鎮守府の夏、秋の夕暮れ   作:レクス

1 / 4
あちこちでよく見るネタの組み合わせに挑戦してみました。

2016/08/22 チラ裏から通常に戻しました。
前編の時系列は2013年夏イベント“南方海域強襲偵察!”です。


鎮守府の夏

 前編“鎮守府の夏”

 8月19日。 その日、佐世保鎮守府には雨が降り注いでいた。

 鎮守府の入り口を立つ衛兵にパスカードを見せ、その門を潜った。 鎮守府の敷地内に入っていく軍服姿の男性と、それにつきそう3人の少女。

 3人とも蒼い髪飾りを付けており、そこには“佐00689”と刻印されている。 これは鎮守府から艦娘1人1人に支給される物であり、これでどの提督の艦娘か識別を行っている。

 少女のうち1人は持っていた雨傘を転んで折ってしまっており、それに巻き込まれて転んだ別の少女と同じ傘に入っている。

 もう1人、物静かな雰囲気の少女は2人から一歩引き、男性のすぐ隣を歩いていた。

 階級章を見る限り、この男性の階級は少将だ。 階級の割には年若く、20代後半に見える。

 尤も、艦娘を運用する提督には独自の階級システムが適用されているというだけで、元帥クラスがゴロゴロいる中で少将といえば中の上程度であろうか。

 

「提督、今日はありがとうございました」

「いや、いいんだ。 本当なら1週間後、小田原の方に行った方がいいんだけど……な」

「ここからじゃ遠いですしね」

 

 4人は、東山海軍墓地からの帰りだった。 何十年も前のこの日から1週間後、駆逐艦“五月雨”は潜水艦の雷撃を受け戦没した。

 五月雨の慰霊碑は軍服姿の男性が言うように、神奈川の小田原に建てられている。 しかし佐世保からは遠い。

 そこで代わりに向かったのが、五月雨が白露、時雨と共に所属していた第27駆逐隊の慰霊碑であった。

 とはいえ、“夕立”“村雨”の戦没後に僚艦“春雨”と途中編入してきた五月雨の名前はこの碑にはないし、何より戦没日は1週間後である。

 他に同じことを考えた者はいなかったようで、雨が降る東山海軍墓地に人影はなかった。

 

「五月雨! 濡れちゃったしお風呂に入ろ! 私がいっちばーん!」

「あ! ……それでは提督、これからも頑張りますね!」

 

 “五月雨”と呼ばれた少女が、先に走っていった少女を追いかけ、雨の向こうへと消えていく。

 

「僕からもお礼を言うよ。 提督、今日はわざわざ五月雨の為にありがとう」

「気にする必要はないさ。 今日はたまたま時間が空いてて、五月雨が目に留まったからな。 夕立と村雨も連れていった方がよかったのかも知れんが、遠征に出してたのが残念だ」

「そうなんだ。 僕はてっきり、これからは全員分行くのかと思ったよ」

「それは厳しいな」

 

 傘を閉じ、物静かな雰囲気の少女が微笑む。 雨の勢いは先程より大分弱まっていた。 もうすぐ雨は上がるだろう。

 

「ただいま、蒼龍。 第2艦隊はもう戻ったか?」

「提督、おかえりなさい。 隣の提督さんが来てますよ。 第2艦隊は提督が出かける前に作戦成功の連絡があってから、まだ帰ってないですね。 帰投予定まで後10分くらいです」

「じゃあ、提督。 僕は出撃まで待機しておくよ」

 

 佐世保鎮守府の一角、彼に与えられた応接間を兼ねた執務室。

 そこで出迎えてくれたのは緑の着物を着こなす秘書艦の“蒼龍”。

 彼女は、近年その存在が確認された海の怪物、“深海棲艦”に対抗すべく生み出された“艦娘”。 その中で“正規空母”に分類される蒼龍である。

 蒼龍はこの提督の艦隊において最も練度が高く、経験を積んだ艦娘だ。

 先程連れ添っていた3人の少女もそれぞれ“白露”“五月雨”“時雨”という名前の艦娘で、特に時雨は“佐世保の時雨”という名で知られた武勲艦である。

 

「おう、邪魔してるぜ」

「お邪魔してまーす」

 

