鎮守府の夏、秋の夕暮れ   作:レクス

2 / 4
3年近く投稿しなかったのでものすごく今更感漂いますが、後編です。

時系列は2013年秋イベント“決戦! 鉄底海峡を抜けて!”です。
ただし提督数十万人に対応して飛行場姫とかの深海棲艦もものすごい数に。


秋の夕暮れ

 

 後編“秋の夕暮れ”

 

 

 

――どれくらい眠っていたのだろうか?

――いつからここにいたのだろうか?

――よく分からないが、とにかく、帰らねばなるまい

――提督が待ツ、鎮守府へ。 我々の敵、深海棲艦ヲ倒ス為に……

 

――回収されることのない残骸の記憶の残滓より

 

 

 “アイアンボトムサウンドに突入し、敵主力艦隊を撃滅せよ”

 司令部からそんな命令が下されて1週間が経っていた。

 

「待たせたようだな。 大和型戦艦2番艦、武蔵だ。 よろしくな」

 

 アイアンボトムサウンド最深部、無数に存在していた“超弩級艦隊群”を撃滅した提督に贈られる戦艦娘“武蔵”。

 作戦開始より数日で数万の艦娘艦隊が突入したアイアンボトムサウンド最深部だが、深海棲艦は未だその勢力を保っていた。

 狭いアイアンボトムサウンドに艦娘数万人が一度に突入できるはずもなく、その関係で各提督につき1艦隊撃破がノルマとされている。

 だが何度沈めても再び現れる深海棲艦が相手ではキリがない。

 提督達や司令部は知る由もないが、撃沈された深海棲艦の怨念が新たな深海棲艦を生み出しているという悪循環が起こっており、それが深海棲艦を完全に駆逐できない原因でもあった。

 

 

「ようこそ、佐00689司令部へ。 こちらこそ、よろしく頼む」

「ああ……ところで、佐00689とはなんだ? 名前は言えないのかい?」

「名前は山口、佐世保出身だ。 この佐世保鎮守府だけでも5万以上の提督がいるものでね。 そんな中で山口提督なんて呼び出したとしたら、1000人くらいずらっとやってくるぞ」

 

 佐世保鎮守府は、深海棲艦の脅威に対し、旧佐世保市を丸々鎮守府のスペースとして利用している。

 それは横須賀や呉なども同様で、やはりそちらでも提督は横30000だの呉20000だの無個性な数字の羅列で呼ばれていた。 早い話、提督が多すぎるのだ。 だが、それでも深海棲艦を駆逐しきるには至らない。

 

「ふむ……そうなのか」

「武蔵。 早速だが、君の試験運用がしたい。 30分後、15時から演習の予定があるから、時間までに46cm砲を4つ装備して待機していてくれないか」

「フッ、早速か。 その内、演習ではなく実戦でこの主砲を存分に撃ち合いたいものだな。 ……期待していいか?」

 

 戦意を滾らせ、獰猛に笑う武蔵。 対する提督はそれに動じることもなく首を縦に振ると、武蔵の傍らに立つ秘書艦娘“時雨”に――正確には“時雨改二”を見つめた。

 

「もちろんだ。 尤も、今は資材の問題があるが……。 ……時雨、ここの案内を頼む。 今日の演習での旗艦は武蔵に譲るが、いつも通り時雨も参加だ」

「うん。 じゃあ、行こうか。 ……武蔵、って呼んでいいかい?」

「ああ、遠慮はいらないぜ」

「じゃあ、先に今日の演習で艦隊を組む人と挨拶に行こうか。 今日の第1艦隊は武蔵、大和、時雨、雪風、摩耶、千歳……だね」

 

 時雨はリストを読み上げながら提督の内心を察した。いつもなら武蔵の代わりに金剛型の誰かが入り、時雨と雪風のどちらかと軽空母の千歳の代わりに一航戦の2人が呼ばれる。

 しかし、流石に大和型2隻の燃費を心配したのだろう。 大和型2隻を除けばだいぶ低燃費に抑えられていた。

 尚、普段は時雨と雪風は7:3で交代している。

 

「ほう、大和がここにいるのか? それは良かった。 摩耶もちゃんとやっているか?」

 

 時雨は武蔵の手を引きながら“佐00689”と刻印されたプレートのある扉を通り、地下エレベーターへと歩き出した。

 

 

 どことも知れぬ海域――強いていえば、アイアンボトムサウンドから東の海域。

 

「全ク、アノ時、初メテノ実戦ダッタノヨ! ナノニ、ナノニ……」

「アー。 ヤッパシ、ドコモ同ジナンダナー。 チクショー……デモ、ソレデモ昔ハ活躍デキタンダロ? コノ深雪サマナンテ、昔ハ本番前ニ退場、今度モ捨テ駒ダゼ?」

「ゴ、ゴメンナサイナノデス……」

 

 洋上で騒ぐ、大勢の駆逐艦。

 昔よりマシ、などと言いながら不幸自慢をする者。 捨て駒にされ、憎しみを募らせる者。

 提督に愛されながらも、艦隊とはぐれてしまった者。

 

「一刻モ早ク、艦隊ヘ戻ラネバナラン」

「提督、怒ッテルカシラ……」

 

 一方こちらは提督に重用されるも、敵の勢力下ではぐれてしまった戦艦、空母。

 蒼龍が海上への帰還を果たした場所は、騒ぐ駆逐艦と暗い顔をした戦艦、空母の間だった。

 

「オ前達、マダココニイタノカ?」

 

 静かな凪いだ海に響く、威圧的な声。

 蒼龍は暗闇で目を凝らし、そちらを見る。

 姿がぼやけて、何の艦種なのか判然としない。

 戦艦組の方から1人、長門が立ち上がる。

 

「ドコノ所属ダ? 私ハ横須賀鎮守府――」

「分カラナイ。 モウ、名前ガ思イ出セナイ……」

「思イ出セナイ……? 何ノ用件ダ。 我々ハ、帰ラネバナラナイノダガ」

 

 駆逐艦達も、騒ぐのをやめてそちらを注視し始めた。

 しかし、誰が見ても長門と向かい合っている存在が誰なのか認識できないらしく、今度はそれでざわつき始める。

 

「誰、アレ?」

「サァ……ヨク見エナイ……?」

「私ハ……日本ノタメニ造リ出サレタノニ、ロクニ艦隊決戦モ出キズ、捨テラレタ……私ヲ捨テタ、人間ガ憎イ……」

 

 長門の目が、すっと細くなる。 こんな海のど真ん中で人間が憎いなどと言いそうな存在は、1つしか思い浮かばない。

――深海棲艦だ。

 

「貴様、新型ノ深海棲艦カ!? ナルホド、通リデ、知ラナイ姿ヲシテイル訳ダ」

「ワカラナイ、ダガ、人間ハ私ヲ攻撃シテクル……私ハ人間ガ憎イ……私ヲ戦イノ中デハナク、“アノ光”デ沈メタ、人間ガ……私ハマダ、戦エタノニ……」

「黙レ、ソレ以上言ウト……」

 

 長門は直感した。 これ以上、こいつの言葉を聞いてはいけない!

 

「我々ト共ニ、人間ヲ喰ライニ――」

 

 重々しい轟音が、凪いだ海に鳴り響く。 海面が荒れ、波立つ。

 ぼやけ、よく分からなかった存在に、至近距離から46cm砲の砲弾が炸裂した。

 

「我々ハ、貴様ラ深海棲艦トハ違ウ!」

 

 もう1連射。 その存在――深海棲艦らしき存在がまともに砲撃を受け、消し飛んだ。

 長門がその砲口から立つ硝煙を振り払い、駆逐艦、戦艦、空母その他が固まっている方向へ――具体的に言えば、その両集団に挟まれていた蒼龍の方を向き、連合艦隊旗艦らしい威厳溢れる声で号令をかける。

 

「オ前達、集マレ! 我々ハコレヨリ、所属原隊ヘト帰還スル! 各鎮守府ゴトニ、整列セヨ!」

 

 

 その後、長門の一喝で横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊、トラック、リンガ、ラバウル所属へと早々に艦隊を形成した。

