──なんだこいつ?
眼の前の可愛らしい獣耳娘に対して、彼はそんな感想を持つ。
彼女の振る舞いは、至って自然体
さほど長くない会話の中で喜怒哀楽の四つ全てを見せるほどに表情豊かな人物だ。
ずいぶんと高慢な物言いはするが陰湿な雰囲気は無く、明るく素直に相手を罵る様はどこか微笑ましくもある。
それは人の悪意というよりも獣の無垢と言うべきものだろう。
特に実害は無いことと魅力的な容姿とを併せて考えれば、その短所はむしろ魅力を際立たせる長所とさえなりうる。
だが。
──なんだこいつなんだこいつなんだこいつ……っ!?
彼女の表情が示すものは、爛漫な彼女の台詞や口調と完全に一致して
そう、不自然なまでに完全に。
それは余分な動作の一切が削ぎ落とされた機械の挙動。
顔の動きだけではない。
呼吸や血色から察せられる体温や心拍の変化さえも、全てが計算され尽くした絡繰仕掛けの人形のように。
──こいつ、間違いなく見切ってやがる……!
二対一。これは有利なゲームだったはずだ。
相手の表情が見えていればジョーカーを見抜ける。だがそれは、真人間が相手であればという仮定の上での話だ。
一度目のディールでは彼女の表情に違和感は無く、普通にポーカーフェイスをしていただけだった。
だが二度目、今度はその挙動が完全に統制され、本来の感情が全く見えない。
彼女が相手ならば正攻法による確実な勝利は望めない。
故に取るべき手段はイカサマに他ならず。しかし並大抵のイカサマなど通用しない。
カードを重ね、あるいは抜き取り、あるいはすり替え、あるいは協力関係にあるプレイヤーに手札を明かす。
そういった手段は確実に通らない。既に試したわけではない。試す以前の問題だ。
例え勝敗に直接影響しない軽いトリックであろうとも、それを試そうと思考した時点で必ず彼女の眼球か耳がピクリと動き、同時にこちらへと殺気が放たれるのだ。
殺気という言い方もどうかと思うが、もしも殺気というものが実在するならばこれのことに違いない、そう断言できるような異質な雰囲気を彼女は放つ。
殺気には言葉も表情も手振りも無く、即ち物理的動作をほとんど必要としない極めて低コストな交渉手段だ。
──転生だとかチートだとか、そんな付け焼き刃じゃねぇ!こいつも
元の世界ではありえないファンタジー生物でありながら何故か地球の知識を持っていることも重要な問題だ。
順当に考えれば自分達と同様に彼女も
だが、空は彼女の感情を理解できずとも、テトの感情であれば読める。
故にこそ断言する。彼女はテトによって地球からこの世界に連れて来られた生物ではないと。
地球には彼女のような生物は存在しない……というか不在証明などできないわけだが、少なくとも表向きには存在しない事になっているのでその可能性は除外する。
ならば最近のラノベにありがちな転生特典などというご都合主義の塊かという疑惑が浮上するわけだが、これも無い。
ならば結論は。
──テトと同様に
優れた知覚能力による技術的有利の喪失。
異世界の知識による情報的有利の喪失。
圧倒的な身体能力による物理的不利。
感情の完全統制による心理的不利。
加えて殺気による更なる心理的不利。
この相手に対して有利な要素がほとんど無く、不利な要素は履いて捨てるほど存在する。
だが勝ち目が無いとは言わない。彼女より勝る点は存在する。故にこれは勝てるゲームだ。
無論、総合的なスペックで圧倒的に劣っているとなれば一切の油断ができなかったが。
このゲームの主導権を握るべきは
イカサマが使えなければ純粋な運の勝負になるのか、いやそんなことはあり得ない。
彼女はこちらのカードを完全に把握していると考えるべきだ。こちらの思考さえ読み取る彼女なのだから、たかだか手札が読めないなんてことは無いだろう。
──こいつが本気になった以上、まともなゲームじゃ勝てるわけが無い……ゲーム開始前に既に勝敗が決しているような、アンフェアなゲームでない限りは……!