 軽く手を挙げて2人に挨拶する。

 彼らは隣の執務室の提督――同期であり、階級は同じく少将だ――と、その秘書艦娘である駆逐艦“雷”。

 この雷は通常赤い髪飾りをつけているところを、彼女の提督の趣味で白い髪飾りに変えている。 そこに“佐00690”と刻まれていた。

 隣とは言っても、鎮守府には各提督ごとに艦娘のドックや工廠が整備されている。 ドックや工廠は地下にあるが、それらの面積を確保するために隣とは多少の距離があった。

 蒼い執務机で鎮守府内有線LANと艦隊の通信妖精ネットワークに接続されたパソコンをスリープ状態から復帰させ、帰還を待つ提督と、その後ろに佇む蒼龍。

 今のうちにやることだけでも帰還する艦隊への補給の手配、出撃予定の艦娘に対する出撃準備の呼びかけと装備確認。

 場合によってはドックの整備妖精に緊急受け入れの指示が必要な場合もある。

 ちょうど第2艦隊とほぼ同じくらいのタイミングで帰還する予定の第3艦隊、第4艦隊は通常の遠征任務なのでドック入りの必要はない。

 

「もう少しマイペースにやったらどうだ? 慌てんでも、もうしばらく作戦は続くだろう」

「そうよ、麦茶でも飲んだらどう?」

「あ、じゃあ用意してきますね」

 

 蒼龍は執務室から給湯室へと歩いていく。

 

「……君達はいいのか?」

 

 いかにも手持無沙汰といった様子の同期に、彼は問いかける。

 向かいのソファー――金剛達がティーパーティの際に使うものだ――で隣の提督の膝の上に座り足をぶらぶらさせている雷と、それを微笑ましく見つめる隣の提督は、雷の視線の先へと視線を動かした。

 

「……そりゃ、鎮守府の家具屋に売ってある長門箪笥って高いけどさ……自分で作ったのを置くか?」

「べ、別に何を飾ったっていいだろ」

 

 雷の視線の先には桐箪笥。 その上にはこの部屋の提督が組み立てた“戦艦 三笠”と書かれた市販の艦船模型が飾られていた。

 実のところ桐箪笥の中にも別の艦船模型が入っており、実在した艦艇から架空艦である宇宙戦艦のヤマト、双胴航空戦艦近江まで収納されている。

 

「うちはまだ超弩級戦艦の場所を掴めていないからな。 今はそっちと同じく偵察中だ。 そうだ、タバコでも――」

「ダメよ司令官! タバコは身体に悪いんだから!」

 

 雷が、彼女の提督が取り出したタバコの箱を没収しようとする。

 だがそれは提督が反射的に腕を上げてしまったことで背が届かなくなり、振り上げた腕は空振りに終わってしまった。

 何度か雷は提督の膝の上で跳びはねて没収しようとするが、その度に彼女の提督は雷が届かない高さまで持ち上げている。

 何度かそれを繰り返して、ようやく諦めたのか雷は瞳を潤ませながら彼女の提督を見上げる。

 

「うー……っ」

「だ、そうだぞ」

「ははは、大丈夫だよ雷。 これはココアシガレットだ。 大丈夫、ちゃんと禁煙してるよ」

「し、知ってたんだから……」

 

 赤面し、俯く雷。 渡してもらったココアシガレットを口に含み、拗ねたように顔を背けた。

 

「雷は相変わらず可愛いなぁ」

「お、おだてたって……」

「提督さーん、もうすぐ睦月の艦隊が戻って来るっぽいー」

 

 ちょうどそこにやってきたのは、隣の提督の艦隊に所属する駆逐艦“夕立”。

 わざわざ離れているこちらまで探しに来たのだろう。 まもなく、執務室に夕立が現れた。

 

「やっぱりここにいたっぽい!」

「もうそんな時間か。 そろそろ帰るか」

「……そういえば蒼龍、遅いな」

 

 ふと、彼は給湯室の方を向く。

 ちょうど蒼龍の名前が出てきたので、隣の提督は今までずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。

 

「そういえば、なんでそっちの艦隊は蒼龍が一番なんだ? 言っちゃ悪いが、正規空母なら赤城とか瑞鶴の方が運用しやすいだろ」

「本当に、言っちゃ悪いわね……ごめんなさい、うちの司令官が失礼なこと言って」

「いや……まぁ、なんだ。 空母で一番早く来てくれたし、可愛いから愛着があるんだ。 それに睦月型と暁型が至高だなんて言ってるお前さんに性能云々を言われたくないのだが」

「ちっちゃい娘は可愛いだろ!」

「それに異論はないが」

「ちょっと司令官、早く行かなきゃ」

「提督さーん、はやくはやくー」

 

 提督の袖を掴み、執務室の出口の方へと引っ張ろうとする雷。 入口から催促する夕立。

 ちっちゃい娘について今から3時間の力説を始めようとしていた隣の提督は出鼻を挫かれ、傍らの少女に諸手を挙げて降参した。

 