 各鎮守府への帰還を目指す数万人の大艦隊が、足並みを揃えて海上を駆けていく。

 横須賀は、先程の長門を旗艦に。

 呉は最も高練度であった瑞鶴。

 佐世保は金剛が旗艦を務めることとなった。

 どうにもアイアンボトムサウンドから東に流されていたのか、日本への帰還を目指す艦隊は一団となって進む。

 予想されていた深海棲艦からの襲撃もなく、順調に――順調すぎる程に、途中でリンガ、ラバウルへと別れていく――。

 もし、提督達の運がよかったとするなら――この数がそのままアイアンボトムサウンドで目覚めていたとすれば、ショートランド、ブイン、ラバウルはトラックへの進行ルートとして数万の深海棲艦によって瞬く間に消え失せていただろう。

 

――翌日、ラバウル帰還組が全滅。 更に翌々日にはリンガ組が全滅するが、日本を目指すその大艦隊にその情報が届くことはなかった。

 

 

 出発から数日。 足の遅い艦娘と足並みを揃えて動いていた日本への帰還を目指す大艦隊は、途中岩礁や深海棲艦のものらしき物資集積所を襲って補給を続けながら、日本へと確実に近づいていた。

 しかし、数日前に深海棲艦によるラバウル、リンガ方面への強襲艦隊を迎撃、練度の低いこれらを1体残らず全滅させた海軍司令部は、先日の強襲艦隊の本隊を発見すべく各拠点に捜索を行わせていた。

 11月某日、トラック泊地から強行偵察任務の遠征に向かっていた艦隊が、遥か遠方に何か小さな異物を発見する。

 

「クマー。 何か見えるクマー。 この辺に敵がいるなんて聞いたことないクマー」

「ほう。 大破漂流しているはぐれ艦娘でもいるのかのう? どれ、吾輩の索敵機を飛ばして見るか。 索敵機の報告が来るまで、吾輩の後ろに下がっておれ」

 

 頭の上に通信妖精をしがみ付かせた重巡艦娘、利根のカタパルトから発艦した水偵が空へと駆け上がっていく。

 

「物資だったら持って帰るにゃ。 丸い物だったら多摩が貰ってもいいかにゃ?」

「さてのう。 それは持って帰って提督に聞くがよいが、機雷はいかんぞ。 ……ふむ?」

 

 俄かに、利根の表情が険しくなる。

 

「うーむ、妖精殿。 報告は正確にお願いしたいものじゃ。 敵艦がこちらに向かっているというのなら、もう一度確認しては貰えんか」

「物資じゃないのにゃ……」

「はぐれ深海棲艦なら、パパっと仕留めるクマ。 提督も喜ぶクマー」

 

 球磨と多摩は利根の影から出て、双方20.3cm連装砲を稼働させ、砲撃体勢に移る。 若葉はそのままだ。

 

『繰り返します! 敵、駆逐艦たくさん! 巡洋艦たくさん! 空母たくさん! 戦艦もたくさん! 以上です!』

 

 利根は頭を押さえながら球磨多摩の前に手をかざし、砲撃体勢をやめさせる。

 

「……もういいわい。 噂の大艦隊かもしれんの。 偵察用カメラで写真撮って吾輩の通信妖精に送るのじゃ。 ほれ、球磨に多摩、駆逐艦のちびっ子。 一旦帰還するぞ」

 

 そして通信妖精から情報を受け取った利根は、写された大艦隊を確認して真っ先に叫び、撤収の準備を始めた。

 

「……うむっ、緊急連絡じゃ! 撤収!」

 

 

――深海棲艦とは、人類が生み出した悪夢

――遠い過去から蘇った悪夢

――深海棲艦とは……

 

 

「トラック泊地ダ! トラック泊地ガ見エタゾ!」

 

 海底から蘇った数万の大艦隊は、ひとまず日本への中継地点としてトラック泊地を目指していた。

 南西諸島海域最大の拠点、トラック泊地。 ひとまずここへ辿りつければ、日本で待つ提督や同じ艦隊の仲間達に連絡を付け、安心させられる。

 誰もが、そう考えていた。

 

「提督、一番先ニ会イニ――」

 

 長門の弾んだ声が大艦隊に響き渡り、トラック泊地所属だったのだろう白露が集団を抜けて駆けていく。

 その白露がしばらく海を駆けていった後、1発の砲声が轟いた。 不意に白露の艦首が大爆発を起こして仰向けに倒れ、爆沈した。

 

「ナッ……!?」

 

 遅れて、長門の耳は今のが自身と同じ46cm砲の砲声であることを聞きわけた。

 

「主力が出撃したからお散歩していたら、すぐ近くに敵の大艦隊がいるなんて……」

「貴様! 何ノツモリダ!」

 

 超弩級戦艦の不幸姉妹、その姉の方。

 その後方、非常サイレンを鳴らすトラック泊地地下から地表へ直接出撃する為の直通大型エレベーターで姿を見せるのは、駆逐艦娘や巡洋艦娘。

 遅れて、正規空母、軽空母、航空戦艦、戦艦……まるでトラック泊地に待機していた全ての艦娘が緊急発進してきたかのようだ。

 互いが視認できるほどの距離を挟み、トラック泊地を目指していた艦隊とトラック泊地から出撃した艦隊が睨み合う。

 

「目標、敵艦隊!」

「1体も逃すな!」

 

 ずらりと並んだ赤城と伊勢のうち、1人が号令をかける。 甲板を浮かばせ、その腕の弓に矢を番え、引き絞る。

 それに倣うように、多数の加賀、瑞鶴、伊勢……とにかく航空機、水上機運用能力のある艦娘が攻撃態勢を取った。

 これに混乱するのはトラック泊地を目指していた大艦隊だ。 蒼龍も、そして旗艦の長門も例外なく困惑する。

 

「エ……? ……ドウシテ、私達、狙ワレテイルノ……?」

「ヤメロ! 我々ハ味方ダ! 何故分カラナイ!?」

「接近される前にできるだけ沈めます! ……てーっ!」

 

 何の躊躇いもなく、トラック泊地所属艦娘達は攻撃を開始した。 1人の空母艦娘から数十機が飛翔し、空を覆い尽くす航空機。

 砲弾と爆弾、魚雷が殺到し、練度の低い艦娘があっという間に喰われ、波間へと消えていく。

 逆にこちらは状況が理解できない。 何故、味方が攻撃してくる? 何故、こうも敵意をむき出しにしてくる?

 トラック泊地を目指していた大艦隊は制空権を喪失した。

 

「何故……何故ダ! 駆逐艦、下ガレ! 装甲ノ厚イ艦は前ニ出ロ!」

 

 叫び、長門は前進して新兵同然といった有様の文月を庇い、直撃コースであった砲弾を厚い装甲で弾いた。

 本来の艦艇運用から行けば、駆逐艦こそが戦艦や空母といった主力艦艇の盾とするべきであろう。

 だが、長門はそれをしなかった。 ここまでなんとか帰ってこれた仲間達を、味方の手で沈めさせられる訳にはいかない。 もう仲間を失うのはたくさんだ。

 

――イや、あれハそもソも味方なのカ? 演習でもナいノに味方が同ジ艦娘に対して攻撃スルのか?

――あルはずがナい。 デは、コイツラは……!

 

「全艦、応戦シロ! 責任ハコノ長門ガ取ル!」

「デ、デモ……!」

「味方ガ攻撃シテクルハズガナイ! アレハ深海棲艦ダ! トラック泊地ハ敵ノ手ニ落チタノダ!」

 

 長門の影で震える文月が、嗚咽を漏らし、泣き始める。 彼女はトラック泊地所属であった。

 

「ソウイウコトナラ……一旦、退キマショウ! 日本ノ鎮守府ニ連絡ヲ取ラナイト……!」

 

 蒼龍は出せる限りの声を張り、味方を支援する航空機を発艦させながら、前方で戦う長門へと叫んだ。

 長門の叫びに応じ、やっとこちらの空母からも航空機が発艦を始める。 しかし、既に損傷した空母も多く、航空劣勢まで巻き返すのが精一杯だ。

 

――ドウ見てモ、普通ノ艦娘にしカ見エナいノニ、コれガ、敵……。

 

 大破したトラック所属の荒潮を助け起こそうとした朝潮がこちら側の霧島から放たれた主砲の直撃を受け、悲鳴を上げながら爆炎の中へと消えていく。

 

「ソウダ……ココマデ来テ、ヤラレル訳ニハイカン。 殿ハ我々ガ務メル! 後退セヨ!」

「支援シマス!」

 

 蒼龍は意識を切り替えた。 現に向こうはこちらを実弾で攻撃してきているのだ。 流星改と彗星を発艦させる。

 

「え……」

「ソコカ!」

 

