機凱種、神霊種、森精種あたりも見たことがあります。
……獣人種は?ねぇ獣人種は?
天の声「自分で書け」
彼女は雨に曝されていた。
ただの雨ではない。全天を覆う赤い雲、それより高く天空の彼方より降り来たる鉄矢の雨、その名は
死の矢弾が降り注いだ地は不毛の荒れ地と化す。
一撃の殺傷力が絶大というわけではないが並大抵の生物を即死させるには充分であり、なおかつ常に休みなく広範囲を破壊し続ける。
この個体が絶滅させた種族の数は、全
活動時に周囲を完全に滅ぼし尽くすインザイン・ネビアという極めて危険な
トートファイントを回避できない鈍足な生命は動植物問わず滅ぼされるのだから、例え逃れた者がそこに戻ったとしても生活基盤が破壊されたその地で生きることは難しい。
それは自然環境を破壊し文明を停止させる、まさしく死の悪魔と呼ぶに相応しい存在だった。
トートファイントは弓嵐とも称される異常気象だ。もはや生命というよりも気象と表現すべき有様だった。
一定以上の規模の生命を狙って高高度より降り注ぐ小さな重金属弾の雨。
着弾と同時に破壊痕のみを残して消え去る重金属弾は、魔法による産物なのだろう。
とはいえ幻想種にはこれ以上に生命らしからぬ個体が当然のごとく存在しているので、この程度の不可解さならまだ常識的な方だと言えるのかもしれない。
無論幻想種以外の生命と比べるならば、不可解だと即答せざるを得ないレベルではあるのだが。
トートファイントの威力は実に苛烈だ。
単発の威力はせいぜい鉄板を貫通する程度でしかないものの、雨だの嵐だのと呼ぶに相応しい射程、速射性、密度を持つためにその殲滅能力は非常に高い。
最初はあらゆる生命を無差別に穿つ雨だが、降雨圏内に居る生存者が減るごとに集弾性が高まり、最後にたった一人が生き残ったとすればその一人が全弾を受けることになる。
なにより厄介なのは、やはり生命というより気象と称すべきその性質であろう。
少々の語弊はあるが、何者かがそれを降らせているわけではなく、降っているそれ自体がトートファイントだと言える。
絶えず生成し崩壊する重金属の肉体だが、しかしながらそれが物質的な意味でトートファイントを示すわけではない。
あくまで概念だ。
生成するタイミングや位置、それらのパターンがトートファイントを生命と成さしめる。
コンピュータのAIが一見ランダムに見えるビット列を以て形成されるように、トートファイントの場合は重金属体の生成配列を以て一つの生命を構成しているのだ。
あるいは逆に、トートファイントが自らを物質化した結果がその配列なのかもしれない。
何にしても一つ判明しているのは、物質ではなく配列こそがトートファイントの本質であるらしい、ということだ。
そんな理解しがたい有様であるトートファイントは、非常に不死性が高い。
と言っても
トートファイントを殺傷するためには、最低でも戦略兵器クラスの攻撃範囲が必要であることに加え、物理的威力によって傷つくことはほとんど無いという性質も持っているのだ。
生成の瞬間こそ重金属弾をトートファイントの肉体と呼べるかもしれないが、その一瞬後に地表に向けて加速を始めた時点でもはやそれはトートファイントの残滓でしかない。
通常の生物に例えるならば抜け毛や排泄物といったところだろうか。
そんなものに攻撃したところで意味は無いのだ。
さて、そんな厄介な存在であるトートファイントに撃たれている彼女だが、未だ撃たれ続けているということは生存を示す証左だ。
彼女が存在する一平方メートルにも満たぬ狭い領域に向けて垂直に降り注ぐ無数の重金属弾は、遠目に見れば天空と地表とを結ぶ黒銀色の線に見えるだろう。
実際には、無数に重なり合うその軌跡は地表を貫き地底にまで続く。
人一人分より少しだけ大きい穴を大地に穿ちながら、彼女を地下深くへと押し沈めていくのだ。
彼女は血壊と呼ばれる異能によって防御力と治癒力を高めて耐えてはいるが、あまりにも膨大な被弾数が故に一切の行動が取れないでいた。
普段でさえ雨だの嵐だのと称するに相応しい密度の弾幕だというのに、今はそれが彼女一人に集中しているのだ。
彼女を連打する着弾音は百万ヘルツを上回る超高音。
その速射性は、