「そうだった、相変わらず雷は可愛いなぁ。 じゃあ、頑張れよ」

「もう……」

「ごめんなさい、提督。 麦茶、沸かしてなくて時間かかっちゃいました。 帰られちゃったんですね」

 

 入れ替わるようにして、蒼龍が戻ってきた。 先程の会話が聞こえていたようで、その顔は少し赤い。

 提督と自分が飲む麦茶を執務机に置き、残りは片隅の冷蔵庫へと入れた。

 

「その……提督。 ありがとうございます。 嬉しいな」

「いつも蒼龍には世話になってるからな。 これからもよろしく頼むよ」

「はい! 私こそ、よろしくお願いしますね」

「第2艦隊、帰還しました! 第2艦隊、帰還しました!」

「……来たか」

 

 通信妖精の声が執務室に――正確には、執務机のパソコンから響く。

 時を置かずして、2名の少女が執務室の扉を勢いよく開けて入ってきた。

 スクール水着の上にセーラー服、今は持っていないが、手には魚雷。 頭には、甲標的の妖精と同じく潜水服を纏った通信妖精。

 彼女達は、つい最近この提督の指揮下に入ったばかりの潜水艦娘である。

 

「司令官。 第2艦隊、帰投したわ」

「てーとく、見てた? ゴーヤ、ちゃんと頑張ってたでしょ」

「ああ。今回は最後まで偵察できたようだな。 偉いぞ、イムヤ、ゴーヤ。じゃあ偵察結果の報告を頼む」

「はいでち! えっと、おっきいのが1隻と、丸っこいのが5隻だったでち!」

「……えっと」

「……あ、あはは……。 イムヤさん、説明お願いしますね」

 

 執務机へ新たに冷蔵庫で冷やした氷と麦茶の入ったグラスを2つ置き、蒼龍は執務室に置いてあった椅子に腰かけて温くなってきた麦茶を飲む。

 口調が幼い方は“伊58”、通称ゴーヤ。 手に防水スマホを握っている方が“伊168”、通称イムヤ。

 余談だがイムヤは太平洋戦争時において蒼龍ら二航戦、一航戦が沈んだ海戦において敵空母を撃沈し、仇を取った潜水艦だ。

 

「ありがと。 ええっと、妖精さんとスマホの情報によると確認されたのは“戦姫”級1隻。 残り5隻は“護衛要塞”級です。 詳しい位置なんかは通信妖精から司令官に届いてると思うわ」

「ふむ……」

 

 彼はパソコンを操作し、先程イムヤから届いていた情報を再確認する。 情報は報告内容と間違いなかった。

 南方海域に深海棲艦の超弩級戦艦が多数出現。 この強力な個体を各提督につき1隻以上葬るのが、今作戦の最終目標であると海軍司令部より通達されている。

 

「ああ、確認した。 さて――出撃だ、蒼龍。 イムヤ、ゴーヤはご苦労だった。 休んでいてくれ」

「ええ!? ゴーヤ達お留守番? 寂しいよぉ……」

「……そうは言ってもな、4回も敵駆逐艦に見つかって中破大破されちゃ、心臓に悪い。 まだゴーヤの練度が低いからとはいえ、すまんな」

「提督、心配だからってあんまり眠られなかったんですよ」

「第3艦隊、帰還しました! 第4艦隊、帰還しました!」

 

 麦茶を乗せていたお盆を抱え、蒼龍がクスリと笑う。 再びパソコンから通信妖精の声が届き、第3と第4艦隊の帰還を告げた。

 

「じゃあてーとく、御褒美に“間宮アイス”ちょうだい?」

「あー……すまん。 この前隼鷹達がドックで宴会やったらしくて、その時に誰かが食べて切らしてるんだ。 来月まで待ってくれ」

 

 ごく自然に、彼はゴーヤの頭に手を置き、優しく撫でた。

 

「うみゅう……」

 

 帰還してすぐここにやってきたのであろうゴーヤの髪は海水で濡れており、少々ザラついている。

 

「しれぇ、出撃ですか?」

「提督、行くかい?」

「Hey! 金剛と榛名、呼ばれて来たヨー!」

「しれぇ、第3艦隊帰投致しました!」

「第4艦隊那珂ちゃん、お仕事しゅーりょーしたよっ」

 

 執務室が俄かに騒がしくなった。

 執務室の正面、扶桑型が横に4人並べる程に広い地下からのエレベーターから降りてきたフル装備の5人の姿が見える。

 舌っ足らずな調子で聞いてきたのは駆逐艦娘の雪風。 そして時雨と第1艦隊所属の金剛型2名と気だるそうに欠伸と背伸びをしている北上。

 駆逐艦では強運に恵まれた雪風が時雨に次ぐ練度を誇っており、3番手として最初の秘書艦である電が続く。

 遠征から帰還した両艦隊はそれぞれ物資を手にしており、物資を置いてくる前に提督に報告する必要がある。

 ちょうど執務室では第1艦隊の面々が集まりかけており、両艦隊旗艦の雪風と那珂は待ちぼうけとなってしまった。

 

