ドラゴンボールad astra 作:マジカル☆さくやちゃんスター
止まる事なく、それでいて驚く程素早く打撃音が空中に響き渡っていた。
魔人ブウはサンドバッグのように殴られ、セルが休む事なく猛攻を続けている。
無論魔人ブウとて無抵抗ではない。
確かに彼は不死身に近いその特性上、あえて敵の攻撃を受けて遊ぶ事はあるし不死身故の防御の甘さはある。
だがセルの攻撃は別にわざと受けているわけでもなければ、痛くないわけでもない。
単純に反撃も防御も、そして回避も出来ぬほどセルの攻撃が巧いのだ。
意識の間隙――ふとした拍子にどうしても生まれる無意識の死角。
上に集中すれば下が疎かになり、下からの攻撃を警戒すれば上への警戒が緩む。
そうした隙を巧みにセルが突き、ブウに何もさせずに攻撃を繰り返しているのだ。
攻守交替などはさせない。このまま押し切って倒す。
その意気がセルの激しい攻撃からは感じられた。
「おまえ、キライだー!」
ブウが怒りに任せて闇雲にストレートを放つ。
だがセルは紙一重で、しかし余裕の笑みを浮かべたまま悠々とかわし、ブウの触角を掴んだ。
そうして動けなくしたところで打撃の連打。
ブウの身体は伸縮性に富む。殴れば飛び、そして触覚を掴んでいるが故にブウはゴムのように戻ってくる。
戻ってきたブウを殴り、また戻ってきた所を殴る。
「す、凄い……孫悟空さんといい、あのセルさんといい……。
ま、魔人ブウと互角以上に戦える者がこの世に存在したなんて」
界王神の驚きはもっともなものだろう。
かつては全宇宙を震撼させ、5人いた宇宙の神のうち4人までもを殺害せしめた魔人を圧倒する戦士がいる。
しかもそれはあろうことか、当時はまだ二足歩行がやっとだった地球人の科学力が生み出した人造人間なのだ。
だがこのまま続けば勝つのはやはり魔人ブウだろう。
何せ彼にはダメージがない。死なない限り再生を続け、どんな傷も再生すれば完治する。
しかもこれで、スタミナ切れすらもないのだ。
再生能力やスタミナという点を取ればセルとて地球随一の戦士だ。
ピッコロの細胞を有する彼はピッコロ以上に再生能力を使いこなしているし、体力も人造人間であるからか、他の戦士よりも高い。
最大戦力こそ超サイヤ人3の悟空やバーストリミット100倍のリゼットに負けているが、その二人は決して持久戦に向いているとは言えず、短期間しか全力を維持する事が出来ない。
だがセルは違う。彼はずっとこの戦闘力を維持したまま戦闘を続行可能であり、継続戦闘能力という点を取ればセルが最も安定して強いのだ。
しかしセルとて体力が無限にあるわけではない。彼のエネルギーは仙豆で回復出来る事からも分かるように永久式ではなく、どうしても限界が存在する。
殴られ続けた魔人ブウが地面を削りながら吹き飛び、しかし起き上がった時には何事もなかったかのように全ての傷が完治していた。
「なるほど。確かにリゼットが言った通り素晴らしい再生能力だ。
私が造られた時にお前の細胞があれば、と惜しまずにはいられん」
セルは魔人ブウの細胞を有していない。
それは未来の世界において、魔人ブウの封印を最期までリゼットが守り続けていたからだ。
だから未来の世界では今も魔人ブウは球のまま封じられており、それを解放するバビディはもうこの世のどこにもいない。
つまりあちらの世界では魔人ブウはこれから先ずっと、永遠に封印されたままなのだ。
「チョコになっちゃえ!」
魔人ブウの触覚から放たれた光線をセルが避け、たまたま岩にへばりついていたトカゲに命中した。
すると哀れなトカゲはチョコレートと化してしまい、それを見たセルが流石に驚きの表情を見せる。
「ほう、光線が当たった相手を菓子類へと変える能力か。
脅威だな……当たれば実力差関係なく無力化出来るわけだ」
「へっへーん! うまく避けたみたいだけど、次は当てちゃうもんねー!」
「ふふふ、奇遇だな……実は私も同じような事をしようとしていたのだ」
セルは右手をゆっくりと開き、気を凝縮させていく。
「面白い手品を見せてもらったお礼だ。今度は私が手品をお見せしよう。
普段は私の主義に反するのであまり使わんのだが、今回は特別サービスだ」
魔人ブウの能力はいずれも脅威の一言だ。