個々の着弾音を聞き分けることなど物理的に不可能であり、連なった一連の音として聞こえる領域さえも上回り、ただただ吐き気を催す不可聴の極超高周波と成り果てている。
彼女の血壊は、通常の血壊ではない。
血壊とは体内精霊を暴走させることにより身体性能を極端に引き上げるという
精霊回廊接続神経を持たない
いわば血壊は、自らの体内でのみ発動可能な魔法といったところだ。
身体への負担が大きく、発動と同時に毛細血管が破裂し全身が赤く染まることがその名の由来となっている。
しかし彼女の魔法適性は
体外精霊の操作が不可能という点は他の
彼女自身は血戒と呼び分けているその特殊な血壊は、制御能力というたった一つの要因のみによって様々な差が現れていた。
最も判りやすい差は、毛細血管の破裂による体色変化を伴わず、他者から発動を感知されにくい事だろう。
負荷が小さいので連発しやすいし、長時間に渡って発動し続けることもできる。
副作用の抑制だけでなく主作用の強化や多様化ということも可能だ。
そしてそれらの複合作用として、血壊による負荷を完全に無くすことができる。それが血壊と血戒の最大の差だった。
ただでさえ負荷が低減しているところに、負荷を相殺するほどに治癒力を高め、さらには生命活動に必要な栄養素さえ自力で作り出す。
ともすれば老化した細胞の若返りさえやってのける彼女は、定命ならざる生物、亜生命とまで称されるほどの一線を画した個体であった。
最初は、彼女はその血戒を以てトートファイントを防ぎきれていた。
一時間でも二時間でも平気で耐えられると思っていたし、実際それよりもずっと長く耐え続けた。
ただ、彼女が血壊の負荷を完全に相殺できるのは、平常時に限られる。
防御への力の配分を強いられている状況ではどうしても負荷相殺に割く力が減るのだ。
それがトートファイントに対する防御ともなれば、もはや負荷を完全に相殺することは不可能となる。
癒しきれぬ僅かな負荷が、長い時をかけて徐々にその身を蝕んでいく。
数時間で、耳を放棄した。
鼓膜の損傷を治癒せず放置すれば、集中を乱す不快な極超高周波を聞かずに済む、と。
音の無い不自然な感覚もそれはそれで不快だが、音響兵器のような着弾音を無効化するためならば安い対価だ。
一日も経過すれば、地表付近の柔らかく侵蝕されやすい地層であることも相俟って深度二百メートルに到達する。
この深さから見上げても天候はただ、ほとんど隙間も無く詰め込まれた重金属の雨。
確かにそこに存在しているはずの空でさえ、この状況では望むべくもない。
三日程度で、本格的な焦りが生じた。
この雨はまさか永遠にでも降り続けるのか、と。
晴れぬ雲は在れども止まぬ雨は無い、その諺はまさか偽りであったのか、と。
生命に多少惹かれる程度の指向性はあってもいずれは過ぎ去るだろうと思っていたが、そうではないのかもしれない。
雲より高くから降るトートファイントが長期間居座った地域では高空を覆う粉塵の粒子が打ち落とされ、粉塵の密度が薄れ、晴れぬ雲さえ晴れることがある。
森の神カイナースの支配領域にて再生し続ける植物をトートファイントが蹂躙し続けた際に、そういった現象が起こったことがあるらしい。
不自然な明るさから、今回もその現象が起こっているのだと理解できた。
弾雨に閉ざされた深い穴の底からでもその明るさを僅かながら感じ取れる
既に指先などは毛細血管が破裂し、わずかに赤く染まっている部分がある。
久方振りに見た自身の血の色は、この命脈の有限性を示しているのだろうか。
五日、仄かに見える陽の光から大雑把な時間帯は判別できるが、もはや体内時計など機能していない。
食事も睡眠もとらず、ただ血壊を維持し続ける。
仮に時刻がわかったところで、何の意味も無いだろうけれど。
一ヶ月、深度千メートルに到達。
体力はまだまだ残っているのだと認識してはいた。
それでも疑問視せずにはいられなかった。自分は生者か亡霊か、と。
付近にある
囮を務める己が生き続け、
生きて何をするでもなく、ただ生き続けることが目的になりはじめた。
その唯一の目的すらも、生者の希望ではなく死者の残留思念に過ぎないのではと疑いながら。
一年経った頃に尾の放棄を決断した。