「雪風と那珂は少し待っててくれ。 この前の集結地強襲作戦と同じように時雨、駆逐艦で一番練度が高いお前が旗艦だ。 駆逐艦はあと、雪風だな。 ……ああ、第1艦隊の方だぞ」

「時雨、了解」

「任せてください! 艦隊をお守りします!」

「蒼龍、サポートを頼む」

「はい、お任せください。 ……あ。 そういえば提督の好きな皿うどん、さっき鳳翔さんと作ってたんです。 後で食べてくださいね」

「ああ。 蒼龍の皿うどんは美味いから期待しておくよ」

 

 雪風がはにかみながら自身の胸をポンと叩き、時雨と蒼龍はいつものように微笑んだ。

 

 

――夏の日差しが照らす中、空を眺めた

――昔と変わらず空を舞う海鳥達を見て、かつてミッドウェーで最期に見た光景を思い出しました

――そして、私達は深海棲艦の巣へと突入しました

 

――鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)突入時 蒼龍の航行記録より

 

 

 南方海域、最奥部。 魔の海域、通称アイアンボトムサウンド。

 海を割り、轟く爆音。 衝撃波が金剛の背にある46cm砲を中心に広がり、46cm砲の妖精達が金剛の頭にしがみ付きながら、双眼鏡を覗いている。

 昔、多くの船が沈んだこの場所で、また新たな犠牲者が生まれようとしていた。

 

「――ッ! ……アガ……ギッ……」

「だんちゃーく、命中!」

 

 空母姫級がこちらへ向けていた砲塔らしきものが爆発し、残りの砲弾が空母姫級の腹部へと着弾するのが、遠目にも見えた。

 遅れて、命中による爆発音が響き渡る。 半壊した砲塔で火災が発生し、更に大爆発を起こした。 空母姫級の艦体が腹部で真っ二つに裂け、爆発の勢いで吹き飛ぶ。

 

「直撃を確認! 弾薬に誘爆した模様! 敵“空母姫”級、沈んでいきます!」

「Wow! コングラチュレーションネー!」

「敵艦隊、残り空母ヲ級1!」

 

 蒼龍から発艦した彩雲の観測妖精からの報告が届く。

 

「こちら時雨。 敵、護衛要塞級を撃沈。 僕の方が早かったみたいだね」

「こちら雪風! 要塞級、撃沈しました! むむ、次は負けません!」

 

 先の支援艦隊による航空攻撃と金剛の46cm砲の直撃を受けた敵艦隊の旗艦、装甲空母姫の下半身が前へと倒れて水飛沫を上げ、苦悶に顔を歪めた上半身はその影へと落ちていき、こちらも大きな水飛沫を上げた。

 そこから少し離れた場所で、中破していた要塞級を快速で翻弄していた時雨が高角砲でトドメを刺す。 至近距離から放たれた高角砲の砲弾は、損傷していた箇所に命中。 要塞級が力無く崩れ落ち、丸い身体が海の中へと沈んでいく。

 同じように雪風も雷撃で時雨とは別の要塞級を炎上させ、ちょうど沈めたところだった。

 

「ヲ……ヲヲ……!」

「後はあいつだけだねー。 まー、とっとと沈めて次行きましょ」

 

 残るは、接敵直後に北上の雷撃を受け、中破した空母ヲ級。 たった今轟沈した、空母姫級の方を見ている。

 何か様子がおかしいような――中破する前から攻撃を躊躇っていたような気もするが――敵は敵だ。倒さなければならない。

 

「そうね、一気に仕留めてしまいましょう。 ……攻撃隊、発艦はじめっ!」

 

 蒼龍の右肩の甲板が空中に浮かび、その上を通過するように弓矢を構え、勢いよく矢は放たれた。 発艦した流星改がプロペラの回転音を響かせてヲ級へトドメを刺すべく飛んでいく。

 キャノピーの上にしがみ付いた流星改の妖精が、流星改の抱えた魚雷を中破して攻撃してくる素ぶりのないヲ級目がけ、投擲した――。

 

「ヲ……!」

 

 最期の瞬間まで、ヲ級が攻撃してくることはなかった。

 

 

