やはり俺の青春ラブコメはまちがって。前   作:恋と花火とテニスコート

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第0.4話 テニスの王子?

 「入学式の日のこと覚えてる?」

 

 入院した日のことだろ。なんとなくだな。犬をかばって大怪我して痛かっただけだな。それがどうした由比ヶ浜。

 

「その、飼い主のこと覚えてる?」

「ああ、妹が今日たまたまその話していてだな、お礼に来てくれたらしいんだけど、今日初めて聞いた。同じ学校の奴らしいんだけど、そのうち直接お礼に来るって話をしたらしいが、1年たっても音沙汰ないから忘れてるのかもな」

「へ、へえぇ。ヒッキーどう思う」

「どうも思わん。助けたのは俺の勝手だし、車の運転手さんには悪いことしたなと思うし、まあ、入学式楽しみで柄にもなく早起きした俺が悪いな」

 

 それで、ケガから復帰して藤村さんに尋問されて……もう一年か。早いな。

 

「あんたと知り合ってもう1年ね。早いわ」

「ええ。こうして話ができるのもあの事故のおかげですから、俺の中では悪い取引ではありませんでした。本当ですよ」

 

 そう、この人がいるだけで、登校する気が全然違う。中学までは一刻でも早く家に帰りたくって、長い長い時間クラスで気配を消していた時期がずっとあったからな。それを考えたら、昼休み、いまは放課後や週末だってこの人に会えるんだから、大きく得している気がするんだ。

 

「へ? なんでそうなったの?」

 

 由比ヶ浜に掻い摘んで去年の出来事を説明する。事故にあった話を聞きに来るようになって、クラスで話しかけられるの恥ずかしくってこの場所に逃げてきた話だ。

 

「……だから昼休みいつもいなかったんだ」

「どうした?」

「ううん、そんな長い付き合いなんだって思ってさ」

 

 そうそう、意外と俺たち長い付き合い。サッカー部の後輩と大して変わらないし、多分、個人としては最多の時間だとおもう。

 

「でも、あなた友達沢山いるのに俺なんかと時間つぶしをしている場合じゃないでしょ」

「ああ、もう同学年のやつとか1年で面白そうなのはあらかた終わってるの。あんたが一番面白いのよ。小町ちゃん込みでね」

「えーと、ヒッキーの妹さん?」

「そう、世界一『間違いなくかわいいわね』……だそうです」

 

 たまに藤村さんと一緒に小町が出かけると、姉妹って思われるくらいだから意外と似てるし、同じ系統の可愛さなんだろうな。

 

 すると、テニスコートから先ほどの女テニの子がタオルで汗を拭きながらこちらに歩いてくる。どうやら、由比ヶ浜は知り合いらしく「さいちゃーん」と呼びかけている。

 

「よっす、練習?」

 

 いや、さっきからずっとしてたし、毎日見かけるぞ。毎日いるから知ってるけど。

 

「あ、ヤスミ先輩チワス」

「彩加、練習終ったのね。また、時間がある時にでも相手になるわ」

「あ、ありがとうございます。うちのテニス部弱いんで、お昼も練習できるようにお願いしてやっとできるようになったんです」

「そう、努力に勝る才能なしよ。あなたもっとうまくなれるわ」

「はい、ありがとうございます」

 

 この可愛いベリーショートの子はヤスミさんの運動部後輩軍団の一員らしい。

 

「ところで、由比ヶ浜さんと……比企谷君とヤスミ先輩はよく一緒にここでお昼してるよね」

 

 なんで? まあ、この人の知り合いなら名前ぐらい聞かれたのかもな。

 

「2Fの比企谷八幡です。よろしく」

「……ぼ、僕も2Fです……」

 

 やべえ、地雷踏んだ。おまけにぼくっこかよ、くぅー。

 

「ヒッキー彩ちゃん男の子だよ」

「……八幡、あんた彩加と去年も同じクラスなのよ。信じられないわね」

 

