ドラゴンボールad astra 作:マジカル☆さくやちゃんスター
神の域に達した悟空が飛翔し、ビルスへ殴りかかった。
ビルスはそれを様子見も兼ねて掌で受け止めるが、受けた手ごと身体が後方へ弾き飛ばされる。
直立の姿勢こそ崩さないままだが、元居た場所から5mほど離されてしまい、地面には二本の線が刻まれていた。
痺れる手と、今までにない感触にビルスの頬が吊り上がる。
いい手応えだ……これならば自分も『遊び』ではなく『戦い』が出来る。そうビルスは思った。
先程までやり合っていたリゼットも神の領域に届いていたし、驚かされた……が、それでもビルスから見ればまだ遊び相手だ。敵ではない。
勿論リゼットが弱いわけではない。破壊神ビルスの遊び相手になれるというだけで間違いなく破格の強さだ。
他の宇宙ならば破壊神候補にだってなれただろうし、この第七宇宙でもビルスの次に強い神と断言していい。
しかし今の悟空はその上を行く。
仲間達より集められたパワーを結集し、神の領域へ至った悟空の強さは普段とは比べ物にもならない。
「いいね。これを待っていたんだよ」
ビルスが笑い、全身から紫色の気が溢れだした。
悟空の強さを認めて遊びを止め、戦闘へとギアを移行したのだ。
神のクリアな気を感知出来るのはこの場ではリゼットと悟空くらいなものだが、感じる事は出来ずともその存在感は全員が感じる事が出来る。
リゼットとの戦いですらビルスにすれば力を抑えた上での遊びに過ぎなかった……その事を痛感し、リゼットの顔が悔しそうに歪んだ。
「いくぞ、ビルス様!」
悟空が次なる攻撃へ移り、ビルスも迎え撃った。
二人が衝突した余波で突風が吹き荒れ、テーブルや椅子が宙を舞う。
そのまま二人は空へと飛翔し、正面からの乱打戦を開始した。
打撃音が空中に響き、町の人々は何事かと空を見る。
そして音の出所がカプセルコーポレーションと分かると、『またカプセルコーポレーションか』と思って日常生活へ戻った。
「だあああ!」
悟空の蹴りがビルスを吹き飛ばし、ビルスが市街地へ落ちていく。
だが地面に衝突する寸前で浮遊し、人々の頭上スレスレを遊泳するように飛び去った。
その後を追って悟空が迫り、飛びながら格闘戦を続ける。
橋の下を潜り、高速道路の上を飛び、ビルとビルの間を縫うようにして飛び、二人の戦いはますます激化していく。
打撃戦をしながら飛び、前方に高層ビルが迫って来る。
この二人ならば建物に衝突したところで何ら問題はない。そのままブチ抜いて続行するのは難しくもない。
しかし建物にぶつかる寸前で悟空とビルスは二手に分かれて建物を避け、その向こう側で何事もなかったかのように戦闘を再開した。
一見すると善戦出来ているように見えるが……まだ、ビルスには届かない。
破壊神の拳が悟空を打ち、都の外にまで彼を吹き飛ばした。
その先へ一瞬で回り込んだビルスが悟空を蹴り落とし、地面へ落下する。
衝突――するも、尚も威力は衰えずに悟空は地面深くへ埋まってしまい、そのまま大地を貫通して地下の空洞へ放り出されてしまった。
そこは地底湖になっており、ビルスもすぐに水を吹き飛ばしながら追って来る。
悟空も即座に体勢を立て直して迎え撃ち、再び互角の攻防戦が始まった。
超高速の格闘戦の中でビルスの拳打が悟空を打つ。しかし悟空は体勢を崩しつつも、すぐに反撃に転じてビルスを蹴り上げた。
そのままのけぞったビルスへ右拳を突き出すも腕を掴まれ、しかし即座に掴まれた腕を引く事でビルスを引き寄せ、左の肘を彼の腹へめり込ませる。
更に肘の角度を変えて今度は裏拳で顎を打ち、思わずビルスが手を離した瞬間に勢いをつけて回し蹴りを放った。
しかしビルスも冷静にこれをブロックし、素早く足を掴んでジャイアントスイングで悟空を投げ飛ばす。
そのままビルスは吹き飛んでいく悟空の先へ回り込んで拳を突き出す。
だが悟空は足からかめはめ波を撃つ要領で跳び、ビルスの拳を背中スレスレで通過させつつ後方宙返りを決めてビルスの背後を取った。