 空母姫艦隊、更に敵前衛警戒艦隊を撃滅し、最奥部へと到達した第1艦隊。

 臨戦態勢で前衛に雪風と時雨、次に北上、中央に蒼龍、後衛として金剛と榛名が蒼龍を守るようにして海を駆けていく。

 他の艦娘は、多少損傷したところで砲雷撃戦は続行できる。 だが、正規空母である蒼龍は甲板をやられれば航空機を発艦できなくなる。

 必然的に、蒼龍を中心とした輪形陣を形成していた。

 そこへ彩雲の観測妖精から連絡が入る。

 

「敵艦隊、発見! 戦姫級1、戦艦タ級2、要塞級3――全て黄色のオーラ……フラッグシップです!」

「What!? タ級デスか!?」

「事前情報と違う……お姉様、皆さん。 注意しましょう」

「まー、何が来ても私の40門の魚雷でやっちゃうだけだよねー」

「丁字で迎え撃ちますよ、単縦陣、用意! 転進!」

 

 しかし、驚きはすれども焦った様子は彼女達には見られない。

 それもそのはず、彼女達は全て高い練度(Lv70以上)、蒼龍に至ってはトップエース(Lv98)である。

 このベストメンバーであれば、苦戦することはあれども、心配するような事態にはなるまい――。

 

「何度デモ水底ニ、落チテイクガイイ……」

 

 海面に佇む、その異形が吼える。

 

「支援艦隊到着。 赤城、加賀、千歳、千代田が航空攻撃に入ります!」

「こちらも攻撃隊、制空隊発艦! 北上さん、合わせて雷撃をお願いしますね」

「よーそろー」

 

――そう、誰もが思っていた。

 

「全艦、砲雷撃戦始メ……!」

 

――その時までは。

 

 

「いたた……」

 

 南方海域、海鳥が空を舞う夏の夕暮れ。 昼間の砲雷撃戦を終え、一旦退避した艦娘達。

 支援艦隊の航空攻撃は大した戦果を挙げられず、逆に反撃を受けて蒼龍が大破。 帰れなくなった第2次攻撃隊はそのまま支援艦隊の赤城に回収されている。

 金剛、北上が中破判定で、榛名、時雨も小破。 ちなみに雪風は掠った程度でほぼ無傷のままだ。

 しかし敵艦隊も大損害を受け、タ級は2隻とも撃沈、護衛要塞も1つ残して海の藻屑と消えており、残った要塞級は大破、戦姫も中破している。

 

『蒼龍! 蒼龍! 大丈夫か!?』

「もう、心配症ですね……。 お化粧直ししたいところですけど提督、私は大丈夫ですから。 それよりも、敵にトドメを……」

『だが、大破しているようだが――』

「敵艦隊、要塞級の方はもう戦力になりません。 戦姫も中破してますし、攻撃を命中させれば勝てますよ」

『――分かった。 第1艦隊、日没後、夜戦へと突入せよ。 皆、絶対に生きて帰って来い』

「了解しました。 皆さん、夜戦へ突入します!」

 

 既に黄昏の太陽は水平線へと没し、夜の闇が南方海域を包んでいた。

 敵艦隊の位置は捕捉している。 最初に発見した場所から全く動いていない。

 

「艦隊、突撃! 目標、戦姫級!」

 

 敵味方、双方共に隊列を崩し、艦娘は戦姫に最後の一撃を叩きこむべく、戦姫級はせめてもの抵抗として、道連れをすべく。

 月の光は雲に遮られ、届かない。 闇の中、夜戦の幕が上がった。

 

「各艦、各個に突撃!」

 

 金剛が、榛名が、北上が、雪風が、時雨が。 戦姫級へと最大戦速で突っ込んでいく。

 蒼龍は、距離を取って動かない。 頭の上に乗っている通信妖精が、向かって行った艦娘と鎮守府との通信を繋いでいる。

 

「砲撃、開始するネー!」

 

 最初に動いたのは金剛。 片方だけ生き残っていた46cm砲の砲身が、彼方の海上に浮かぶ異形を撃ち倒すべく稼働する。

 

「全砲門、ファイヤー!」

 

 夜の海に響く爆音。 撃ち出された砲弾は戦姫級から僅かに逸れ、海面を激しく叩いた。

 

「shit! 惜しいデース」

「これ以上、やらせません!」

 

 数秒遅れて榛名。 46cm砲と15.5mm3連副砲が稼働、重々しい音と共にほぼ同時に斉射された。

 しかし、これは戦姫級が金剛の砲撃が着弾した影響で動きだしたことで回避される。

 

「あーもう面倒だなぁ。 ちゃっちゃとやられちゃってよー」

「雪風が、沈めます!」

「これ以上、僕達をやらせはしないよ」

「私ノ怒リト悲シミハ、コノ程度デハ消セナイ……! マダ、戦エル……!」

 