 さらに地雷踏んでる俺。まじい。MAXコーヒーおごるから許せ。

 

「僕、戸塚彩加です。比企谷八幡君、改めてよろしくお願いします」

 

 上目遣いに顔を上気させるこの姿のどこが男子なんだよ。間違いなく、この周りにいる女子2人より女子力高いだろ。藤村さんは家庭的なこと全般かなり優秀だけどね。

 

 戸塚は俺の体育の授業でのテニスのフォームが綺麗だとほめてくれる。うん、なんていいやつなんだ。この学校で俺を褒めてくれる2人目発見。女子ではないので安心して褒められておこう。小町のおかげで不安だからな。

 

「俺のこと知ってるの?」

「うん、比企谷君目立つじゃない」

 

 えーと、この横にいる残念美人の変人が絡んでくるから目立つだけです。これ単体では非常に目立たないはずです。

 

「えーと、ヒッキー地味だよね」

「そうね、単体では地味なのだけど、一人で平然としているところが……目立つのよ。群れて騒ぐしかない男どもとは偉い違いだわ」

 

 それ、美化しすぎですから我が主。俺がコミュ障の自意識過剰な痛い男で、教室では話しかけられないようにしているだけだからね。とは言うものの、戸塚は我が意を得たりとばかりに、なお一層キラキラとした笑顔を俺に向けてくる。うん、こんな純粋な笑顔を向けられて心が動かない男はいないだろう。告白して潔くフラれようかと思うくらいだ。

 

「それよりさ、由比ヶ浜。お前の罰ゲームどうなってんだよ」

「え……ああぁぁぁ‼」

 

 まあ、そのあと戻った教室で何故か三浦が涙目だったりしたのは内緒だ。絶対、雪ノ下の突くらっただろ。

 

 

 

 

 次の体育の時間、俺はペアが休みだという戸塚に誘われ、ずい分久しぶりに材木座以外の相手と体育をした。そして、インターバルの時間、戸塚から「テニス部に入ってもらえないか」と相談を受ける。

 

 もうすぐ3年生が引退し、人数も少ないので1年生から始めたメンバーでも自然レギュラーになるようなレベルらしい。いやいや、俺なんて壁当てしかできないじゃん。そんなの絶対無理だし。

 

「すまん。奉仕部というのに強制的に入れられていてな、由比ヶ浜とか2Jの雪ノ下とかがいるボランティア系の部活なんだ。生徒指導の一環だからたぶん無理だわ」

 

 ということで断らざるを得なかった。ただ、藤村さんが練習付き合うときに手伝うくらいはすると約束した。えーだって、テニス部入ったら、あの人に 激怒されるにきまってるじゃん。

 

 流石にサッカー部引退させられたのに、テニスで復帰はできないからな。あの人の観察対象としてそれはできない相談だ。

 

 

 

 

 そしてその日の放課後、俺は部室で戸塚から受けたテニス部を強くする方法に関して話を始めた。

 

「八幡が多少素養があったとしても、スポーツは経験がものをいう部分が大きいのよね。体の使い方をマスターする間にあんた卒業よ」

「ですよねー」

 

 なら、経験者とか募る方がいいのか。それとも……何かいい考えはないか。

 

 雪ノ下は、俺がテニス部に入るという前提で(追い出したいのかそもそも)集団の敵として団結させる効果はあるだろうが、チームを強化することはできないという話をし始める。俺は奉仕部辞めていいのか?