そしてビルスが振り向くと同時に更に横に回り込み、渾身の拳でビルスの横面を強打した。
だが体勢を崩しながらもビルスの尻尾が唸り、悟空の顔にクリーンヒットする。
やはり格闘戦の中で四肢以外に使える部位がある者は一手多い分、強い。
二人は空中で静止し、互いの出方を伺うように一定の距離を保って睨み合った。
「やるじゃないか。どうだ? ゴッドになった感想は」
「……驚くしかねえな。こんな世界があったなんてよ。オラ一人じゃ来れなかった世界だ」
ビルスの賞賛に対し、悟空はどこか浮かない声で答えた。
それは己の不甲斐なさを責めるような、そんな声だ。
ビルスは彼の中に燻るそれを感じ取り、一度距離を開けて話す。
「不満そうだな。仲間と共にゴッドになった事が気に入らないか?」
「嬉しいさ。嬉しいけど、皆の力借りなかったらこうしてビルス様と戦えなかったのが悔しいんだ」
悟空はこれまで、仲間達と共に競い合い、高め合って強くなってきた。
だから仲間と共に強くなった事を恥じているわけではない。
しかし一方で彼はサイヤ人であり、戦士でもあった。
だから嬉しく思う反面、悔しさも感じてしまう。
今、ビルスと戦えているのは自分の力ではない。皆から分けてもらった力があるから戦えている。
皆の力で超サイヤ人ゴッドになった事だけを指しているのではない。もしも仮に、悟空一人の力でゴッドになったとしたら……きっと、これほど強くはなれなかっただろう。
それが分かるから、自分の弱さが悔しいのだ。
「そのプライドは弱点になるぞ。下らないプライドだ」
「かもな……」
ビルスの指摘に、悟空は素直に己の未熟さと精神的な脆さがある事を認めた。
理性では分かっているのだ。これは自分の下らない拘りで、悪い癖だと。
そう、サイヤ人の悪癖だ……強い奴と戦いたい。自分一人の力で勝ちたい。
そう思う欲求が常に悟空の心の中には存在している。
かつてナメック星での戦いではその悪癖でフリーザの変身を見送り、全滅の危機を迎えた事もあった。
それでもこの悪癖は完治しないのだから、つくづく根が深いと自分でも思っている。
「けどよ、そのプライドがなけりゃオラはここまで来れなかったんだぜ。
誰にも負けたくねえ……強くなりてえ。
ずっとそう思って、修行してきた。
それにベジータはオラなんかよりずっとプライドを持っている」
仲間を軽んじるわけではない。
子供の頃にクリリンと競い合うようにして修行してきた事も、過去の強敵達に負けまいと鍛えてきた事も悟空の誇りだ。
しかしやはり、戦士の本能が彼にはあるのだろう。
仲間達と競い合って高め合ったわけではなく、自分一人だけが高みに
そこに、抜け駆けをしてしまったような後ろめたさと不満感があるのかもしれない。
しかし、それでもここで負ければ地球は破壊されてしまう。
だからベジータもプライドを捨ててまで道化に甘んじた。
ならば自分だけがプライドを優先するわけにもいくまい。
「その彼はプライドを捨てて皆を守っていたね」
「ああ、凄いだろう? オラちょっと尊敬しちまった」
地球や家族を守る為に滑稽に振舞う。
昔のベジータからは想像も出来なかった姿だ。
しかし悟空は、その無様とも言える姿を尊敬した。
あれほどプライドの高かったベジータがああまでした事を、素直に凄い事だと思った。
「だからお前もプライドを捨ててゴッドになったという事か」
「そういう事だ」
ビルスの問いに悟空は静かな笑みを浮かべる。
それは自嘲的なものであり、しかし誇らしさのようなものが僅かに滲んでいた。
ベジータがああまでして地球を守ろうとしてくれたのが悟空には嬉しかった。
正直なところ、以前まで悟空にとってベジータという男はよく分からない相手だったのだ。
同じサイヤ人で、その戦闘センスには一目置いていたし強さを求める心には共感も覚えていた。
だがベジータはフリーザと同じで悪人だ。今までにどれだけの命を奪い、どれだけの星を壊したか分からない。