 ボロボロになった魚雷管から生きているものを一斉に発射する北上。

 更に距離を詰めるべく海面を駆ける雪風と時雨。

 もうすぐ決着が着く、その時だった。 観測妖精の声が、通信妖精越しに響いてきたのは。

 

「敵主砲、発射態勢であることを認む!」

「あ――!」

 

――その声は、果たして誰のものであったか。

 戦姫級から放たれた赤い光が、一直線に迸る。

 目標は迫りくる駆逐艦でも、長距離から必殺の酸素魚雷を放つ北上でも、戦艦でもない。

 

「え……」

 

――直後、直撃を受けていたのは最後方に位置していた、蒼龍だった。

 前掛けの甲板が砕け、背の矢筒が吹き飛ぶ。 星々が地に、暗い海面が空に。 再び星が空に、海が地に。

 暗闇を見通す蒼龍の瞳は、海鳥が月明かりの下、夜空を舞っているのを見た。 それも束の間、着水の衝撃。

 

「敵、戦姫轟ち――」

『蒼りゅ――!』

 

 仲間の声が、提督の声が、遠くなっていく。

 

――ああ、私……。

 

 視界には、海面越しに輝く月の光。

 フラッシュバックするのは、かつて“正規空母蒼龍”として見た、あの日の鋼鉄の海鳥(ドーントレス)の急降下爆撃が蒼龍に齎した結末。

 

――また、沈むんだ……。

 

 蒼龍は、霞む視界の中で右肩の甲板を見る。 粉々になった腰の甲板とは違い、こちらは大穴こそ空いているが原形は保っている。

 

――甲板の火、今度は消えてるね……。

 

 炎は、海水で既に消えていた。 今度は水中で大爆発を起こすことはないらしい。

 最早、浮かび上がる力もない。 矢筒から零れ落ちた流星改と烈風、彗星、彩雲の妖精が蒼龍に各々の機体を引っかけ、引き揚げようとジタバタしているが、それらも彼女と同じく月明かりの下へ帰還することはないだろう。

 

――ごめんね、貴方達も。 提督、ごめんなさい……。

 

 最後まで奮闘していた妖精達もやがて蒼龍に縋りつくようにして力尽きていく。

 やがて、物言わぬ大戦時の艦艇の成れの果てが横たわるアイアンボトムサウンドの海底へと蒼龍は辿りついた。

 深い闇の中、朧な蒼龍の視界に光が差す。 何の光かまでは分からない。 近づいてきているような気もする。

 アイアンボトムサウンド。 この地に沈む数多の艦艇の無念、数多の船乗りの怨念が深海棲艦を生み出した――そう言われてはいるが、真偽は分からない。

 通常の兵器では歯が立たず、人類のみを襲う正体不明の敵。 そして艦娘はそれらに対抗する存在――だった。 もうその役目は果たせないが。

 

「イラッシャイ、歓迎スルワネ……」

 

 どこからか聞こえた声も、 もう蒼龍には聞こえていなかった。

 ただ一つ、途切れそうになっていた視覚を最後まで保とうとしていた蒼龍が最後に見たのは、降り注ぐマリンスノー、深海棲艦らしき大きな影、光り輝く何か。

 

――きれ……い……

 

 その光に包まれた直後、蒼龍の意識は漆黒に塗りつぶされる。

 

 

「蒼龍……轟沈しました……!」

 

 先程まで蒼龍の頭の上に座っていた通信妖精が衝撃で吹き飛ばされ、気付いた時にはもう蒼龍の姿は見えなくなっていた。

 

『……何……?』

 

 無事だった通信機で、それだけを報告するのがその通信妖精には精一杯だった。

 

『そんな……また、僕は味方を守れなかったのか……』

『しれぇ、雪風……また、守れませんでした……』

『蒼龍が、沈んだ……? 冗談じゃ、ないんだな……? 蒼龍が……蒼龍……っ……!』

「……はい。 責任は、私が……」

 

 通信妖精は、その声音から通信の向こうの提督、戦姫のいた場所まで前進していた旗艦の時雨、雪風が自責の念に駆られ、深い悲しみに沈んでしまったことを感じ取った。

 妖精なので詳しいことは知らないが、雪風は昔、随伴していた艦隊が悉く撃沈されている。 友軍の幸運を食らい、ただ1隻生き残る死神、そう言われたこともあった。

 いつだったか、雪風が初出撃して全艦無事に帰還した時は、“これでもう、雪風は死神なんかじゃありません!”と涙を流していた。

 時雨も雪風ほどではないが、多くの仲間の死を見続け、最期には自身も撃沈されている。

 グスグスと溢れる涙を拭い、通信妖精は毅然と提督に告げる。

 