 トラック泊地側から応戦していた陸奥の砲塔に彗星が投下した爆弾が運悪く直撃し、第3砲塔が一際派手な大爆発を置こす。

 そこで素早く振り向いた長門が爆発を起こして大破した陸奥に狙いを定め、見事直撃させた。 末期の言葉もないまま、陸奥は力を失い、二度と浮上することはなかった。

 

 

 武蔵受領から数日後。 武蔵の実戦参加は未だ叶わぬまままま今日も演習が行われている。

 

「よし、突撃するわ!」

 

 連装砲を放ちながらその言葉通り近距離戦への突撃を試みる、演習相手の朝潮。

 昼戦も終わり、演習は夜戦――名目上そのように言われるだけで、演習においては昼戦の間に双方接近した後の至近距離戦闘だ――へと縺れ込んだ。

 朝潮はもう一度、連装砲を放った。 砲弾は確かに命中し、狙われた艦娘は砲弾の炸裂に巻き込まれた。

 

「命中確認――!?」

 

 攻撃を終了した朝潮は離脱を試みる。 しかし、少し遅い。

 煙の中で、ゆらりと艦影が揺れる。 そのまま前進しながら爆煙を突き破り、ぱらぱらと砲弾の破片を散らしながらその姿を現したのは、武蔵だった。

 

「温いなぁ! 蚊に刺されたようなものだ!」

 

 厚い装甲に阻まれ、朝潮の攻撃は弾かれていた。 前進しながら46cm砲の一斉砲撃を行い、その内1発が朝潮の左足を捉えた。

 朝潮のニーソとスカートが着弾の衝撃で破れ、悲鳴を上げながら前のめりに転倒して数回海面でバウンドし、頭から海中にダイブした。 どうみても戦闘不能だ。

 

「朝潮さん、大破ー! 戦闘不能ですー!」

 

 演習を監督する妖精が白い旗を掲げ、宣言した。

 首から上だけ海面から出し、朝潮は叫ぶ。

 

「……まだよ! 初春!」

「妾の本領発揮じゃな!」

 

 朝潮の絶叫に近い声に応えたのは翼の付いた連装砲を自身の周囲に浮遊させている初春。 今は片方が連装砲の代わりに魚雷発射管を搭載している。

 宙を舞い、距離を詰めた魚雷発射管とそれを操る初春。 放たれた演習用の酸素魚雷が海面スレスレを飛翔する。 艦娘が“魚雷”と呼ぶ魚雷の形をしたロケット弾は、武蔵が反応するより早く武蔵に直撃し、炎の華を咲かせた。

 魚雷という名で呼ばれる為に最初はどの提督も違和感を覚えるのだが、考えてみると艦娘も深海棲艦も海面上を歩いているのである。 海の中を進んでいては当たるはずもないのだ。 魚雷なのに甲板に被弾したりするのはそういう理屈だ。 勿論、通常の水中を進む本来の魚雷も存在している。

 今度はしっかりと直撃し、武蔵の46cm砲が少し歪んで使用不能に陥っていた。

 

「武蔵さん、中破ー!」

「まだだ……! この程度では、沈まん!」

「仇は取りますよ、武蔵!」

 

 中破した武蔵に代わり、次の攻撃順である大和が演習相手の次の攻撃順である比叡に照準を定める。

 その様子を、彼女達が所属する艦隊の提督2人は結構離れた場所から双眼鏡で見ていた。

 

「くっそ、大和型2隻相手とかねーよ……」

「……確かに、少し行きすぎた編成だったかと反省している」

 

 演習相手、佐21830の比叡がひえーと悲鳴を上げて戦闘不能に陥ったのを見ながら呟く。

 

「だが……大和型だって無敵じゃあない。 だろう?」

 

 直後、武蔵の足元の海面から魚雷が飛び出してきた。 水中に潜む潜水艦娘から放たれた魚雷だ。

 

「潜水艦か! 油断した――」

 

 演習相手の伊168が放った魚雷は一直線に飛翔し武蔵に直撃、武蔵は大破で戦闘不能。 続けて大破していたこちらの北上に代わり、向こうの伊58の魚雷が炸裂。 大和も回避が間に合わず、あえなく大破した。

 

「……してやられたな。 これは戦術的勝利か」

「かもな。 アンタはうちの朝潮と北上と比叡を戦闘不能に。 こっちは大和型2隻と北上を。 揃って戦術的勝利判定やろ」

 

 雪風と時雨が爆雷を投下しているが、恐らく戦闘不能には追い込めないだろう。

 

「そういえば、例の南方作戦は終わったか?」

「いや。 飛行場の攻略が上手く行かん。 飛行場2つとか、ありゃねーよ。 アンタ、どう攻略したんだ?」

「比叡と霧島の三式弾が運良く炸裂したんだ。 もう1回行ったら突破できるか分からんな」

「次の提督の突入があるからって、時限制にされてもな……。 大体、すぐ近くに別の飛行場がある訳だからそっち行けばいいのに、なんで俺らまで退かなきゃいかんのよ」

「編成はどうしている? 良ければ相談に乗るが」

「あ? 今出撃してるのは、大井、加古、筑摩、摩耶、それと榛名金剛だが……まぁ、加古と筑摩は初陣(Lv1)の囮だな。 沈んで当たり前、生還すりゃ補給ケチって再突撃だ」

「……なんだと? お前、艦娘をなんだと思っている!?」

 

 彼――大和型2隻を所有する佐00689の山口提督が、佐21830を掴み上げた。

 

「あいつらだって生きてるんだぞ! それを、まるで物のように――」

 

 静かなる怒りに身を任せ、佐21830の身体が宙に浮いたが、すぐに手を振りほどき、拳の一撃でお礼をしながら着地する。

 

「やかましい! 低練度の艦娘なんざ消耗品だ! こうでもしなきゃ突破できねーんだよ!」

「他にやり方だってあるだろう!」

 

 言葉と拳の応酬。 既に演習は終了しており、双方の艦娘達が殴り合う提督の方を見つめ、手を出すべきか困っている。

 

「なら、アンタの霧島を貸せよ! こっちの改造したばっかりの霧島をくれてやらぁ!」

「うちの艦娘を他人に貸し出せるものか!」

 

 佐21830が拳をかわし、腕を掴んだ。 そのままこちらに背を向けつつ、綺麗なフォームでの一本背負い。

 佐00689はコンクリートの地面に叩きつけられかけるも、咄嗟にとった受身で大怪我は免れた。

 

「……そうだよ、これはうちの問題だ。 自慢の艦隊でさっさと終わらせちまったアンタには関係ない」

「……勝手にしろ。 悲しむのはお前の艦娘だ」

「世界の平和の為、人類の未来の為に……、加古も、筑摩も、俺にとってはあの化け物共を倒す為に必要な犠牲だ……!」

 

 仰向けになったままの佐00689を見下ろす、佐21830。 やがて背を向けると、自身の艦隊に向けて怒鳴るように叫んだ。

 

「帰るぞ、撤収!」

「そら、提督。 我々も帰るぞ」

「ちょ、ちょっと武蔵!?」

 

 佐00689の背後から褐色の手が伸び、彼の身体を易々と持ちあげた。 所謂お姫様だっこの体勢だ。

 吹き飛んでいた軍帽を、時雨が拾い上げる。

 

「武蔵か。 ……せめて胸は隠しておけ」

 

 先程の大破の影響で武蔵の胸と下半身を覆っていたサラシが千切れている。 豊満な双丘とその頂に立つ桃色の突起が隠されることなく提督の眼前に晒されていた。

 

「なんだ? どこを見ている?」

「もう……大和撫子としてはしたないですよ……」

 

 くっくっと笑いを洩らす武蔵と、赤面する大和。 後ろで時雨がどこか面白くなさそうな顔をしている。

 自分で歩ける、と武蔵の腕から降り、自身の白い軍服で武蔵の胸を隠せるように前後逆に着せた。

 

「……反応が薄いな。 もしや、提督は男色か? それとも、小さい方が良かったか?」

「安心しろ、ノーマルだ。 胸も背も大小問わん」

「ならいい。 ……私は、提督の所に配属されて良かったと思っているよ。 さっきの奴のように消耗品などと言われて、奴の指揮下の艦娘も気分がいいはずがない。 私達は兵器だが、生きているんだ」

「しれぇ。 しれぇが犠牲を出さないように皆を運用しようとしているのは雪風も、時雨さんも皆よく知ってます。 だから、ああ言ってくれて、ありがとうございます。 もう、目の前で味方を失うのは……嫌です」