かつて悟空は兄であるラディッツに対し、サイヤ人の所業を『そんな奴等は最低だ』と言い切った事があるし、当時は自分がサイヤ人である事そのものが本当に嫌だった。
だから頑なにサイヤ人である事を否定し、自分は地球人の孫悟空だと拘ったりもしたものだ。
思えば、あの頃は自分も随分と若かったと思う。
あれから数十年が経ち、歳を重ね、サイヤ人への理解も増した今となっては自分の中で折り合いも付けられるし、サイヤ人のカカロットである事も受け入れているが……やはりベジータの残酷さと非道さ、自分本位さは悟空には理解出来るものではなかった。
距離は間違いなく縮まっているし、今のベジータが家族を愛していることも理解出来る。
だがその一方で、どうしても分かり合えない部分があるとも思っていた……どこか、見えない壁があるように感じていた。
そんな男が今まで何よりも優先していた『自分』を捨て、他人を……家族やこの地球を本気で守ろうとしてくれた。
その姿に、悟空は初めてベジータという男への敬意を抱けた。
本人が聞いたら怒るかもしれないが……初めて、ベジータが誇らしく思えた。
彼の仲間である事が嬉しくなった。
そして同時に負けたくないと思ったのだ。戦士としても……人としても。
ベジータと同じく妻を持つ夫として。子を持つ親として。そして地球で育った一人の人間として……。
ああまでして地球を守ろうとしたベジータの気持ちがよく分かる。
だからこそ悟空も、彼の頑張りを無駄にしたくないと思えた。
そんな悟空を前に、ビルスは彼を認めるように静かに笑みを浮かべた。
「……なるほどね。
改めて名前を聞いておこうか。
界王星でも一度聞いたけど、今度はちゃんと覚えておくよ。
……破壊しても、忘れないようにね」
人の感情やしがらみは、神であるビルスにはよく分からないものだ。
彼には家族はいないし、守るべき存在もない。
しかし分からないなりに、悟空が確かな芯を持つ戦士である事は理解した。
故に今、ここにいるのはどうでもいいサイヤ人でもなく、ゴッドになった誰かでもなく。
今この瞬間、ビルスの中で悟空は完全に一人の敵として認められた。
「ひでえな。忘れてたのかよ」
「長く生きてると、一人の人間の名前なんてどうでもよくなっちゃってね。
けど君の名前なら、覚えておいてあげてもよさそうだ」
悟空が呆れたように言うが、ビルスに悪びれる様子はなかった。
彼の言う通り人間など、ビルスの長い生から見れば砂粒の一粒でしかない。
至極どうでもいいもので、個体名などいちいち記憶するのも面倒だ。
事実ビルスは、つい先日に破壊した星の王の名前すら記憶してはいなかった。
しかしそれでも、認めた相手の名前くらいは覚える。悟空にはその価値があるとビルスは考えた。
「孫悟空……そしてカカロット。今度は忘れねえでくれよ」
「ああ、覚えておくよ……君を破壊した後もね」
悟空とビルスが同時に構え、不敵に笑う。
それから数秒の静寂が地底湖を包み、風すらもが二人の戦いに見とれた様にピタリと止まった。
悟空もビルスも、まるで時間でも停まったかのように微動だにせずに相手を見続ける。
だが均衡は、不意に破られる事となった。
「――!」
「……!」
二人が同時に消え、水柱が立ち上がった。
それから続けてあちこちで水柱が立ち、目にも止まらぬ激闘が再開される。
悟空とビルスの姿はなく、水だけが不規則に荒れ、吹き飛び、波打つ。
遅れて衝突音があちこちで響き、地底湖全体を揺らした。
ゴッドの力が悟空に馴染むにつれて悟空の動きはより鋭く、より速くなっていくがビルスとの差はまるで縮まらない。
悟空が力を増すごとにビルスもそれに合わせて力を上げているからだ。
やがてビルスは悟空を更にやる気にさせるべく、気弾を連射し始めた。
「っ、飛び道具かよ!?」
気弾攻撃を解禁したビルスに、悟空が非難するような声をあげた。
