ディスアームド・デスゲーム   作:雑種犬

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文字を読んではいけない。雰囲気を読むのだ。


過去の断片・朱四尾の玉爪

深い樹石の森の奥を、戦装束に身を固めた獣人種の集団が訪れていた。

雲母結晶の厚い樹皮に覆われ黒灰に耐性を持つ樹石が、敵味方の視線を遮っている。

降り積もった黒灰を踏んで音も無く進む。

たまに腕の振り一つで風刃を巻き起こし、雲母の隙間に潜む毒虫を触れもせずに裂き殺す。

暫く進むと、彼らは立ち止まり何かを待ち始めた。

 

数十分か数時間か。何もせずに待つ時間は長く感じるもので、或いはほんの数分だったのかもしれない。

ふと、耳鳴りのような高く小さな音が彼女の耳元を過ぎった。

彼女は立ち上がって背後の仲間達を顧みれば、彼らもまた彼女に釣られて立ち上がろうとしているのが見えた。

 

それは他種族には聞き取れぬだろう。獣人種の中にさえ聞き取れぬ者は居よう。

されど初爪将たる彼女が聞き逃すことは有り得ない。

これは開戦の嚆矢、その第一矢、先鋒突撃の令。即ち帝の戦哮だ。

 

「各傪長(さんちょう)、準備は良いな?」

 

彼女は問う。

その問いに大した意味など無い。答えなど決まっている。

 

「左翼(さん)、全員準備良し。」

「右翼(さん)、同じく。」

「後衛(さん)同じく。」

 

彼女は期待通りの返答を聞き、そして叫んだ。

敵に聞き取れぬ小さな声で、しかし什の総員に聞き届かせる声量で、そして戦意に満ちた鋭い声で。

 

「……初爪(じゅう)、突撃!」

 

"傪"は二人の兵と一人の長からなる三人部隊、その長を"傪長"という。

傪長が中央を駆け、その両翼にそれぞれ一人の兵が付く。

これは最小の部隊だ。

 

"什"は三つの傪と一人の長からなる十人部隊、その長を"什長"という。

什長が先頭を駆け、その両翼と後衛にそれぞれ一つの傪が付く。

これは最大の戦闘部隊だ。

進軍中などではこれ以上の大きさの隊を形成することもあるが、戦闘中に一塊となって動く集団は什が最大だ。

 

獣人種の戦術の基本は散兵戦。

密集陣形など、火力に優れた敵を前にしては的でしか無い。

故に彼らは隠れ潜み、駆け抜ける。敵陣に浸透し、内部より喰い荒らすのだ。

 

そして初爪は最勇の什。名が示す通りの最前衛、一番槍を許された部隊。

故にその長は什長ではなく将と称され、その権威は禁衛中将に匹敵する。

 

初爪将たる彼女は先頭を走りつつも、周囲の状況を把握し続けている。

木々に阻まれ他者の姿は見えず、足音も衣擦れの音も無音に近い。

それを察知するのは血壊個体に特有の桁外れた知覚力だ。

 

左後方約四十メートルを初爪什左翼傪が走る。

其は帝の右腕食指、二の玉爪、狩り獲るもの。

 

右後方約四十メートルを初爪什右翼傪が走る。

其は帝の右腕季指、三の玉爪、断ち斬るもの。

 

後方約七十メートルを初爪什後衛傪が走る。

其は帝の右腕擘指、四の玉爪、八つ裂くもの。

 

駆ける彼女は帝の爪。

()の司令に従い動く右腕長指(最前衛)。万物を徹する絶至の玉爪。

其の名が示すは(かのえ)にして(ひのえ)、灼熱極まる烈相の獣。

遠からん者は怯え聞け、近からん者は冥土に(ひさ)げ。

即ち近衛が初爪将、三海猟虎火乃陽(かのえ)であると。

 