『
この世界に来た時に回収できた数少ない所持品の一つ、使う機会など無さそうだから早々に捨てるべきかとも思っていた物が奇跡的に役立ったのだ。
カードをディールする前に予め仕込んでおいたマーキングが活きたのだ。
ディールする前とは、即ち彼女の脅威を知る前だ。
それはカードを二度と使えなくする邪道。
脅威を知らず邪道と知り、それでもなお敢行したのは、人外のプレイヤーの実力に期待したからか、あるいはそうまでせねば勝てないと第六感が告げたからか。
ジョーカーのカードの角に
その物質は
湿度が一定以上あれば、最初はカードが乾燥していようとも徐々に空気中の水蒸気を吸って濡れていく。
ゲームに集中している者がそのカードを持てば、手から蒸発する汗がカード周囲の湿度を高め潮解を促進するだろう。
このトリックはゲーム前に付けるマーキングだ。故に後では気付けない。
このトリックはゲーム中に現れるマーキングだ。故に先にも気付けない。
時間差で発動するトラップであるが故に彼女の警戒網をすり抜けた。
だが、これは常勝の手段ではない。
乾燥剤は開封済みで、使えるとしても今この場限り。仮に今からもう一度やるとしても、さらに警戒度の跳ね上がった彼女には事前の仕込みさえ見張られ通用しないだろう。
カードデッキはこの一つのみ。ジョーカーを一枚損じた以上、同じ手口は使えてもあと一回だけで、そのあと一回が在るとは思えない。
ただ一度の勝利のために、ゲーム道具を損壊させた。ゲーマーとして恥ずべき手法だが、そうでなければ勝てなかった。
勝たなければならなかった。
負ければ喰われる、なんて賭けはどうでもいい。
ただ一つ、
──ちっとばかしアレな手は使っちまったけど……だが、『
『
「ココを通りたきゃ──俺らとゲームしな。」
空がそいつらに言ったのは、前に空と白がそいつらに言われたのと同じ台詞らしい。
そいつらは盗賊で、私が地上に出る直前に空と白を襲って返り討ちにされたんだとか。
泥棒猿が賭けた物は、情報と持ち物全て。
でも、盗賊が一般人を襲う手段がゲームだなんて、ものすごく世も末。
今の世界では
武力の大小によって定められる固有権力が存在しないなんて、実に混沌としてる。
ちなみに服は後で適当にゲームして勝ち取るつもりだけど、今のところは白からクロークを借りている。
所謂裸マントって状態。
それで、今回のゲームについて。
私に関する情報を他者に伝えないこと。あと服。それらがこのゲームで私達が勝ったときにそいつらに課す賭け物。
まぁ泥棒猿と空白のゲームは容易く空白が勝利して。うん、私に勝つようなチート猿が普通の猿に負けるわけないよね。
そんなわけで私の服(中古)を入手して、泥棒猿の口止めができた。
私がフード付きのクロークを纏えば、もはや獣人種の存在は他者に知られないらしい。空がそう言ってた。そうだね。空白がバラさなければそうなるね。
さて、これで泥棒猿は用済みなので後は放置する。
用済みというかそもそも存在しなかったら用無かったから、始めから存在しない方が無駄が無くてエコロジックなのに。
あれ?そういえばなんで泥棒猿どもは存在してるんだろ?なんで
弱い上に獣人種の役に立たない生物が堂々と存在してるなんて、ちょっと何が何なのか理解できない。だめだ混乱する。
なるほど、これは
んーむぅー、これも盟約のせいか。盟約マジ害悪。
それはさておき、用済み猿を捨てた私達は西へ向かって
え?これ泥棒猿から巻き上げた地図なの?そういえば私が今着てる服も元はそいつらのだった。
なるほど、泥棒猿もほんのちょっとは獣人種の役に立ったんだね。んむ、寛大な私はそいつらが存在することを許すよ!