別に遠距離攻撃そのものを咎めているわけではない。
悟空達の戦いでは気弾や気功波など使って当たり前だし、むしろ使えない方が悪いという次元にある。
だが今回は場所が悪い。
ここは地底湖で、こんな場所でビルスほどの実力者が気弾の乱射などすれば当然地盤崩壊を起こすだろうし、その上には人がいるかもしれない。町があるかもしれない。
そうでなくても、こんな密閉空間で気弾を撃てばそれは絶対に地球に当たる。
普段悟空達は気弾や気功波をなるべく地上に向けて撃たないように気を付けるか、どうしても地上にぶつかる場合には規模を絞っている。
だがこんな密閉空間で気弾など撃てば、どこを狙っても必ず地球に当たってしまうのだ。
ビルスも一応破壊の規模は抑えているようだが、それでも地球の大地が破壊されている事に変わりはないだろう。
「おい! あんまり星を壊すなよな!」
「は! スポーツをやってるんじゃないんだよ!」
こんな所で気弾の連射などやるなという悟空の言葉は、当然のように聞き入れられない。
むしろますます連射速度を上げ、嬉々として気弾を撃つ。
悟空は避けるわけにもいかず、気を纏った腕や足で気弾を何とか消していくものの、やはり相手は破壊神だ。どうしても対処し切れずに何発かは壁や天井にぶつかってしまった。
しかも戦いの中でゴッドの炎が消えて通常状態に戻り、一気に劣勢へと追い込まれてしまう。
すると当然のように地底湖が崩壊を始め、瓦礫が次々と落ちてきた。
それでもビルスは攻撃を止めずに、むしろ面白そうに気弾をばら撒き続ける。
次々と落ちて来る瓦礫に生き埋めにされながら悟空は歯を食いしばり、星を壊し続けるビルスを見る。
「――破壊を楽しんでんじゃねえぞおおおぉッ!!」
悟空の叫びと共に黄金の輝きが溢れ、瓦礫を吹き飛ばした。
そのまま一気に突き進み、まるで泳ぐように岩の中を掘り進みながら一気に加速する。
しかし悟空はすぐにビルスを攻撃せずに、大地を貫いて空へと飛んで行った。
ここで戦っては地球へのダメージがある。だから続きは空でやろう、というわけだ。
すぐにその意図を察したビルスが悟空の後を追って飛び、黄金と紫の光が空を翔ける。
その二人の姿は仲間達にも見えたが、しかしピッコロが何かに気付いたように声をあげる。
「あいつ……ゴッドじゃない! ただの超サイヤ人に戻ってしまっている!」
ピッコロの言葉にリゼットを除く仲間達全員が驚いた。
悟空がビルスと戦えるのはゴッドの力があればこそだ。
普通の超サイヤ人では戦いにすらならない事は既に実証されてしまっている。
だから皆は不安になったのだが、それを否定したのはリゼットだった。
「……いえ、確かに普通の超サイヤ人ですがこれは……。
……信じられない事ですが、ゴッドの炎は消えていません。悟空君の中で燃え続けています」
リゼットにとっても、それは信じられないものであった。
彼女が過去の映像から見た超サイヤ人ゴッドとは、時間制限付きの最強変身であった。
その弱点故に結局、ゴッドとなったサイヤ人は変身時間が切れて最終的には悪のサイヤ人に敗れてしまっている。
だが悟空は違う。ゴッドの力を失ったのではなく、ゴッドの力を取り込んでしまっている。
それがどれだけ困難な事なのかは、他でもない神の力を使うリゼット自身が誰よりも痛感している。
リゼットの言葉を証明するように、悟空とビルスの戦いは続いていた。
悟空の拳をビルスがガードし、反撃に転じる。
だがそれを見切った悟空が瞬間移動で死角へ回り込み、ビルスの顔を強打した。
そのままビルスを空へ運ぶように連打を叩き込み、雲の中へと入っていく。
吹き飛んだビルスを追って飛び、踏みつけるように蹴り飛ばす。
更に休まずにその後を追うも、体勢を崩しながらビルスが悟空を殴り飛ばした。
そのまま追い打ちをかけるべくビルスが悟空に迫るが、今度は悟空が不安定な姿勢からの反撃でビルスを弾き飛ばす。