数十秒も木々縫い駆けた初爪は既に敵陣に近付いている。耳鼻を澄まさずとも敵を捉えることは容易い。

火乃陽は諸手の十指十爪を虚空に打ち込み碇と成す。刳り貫かんばかりに力を込め、その爪をもう一段押し込み空間を握り掴む。

異能の感覚にて捉えた敵陣を真っ直ぐ見据え、口を開く。

直後、世界は爆砕した。

 

火乃陽はその身を血緋色に焼き焦がし、名乗りを挙げるかの如く高らかに吼えたのだ。

破軍の辰声。強く前方に指向させた空閃の一撃。二万キロトンに及ぶ絶対零度の絶叫が小柄な体躯から放たれた。

十数日もかけて小さな肺に溜め込まれた膨大な吸気。

それを開放すれば、断熱膨張により冷却され極寒の吐息となる。

砲撃じみたその咆吼は前方を塞ぐ木々を薙ぎ払い、彼方に在る敵の陣地障壁にさえ亀裂を刻む。

余波が轟音となり八方に伝う。戦域に死を呼ぶ声が鳴り響き、森がさざめき大気が惑う。

聞き逃す者など居はしまい。

これは開戦の嚆矢、その第二矢、全軍突撃の令。

 

障害物を消し飛ばしてできた道を火乃陽は再び走り始める。

天電の歩法。前方に身を倒しつつ独楽のように一回転。地を二度蹴り一度殴る。

彼女はそれだけの動作で瞬時にその身を最高速に至らしめた。

 

戦吼により開かれた氷原。敵陣の障壁までの数キロメートルが一望できる。

この更地に先程まで木々が存在したことなど、もはや火乃陽は忘れている。憶えておく価値も無い些事だ。

必要な思考は勝利への道筋。必要な思考は敵味方の判別。必要な思考は敵を屠る方法。それ以外は不要なのだ。

 

火乃陽が立ち止まっていた間に、両翼の傪は既に先行している。森の何処かに居る他の仲間達も突撃を開始するだろう。

火乃陽は帝の初爪。獣人種の一番槍だ。

たかが叫びの一つ程度でその役割を果たしたなどと誇れる筈も無い。

故に彼女は疾走する。駆け馳せ奔る。誰よりも速く駆け抜ける。

開けた視界の中で、生意気にも未だ砕けずに残っている敵の障壁。あれの対処は自分以外では荷が重かろう。

誰よりも早く辿り着き、誰よりも強い力で打倒してくれよう。

凍てついた大地をものともせずに火乃陽は行く。

 

もはや潰すべき障壁は目の前、手を伸ばせば届く距離だ。

速度を落とさぬままにここまで間合いを詰め、それでも冷静に思考できる余裕が火乃陽にはある。

地電の打法。全速の突撃力を脚腕に集約した妙技。

絶拍の踏み込みは大地さえ破砕する。数メートルの範囲がクレーターの如く沈み込む。地中の障壁基点を一つ破壊する。障壁を揺るがしはするが、術式破綻にはまだ遠い。

同時に絶拍の腕打が障壁を貫く。収束された貫通力。それが開けたのは腕一本分の小さな穴だ。これもまた術式破綻には程遠い。

徐々に塞がりつつある障壁の穴に口付けし、息を吸う。

血壊による体内圧縮、肺活量の飛躍的な増大。それが齎す威力は先程の砲哮が見せた通り。それは気象兵器と呼ぶに相応しいもの。

だが今回は砲哮の逆、呼気ではなく吸気。結界内の空気を吸い尽くさんばかりの吸引力。

急激な断熱圧縮により火乃陽の身は発火するが、それでも彼女は息を吸い続ける。

それほどまでのリスクを負った攻撃に見合う成果があるかといえば是だ。

結界内の急激な減圧と、断熱膨張の冷却。有象無象が動くには過酷過ぎる環境を生み出すのだ。

震える敵、倒れる敵。中には魔法で身を護る敵も居るが、もはや趨勢は決している。

維持する者の居なくなった魔法障壁は自壊を始めている。

十秒も経てば、内外の気圧差によって障壁は拉げながら消滅した。

 