 

 どうやら、雪ノ下は海外留学して帰国子女認定されているらしく、中学の最後の方に日本の中学に編入して、ここのJ組に所属しているらしい。何で帰ってきたんだよお前。

 

「……そのクラスの女子、いえ学校の女子はわたしを排除しようと躍起になったわ。誰一人としてわたしに負けないように自分を高めようと思うものはいなかったわ……あの低脳ども……」

 

 藤村ヤスミの笑顔が大きくなる。雪ノ下と接触して初めてわかる彼女の思想。たいがい、転校生なんてのは値踏みされるものだ。雪ノ下はおそらく、実家の傍の公立にでも編入されたのだろう。そこには、小学校時代の同級生もいて「海外留学」から帰国した彼女を寄ってたかって弄ろうとしたわけだ。

 

 ところが、小学生の時以上に彼我の差を感じた彼女が相手に対して相当突き放した態度に出たのであろう、容姿も能力も衆に秀でた雪ノ下にさぞ鼻じらんだことだろう。

 

 雪ノ下の選民的な発想に俺は辟易する。リア充とは異なる優しくない考え。ボッチとしてはかなり先鋭的な存在だな。この考えが、家庭環境によるものか、本人の生まれ持った性質によるものなのかは、今後の経過観察が必要だ。もし、家庭環境によるものだとしたら、さぞ生きづらいだろうとは思う。

 

「雪ノ下みたいに可愛い顔の子が来たら、そうなるんじゃないか」

「ふふ、まあ、女の子は嫉妬深いから仕方ないわ。雪乃くらい可愛ければ 休み時間に教室の外に人垣ができるくらいだったでしょうしね。そういうのも面白くないんでしょ、その子たちはね」

 

 と、俺と藤村さんが持ち上げておく。え、そういうコンビネーションも磨いてるんだよ、俺たちは。

 

「え、ええ、まあそうでしょうね。彼女たちと比較してわたしの顔立ちはやはりずばぬけていたといっていいし……」

 

 雪ノ下雪乃の容姿に文句を言うつもりはない。確かに美人さんだ。でもな、それだけなんだ。俺が常日頃目にしている二人の美人、まあ小町は美人とは少々違うけどさ、藤村さんは相当美人なわけだよ。

 

 感情のこもり方がね、違うのさ。他人に対する悪意を口にする雪ノ下を俺は正直美しいとは思えないんだ。先日の三浦に対する物言いもな。多分、中学の時もそうだったんだろうな。正しければ何を言ってもいいという ことではないだろ。そんなの、小学校低学年で学ぶことだ。

 

 雪ノ下雪乃を雪ノ下雪乃たらしめる物言いは、彼女の人生を息苦しいものにしているのではないのかと思う。すきにしてくれ。

 

「戸塚のために何かテニス部でできることはないものでしょうか」

「そうね、テニス部の3年とは色々話したけど、彩加ほど切実ではないのよ」

 

 そう、3年が引退するとって話だから、残されるものとはテンションが違う。戸塚だけが考えても、1.2年生の総意がなければ空回りってこともあり得る。まして、戸塚は見た目女テニだし、どこまで部に対して求心力があるのか未知数だしな。

 

「比企谷君は、相談されて嬉しいのかしら」

「まあな。人生初体験かもしれんな」

「そう、わたしはよく恋愛相談されたわ。あれって、相談に見せかけた牽制行為なのよね」

 

 あれれ、さっきのお前の話は営業トークだから、そのまま話し続けんな。とはいうものの、主の意向を鑑みて話に相槌を打たねばなるまい。

 

「どう言う意味だ」

「自分の好きな人を言えば、周囲は気を使う。領有権の主張みたいなものなの。聞いた上で自分も好きだと主張すれば戦争行為、その男子から告白されても同じ扱いなのよ。なんでわたしが……」

 

 はいはい、凄いですね、オモテになられるんですねって感じだな。

 

「そうなのね。あたしもそういうことあるけど、普通にフルから問題ないわね」

「あなたの50人切りは母校では有名でしたからね」

「そうなのね。世の中色んな男がいるのかと思って一通り告白されたら付き合うことにしたのよ。勿論、他に交際中の奴がいない時だけね。でも、同じような男ばっかでさ、だんだん嫌になってきたの。で、高校では全部 一律お断り。自分が気になる男だけにしかアプローチしないことにしたの。