そのまま今度は手四つ。悟空とビルスが正面から押し合い、しかし力比べは不利と判断した悟空がすぐに膝蹴りを放つことでビルスを更に上へと飛ばし、すぐに飛んで追いかけた。
「……み、見えるか、クリリン」
「い、いえ……」
余りにレベルの違う戦いに亀仙人が、自分よりも動体視力に優れている弟子へと問うも、クリリンにも悟空とビルスの動きは見えていない。
無理もない事だ。今の悟空は神の領域に入っている。
ならば目で追う事すら困難であり、この中であの動きを完全に視認出来ているのはリゼットくらいしかいない。
そのリゼットですら、見るのではなく実際に戦うとなればどこまであの速度についていけるか……。
悟空とビルスの戦いは成層圏へと戦場を移し、悟空の拳打が次々とビルスに炸裂している。
だがダメージは浅い。そう考えた悟空は一気に決めるべく大技の準備へと入った。
「か、め……」
幼い頃から使い続けてきた亀仙流の技の構えに入り、更に瞬間移動。
ビルスの横に、背後に、斜め上に。
次々と現れては消え、彼を攪乱する。
「は、め……」
十分な溜めを経て、悟空はビルスの下へと現れた。
その手の中には青白く輝く気が込められており、最大まで威力が高められている。
ビルスは咄嗟に防御しようとするも、悟空の方が速かった。
ここからではもう、回避も防御も間に合わない。
「波アアァァッ!!」
――気の激流がビルスを飲み込んだ。
かめはめ波の煙が晴れた時、そこにはほとんど無傷のビルスが佇んでいた。
タイミングは完璧だった。回避も防御もさせなかった。
なのに健在どころか無傷に近いとはどういう事か……。
少し考え、やがて答えに行き着いた悟空は思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。
何の事はない……ただ単純に耐えたのだ。
そもそもビルスは最初から全く本気ではなかった。
悟空との戦いですら半分以下の力しか使っておらず、故に最後のかめはめ波を耐える一瞬のみ力を上げて耐えた。ただそれだけの事でしかない。
加えて、その最後に見せた力すら6割近くといったところだ。本気には程遠い。
一方悟空は今のでほとんど力を使い果たし、息が上がってしまっている。
だがビルスはそんな悟空を見て、満足気に笑みを浮かべた。
「君、気付いているかい? とっくに自分がゴッドじゃなくなっているってこと」
「……ああ。戦ってる最中はそれどころじゃねえから気付けなかったが……やっぱ解けちまってたのか。
だが妙な感じだ……ゴッドじゃねえってのに、オラの中にゴッドが残ってるような、そんな感じがすんだ」
「ふむ。どうやらお前はゴッドとなって戦ってるうちにその世界を体に吸収してしまったようだ。
だから超サイヤ人に戻ってしまっても、大してパワーダウンしなかった。
大したもんだよ、稀に見る天才と言っていい」
ビルスの声には、嘘偽りのない称賛があった。
孫悟空ならばゴッドは一度限りの変身ではない。
仲間の力を借りた今回ほどのパワーはもう引き出せないだろうし、いずれは完全にパワーが切れて普段通りの強さに戻ってしまうだろう。
今、超サイヤ人のままゴッドの強さを維持出来ているのは一時的なものでしかない。
だがこの男ならば……いつか本当に自力で、この領域に再び駆けあがって来るかもしれない。
今度は時間制限付きの変身などではなく、確かな自分の力で……楽しませてくれるかもしれない。
(……ここで壊すのは惜しいね)
ビルスは目を閉じ、さてどうしたものかと思案する。
だがその彼に異変が起きた。
突然その身体が黒いオーラに包まれ、目が赤く輝く。
その目には今まであった理知的な部分が見えず、剣呑な光を宿していた。
「……ビルス様?」
突然変わったビルスの雰囲気に悟空が緊張した声をあげる。
だがビルスは悟空の声など聞こえていないように、気を集めてリゼットとの戦いでも出した紅蓮の破壊玉を生成した。
「地球を……破壊する」
「なっ……!? お、おい!」