「責任は、蒼龍と共に行動していた私にあります。 さようなら、提督。 蒼龍、万歳……」

『お、おい――』

 

 無論、本来彼女に責任はない。 通信妖精は艦隊の旗艦、もしくは指揮艦が離れた場所にいる所属艦隊各艦との意思疎通を図り、また鎮守府の提督と協議する為の存在だ。

 だが、この妖精は着任当初から提督の信頼が厚い蒼龍と行動を共にしていた。

 一方的に通信を切った蒼龍の通信妖精。 彼女の後を追うように、失意のまま海へと跳び込んでいった――

 

 

――過去の世界大戦で、多くのフネとヒトが海に散っていった

――時を超え、その怨念は我々の前に悪意ある存在として現れた

――それを“深海棲艦”と呼んでいる

 

――提督教育マニュアルより抜粋

 

 

――2ヶ月後。 海軍司令部は夏に実施された南方海域の偵察結果を基に、本格的に南方海域への進出を決定。

 ブイン基地他の最前線に艦娘と提督を送りこみ、深海棲艦の日本への接近を阻止しようとしていた。

 

「もうすぐ、忙しくなるな…」

 

 提督の執務室に、久々に隣の執務室の提督が訪れていた。

 最後に姿を見た8月、あの頃はあった彼の溌剌とした雰囲気は失われ、表情も暗い。

 また、カカオシガレットではなく安物の紙タバコに火を付け、この部屋の持ち主である提督にとっては好きになれない臭いが吐き出された。

 

「ここは禁煙だ。 それに、禁煙してたんじゃないのか? 雷が怒るぞ」

「……雷は、もう……いない。 この前の大規模作戦最終日、どこかの焦った大馬鹿提督のせいでな」

「……そう、か。 タバコは消してくれ。 俺は吸わないんだ」

「悪い……」

 

 南方海域に進出し、激しさを増す海戦。 海軍司令部より下った、新たな大規模作戦の実施予定。

 その戦火は、幾多の不幸な轟沈を迎えた艦娘が、犠牲を顧みることなく捨て駒とされた艦娘が眠るアイアンボトムサウンドにも及んでいた。

 だが、アイアンボトムサウンドにそのまま沈んでいる艦娘は少ない。 その多くは、どこかへと流され、或いは運ばれる。

 光の射す海面は遥か頭上。 ここは物言わぬ艦娘達が眠る海底。

 そしてこの日――アイアンボトムサウンドから少し離れたどこかの海底で、深海棲艦の巣で、何かが一斉に目を覚ました。

 

「寝チャッテタ……? 大変、司令官のトコロニ戻ラナキャ……」

「ア、アレ? ヤッパリ、アイドルハ沈マナインダー」

「オ姉様ト、ハグレタノカシラ……不幸ダワ……」

「吹雪ハ無事……ダッタノカナ。 司令官、少シ休ンダラ、帰リマスネ」

「アノ野郎、ヨクモコノ摩耶サマヲ捨テ駒ニシヤガッタナ! 一発ブン殴ラネェト、気ガ済マネェ……!」

「アレ、ココドコ? ……暗イ!? ヤッタ、ココナラズット夜戦デキル!」

「ウワ!? 視界ガ赤イ、ナンデ?」

 

 海底が、急に騒がしくなる。

 生きていたことに喜ぶ者。 捨て駒にされた影響か、苛立つ者。 なんか暗いから喜ぶ夜戦主義者。 しかし、それらに共通するのは“とりあえず鎮守府に帰ろう”という思い。

――そして、それらの存在は全て、既に……。

 

ココハドコ……(ヲ……)帰ラナキャ……(ヲ……)提督ニ、心配カケチャウ……(ヲ、ヲヲ……)

 

 黄色に染まった視界で、それ――蒼龍が、遥か遠くに微かに差し込む、秋の日差しを目指して動き始めた。

 

 

「……翔鶴姉。 これ、どういうことだと思う?」

 

 南方海域、珊瑚諸島沖。

 普段であれば軽巡ヘ級や重巡リ級フラッグシップといった敵前衛艦隊が待ち構えているその一帯。 しかし、どういう訳だろうか。

 敵機動部隊を叩きに来た艦隊が目にしたのは、敵前衛艦隊ではなく戦姫級2隻、戦鬼級2隻、空母姫2隻というおよそ今まで見たことのない敵編成であった。

 

「……観測妖精さん。 索敵、厳にお願いね」

 