「できれば、今の奴に喧嘩で勝って言い負かすところまでできれば上等だったんだがなぁ! 提督、もう少し鍛えるんだな!」

 

 ハッハッハと豪快に笑う武蔵。

 しばらく大和型や雪風と千歳、機嫌を損ねた時雨、気だるそうな雰囲気の北上と歩きながら話した後、エレベーター前で艦娘と別れた。

 彼は執務室の机に立てていた写真立てに向かい、哀しく微笑む。

 

「ただいま、蒼龍」

 

 それは、彼が8月の作戦中に失ってしまった、愛していた艦娘の写真。 蒼龍と彼とのツーショット写真だった。

 彼の心は永遠に欠けてしまったピースを求め、今は蒼龍の代わりに時雨を求めてしまっている。 だが、今もどこか空虚な雰囲気を拭えずにいた。

 時雨のことも、蒼龍の代わりのように扱ってしまって、悪いとは思っている。 それでも止められないのだ。

 

「なぁ……蒼龍。 もう、2ヶ月半くらい経つんだな……」

 

 ずっと、後悔していた。 あの時、油断せず撤退していれば。 ダメコンを積んでいれば、写真の中で微笑む少女は生きていただろうに、と。

 そして今、低練度の艦娘を消耗品と言い放ったあの提督のようにしていれば、蒼龍は助かったのではないかなどと考えてしまった自分が許せなかった。

 結局、沈むのが蒼龍ではなくなるだけで、艦娘を轟沈させたという事実は変わらないのだ。

 そして、積み重なっていく艦娘の犠牲は次第に提督から罪悪感や轟沈時のショックを薄めていき、やがては佐21830のように轟沈を聞いても眉一つ動かさない、沈んでもいい消耗品扱いになる。

 

「認められるかよ、そんなこと」

 

 二度と、失わせやしない。 そう決意した。

 そんな彼の下に数日後、司令部から命令が下った。

 

――数十万規模による深海棲艦の大攻勢を確認。 硫黄島周辺海域において敵が7割海が3割の状況となっている。 しかし、敵は分散の愚を犯した。 現在九州に接近中の数万規模の深海棲艦大艦隊を、佐世保鎮守府総出で撃滅せよ――

 

 

 失意の中、硫黄島まで生き延びた大艦隊は既にズタボロであった。

 トラック泊地からの追撃部隊こそなんとか追い返し、または燃料弾薬の問題で引き返していったが、こちら側は練度の低い艦だけではなく、味方を庇った高練度艦すら脱落。

 海を埋め尽くさんばかりだった数万の大艦隊は半数以上を占めていた低練度駆逐艦の大半を失い、トラック泊地所属艦は文月を含めて数人以外はもういなくなってしまった。

 

「……ココデ、オ別レダ」

 

 長門が振り返り、そう告げた。

 出発した頃と比べ、その姿は少しずつぼやけ、だんだんと曖昧な存在にしか見えなくなってきていた。

 蒼龍は薄れつつある記憶を整理する。

 

――我々は何のたメに鎮守府ヘ向かッテイる?

――提督と再会するタめ。 損傷ト、段々ト大きくなってキテイいる、記憶の混乱などノ“違和感”ヲ解消するたメ。

――提督とハ?

――私ヲ迎えてくれル、優シい人。

――では、私ノ名前ハ?

――正規空母……正規空母ノ、何?

 

 驚愕する。 最早自分の名前が思い出せなくなりつつあったなんて。

 そもそも、南の海から出発したのは一体何日前だっただろうか。 それすら、思い出せない。

 

「……金剛サン、霧島サン」

「……what? ソレハ、私デスカ?」

「何カ?」

 

 蒼龍は肩で支えている存在へと視線を向け、問いかけた。

 トラック島撤退の折に大破した、佐世保帰還艦隊旗艦の金剛。 あちこちから煙を噴き出して速力も低下しており、最早戦闘能力は皆無に近い。

 蒼龍の反対側では、霧島が同じく金剛を支えている。

 

「私ノ名前、何デシタッケ」

 

 しばらく間を置いて、返事が返ってきた。

 

「ンー、Youノ名前ハ……蒼龍ネー」

「蒼龍……確カニ、ソウダッタ気ガスル」

「蒼龍。 オ互イ、提督ノトコロニ帰ッタラ、一緒ニオ風呂入ッテ、直シテモラオウネ……モシ、モウ無理ダッタラ私ノコトハ……」

「馬鹿ナコト言ッテナイデ、行キマスヨ。 提督ノトコロニ帰ッタラ、キット大丈夫ダカラ……」

「……ソウネ。 提督ガ入レテクレル紅茶ガ飲ミタイネー……」

「ソウヨ! 司令官ガ、ナントカシテクレルンダカラ!」

 

 蒼龍のすぐ脇を進む、“佐00690”と刻まれた白い髪飾りの雷が気丈に振る舞う。

 硫黄島から西に進み、鹿児島の南を通過して長崎、佐世保へ数万人は進む。

 途中で呉鎮守府を目指す艦隊と別れ、舞鶴を目指す艦隊は下関を通過する為に呉帰還艦隊と共についていった。

 多くの損傷艦を抱えた艦隊は途中の浅瀬に座礁、大破して放棄された輸送船と護衛艦から鋼材等を捕食しつつ、一路佐世保鎮守府を目指していく。

 提督にもう一度会う為に。 ドックに入って、だんだんと大きくなってきている違和感を消す為に。

 数隻は捕食によって傷を癒したが、まるで量は足りていなかった。 修理すれば違和感が消えるという訳ではないらしい。 それでも、鎮守府に帰れればきっとなんとかなるだろう。

 

「テイ、トク……」

「提督サン……」

「シレイ、カン……」

 

 ボロボロになっても帰ってきた私達を、提督は褒めてくれるだろうか。

 あるいは、もう別の艦娘で自分の居場所を補填してしまったのだろうか。

 不安は募る。 だが、彼女達の思いは一つだった。

 

「ソレデモ、提督ノトコロニ帰リタイ――」

 

――しかし、当然ながら佐世保鎮守府が接近しつつある深海棲艦の艦隊を見逃すことなど、ありはしなかった。

 深海棲艦から見て死角となる島影に、待ち構えていた艦隊あり。 多くの提督が南方海域攻略へと出撃し手薄とはいえ、戦力がないということはない。

 この海域には、空母を含む要撃艦隊が複数待ち構えていた。

 対応が遅れ、深海棲艦の群れが屋久島と奄美大島の間を通過すると判明した時、司令部は僅かな困惑に囚われた。

 

 深海棲艦は、人も喰らう。 深海棲艦が多く出没する東南アジアは、既に人類の領域ではなくなっているのだ。

 既に九州近海まで接近しているとされた時、近隣住民の生存は絶望視された揚句、その命を餌として、足止めとして使おうという案すら出される始末。

 無論2島をノーガードにするほど海軍司令部も無能ではない。 南方海域から帰還中であった複数の艦隊を屋久島及び奄美大島の住民をシェルターへの避難誘導と待ち伏せの為に潜ませ、上陸次第撃滅する命令を出した。

 帰還中であった艦隊の燃料も弾薬もほぼ底をついていた。 提督を経由せずに各艦隊旗艦へ海軍司令部より直接下された命令は、実質玉砕命令と同じ。

 が、そんな上層部の思惑は外れた。 屋久島も奄美大島もまるで無視され、そのままの速度で九州の守りの要である佐世保鎮守府へと接近していたのだ。

 

『敵艦隊、北上を開始。 まさか、本当に佐世保鎮守府を落とすつもりなのか……! レーダーに捕捉! これは……該当海域を深海棲艦が埋め尽くしています! まさに海が3に敵が7、です!』

『連中、本当に数万の艦隊で攻めてきたってのか!』

『落ち着け。 邀撃艦隊の艦娘諸君。私は佐世保鎮守府総司令官、佐00001、中村だ。 再三、諸君らの任務内容については説明されているはずなので簡潔にまとめよう。 要撃艦隊主力である空母艦娘により、日没までに敵艦隊を航空機にて可能な限り撃滅し、主力艦隊の露払いを実施せよ。 敵が海3に敵7であれば、我々は空が2に味方が8をやるまでだ。 諸君らの無事な帰投を願う。 以上だ』

 