ここまでの会話の流れを突然ぶった切っての行動に、さしもの悟空も焦りを見せる。
そして、それと同時に悟空の前にリゼットが転移してきた。
☆
地上で悟空とビルスの戦いを遠視していたリゼットは悟空の疲労を感知し、彼の回復と選手交代の為に転移をしていた。
しかし彼女が来てみれば場はおかしな事になっており、ビルスが地球を破壊しようとしている。
「か、神様!」
「悟空君、これは……いえ、話は後にしましょうか」
リゼットはビルスに対抗すべく白い彗星をその場で生み出した。
再び対峙する紅蓮と純白の気弾。
だが、もしもこんな場所でこの二つの気弾が衝突などすれば余波だけで北の銀河が消滅してしまうだろう。
何とか爆発させずに押し返すしかないが……果たしてそう上手くいくものだろうか。
「ふっふっふ……さしもの破壊神も戦いの中で隙が生まれたようだな」
対峙する二人を嘲るように声が響いた。
リゼットが視線だけをそちらへ向ければ、そこには4年前に姿を見せた魔神ドミグラが佇んでおり、勝ち誇った顔でこちらを見ている。
なるほど、この身の程知らずの自称魔神は今度は破壊神を標的としたらしい。
リゼットはあえて何も言わずに、更に気弾へと力を込める。
「今やビルスは私の操り人形。
破壊神が全宇宙を破壊し尽した後に、魔神ドミグラが支配する新たな世界が始まるのだ」
「……阿呆ですか、貴方は」
リゼットはビルスと対峙したまま溜息を吐いた。
いや、うん。百歩譲って宇宙征服の野望はありとしよう。ボージャックやパラガスだって抱いていた夢だ。
だが何もない宇宙を支配して一体この男はどうする気なのだろう。
あのパラガスだって、それを恐れてブロリーを制御していたというのに。
しかし彼はそんな蔑みの視線に気付かず、昂揚したように語る。
「さあ、破壊神の一撃を止められるかな?」
ビルスが破壊玉を持ち上げ、リゼットも同時に彗星を輝かせる。
そして二人は視線で語った。
――もうこのピエロを、これ以上躍らせなくてもいいだろう。
そして二人同時に、気弾をドミグラへと投げ捨てた。
「な、何!?」
ドミグラは声を荒げて、慌てたように避ける。
そんな彼の姿を軽蔑の眼差しで見やり、ビルスは神としての威厳を以て告げた。
「お前の気配には最初から気付いていたよ。
魔術にかかったフリをして姿を現すのを待っていたんだ」
「気付いていたのなら、何も本気で地球を壊そうとしなくともよかったのでは?
貴方がプリンを食べられなかったのだって、どう考えても彼の仕業でしょう」
「それはそれ。これはこれだ」
ビルスが格好いい事を言っているが、プリン一つの為にマジギレして地球を壊そうとしたのは純然たる事実である。あれは演技でも何でもない。
その事をリゼットが冷たい視線を向けながら指摘するも、ビルスに悪びれる様子はない。
彼は後ろに手を組み、宇宙を遊泳しながらドミグラへと近付いていく。
その姿はまさに無防備そのものだが、ドミグラは手を出せなかった。
手を出したら自分が消える。そう悟ってしまえるだけの格の違いを肌で感じてしまったからだ。
「決めたよ。地球の代わりにお前を破壊してあげよう」
ビルスがドミグラを指差し、その爪先から閃光が放たれた。
ドミグラは咄嗟にそれを避けるも、僅かに掠っただけで右肩から先が消し飛んでしまっている。
勝負など成立しない。するはずがない。
今より行われるのは破壊神による一方的な破壊。ただそれだけだ。
リゼットとビルスが同時に掌を翳し、不可避の速度で気功波を放つ。
たったそれだけでドミグラはいとも呆気なく砕け、消えて行く。
だが消えながらも彼は、口元を笑みに歪めてみせた。
「く、くくく……まあいい。これもまた歴史にない戦いの一つ。
時の狭間が開くまで、後僅か……」
ドミグラが消滅し、だがすぐにリゼットはそれが幻影だったと気付いた。
前回と同じだ。またもあの男は自らが直接出向くのではなく幻影で戦っていた。
いや、あるいは出て来れないのか?