単純な戦闘力もそうだし、魔法や超能力を使いこなす上に不死身に近い再生能力を有し、更に相手を菓子類に変える一撃必殺まで備えている。
しかしそれでもセルは勝利を確信していた。
勝利出来る能力を己が持っている事を疑ってはいなかった。
セルはその勝利の確信と予感を抱いたまま全力飛翔し、ブウとの距離を潰す。
「?!」
「握手をしようか、魔人ブウ」
セルが手を差し出し、ブウの手を無理矢理に握る。
とても攻撃とは呼べない行為。ただのシェークハンド。
だがそれが彼の最大の切り札であった。
それを普段使わない理由はただ一つ、『強すぎてつまらないから』。
あまりに強力すぎて格闘が成立しないが為に普段は意図的に封印している、そんな反則技だ。
その反則技の効果は一つ――手で触れた相手を人参へと変える事。
そう、セルは兎人参化の細胞を有している。
この世界は本来の世界線と異なり……今でこそ戦力外になってしまってほとんど戦場に出て来る事もなくなってしまったが、兎人参化が戦士として加わっているのだ。
そして悟空がレッドリボン軍を潰すよりもずっと前に改心した彼は悪人ではなく、リゼットやブルマも意図的に彼の細胞を取り除いたりはしなかった。
即ちセルが彼の細胞を得るのは当然の流れであり、その力を有しているのもまた不思議な事ではない。
それを今まで使わなかったのは、単に彼が楽しめないから。
『使えなかった』のではない。『使わなかった』。
殴り合いすら成立させないこの能力はあまりに強すぎて、孫悟空から得た彼の中のサイヤ人の性格が使用を拒むのだ。
唯一例外だったのはブロリーとの一戦だけだ。
あの時だけは本当に、戦闘力差がありすぎてこの能力すら無効化されていた。
その封印を今だけはあえて解いた。この地球の未来の為に。
何より、魔人ブウは未来では終ぞ復活しなかったセルにとっての不確定要素だ。
せっかく絶望の未来を回避したこの世界がまた、あのような世界になってしまう事だけはプライドを捨ててでも避けねばならない。
だから使った。この文字通りの禁じ手を。
「!!?」
魔人ブウの顔が驚愕に染まり、次の瞬間彼は無力な人参と化した。
彼も想像しなかっただろう。
今まで数多の命をお菓子に変えてきた自分が食べ物にされてしまう日が来るなどとは。
セルは魔人ブウ――否、ただの人参となったそれを宙に放り、掌に気を集めた。
「ずあっ!」
魔人ブウといえど、人参にされた上で完全消滅させられてしまえば復活など出来るわけがない。
もはや魔人ですらなくなった人参が気功波に耐え切れるはずもなく、この攻撃を以て完全なる消滅を遂げた。
残る魔人ブウは、後一人。
★
白いマントをはためかせて二人の男が空中で交差した。
一人は魔界の王。一人は大魔王の生まれ変わり。
共に魔王の名を冠する戦士は一歩も譲らずに激しい格闘戦を繰り広げる。
ピッコロの拳がダーブラを打ち据え、ダーブラの突きがピッコロを捉える。
真正面から魔王同士が意地をかけてひたすらにぶつかり合い、強さを比べ合う。
拳と拳。肘と肘。膝と膝。肩と肩。
攻撃に使用出来る部位全てをぶつけ合い、その度に二人を中心として衝撃波が発生した。
風圧だけで周囲の岩場が崩壊し、大地が揺れて渡り鳥が一斉に羽ばたいて逃げる。
だが二人は止まらない。掌を握り合い唸り声を発しながら、力比べの姿勢へと突入した。
「ぐ、ぬぬぬぬ……!」
「ぐぅおおおおお……!」
腕や額に血管が浮き出るほどに力み、牙を噛み締めて睨み合う。
ピッコロが押す。ダーブラも押す。
万力など比較対象にもならない超握力を以て相手の掌を圧迫し、高めた気の余波だけで空間が歪んだ。
やがて二人はゆっくりと降下し、存分に踏ん張る事が出来る地面へと降り立った。
蜘蛛の巣状の亀裂が二人の足場に走り、一瞬にして陥没して砕け散る。
あまりの踏み込みの強さに地面の方が耐え切れない。
まるで上から見えないハンマーで叩いているかのようにピッコロとダーブラが立つ地面が抉れ、二人の位置が下がっていく。
気が嵐となって吹き荒れ、界王神やキビトはもう満足に立っている事も出来ずに近くの岩にしがみついていた。
「ぐおおおおおおおおおおッ!」
「かああああああああああッ!」
獣染みた咆哮をあげ、二人の腕が一回り太くなった。
マントは重力を無視して、まるで下から風が吹いているかのようにはためき、掌を握り合っている二人はこの状態から放てる次の手を模索する。