 離島の1つに陣取った佐00690所属の要撃艦隊の夕立は、隠れていた防波堤の影から身を乗り出し、防波堤の上へと飛び乗った。

すぐそばに隠れていた同艦隊の空母艦娘5と、別の提督が指揮する空母艦娘18が、艦載機発艦準備に取り掛かった。

 およそ30艦隊に相当する要撃艦隊。 同艦隊所属の空母が、一斉に発艦準備をしていた。

 

「提督さん、敵艦隊見つけたっぽい。 主力艦隊の出番取っちゃうくらいにやっちゃってもいいの?」

『やれ。 敵を減らせるならそれに越したことはないだろ』

「了解っぽい。 さあ――」

 

 彼女の背後で、翔鶴から、瑞鶴から、赤城から、加賀から、瑞鳳から発艦した航空機が飛び立った。

 

「最っ高に、素敵なパーティー始めましょ!」

 

 彼女――白い髪飾りを付けた夕立は勢いよく防波堤を蹴り、艦娘が生み出すその脚力で空高く跳躍。

 空へと飛び出した夕立を、黄昏に沈む夕陽の光が迎えた。

 もうすぐ、陽が沈む。 空母の出番は夜戦になるであろう主力艦隊にはない。

 日没までに空母のアウトレンジ攻撃で敵艦隊を漸減させるのが要撃艦隊の役目だ。

 タイミングを図っていたのか、やはり近くの岩場から綾波と比叡が航空機と共に姿を現した。

 少しだけ前進してその場に留まり、主砲を構える比叡と単艦突撃する綾波。

 

「酸素魚雷さん、目標、敵戦艦っぽい!」

 

 その跳躍の最高点で無数に飛び立つ艦載機を背にしたまま、顔の描いてある意思を持つ魚雷――酸素魚雷さんを2つ投げ放った。

 酸素魚雷さんは島風の連装砲ちゃんと同じく意思を持つ兵装だ。

 酸素魚雷さんは空中で赤い推進炎を吐き出しながらその軌道を標的へと誘導し、標的とされた空母ヲ級と戦艦タ級に支えられているらしき戦艦タ級へと吸い込まれていった――

 

 

――見覚エノアル風景、見覚エノアル仲間達

――ナノニ……何故……?

 

――回収されることのない残骸の記憶の残滓より

 

 

「――敵襲ッ!」

 

 突如、蒼龍は金剛の叫びを聞き、次いで誰かに突き飛ばされる感覚を覚えた。 その直後、爆発音が2度、響く。

 間近で起きた、激しい爆発。 振り向いた時、金剛は何かの直撃を受け、今まさに轟沈するところだった。

 

「ア……提督……。 ゴメンネ、先ニヴァルハラデ――」

「姉サン!?」

 

 最期の言葉も言いきれぬまま、背中で再び爆発を起こし、V字に折れた金剛は海中へ完全に没した。 蒼龍の伸ばした手は、空を切る。

 それは警告にしても、あまりに遅すぎた。 見上げた空に浮かぶ、無数の鋼鉄の海鳥(こうくうき)

 複数の方向から攻めてきている。 佐世保鎮守府に待機していた高練度空母が総出で出撃していた。

 

「対空警戒! 敵潜水艦ニモ注意シテ!」

 

 無意識のうちに蒼龍は烈風、彗星と流星改を発艦させる。 敵の数が多すぎる。

 

「ア゛ァァァーッ!」

 

 蒼龍(ヲ級)から発艦した深海棲艦化した烈風(ヲ級艦載機)の妖精が奇声を上げ、赤い推進光を放ちながら迫りくる烈風隊へと襲いかかった。

 ヲ級艦載機のレーダーは、敵機らしき反応で溢れかえっている。 だが、深海棲艦化した妖精はそのようなこと気にも留めない。

 

「敵機、正面! 機――」

 

 烈風が機銃を放つより早く、深海棲艦化したヲ級艦載機が急加速、バレルロールしながら機体を上昇させ、そのまま翼端の爆弾を1発切り離した。 ヲ級艦載機は烈風の上をすり抜けていく。

 

「――銃斉射――!?」

 

 遠心力と慣性で勢いの乗った爆弾は真正面から烈風の機体に突き刺さり、次いで炸裂した。 烈風が1機、海面に着水することなく木端微塵に砕け散り、烈風の妖精は命からがら飛び下りた。

 

「爆弾で!? 出鱈目ですー!」

「お、追い込むです! こっちの方が数で圧倒して――!」

「ア゛ァァァッ!」

 

 吹き飛んだ隊長機の破片が後続を襲い、煙を噴いた艦載機も隊長機を落とされて動揺した烈風も、集団で突っ込んできたヲ級艦載機の機銃で薙ぎ払われた。

 近未来的な風貌のヲ級艦載機だが、それらがどうやらミサイルを搭載していないというのは人類にとって僥倖であった。

 ミサイルなど搭載していた日には、烈風すら抵抗できずに制空権を失っていただろう。

 ヲ級艦載機は艦戦を爆弾と機銃で撃墜した後、一直線に動きの遅い天山へと喰らい付いた。

 

「わーっ! わぁーっ!」

 

 航空魚雷投下の為に低空へと移動していた天山と流星は背後からエネルギー機銃の掃射を受け、天山の妖精が慌ててラーメンを放り投げるも、成すすべなく爆発炎上して落ちていく。

 一通りの艦攻を喰らったところでヲ級艦載機は頭上から突っ込んできた烈風の編隊から機銃弾を受け、海に墜落した。 直後、その烈風編隊はヌ級艦載機に追いかけられて散り散りになる。

 

 佐世保帰還艦隊には正規空母は蒼龍1人しか残っておらず、軽空母は数十人いるだけ。 しかも満足に発着艦できる数はその半分にも満たない。

 後はむしろ対潜装備を抱えたまま南の海に取り残された軽巡や駆逐艦が中心だ。

 それらの集団の中に飛び込む綾波と夕立。 だが、夕立の姿は蒼龍達が見たことがない姿になっている。

 勿論知っている筈がない。 それはつい最近高練度の夕立のみ改装が許可された夕立改二であったからだ。

 綾波と夕立は途中で別れ、夕立はこちらの集団へと最大戦速で突っ込んでくる。

 

「ソロモンの悪夢、見せてあげる!」

 

 海面を滑るように駆け、川内に飛び蹴りをお見舞い、その反動で川内から離れながら太股の魚雷を1発発射。

 致命傷を受けた川内が黒煙を噴き、足を止める。 夕立の12.7cm連装砲B型改二が川内の艦首を吹き飛ばした。

 

「ソロモンの悪夢、見せてあげる!」

 

 海面を滑るように駆け、那珂に飛び蹴りをお見舞い、その反動で那珂から離れながら太股の魚雷を1発発射。

 致命傷を受けた那珂が黒煙を噴き、足を止める。 夕立の12.7cm連装砲B型改二が那珂の艦首を吹き飛ばした。

 

「ソロモンの悪夢、見せてあげる!」

 

 海面を滑るように駆け、神通に飛び蹴りをお見舞い、その反動で神通から離れながら太股の魚雷を1発発射。

 神通が黒煙を噴き、足を止める。 夕立の12.7cm連装砲B型改二が神通の艦首を吹き飛ばした。

 

「少シ、戦イニクイデスネ……!」

 

 そのまま仰向けに倒れて撃沈された那珂や川内と違い、中破で抑えた神通は赤く輝く瞳で夕立を見据えながら体勢を立て直し、反撃で魚雷3発を発射する。

 夕立はその内魚雷2つを連装砲で撃墜し、1発を回避。 逆に脚の魚雷発射管に残っていた最後の魚雷を叩きこみ、神通を沈黙させた。

 それはまさに水を得た魚。 乱戦の最中、夕立は踊るように軽巡3隻を瞬く間に駆逐した後、制空権を確保した艦爆、艦攻や数隻を中破させた綾波と共に次々残存していた駆逐艦、巡洋艦を屠っていく。

 

「フッザケンナコラァ!」

 

 三式弾で複数の彗星を撃墜した佐世保帰還艦隊の摩耶が黄色く光る瞳を怒りに歪ませ、20.3cm砲を連射する。

 砲弾は既に撃ちきった魚雷発射管を捉えて砕き、夕立の背中にあった煙突を掠めアンテナを折った。 至近を通過した砲弾の風圧が夕立のマフラーを引き裂く。

 

「酸素魚雷さん!」

 

 夕立は握りしめていた最後の酸素魚雷さんを放り投げる。

 

「アタシノ対空砲火ヲナメンジャネェ!」

 

 酸素魚雷さんは空中で不規則な軌道を描き、接近する。 しかし高角砲の一撃が掠めたことでその機動を狂わせ、錐揉みしながらもう一撃受けて爆散した。

 

「そっちは囮っぽい!」

「クソガッ!」

 

 酸素魚雷が生み出す激しい爆発の下から、夕立が腰部に搭載された左右の単装砲を超至近距離で浴びせる。

 たちまち摩耶は左手の連装砲と胸に被弾し、血とオイルを吐きながら壊れた連装砲を投げつけ、夕立を追い払った。

 それと同時に摩耶は左へ大きく跳び、背後から迫っていた綾波の魚雷をかわす。

 

――ここデ敵ヲ食イ止めて、駆逐艦達ハ先ニ逃ガス?