吸えば吐く。当然の理だ。

ならば火乃陽の次の行動は何か。

二度目の砲哮にして三度目の気象崩壊。先程よりも威力は劣るが、それでもなおその吐息は熱烈なまでに冷徹だ。

呼気そのものは凍結した弾丸。されどその表層は断熱圧縮した火風、赤熱する衝撃。

熱衝撃波に続く氷雪の嵐。それは乱気流を巻き起こし、轟々たる風鳴りが耳を遮る。

今そこに飛び込めば風に呑まれ吹き飛ばされよう。治まるまでは数秒か。

五秒も経てば耳が多少役立つ程度に騒音が治まる。八秒も経てば吹き飛ばされずに歩ける程度に風が治まる。

 

さあ、そうしたら狩りの始まりだ。

戦いではなく、これは狩りであろう。

奇襲を受け防壁を失った奴等など烏合の衆に過ぎない。所詮は魔法が使えるだけの禿げ耳猿だ。

至尊の帝、朱四尾大君(あかしびのおおきみ)の勅のもと、()の者共には命無き静謐を賜わそう。

逃げ惑え、お前には絶望的な死を与えよう。恐れ泣け、お前には速やかな死を与えよう。立ち向かえ、お前には名誉ある死を与えよう。

 

誰が多く殺せるか競おうではないか。殺し、殺し、殺すのだ。

多く殺せば英雄だ。殺せないのは愚鈍な奴だ。返り討ちなど笑い者、死体は必ず持ち帰りその無様な死に方を墓に刻んでやる。

比内よりも多く討とう。奴の自慢は聞くに耐えぬから。

茶虎よりも多く討とう。怪我人は引っ込んで居ればよいものを。

甕上よりも多く討とう。新兵に出し抜かれるなど在りえぬことだ。

そして帝よりも多く討とう。真なる玉爪玉牙を振るうには価せぬ相手だから。

 

獣人種達は地を駆ける。

初爪の両翼は既に接敵した。他の什ももうすぐ突撃してくるだろう。

動けぬ敵は擦れ違い様に首を落とされ、動く敵は二方三方よりの襲撃を受け絶命する。

火乃陽はその場に立ち止まったまま戦況を眺め、敵司令部の所在を推測する。数十秒もあれば大雑把な位置は特定できた。

自分に判るなら他の獣人種にも判るだろう。早い者勝ちだ。

まずは走る。細かいことは近付いてから調べればいい。

三度の疾走。その姿は天地を断ち割る電の如く。幾重にも重なる大気の壁を撃ち貫き、一歩毎に衝撃波を撒き散らす。

剛爪の一閃にて三体を殺し、荒爪の一閃にて五体を殺す。

帝の率いる本隊が追い付いてくるまでの数分間で、火乃陽は敵中枢の殲滅を成し遂げた。

 

 

 

 

 

そして火乃陽は怒られた。

 

火乃(かの)ちゃんの阿呆ーっ!

 余の獲物も残しとけと言うたのに!

 何故(なにゆえ)勝手に全滅させよるか!」

 

爪禁衛府が、というか火乃陽が活躍しすぎたのだ。

帝どころか牙禁衛府の出番すらほとんど無かった。

火乃陽がほぼ無力化し、爪禁衛府と外衛府の将兵がとどめを刺して周った。

だいたい決着がついた頃に帝率いる牙禁衛府の面々が来たのだが、当然戦う余地など無かった。

 

「違うの!私は悪くないの!私は悪くないよ!

 こいつら弱過ぎたから!こんなん雑魚!紙風船の肉詰めみたいなもの!ちょっと触っただけで内臓こぼれたの!

 こんなんと戦っても朱四尾様は満足できないよ!」

 

「知らぬわ阿呆ぉ!