一手早くそれを見付けたのはピッコロだ。
彼はダーブラの掌を掴んだまま眼から光線を発射する。
だが攻撃の瞬間こそが最大の無防備。ダーブラは予想していたように上半身を逸らして光線を避け、更に逸らした勢いをそのままにピッコロの顎を蹴り上げた。
掌が解け、ピッコロが吹き飛んでいくのを即座にダーブラが追う。
そして渾身の突きを繰り出す事でいとも容易く拳がマントを貫通した――マントだけを。
「!」
「こっちだ!」
マントを脱ぎ捨てたピッコロがダーブラの頭上に現われ、肘打ちでダーブラの頭を強打した。
ダーブラは地面に四つんばいになって不時着する事で、何とか衝突して倒れる事を避けるが不安定で無防備な姿勢には変わりない。
無論そこを見逃すピッコロではなく、ターバンを捨てながら急降下して手刀を大きく振りかぶった。
ダーブラは何とか防御だけでも行おうと腕を上に上げるが、その瞬間にピッコロが消えてダーブラの側面から飛び出してきた。
上空からの攻撃は残像を用いたフェイント。防御を行わせて更に無防備にし、側面から急襲したのだ。
もはや防御すらも間に合わない。ダーブラは咄嗟に顔だけをピッコロへと向けて唾を吐き出した。
普通に考えればただの悪あがきだ。無視して突撃すればいい。
だがピッコロは顔に飛んで来た唾を反射的に腕で受けてしまい、それが彼を救った。
「何! こ、これは……!」
唾を受けた腕が石化していき、ピッコロが驚愕に動きを止めた。
ダーブラは勝利を確信したように笑い、危機を脱した事で余裕を取り戻した。
一瞬にしての優劣逆転。だがピッコロの取った行動もまた早く、最善のものであった。
彼は己の腕をもう駄目だと判断すると、素早く手刀で切り落としたのだ。
「ほう、腕を捨てたか。賢明な判断だな。だが、その腕ではもう私には勝てまい」
「どうかな?」
両者の戦闘力はほぼ互角。否、僅かにダーブラが勝っている。
その状況で腕を失うというのは勝敗が決まったにも等しい。
だがピッコロの顔に絶望感はなく、不敵な笑みを浮かべると腕の切断面へと意識を集中させた。
「かあっ!」
そして生えてくる、新たな腕。
ナメック星人……特に戦闘タイプは強い再生能力を生まれながらに備えている。
あのセルの再生能力とて、元々はピッコロの細胞によるものだ。
唾によって腕を失ったのは確かに予想外だったが、痛手ではない。むしろ幸運だ。
あれを顔や頭に浴びていたら、そこで終わっていた。いかにピッコロでも頭が傷付いては再生出来ないし、首を落としては再生しても気の消耗が激しすぎてその後に満足に戦えない。
そんな厄介な技を腕を一度捨てるだけで見る事が出来た。これを幸運と言わずして何と言おうか。
これで、次からは唾に警戒して戦う事が出来る。この瞬間に初見殺しが初見殺しではなくなったのだ。
「驚くべき技だが、咄嗟に使ってしまったのは失敗だったな。
分かってさえしまえばどうという事はない……次に迂闊に使えばその時が貴様の最後と思え」
「小賢しい真似を」
ダーブラが不機嫌に顔を歪め、ゆっくりと空へ上昇していく。
そして気を高めてピッコロへと掌を向け、同時にピッコロも両手を腰に落として構えを取った。
「かああっ!」
「うわたたたたァ!」
両者同時に気弾の連射!
ダーブラの手から赤い気弾が息もつかせずに連射され、ピッコロの両手から次々と迎撃の気弾が放たれる。
二人の放った気弾は中央で衝突し、空中に爆煙を作り出す。
だが連射速度は互角でも、精度に差が生じた。
ダーブラの気弾が真っ直ぐにピッコロのみを狙うのに対し、ピッコロの気弾のいくつかはダーブラの気弾と相殺せず、ダーブラ本人に当たりもせずに明後日の方向へと飛んでしまっていた。
「フハハハハハ、馬鹿め! どこを狙っているのだ!」
「ぐっ、ぐううう!」
やがてダーブラの気弾が少しずつではあるがピッコロに命中するようになり、一方ピッコロの気弾は一発も命中しない。
全て迎撃で消えるか、関係ない方向へと飛んでしまっているのだ。
ダーブラは近付いてきた勝利の予感に思わず口元を綻ばせ、傷だらけとなったピッコロを見下ろした。
しかし妙だ。ピッコロはもうとっくに勝負を諦めてもいいだけの傷を負っているのに、何故余裕の顔をしている?