――ソれは無理。 敵航空隊カラいい的ニサれるダケ。

――コンな時、提督なら……?

 

 既に烈風は全滅していた。 唇を噛みしめる蒼龍。 だが、その蒼龍と敵航空機の間に立ちはだかる2つの巨影。

 やはり姿はぼやけてきており、誰なのかよく分からなくなっている。 しかし、その2人が猛烈な対空砲火を打ち上げ始めたのは分かった。

 

「フッ……マサカノ航空戦艦ノ時代ガ、来タヨウダナ」

「マ、水上機ハ積ンデナイカラ、名前ダケノ四航戦ダケドネ……デモ、四航戦ッテ、ナンダッタッケ……」

「瑞雲ヲ運用シ、瑞雲ヲ愛スルノガ四航戦ダ」

「……ソウダッケ?」

 

 41cm主砲、12.7cm高角砲、30連装噴進砲に対空電探を搭載して南の海に散った航戦伊勢と日向。

 既に制空権を失い、敵の艦攻艦爆が殺到したところで始まった対空砲火は瞬く間に敵機の数を減らしていく。

 見れば、押し込まれかけていた佐世保帰還艦隊の各所から激しい対空砲火が打ち上げられていく。

 蒼龍は己を恥じた。 制空権を奪われたからといって、諦めるわけにはいかないのだ。

 ここを突破し、提督の所へ帰る。 そうすれば、いくらでも艦載機の補充もできるのだから。 そして、航空機を飛ばすチャンスは敵機が減った今こそその時だ。

 

「今ノウチニ! 攻撃隊、発艦!」

 

 蒼龍から再度彗星が飛ぶ。 それは夕立の頭上へと飛び去った後、急降下攻撃を敢行した。

 だが、その夕立の手には夕立と同じ“佐00690”の白い髪飾りの雷の頭が握られている。 説得しようと近づいたのが運の尽きだった。

 

「ヤメテ、夕立! 私ノコト、ドウシテワカラナイノ!?」

 

 尤も、夕立から見れば黄色いオーラを纏った駆逐ロ級にしか見えず、雷の言葉も“ロロロ”としか聞こえてない。

 落ちてきた爆弾が雷に直撃する。 紅蓮の炎が雷の胸を焼き、弾頭の破片がその肌を切り裂く。

 

「危なかったっぽい!」

 

 かつての僚艦を爆弾の盾にし、投げ捨てる夕立。 躊躇なく大破し、一部が炎上している雷へ砲門を向ける。

 敵は敵、倒さなくちゃいけない。 放置しておけば、この正体不明の敵は人間を喰らい、船を喰らって資材を補給すると傷ついた身体を再生させてしまうのだから。

 

「テメェ! ソイツハオ前ト同ジ艦隊ダッタンダロウガ!」

「不愉快ヨ……徹底的ニ追イ詰メテ、沈メテヤルワ」

 

 摩耶と不知火が放った砲撃を夕立は炎上する雷を盾にするように動いて回避する。

 黄色い瞳を輝かせた不知火が出撃前に提督に搭載してもらった強化型本式缶にものを言わせ、高角砲を放ちながら追いかけようとするが、それに割り込むように綾波がフォローに入る。

 雷の意識は既に朦朧とし、走馬灯で彼女の司令官の幻を見ていた。

 暁の水平線に沈みゆく夕陽の逆光を背負う夕立。 その前に両膝をついて涙を流す雷。

 

「司令官……泣カナイデ……私ガイル、カラ……」

 

 幻を抱きしめようと、炎に包まれてゆきながらも両手を伸ばす雷。

 次の瞬間、雷の身体は夕立が不知火の攻撃を掻い潜りながら放った砲弾で千切れ飛んだ。

 不知火は歯軋りしながら空を見上げ、次に笑みを浮かべる。 雷に気を取られた夕立はまんまと急降下爆撃を行わんとする艦爆の真下に移動していた。

 彗星から爆弾が切り離され、夕立の艦首を爆破すべく落ちていく。

 

「夕立さん!」

「綾波!?」

 

 が、その爆弾を受けたのは夕立を庇った綾波だった。 背中の煙突が爆発、穴が空いて機関の出力も落ちたが、まだ戦える。 そう綾波が思った直後、高角砲の砲弾が綾波の胸を貫いた。

 体当たりされて弾き飛ばされた夕立は驚愕に顔を染めると共に、綾波を襲った凶弾の射手、不知火を連装砲で撃ち抜く。

 不知火の脇腹を貫いた砲弾は、左脇の下にあった連装砲を直撃し、弾薬に引火。 爆発して不知火に致命傷を負わせる。

 

「夕立さん……無事ですか……?」

「バ、バカ……もうそれじゃ、戦えないっぽい!」

 

 綾波はマイペースに、夕立を眺める。 自分は無理だが、夕立はまだ戦えそうだ。

 

「……なら、良かった」

 

 綾波は反対側に視線を戻した。 黄色いオーラを纏った駆逐ロ級が、黒煙を吹きながら突っ込んでくる。

 

「死ナバ諸共……貴方モ、一緒ヨ……!」

 

 不知火は残っていた全酸素魚雷の安全装置を解除。 最期の力を振り絞って不知火が綾波にしがみついた。

 

「司令官、申シ訳アリマセン。 不知火ハ、戻ルコトガデキマセン……!」

 

 限界を超えて稼働させていた機関が損傷に耐えきれず、不敵な笑みを浮かべたまま不知火は最期の宣言通り爆散した。

 

「あやな――」

「余所見シテンジャネェ!」

 

 跡形もなく吹き飛んだ綾波。 そこから目を離せなかった夕立は、背中から襲ってきた衝撃で自らが致命的な隙を晒していたことに気付いた。

 摩耶に重巡のパワーで背中の煙突を蹴り壊された夕立は、前のめりに倒れていく。 直後、蒼龍の流星改が放っていた魚雷が夕立の左膝に飛来した。 跳び上がって避けようとする夕立だが、間に合わずに爪先へ直撃を受ける。

 

「うあ……っ! ハンモック、展開!」

 

 爆発で空中に打ち上げられた夕立は背中のハンモックを広げ、その空気抵抗を利用してなんとか頭から着水することを避ける。

 しかし続けて長良から放たれた機銃弾が空中の夕立の両足を複数貫いていた。 夕立の両脚は大きく損傷し、もう動けない。

 

「あ、あれ……夕立も、もう戦えないっぽい……? 提督さん……吉川艦長……」

「チェック、1、2……。 ヨシ」

 

 邀撃艦隊によって多くの仲間を失った佐世保帰還艦隊。

 結構離れた場所では引き際を誤った要撃艦隊の島風が多数の北上と大井による雷撃で撤退支援を受けていたが、山城の砲撃を浴びて轟沈していく。

 動けない夕立の前に進み出たのは、つい先ほど三式弾で敵航空隊の一角を吹き飛ばし、伊勢と日向が航空機を撃墜している間に隠れていた空母のところへ単身殴りこんで手投げ三式弾と主砲でもれなく全員発艦不能、もしくは撃沈した霧島だった。

 

 夕立の背に翻るハンモック。 かつて夕立が艦娘ではなくただの駆逐艦だったとき、その白いハンモックを白旗と誤認した米兵は“ふざけるな”と怒って夕立にトドメを刺したという。

 だが、夕立を取り囲む深海棲艦達は白いハンモックを見たところで何の変化も起こさなかった。 無論、夕立もそんな期待を抱いてなどいない。

 深海棲艦は捕虜を取ることもなければ、艦娘や人類との間に結ぶような条約も当然存在しない。 どちらが水底に沈むか、ただそれだけのルールが存在しない殺し合い。 

 重厚な音と共にまだ主砲全砲塔が稼働できることを確認した霧島はその闘争心に身を委ね、主砲の砲門を夕立へと向けた。

 