 それを判断するのは余に決まっとるのだぞ阿呆!

 火乃ちゃんにそんな権限有らぬわ阿呆!」

 

「ひぅ、わ、私は朱四尾(あかしび)様の初爪だよ……?

 朱四尾様の前に立ち塞がる敵は私が全部ぶっ叩き潰すんだよ……ですよ?」

 

「余が帝ぞ!余が朱四尾帝ぞ!余の爪が勝手に動くな阿呆!」

 

火乃陽は初爪将。一番槍の栄誉の独占を許された武威烈士だ。

要するに、とても偉い人ということだ。

対するは現帝、朱四尾大君。栄誉が云々とかそんな生ぬるい話では済まない。

つまり一番偉い人ということであり、当然それは火乃陽よりも偉いということになる。

勝負にすらならない。

むしろなぜ火乃陽が虚勢を張っているのか余人には理解できないレベルだった。多分本人も理解してない。

 

「これで六遍目だぞ!あと何遍言えば判るかの!?

 余は一遍も敵と戦わしてもろたこと無いのだぞ!火乃ちゃんのせいで!一遍も無いのだぞ!

 毎度毎度余が行く前にさっさと終わらしよってから!」

 

「むふん。神速の早業!

 朱四尾様が来る前に安全確保完了!

 私って禁衛の鑑だと思うよ!」

 

「反省せぬか阿呆!

 なんでもかんでも早いが良いと思うなよ!

 良い加減にせぬとな!火乃ちゃんはアレも早いのだと(うわさ)流したるぞ!」

 

「き゚ゃぅ!?

 ごめんなさいもうしません許してください!?」

 

"アレ"とは何なのか、実のところ火乃陽は理解できていなかった。

しかし帝が凄い勢いで脅してきたから、たぶん放っといたらえらいことになると思った。

聞き覚えはあるが意味を知らない言葉、というのは誰しもあるだろう。火乃陽にとっては"アレ"がそうだった。

 

火乃陽は謝った。それはもう謝った。謝り倒した。

そんな火乃陽の様子を見た帝はちょっと安心した。実は帝自身もその意味をわかっていなかった。

 

「ふん、始めっからそう言えば良いものを。

 ……まぁなんぞ、なんにしても、その、な、あれよな。

 火乃ちゃんが大丈夫そうで良かったわ。毎度無茶苦茶しよるから心配して(かな)んのだぞ。

 しっかし、あーその、な、良うやったな、余の初爪よ。褒めてやろう。」

 

「ふへへー。」

 

帝が火乃陽の頭を撫でる。

猟虎族の毛皮はふわふわしていて手触りが良いから、帝は事ある毎に褒美だと言って火乃陽を撫で回している。

火乃陽も撫でて可愛がってくれる帝が好きで、それが帝を危険に晒したがらない理由の一つでもあるのだ。

"喧嘩するほど仲が良い。殺し合うほど仲悪い。"という諺にある通り、火乃陽と帝はよく喧嘩をしながらも良好な関係を保っていた。

そして奇しくも、二人が抱く互いへの想いは一致していた。即ち"こいつが男だったら良かったのに"と。




"毛虫(けちゅう)"とか書きたい部分があったんですが、字面が可愛くないので"獣"と書き換えたり。
金気の物怪。火に弱くて木に強い。土から生まれて水を生む。
こういう話をしてると"我が家のお稲荷さま。"を思い出します。悪狐って、もふ可愛いので正義ですよね(混乱

仮称"アレ"。ナニのときにアレするのが早いと、なんかよろしくないらしい。
火乃陽さん(当時ン百歳)「知ってるの。忘れたけどなんか知ってるはず。……あ、コウノトリが作るんだよ!……んーむ、なんか違う気がする。」
朱四尾様(当時十三歳)「火乃ちゃんは阿呆よな。コウノトリは運ぶだけなのだぞ。作るのは神霊種に決まっておろう。」
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