最後の言葉の意味がわからずにビルスが目元を擦り、リゼットを見る。
「なんだい? あいつの最後の言葉は」
「さあ……私もあの男の事は分かっていないのです。
ただ、時間を越えて悪さをしているという事だけは確かなのですが」
「時間、か……そりゃ確かクロノアの領分だったな。
おいウイス、時の巣へ行くぞ。あいつに聞くのが一番早いだろ」
時の巣、クロノア。どちらもリゼットの知らない名だ。
だがどうやら、それがあのドミグラと関わっているという事だけは分かった。
何時の間にか悟空を地上に戻したらしいウイスがリゼットへ視線を向け、そして言う。
「貴女も来ますか? あのドミグラという者について知りたいのでしょう?」
「ええ。同行を許されるのでしたら、是非」
時の巣。
どうやらそこが、答えへの手掛かりに繋がる場所のようだ。
リゼットはウイスの肩に手を置き、彼等と共に時空を転移した。
景色が変わり、目の前に広がったのは緑溢れる小さな庭のような場所だ。
ガラスに囲まれた空間は足元に草が生い茂り、清んだ水の流れる池も設置されている。
ガラスの外にはいくつもの惑星が浮かび、空間の隅には白い建物が建っていた。
まるで茶碗を引っくり返して上から樹を生やし、周囲を塀で囲ったような建物だ。
しかし、どことなく神聖な雰囲気を感じ取る事も出来る。
「ここが時の巣、ですか?」
「そうだよ。久しぶりだなあ、ここに来るのも」
リゼットがビルスと話していると、建物の中からドタドタと足音が聞こえてきた。
ビルス達の到着を察知したのだろう。
慌しく飛び出してきたのは女一人に男二人の三人だ。
そしてそのうちの二人の顔をリゼットはよく知っている。
一人は黒髪の悟空似の男。もう一人は銀髪の……11年前には一緒に戦っていた青年。
そして最後の一人は桃色の肌をした見覚えのない幼い少女。
少女はともかく男二人は初対面ではない。特に銀髪の青年は。
リゼットは流石に驚き、思わず彼の名を呼んでしまった。
「トランクス! 何故貴方がここに?」
「リ、リゼットさん!? それはこちらの台詞ですよ!
どうして貴女がこの時の巣にいるんですか!?」
そう。その青年はトランクスであった。
それもリゼットと同じ時間を生きているあの少年のトランクスではない。
11年前に一緒に戦っていた、未来からやって来た方の青年トランクスだ。
もしかしたら自分が知るのとはまた別の未来のトランクスなのかもしれない、と一瞬考えたが向こうのトランクスもちゃんとこちらを認識している。
つまり彼はやはり、自分達と一緒に戦ったあのトランクスなのだ。
そしてもう一人。緑色の戦闘服を着た男はどう見ても悟空の父バーダックだ。
11年前に自分が暴走した時にも現れた彼と同一人物と見て間違いないだろう。
「彼等は時の界王神が雇ったタイムパトロール隊員のようですね」
タイムパトロール……その単語を聞き、リゼットは「まるでドラえもんですね」と内心で思った。
時の界王神というのは、あの少女だろうか?
「あらあらまあまあ、これはビルス様! お久しぶりです」
「うん、久しぶりだね時の界王神。ちょっと君に聞きたい事があってさ」
どうやらあの少女はビルスと顔見知りのようだ。
リゼットが小声でウイスに説明を求めると、ウイスは気前よく少女の正体を教えてくれる。
彼女こそは東西南北のどこにも属さない時間を司る時の界王神にして、ウイスやビルスとも旧知の間柄になるほどの永き時間を生きている神だという。
外見からは想像出来ないが、今の界王神よりも遥かに年上の7500万歳以上なのだとか。
「ドミグラとかいう奴が僕にちょっかい出してきてね。
どこにいるか教えてもらおうと思ってさ」
「奴は時の狭間に閉じ込められています。しかし……そこから出て来るのは時間の問題でしょう」
ビルスの問いに時の界王神が答える。
するとウイスが事情を理解し、ふむと呟いた。
「なるほど。狭間に出口を作る為に歴史を変えて時空を歪ませていたわけですか」
これまでに二度……いや、セルを惑わせた件を入れれば三度か。
地球にちょっかいをかけてきたドミグラだが、別にリゼットに用があったわけではなく、歴史にない戦いを起こしたかっただけらしい。
つまり勝ち負けはどうでもよく、今の所順調に彼の思惑通りに進んでいるという事になる。