「……あれ?」

 

 海面に夕陽で深海棲艦の姿が映りこんだ。 海面に映った戦艦タ級はどこか特徴的な服装をしている。

 まるで金剛型のような――しかし、相変わらず言葉は通じない。 やはりタ級の言葉は夕立には“タタタ”としか聞こえないのだ。

 沈みかけた夕陽は、夕立を囲む深海棲艦の姿をいくつか水面に映した。

 赤いスカートにセーラー服の長良型らしき姿。 いくつもの魚雷をこちらに向ける丈の短い白い服の重雷装巡洋艦。 頭からアンテナらしきものを生やしたミニスカートの姿。

 

「まさか、まさか……っぽい?」

「駆逐艦ニシテハ、ヨクデキマシタト言イタイ所ダケド……」

 

 ひび割れていた眼鏡を、霧島は片手で握り潰す。 黄色く鋭い眼光が夕立を射抜き、夕立の主砲へと手を伸ばした。

 まさか、深海棲艦とは艦娘の成れの果てなのでは――そのような恐ろしい考えに一瞬囚われた夕立は、抵抗するのが遅れた。

 駆逐艦と戦艦、そのパワーは比べるまでもない。 抵抗しようとする夕立から容易く12.7cm砲B型改二をもぎ取り、やはり片手で握り潰した。

 目の前で姉を殺され、地獄の悪鬼か阿修羅の如き表情で夕立を見下ろす霧島は、次にこうなるのはお前だと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「金剛姉サンノ仇……! マイクチェック(三式弾)ノ時間ヨ!」

 

 その言葉を最期に、霧島の姿はぼやけ、艦娘と深海棲艦が混ざり合った中途半端な存在から越えてはいけない一線を越え、真の意味で深海棲艦へとその魂を墜とした。

 深海棲艦に近づきつつある他の佐世保帰還艦隊の面々も、東の海で長門が深海棲艦を砲撃する時のような違和感を覚えることはもうできなかった。

 小爆発と共に黒煙を噴き、完全に使用不能となった砲塔を放り投げ、空いた手に真っ赤なマイク――もとい、手投げ三式弾を取り出し、戦艦のパワーで勢いよく夕立へ向かって投げる。

 同時に主砲からも三式弾を発射。 手投げ三式弾は零式時限信管により夕立の眼前で炸裂。 焼夷弾を拡散させ、夕立を焼き尽くす――かと思われた。

 

「……逃ゲラレマシタネ。 対潜警戒、厳ニ!」

 

 上空の彩雲は見ていた。 海中から潜水艦娘が夕立を海中へと引きずり込み、逃走する瞬間を。

 夕立が大暴れした影響で駆逐艦や軽巡がまともに対潜警戒できなかった中、中破している五十鈴が爆雷を投下するも悠々と侵入した潜水艦は夕立を連れて脱出を果たしてしまった。

 霧島だったタ級は咆哮を上げる。 その絶叫に込められたのは仇を仕留められなかった怒りか、姉を喪った悲しみか。 答えは、深海棲艦しか知らない。

 

 

 夕立が気が付いた時、既に夕日は沈んでいた。 海水を飲んでしまい、むせる夕立。

 

「……生きてるっぽい?」

「気がついた? Guter Abend(こんばんは)、佐00689に所属している、はっちゃん(伊8)です」

 

 目を覚ました場所は佐世保鎮守府から少し離れた場所の岸壁だ。

 夕立は“佐00689”の伊8に支えられ、上陸する。

 

「皆はどうなったっぽい?」

「一緒に出撃された佐00690の空母の方なら、イムヤちゃんとゴーヤちゃん、イクちゃんが既に回収されてます。何人か撃沈されて瀕死だったそうですが、幸い陸地の上だったり水深1メートル以下だったりで着底してたから引き揚げたようよ」

「お疲れ様です」

「後は、我々に任せろ」

 

 海は既に夜の帳が降りている。 市街地に灯りはなく、遠くの鎮守府のみが眩いライトで照らしだされている。

 岸壁に据えられた正面の海を照らすライトにはまだ灯りが灯っていない。そのライトによりかかるようにして、声の主はいた。

 

「演習ばかりで退屈しかけていてな。 また存分に撃ち合うこともできないのかと思っていたが……初陣がこのようなことになるとは。 提督に伝えてくれ。 最近流行りの、やたらでかい“はんばぁがぁ”とやらを用意して待っていろ、とな」

「武蔵。 一度食べたことがありますけど、あの“はんばぁがぁ”はなかなか美味しかったですよ」

「ほう、大和はもう食べたことあったのか。 それは楽しみだ」

 

 巨大な砲門、重装甲重火力。 大日本帝国が多額の予算をつぎ込んで生み出した超弩級戦艦(モンスター)、大和型の1番艦“大和”と2番艦“武蔵”。

 鎮守府に待機していた全大和型が佐世保鎮守府から見て南西沖の海上、もしくは島にずらりと並ぶ。 その数、1000は下らない。 それが深海棲艦が鎮守府正面に侵入、もしくは上陸しようとした場合の最終阻止線として配備されている。

 今しがた話しかけてきたのはやはり伊8と同じ、佐00689に所属する武蔵と大和だった。 伊8と同じように“佐00689”と書かれた髪飾りを付けている。 その手には司令部から大和型1人1人に振る舞われた間宮アイス。 既に空になっていた。

 ちょうどその時、大和の頭に座っていた通信妖精から、提督の声が聞こえてきた。

 

『聞こえている。 佐世保バーガーだな? 用意しておこう』

「ああ。 そうだ、久々に皿うどんも食べたいのだが」

『皿……うどん……? あ、ああ。 分かった』

 

 それきり、一旦通信が切れた。 最後に、“蒼龍”と小さく呟きを残して。

 大破した夕立は伊8に連れられ、大和と武蔵の後ろを通って鎮守府の方向へと海を歩いていく。

 

「提督は皿うどんが嫌いなのか? それに、蒼龍と言っていたが……うちに二航戦の艦娘はいなかったと記憶しているんだが」

「いえ……確か、私が提督の指揮下に入った時、蒼龍さんは撃沈されたとか……」

『こちら、佐世保鎮守府総司令だ。 今作戦、燃料及び弾薬は作戦完了後、こちらから支給する。 敵を1隻も生きて帰らせるな。 諸君、佐世保の精強さを亡霊共に叩きつけてやれ!』

『目標、まもなく五島―野母崎ラインを通過。 対水上戦闘用意――』

「……皿うどんのことは後にしましょう」

「そうだな」

 

 既に太陽は沈んでおり、空母艦娘による援護は行えない。

 その為、まず潜水艦による海域封鎖を行い、大食らいとして多数鎮守府に待機していた大和型による一斉砲撃を実施。 その後、駆逐艦などにより残敵掃討を実施することになっていた。

 

 

 言葉もなく、生き残った蒼龍達数百人は一路、佐世保鎮守府を目指す。 蒼龍が見上げた先、海鳥はここを出発した時と何も変わらず、空を舞っていた。

 既に、鎮守府正面海域と呼ばれている海域に入っている。 近海で同じように鎮守府に帰ろうとしていた吹雪や響といった駆逐艦数隻を迎え入れたが、戦力としては心もとない。

 

――モウスグ佐世保鎮守府、モウスグ、提督ノトコロ……

 

 炸裂音が、遠くから響く。 佐世保近海で発生した局所地震が海と大地を震わせた次の瞬間、佐世保鎮守府の大型レーダーからの情報を基にした大和型から数十発の46cm砲弾が霧島めがけ降り注いだ。

 砲弾が海面を激しく叩き、巨大な水柱をいくつも立て、津波が起きる。 砲声に驚いた海鳥が翼をバタつかせ、逃げていった。

 霧島の姿はない。 既に鋼材1つ残さず消し飛んでいた。 同じような水柱が、佐世保帰還艦隊のいた場所でいくつも立ちあがった。

 大和型の一斉射はたった2回。 しかし、その2射と後方から放たれた潜水艦娘の魚雷で佐世保帰還艦隊は最早両手で数えられるだけの数まで減らされていた。

 

「モウ少シダッタンダケドナァ……ナァ日向、ココッテ、マタ昔ミタイニ大破着底デキル深サカナ……?」

 

 日向も、摩耶も、もういない。 伊勢は第1射で大破していて、続く攻撃の目標にはされていなかったが既に立っているのが精一杯だった。 もうまともな反撃もできないだろう。