ただし
勿論謝らなかったら首とかぶっ刎ねます。
酒場で行われている賭け事。
埋まる前はたまに見る光景だったけど、今は多分日常茶飯事だと思う。
【十の盟約】のせいで、争いの解決手段がゲームしか無いんだから。
街道から郊外の田園地帯を抜け、市街地に入ってすぐの位置にある宿酒場に私達は入った。
そこで目に付くのは、中央あたりのテーブルでカードゲームをしてる猿達。
プレイヤーは二匹だけなんだけど、なんか店中の猿がそれに注目して、囃し立てたり勝敗を予想したりしてる。
集団の争いを解決するための全権代理者とやらかとも思ったけど、プレイヤー以外には険悪な雰囲気は無い。
ほとんどの猿が野次馬なんだろうね。猿が馬とはこれ如何に?
私と白は二人がけの丸テーブルに着いて、それを眺めているところだ。
空は何をしているのかと言えば、私達の隣のテーブルで見知らぬ猿とゲーム中。
まぁどっちが勝つかなんて分かりきってるので空は放置して。
「白、アレわかる?」
プレイヤーは赤毛の雌猿と黒毛の雌猿。そのうち黒毛の方を指しながら白に問う。
「……わからない。でも、多分、にぃと白にはできない方法。」
「ん、十分だね。それ以上はお前らには無理だよ。」
さっきの道中で話聞いてたら、
なんか
わざわざ猿の惑星まで行って平和に暮らしてる猿を拉致してくるとか、邪悪すぎてもうドン引きしかできない。
猿しか居ない世界なんてほっとけばいいのに。
結局何が言いたいかといえば白が魔法を使えず感知もできない普通の日本猿だという事なんだけど。
それでも白は見抜いたらしい。黒毛の雌猿が魔法でイカサマしてるという事を。
魔法が無い世界の猿にしては適応力が高い。いや、こいつヲタクっぽいし、異世界のことは魔法前提で考えるのは普通なのかも?
まぁどっちにしても、白は使えなくはない駒だと思う。
具体的に何に使えるのか全く思いつかないけど。多少頭が良くても結局猿だし。
まぁそれは置いといて。
空がゲームしながら対戦相手の猿から聞き出している情報は割と面白そうだったので、顔は向けないけど声だけ聞いといた。
なんかここ以外に
赤毛猿とイカサマ黒毛猿のゲームも、王位をかけたものらしい。
……ふむ。なんかよくわからんけど種族滅亡の気配を感じるよ!私はそういうのに敏感なの!
私も
……ところで
その後、なんやかんやあって空が勝った。
こっそり空の方を見てたけど普通にカードコントロールして普通に勝ってただけで、何も面白いことは無かった。
ちなみに賭け物は金銭。勝ち取ったお金で宿に泊まるんだとか。
「おーいポチー、部屋行くぞー。」
「……ポチちゃうの!
もうちょい見てから行くよ!」
宿泊手続きを終えた空に呼ばれる。犬かよ。
とりあえず赤毛猿とイカサマ黒毛猿が気になるのでお断り。
「……タマ、ぐっばい。後で、一緒に寝よ……?」
「……タマちゃうの!
お前貧弱だから今すぐ寝るべき!」
白が誘ってくる。猫かよ。
強がってても、疲れてるのなんてお見通し!そろそろ倒れる頃!
この町まで何時間もかけて歩いてきたんだから、貧弱な猿が耐えられるわけないよね!
獣人種なら何十時間でも耐えられるけど!私なら永遠に耐えられるけど!
というか勝手に名前付けようとするだけでも失礼極まるけどそこは
いくら私が聡明な
ラグい
飼い猟虎となってしまった火乃陽さんですが、あまり悲壮感はありません。
というのも、自分を家畜ではなく愛玩動物だと思っているからです。
自分を
あんまり言うこと聞かないし、衣食住を要求してきます。
ただ、愛玩動物なので愛玩されるときは抵抗しません。もふり放題です。
むしろ獣人種の
風呂に入れる場合は、特に抵抗はしませんが湯船で泳ぎます。