「ああそう。じゃあ復活して出てきた所を破壊するとしよう」
ビルスの口から死刑宣告が放たれる。
今、この瞬間を以てドミグラは詰んでしまった。もう彼の望みはどれだけ足掻いても叶わないだろう。
仮に万事が上手く運んだとしてもビルスが出て来てしまうのだから、もうどうしようもない。
やはり身の丈以上のものに手を出す者は、最後には自滅するという事なのだろう。
しかしそれは、一つの問題をも孕んでいる。
「止めて下さーい!? この世界でビルス様に暴れられたら時間が! 時間の流れそのものがー!?」
「だろうね。だって僕破壊神だから」
ビルスはどうやらドミグラを消してしまう気満々のようだ。
それは別にいい。ドミグラの自業自得だし、ビルスが倒してくれるというのならリゼット的には有り難い話だ。
しかし問題となるのは場所だ。
この時の巣で暴れるのは、どうも時の界王神の反応を見るにかなり不味いらしい。
言葉から察するに、ここで暴れると時間の流れそのものを破壊してしまうのだろう。
「待って下さいビルス様。それは私も困ります」
「知った事じゃないね」
「……止めて下さればこれ、あげますけど?」
そう言い、リゼットは物質創造で皿とプリンを創ってビルスの前に翳した。
物質創造ならばビルスやウイスも出来るだろうが、材料や造り方を知らないのでは創造出来ない。
つまりまだ、彼等は自力でこれを得る手段はないわけだ。
しかもビルスにとっては食べ損ねた御馳走である。彼の視線はプリンに釘付けとなり、舌まで出していた。
実にわかりやすい破壊神様だ。
「プリン!」
「さて、どうします? 時間の流れを破壊するという事は、このプリンが作られる歴史も消えるわけでして、つまり要らないって事になりますけど」
「ぐぬぬ……よし、わかった。君だけは破壊しないでおいてあげよう」
そういう問題じゃない。
いや、ビルスとウイスならばあるいは本当にリゼットと時間の流れを切り離して保護する事も出来るのかもしれないが、どのみちそれはリゼットの考えとは異なる。
しかしそんな事を考えている間にビルスはリゼットの手からプリンを掠め取ってしまい、満足そうに平らげている。
餌で釣る作戦はよかったが、ビルスの手の届く範囲に置いたのは失敗だった。
本気で奪いに来たビルスを出し抜けるはずがない。
「ビルス様、ドミグラの事はどうか俺達に任せては頂けませんか? お願いします」
トランクスが頭を下げ、ビルスへと懇願する。
こういう礼儀正しいところは流石未来トランクスというべきか。
現代のトランクスは無駄に生意気に育ってしまったので、是非彼を見習わせたい。
ビルスは皿を舐めながら、面倒そうに答える。
「嫌だね。あいつは僕を利用しようとしたんだ。許せないよ。
第一君達だけでドミグラに勝てるの?」
「ええ、勝てますけど」
「……まあ、君がいれば勝てるか」
どうでもいいがリゼットは今もまだゼノバースを発動しっぱなしの光輪モードを持続している。
せっかく制御に成功したのだから、このまま変身を持続出来るまで持続して身体に慣らしてしまおうという魂胆だ。
そうすればもしかしたら、かつて暴走した時のような力を発揮出来るかもしれない。
今のゼノバースは、制御する事に力の大半を使ってしまっているのであの時ほどの力を発揮出来ていないのだ。
だがそれでも、今の彼女はビルスすら認める神の領域であり、その彼女が「勝てる」と言ってるのだから、それはビルスとしても納得する他ない。
「でもそっちの二人はどうなの?」
「必ず勝ってみせます。俺達に父さんや母さんを……悟空さん達を。
皆を守るチャンスを下さい!」
「うーん……」
ビルスは考えるように目元を擦り、それからリゼットを見る。
「……じゃあちょっとテストしてみよう。リゼットを相手にどこまでやれるか見せてもらおうか」
「え? 私ですか?」
どうやら、リゼット本人の意思を無視して勝手に審査員にされてしまったらしい。
まあビルス本人がやるよりは加減も出来るのでかえって好都合でもあるだろう。
リゼットは小さく溜息を吐き、ビルスの勝手な提案を呑む事にした。
【戦闘力】
ドミグラ(幻影):1000億
リゼット(……モヒカンじゃないんだ)
時の界王神「?」