既に身体が赤く染まりきって久しく、また生命維持に関わるほどに体力を消耗していた。
治癒力を犠牲として防御力だけは保ってきたが、そろそろ防御にも無理が出てきた。
被弾面積を減らすため、尾の防御と治癒を停止した。
一年六ヶ月、足を放棄した。
尾を切り捨てたのは失敗だったかもしれない。
防御面での負荷に関しては軽減できたものの、以前より治癒の消耗が激しくなっている気がする。
しかしそのときは他にどうしようもなかったし、これからも他にどうしようもない。
また防御に無理が出てきたので、仕方無く足を切り捨てる。
一年九ヶ月、手を放棄した。
やはり身体の部位を捨てるのは失敗だった。
加速度的に負担が増している。
それでも、他に方法が無いので次は手を捨てる。
一年十一ヶ月、ついに胴体の一部さえも放棄する。
耳も目も鼻も、不要な部位は遠に放棄し尽くしている。
痛みすら感じない静寂と暗闇。
もはや何も残っていない。
次に捨てるものが命であることは疑う余地もない。
死は目前だ。
未だ死んでいない前提での思考が僅かにでもできていることが、せめてもの救いであろうか。
そのことに、彼女自身は何の感慨も覚えなかったが。
二年。実に二年もの歳月が経ち、遂に雨がやんだ。
今日死ぬか明日死ぬかという窮地に至って、奇跡的にも彼女は一命を取り留めた。
二年間に渡るトートファイントの攻撃は、彼女を地下五千メートルにまで押し沈めるという狂気じみた結果を作り出していた。
彼女は命を放棄するなどと、結局そんな選択はしなかった。
最後の一つだけは自ら選んで捨てるのではなく、全力の防御を貫いて削られていくのだと信じて疑わなかった。
それを捨てようと考えるような思考能力すら残ってはいなかったとも言えるが。
命の削奪は、致命でないもの全てを失った後に始まったことではない。
囮としてこの場に留まり始めたときから既に始まっていたのだろう。
もはや彼女にとって命を削られ続ける地獄は、いつも通りの日常と成り果てていた。
生命活動の大部分を放棄し、不足した機能のうち最低限のものだけを精霊で補うという自転車操業。
五感の全てを失い、第六感のみで着弾前の重金属弾を察知し、瞬時に最適化した防御能力で受け止める。
不要な防御も治癒も一切行わず、ただ最小限にして最大効率の防御と治癒を運用する。
システマティックに生存する彼女は、理論上最長の生存期間を確実に掴み取る神託機械と成り果てていた。
生への渇望という感情をさえも集中を乱す障害と見做して切り捨てた、パラドクスの境地。
ノータイムで最善手を打ち続ける超越戦術理論。
それを以てしても徐々に押し切られつつあるのだから、状況の過酷さはまさに想像を絶する。
しかしそれほどまでに生に最適化された彼女にとって、突然の大幅な環境変化は救済になどなりえなかった。
それほどまでに生に最適化されたからこそ変化に対応できたとも言える。
だがそれは、囮の役割を失い、何をも為せず、ただ生存だけは約束された無為な生。そんなものを救済とは呼べないだろう。
敵が存在するか否か、ただそれだけの変化だった。
それは神による世界再生だった。
何千年か何万年か、あるいはそれ以上か。
永遠の如く永い戦争によって荒れ果てた世界を、神は瞬く間に再生した。
荒れ果てた世界は、神によって創り直された。
神は問う。永遠に屍を積み上げし汝らに、知性なるものが在ろうかと。
論理的で感動的で素晴らしい答えが幾つも挙げられた。
暴力の絶対性を信じる野蛮な殺戮者の口から発せられた回答、その説得力は推して知るべし。
誰もが戦に加担していた。誰もが誰かを殺していた。
神を納得させる答えを、故に誰もが示せなかった。
最後に、神はこの天地に於ける一切の暴力を剥奪した。
暴力によって苦しむ者は居なくなった。
そして、この世界から争いは無くならなかった。
トートファイントが地に穿った大穴は元通りに埋められた。
彼女を見失い破壊力をも封じられたトートファイントは風の赴くままに流れ去る。
けれど彼女の所在は、未だ地下深く。
彼女が失った身体を再生し、厚く堅い岩盤を貫いて地上へと這い上がるまで、六千年もの歳月を要することとなる。
是非みなさんも獣人種を書いてみてくださいね。
これどうせエタるから(ぼそっ