ダメージが演技だなどとは思わない。間違いなく喰らっている。
あのダメージでは逆転も難しいだろうに一体……。
「へっ……馬鹿は貴様だ」
「!」
ピッコロが掌を開き、それと同時にダーブラの周囲を飛んでいた――先ほどピッコロが発射し、明後日の方向へと飛んでいた気弾が一斉に動き始めた。
それと同時にダーブラはようやく気が付いた。
先ほどまでの気弾は外れていたのではない。外していたのだと。
そして、飛び去る事なくゆっくりと、自分に気付かれぬようにこの包囲網を完成させていたのだ。
「し、しまっ……」
「くたばれ! 魔空包囲弾!」
ダーブラを囲んでいた気弾が一斉に殺到し、ダーブラへと炸裂した。
一発ずつ気弾を浴びるのとはまるでわけが違う。気弾の一斉集中放火だ。
ダーブラの絶叫が空に響き、爆炎が空を覆う。
そして煙が晴れた時、そこには満身創痍となったダーブラが屈辱の形相で浮かんでいた。
ダメージがあるのはピッコロも同じだが、明らかにダーブラの方が深手だ。
ピッコロは止めを刺すべく飛翔し、猛然とダーブラへ猛攻を仕掛けた。
負けじとダーブラも迎え撃ち、幾度も互いの拳や脚が交差し、衝突する。
だがやはりダメージの差が顕著に出る。最初は互角だった戦いも少しずつピッコロへ傾き、一方的に彼の攻撃がダーブラへと入り始めた。
「うわたたたァ! うわたァァ!」
「ぐおおっ、おおおお!」
ガードの上から強引にピッコロの連打が入り、衝撃がダーブラの身体を貫く。
クロスした腕へ、ガラ開きの腹へ、脇腹へ、痛みでガードが緩んだ顔へ。
次々とピッコロの拳が炸裂し、ダーブラを滅多打ちにする。
殴られながらダーブラは、何とか逆転しようと口内に唾を溜めた。この状況から逆転するにはこれしかない。
だがそれを読んでいたかのようにピッコロのアッパーがダーブラの顎をかち上げ、無理矢理閉じられた牙が折れて宙を舞う。
ダーブラの唾は確かに強力だ。
だが既に一度見せられたその技の予兆を見抜けないピッコロではない。
「うわたァ!」
最後に渾身の右ストレート!
ガードごとダーブラを殴り飛ばし、空へと打ち上げる。
だがまだ終わりではない。即座に指先を額へと当てて最大の必殺技の構えへと入った。
「魔貫光殺砲!」
一点の貫通力に特化させた最大殺傷力を誇る一撃。
それがダーブラへと直進し、腕の防御すらも突き破ってダーブラの心臓を貫通した。
大量の血を吐き出しながら、ダーブラは我が身に降りかかった出来事を信じられずに呟く。
「ば、馬鹿な……魔界の王たる、この私が……こ、こんな星、でえ……」
「生憎だったな。この星にこそ宇宙で一番強い奴等が集まっているのだ」
宇宙に存在する二つの世界。表の宇宙と裏の暗黒魔界。
かつてその暗黒魔界全土を力で支配した魔界の王は今、表の宇宙の辺境の惑星にてその命を終えようとしていた。
口から夥しい血を吐きながらダーブラが最後に気にしたのは自分の事ではなかった。
「が、ごは……っ! ト、トワ……こいつらの力は我等の想像以上、だ……。
お、お前は……撤退、を……早く、逃げ……。
…………。
…………トワ? ……ト、トワ? 馬鹿な、感じられない……トワのキリが……。
や、やられてしまったのか……トワ……?」
既に致命傷を負った身体で、ダーブラが地面を這いずって動く。
その速度はあまりに遅く、そこらの一般人でも歩いて追いつけてしまうだろう。
妹の名を呼びながら力なく這いずるその顔は目尻が下がり、彼らしくない弱気に彩られている。
その哀れな姿を見て、悟空ならばあえて追撃を行う事はしなかっただろう。
リゼットでも良心の呵責を覚え、止めを躊躇ったかもしれない。
だがピッコロに油断はない。容赦もない。
「トワ……ト、ワ…………どこだ……どこに、いる……トワ……」
「くたばれ!」
手を翳し、既に死を待つだけのダーブラへ気功波を放つ事で完全に塵へと変えた。
セルゲームで私と握手! ブルァ!(甲高くない声)