 上半身を喪失し、崩れ去った軽巡や駆逐艦も見える。 蒼龍は足元に着弾して水を被って転んだせいか、至近弾の着弾による衝撃で吹き飛ばされこそしたが、直撃はなかった。

 

「ドウシテ……ミンナ……!」

 

 何故、 ここまで来たのに攻撃されているのか。 日本の鎮守府さえ、深海棲艦の手に落ちてしまったのか。

 最早、蒼龍にそのような疑問は沸かなかった。 再び自分の名すら忘れてしまった1隻の空母は、ただ、提督に会う為だけに立っている。 立ちはだかる者は全てが敵だと結論付けた。

 

「提督、助ケテ……」

「……君の相手は僕だ」

 

 岸壁から照射された眩いライトが残存艦を照らし出す。 いくつか、不注意な大和型がライトのすぐそばで発射した為に爆圧をまともに受け使い物にならなくなった物もあったが、それでも充分だった。

 蒼龍の下に歩み出たのは1隻の駆逐艦。 蒼い髪飾りの時雨改二。

 何の偶然か、その髪飾りには蒼龍がいた提督のものと同じ“佐00689”が刻印されている。

 

「邪魔ヲ……シナイデ!」

 

 時雨から見て空母ヲ級の頭上、黄色く発光する帽子のような物体の口から艦載機が虫のように這い出し、発艦した。

 光が反射する海面。 そこに、時雨は蒼い髪飾りで緑の着物を着た姿を認める。

 

「君はまさか……!? ……いや、例え、君が何者であろうと……ここを通すわけにはいかない」

 

 進んでも大和型の砲撃で痛みもなく消滅するだけだ。

 時雨は、仮に自身の予想が当たっているのだとすれば、尚更自分の手で決着を付けるしかなかった。

 多くの提督が購入することから“提督の机”と呼ばれる蒼い執務机。 そこには、1つの写真立てが置かれている。

 彼女の提督と、恥ずかしそうに写っているかつて秘書艦、蒼龍のツーショット――。

 時雨の全砲門から、砲弾の装填音が聞こえた。 背中の砲が2つに割れ、スライドし、時雨の両手に収まった。 それが合図だった。

 時雨の主砲の側面にあった連装砲が回転し、黒光りする砲口がまず火を噴いた。

 時雨と蒼龍の最大速力はほぼ同等だ。

 しかし夜戦、しかも既に至近距離と言っていい距離。 夜戦の駆逐艦相手に空母の勝ち目は低い。

 

「ヤマ……チ……テイ、トク……!」

 

 蒼龍は距離を取りつつも、連装砲の砲弾を被弾した。 傷は浅い。 主砲で殴りかかるように迫ってきた時雨の打撃を手にしていた杖で払う。

 

――杖ナンテ持ッテタッケ?

 無意識のうちに発艦した彗星、流星改が時雨に襲いかかる。 烈風は全滅してしまっているが、夜戦であれば敵艦戦を気にする必要はない。

 

――夜戦デ飛バセタッケ?

 

 そんな微かな疑問も、すぐに溶けて消えた。

 薄れ行く記憶を必死に掘り返し、提督との思い出を繋ぐ。

 見覚えのある風景、鎮守府正面海域。 提督と海鳥に見送られ、よくここを通って出撃していた。

 今はもう顔も思い出せない一航戦組が建造されても、常に変わらず第一線に置いてくれた。

 

「諦めてくれ……君のそんな姿、提督に見せたくない……!」

「テイ、トク……!」

 

 名前はもう忘れてしまったが、目の前でこちらに主砲と連装砲を向ける相手と似ていた存在とよく一緒に出撃していた。

 だが、その仲間はもういない。 目の前にいるのは、どれだけ似ていようとこちらを害する敵なのだから。

 時雨がスライディングのように海面を滑りながら主砲を発射。 時雨は空母ヲ級の帽子のような物に着弾し、中破させたのを認めた。

 同時にヲ級艦載機に向けて放った対空砲火が、その片翼を吹き飛ばす。

 赤いエネルギー機銃弾を放ちながら錐揉みして落ちてきたヲ級艦載機。

 しかし最後の意地とばかりに炎を吹きながら軌道修正し、慌てて回避しようとした時雨に赤い光を放つ機銃を叩きこみながら激突、残っていた爆装諸共爆発した。

 

「う、うわぁぁぁっ!?」

 

 時雨の足が止まる。 それを待っていたと言わんばかりに降ってきた爆弾と海面を這うように飛来した魚雷を多数受けた時雨が、薄い装甲を突き破られて撃沈していく。

 

「アァ……ヤマグチ提督、今、ソコニ……」

 

 遠くで大和型が自身を狙っているとも知らず、艦載機を着艦させた蒼龍は歩き出した。

 足元の水面に、妖精の乗った船が浮かんでいる。 背後の海面から何かの光が漏れている。 それに、蒼龍は何の関心も抱かなかった。

 求めているのは、提督のところへ帰りつく事だけなのだから。

 

「……残念だったね」

 

 蒼龍の背中で爆発が起きた。 驚き、振り向こうとする蒼龍。 損傷を完全に回復した時雨はヲ級――蒼龍――の背中へ頭突きするようにしがみ付き、背中で連結したままの主砲の安全装置をカット。 発射した。

 ヲ級の帽子のような物が爆発し、燃えながら触手のような何かの一部が千切れ飛んでいく。

 

「昔、僕の提督は大事な人を沈めちゃったんだ。 それ以来、同じ悲しみを繰り返さないよう――こうして、幸運の女神をくれたのさ」

 

 大破したヲ級の動きが止まる。 時雨にはヲ級が何を考えて動きを止めたのか、それは分からない。

 しかし、時雨に背を向けたヲ級が短く“ヲ、ヲ”という声を発し、ヲ級の頬を伝って流れ落ちた水滴が全てを物語っていた。

 

「……さようなら、“  ”」

 

 零距離射撃による爆発音にかき消され、時雨の最後の言葉は、声にならなかった。

 時雨はしがみ付いていたヲ級から手を離す。 ヲ級は前のめりに海面へと倒れていき、水没していった。

 

「……これで、良かったんだ……」

 

 沈んでいくヲ級に背を向け、時雨は力なく歩き出した。

 その背後で、海中へと没したヲ級は帽子のような物の中で発艦不能となった艦載機とその弾薬に引火し、水中で大爆発を起こす。 それは、奇しくもかつての彼女が辿った末路と同じ結末だった。

 立ちあがった水柱で、時雨の付近だけ雨が降り注ぐ。

 

「……雨は、いつか止むさ。 もし僕がそっちに逝くようなことがあったら……また、会えるといいね」

 

――今度、提督と一緒に花を手向けに来よう。 これまでに散っていった艦娘達が安らかに眠れるように……

 

「提督、終わったよ。 何もかも……」

『そうか……お疲れ様、時雨』

 

 時雨は三つ編みにしがみ付いていた通信妖精に、会敵から今まで電源を切らせていた通信機を再起動させ、空を見上げた。

 土砂降りの雨は止み、いつかと同じように、満月が波打つ海面を優しく照らしている。

 例え、今の空母ヲ級が彼女だったとしても、あの優しい提督がそれを知ることはないだろう。

 それでいい、と時雨は思った。

 

 

 翌日、横須賀鎮守府が八丈島近海にて横須賀方面及び本州沿いに北へと侵攻していた深海棲艦の大規模艦隊を殲滅したことを発表。

 同時刻、呉鎮守府も高知県沖の島近海にて敵艦隊を殲滅完了と発表した。

 同様に佐世保鎮守府も敵艦隊の殲滅完了を発表し、海軍司令部は日本本土に対する深海棲艦の大規模攻勢が終息したことを宣言したのだった。

 この海戦において、最も多くの深海棲艦を相手取ることとなった横須賀鎮守府。

 横須賀からは大和型だけでも数千人が出撃しており、万単位の艦艇による一斉砲撃で敵艦隊は一瞬で消滅したものの、この砲撃を原因とする大地震が発生。

 横須賀鎮守府はしばらくの間物資不足と地震からの復旧作業に追われ、皮肉にも深海棲艦以上に味方の艦娘から大きな被害を受ける結果となってしまったのだった。

 




エピローグは短いですが2種類あります。
艦これ的なエンドなら次話のAルート、暁の水平線を。
R-TYPE的なエンドならBルートの沈む鎮守府を。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。