かつての敵国の残党に奪われでもしたら、目も当てられない惨事になることは間違いないだろう、そういった風潮があったからだ。

 

 だがどんなに騒いでも、戦況がそれを許さなかった。

 

 そしてビキニ環礁から呼び戻された艦艇は、日本で若干の修復工事を受けそのまま放っとかれていたのだ。

 皮肉にも、かつての敵対国がこれらの艦艇を救ったのである。

 

 

 

 

 やがて戦争も終わり、この艦艇群をどうするかアメリカ政府は荒れた。

 ―――解体か、保存か。

 

 当初、軍部はそのままアメリカ海軍の兵器として編入することも検討されていた。

 

 しかしそれは市民達の心象を悪くし、なおかつ日本やドイツとの新たな火種を生むことも懸念されていた。

 

 その中で、ニミッツ提督をはじめとする海軍の将軍達は、保存を強固に推し進めていったのだ。

 というのも、ビッグセブンの内の一隻や、史上最大の戦艦を破壊することに、連合国の海軍関係者の多くが、反対の意を表明したのである

 

 

 そして世界各国の海軍関係者の働きかけによって、朝鮮戦争が始める直前まで、復員船を務めた鳳翔等の、他の軍艦も含めた艦艇の多くの保存が、決定されたのである。

 

 この中には「史実」と違い、この世界において最後まで沈まずに浮き続け、そして復員船として働いた伊勢や日向も入っている。

 

 こうして日本やドイツの沿岸では、軍艦の多くが今でもかつての栄光を国民に知らしめている。

 

 

 

 

 だが朝鮮戦争が終わり、参加した艦艇の行方を世界が論議している中、ビキニ環礁では別の問題が浮上していた。

 主要な艦艇を朝鮮半島に持っていかれ、必要最低限しかいなかった『そこ』では座礁した大型外輪船の離礁が、より難しくなっていたのである。

 

必要な人員や艦船の欠乏、さらには船体の亀裂がさらにひどいものとなっていたのである。

 

 

 しかしそれまでの苦労を吹き飛ばすことが発生した。

 なんとその年、ビキニ環礁付近で史上最大の低気圧が発生したのである。

 

 それはコースを変えることなく、環礁を直撃し、多くの軍艦を翻弄させた。そしてその中で、直撃した低気圧はあの巨大な外輪船を、彼らの眼前から奪い去ったのである。

 

 この出来事は、その場にいたすべての艦艇の乗組員からも証言が挙げられた。

 

 曰く「今まで離礁を拒んでいた船が、まるで自分から離れていったようだった」と・・・。

 

 幸いに、その時大型外輪船には乗組員は誰もおらず、死傷者はいなかった。

 

 そして珊瑚礁から離れたその船は、彼らからみるみる遠ざかり、やがて船首を先にして沈没していった。

 波間からわずかに見えたそれは、これ以上自分の運命に手を出されることを嫌い、自らの手で終焉を選んだと、そのようにも取れた出来事だった。

 

 

 低気圧も去り、沈没した外輪船を浮揚しようとアメリカ・イギリス両海軍は躍起になったが、竜骨の損傷が激しく、浮揚は断念したのである。

 

 

 そしてコンピューターの発達によって、とうとうこの岩礁での実験は実行されることなく、凍結となった。

 

 多くの軍艦の名誉を守り、一時代を築くことにもなった大型船――「グレート・イースタンⅡ」号は、ビキニ環礁から少し離れた場所で、ダイビングスポットとして人気を博している。

 

 

 

 

 

 やがて、ある世界にたどり着いたこの船の魂は、出現と共にすぐさま、その世界の日本本土に送られた。

 

 本土に向かう途中、その世界では本来敵となるはずの深海棲艦達―――あの戦艦レ級でさえ―――は、彼がいると分かった時点で攻撃を中止し、人型となっている個体全てが敬礼をして去っていった。

 

 そして、かつて在籍した英国海軍の軍服に身を包み、両肩に大きな水車のようなものを付けた彼は、入港と同時にその場に集まった全ての者―――それこそ、給糧艦の間宮や工作艦の明石、さらには任務娘や妖精達に至るまで―――が挙手の敬礼で出迎えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてその者を介し深海棲艦と交渉が始まり、世界に再び平和が訪れるが―――それを語るのは別の機会にしたい。

 

 

 

 

 

 

 




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