 今まさにそこへ突入しようとしていた、呉鎮守府からやってきた五航戦姉妹が中核を担う艦隊が索敵距離ギリギリから敵艦隊の動きを探っている。

 正確には、翔鶴から発艦した彩雲12機が。

 

『今までの偵察結果とまるで違う。 何が起きるか分からない。 いいか、いざとなったら離脱して帰還しなさい』

「提督、了解しました。 帰ったら今回の報告書を提出しますね」

 

 四箇所に放っていた彩雲から、翔鶴の通信妖精を経由して翔鶴へ観測妖精から索敵結果の連絡が入った。

 

『彩雲1番から3番、異常なーし』

 

 これは敵前衛艦隊モドキの上空に放った部隊だ。 ここからも見えている。 問題ない。

 

『彩雲4番から6番、異常なしでーす』

 

 続いて敵機動艦隊本隊上空から。 こちらも問題はないようだ。

 

『――――』

 

 敵任務部隊方面。 返事がない。

 

『彩雲10番から12番、異常――わーっ!?』

「彩雲10番、どうしたの!? 7番から9番、報告は!?」

 

 ふと、機動艦隊本隊と敵任務艦隊の中間、敵水上打撃部隊上空からの通信が観測妖精の悲鳴に包まれた。

 

『敵支援艦隊、3隻がそっちに向かってます! 敵艦種は戦姫1、空母姫1、未確認艦種1を認む! 11、12番機は空母姫と猛烈な対空砲火でげきつ――』

 

 通信が、ぷつりと途絶えた。 それを確認した翔鶴の判断は素早い。

 

「提督、撤退の許可を」

『許可する』

「ここまで来たのに、戦わずに帰るってのか?」

 

 艦隊の旗艦、軽巡の天龍が手にした剣を肩にかけながら、面白くなさそうな声で翔鶴に問いかける。 その視線は敵前衛艦隊モドキの方向を見つめたまま。

 瑞鶴はめんどくさそうに、投げやりに答えた。

 

「アンタが一人で行くってのなら、止めないよ?」

「いや……流石に冗談だ」

「さて、撤退しましょう。 ……急いで帰った方がよさそうですよ。 今、4番から6番機が撃墜されました」

「あぁ? ……追いつかれそうだな。 殿はオレと……木曾、オレとお前が殿だ」

「おう、仕方ねぇ。 流石にこの調子じゃお前と一緒に懐に飛び込む訳にもいかないしな」

「お前は右を警戒しろ。オレは左を見る」

 

 接敵前であった事が幸いし、艦隊は滞りなく撤退していく。 途中、追いかけてきた敵艦戦を龍驤から発艦した紫電改二が迎撃。

 敵艦戦を追い払った直後に三式弾らしき攻撃を受け、未帰還機多数となった。

 どこかへ移動を始めた敵前衛艦隊モドキの代わりにやってきた“敵支援艦隊”――戦姫1、空母姫1、未確認1が、もう見えなくなった艦娘艦隊の方向を見やり、呟く。

 

「覗キナンテ、失礼デスヨ……」

「ナァ大和、アレハ……本当ニ敵ダッタノカ?」

「敵ガナンデアレ、今度コソ、オ姉様ノオ役ニ立チマス……」

 

 まだ生まれて間もないのか、薄れゆく大戦時の記憶を持ったそれら――かつて大和型であっただろう3隻の呟きは、沈みゆく夕日で琥珀色に燃える海へ、消えていった。

 時は10月末。 敵前衛艦隊モドキ――もとい、敵主力艦隊とそれを援護する敵支援艦隊3隻がアイアンボトムサウンドへと移動していることを確認した海軍司令部は、全鎮守府、艦娘配備拠点へ大規模作戦の開始を告げた。

 

――アイアンボトムサウンドに突入し、敵主力艦隊を撃滅せよ!

 

 時を同じくして、海の底から鎮守府に帰ろうとする艦隊がいることなど、まだ誰も知らない。




ぼくのかんがえていたさいきょうのE4海域
E4では長いマップに加え、確率で“敵支援艦隊”の援護が入ります。
“彩雲”装備で“敵支援艦隊”の出現は防げますが、その場合ボス艦隊である“敵超弩級艦隊群”の編成が変化し、戦力を温存した(フルパワー)状態で激突します。
また、イベント中は提督(プレイヤー)が着任からこれまでに轟沈させた艦娘と同種の深海棲艦がランダムで鎮守府の待機艦娘を襲い、ダメージを与えていきます。

これを書き始めた先月(2013年10月)25日頃ではこんなのを想定していましたが、実際の(2013年秋イベ)E4に敵支援艦隊が出てきたら糞マップどころじゃない騒ぎになっていたと思う。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。