 それでも、1年の時はうんざりするくらい告白されて嫌になったわ」

「そりゃ、告白したら断られないって思われていますから、あなたなら当然でしょう」

「……そう。その、ありがとうね」

「何のことやらわかりませんが、どういたしまして」

 

 完全に雪ノ下は蚊帳の外であるが、我が主の言わんとすることは理解できる。雪ノ下はそもそも男に対して自分より上か下かでしか見ていないし、当然、下だと考えているんだろ。

 

 藤村さんは、ともに存在するに足りる男を求めていただけの話で、それに値する男は自分で探さないとだめだと気が付いたって話だ。恋愛自慢のようで全然違うだろ。

 

 話はテニス部の強化に戻す。

 

「雪ノ下ならどうする?」

「全員死ぬまで素振り、死ぬまでランニング」

「ふふ、死ぬまで素振りしたら、ランニングはできないわよ雪乃」

 

 そういう、頓智話じゃないのでございますよ。

 

「やっはろー!今日は依頼人をつれてきてあげたよ!」

 

 はあ、噂の主登場。由比ヶ浜の後ろには、おずおずといった感じの戸塚の姿があった。そうか、奉仕部の存在を知ったか。

 

「あ、比企谷君に、ヤスミ先輩……どうして」

「奉仕部の部員なの、あたしと八幡はね」

 

 その薄い血色の顔にパッと血の気が戻り、笑顔が輝く。うん、なんで男なんだよ。あほっぽい笑顔から一転し、無駄に大きな胸をそらす由比ヶ浜。まあ、脂肪の塊です事。立派なフタコブラクダだ。ちなみに、ヤスミさんは推定Dだ。由比ヶ浜はF+ではないだろうか。いやいや、合格判定じゃねえぞ。ヤスミさんはA判定だ、雪ノ下の胸のサイズと同じなたぶん。

 

「やーほら、あたしも奉仕部の部員……『じゃないわよね雪乃』……」

「ええ、入部届も未提出ですし、平塚先生の承認もありませんので、現状 仮入部です」

「……俺そんなの書いてないぞ」

「あなたは自主的な入部ではないので不要なのよ。生活指導の範疇だから」

 

 え、そうなんだやっぱり。だから、欠席できないのか俺。由比ヶ浜はルーズリーフに手書きで「にゅうぶとどけ」と書いて何やら作業を始めてしまったので、戸塚の対応は俺が変わる。由比ヶ浜、「かたたたきけん」 じゃあねえんだから、スマホで変換して漢字くらい調べろ。

 

「戸塚彩加君……だったかしら? 何の御用かしら」

「テニス、強くして……くれるんだよね?」

 

 やべえ、雪ノ下への問いかけとしては最悪だ。

 

「どんな説明を聞いたのかは知らないのだけれど、奉仕部は何でも屋ではないの」

「へえ、何でも屋ではなかったのね八幡」

「……基準がわからないんですけどね」

 

 我が主は意地悪そうに俺の方を見てほほ笑む。まじ、雪ノ下の独断と偏見だから理解できねえ。

 

「あなたの手伝いをして自立を則すだけ。強くなるかならないかはあなた次第」

「そ、そうなんだ……」

 

 戸塚の希望を打ち砕く一言。まあ、簡単に砕ける希望なら望み薄だろ。由比ヶ浜が何とかしてくれるでしょ見たいなことを言う。こいつが一番俺たちを便利屋と考えている、THE部外者だ‼ ガッペムカつく。

 

「ふうん……あなたも言うようになったわね由比ヶ浜さん。わたしを試すようなことを……」

 

 負けず嫌いスイッチが簡単に入るよなこいつ。ある意味、近くで観察しているとわかりやすい。そして、基本的にまともなコミュニケーションがないから、こいつの性癖と言うか思考をトレースして誘導するのはおそらく簡単なんだ。

 

 由比ヶ浜の空気読みというか、『寄生』スキルがいかんなく発揮されている……藤村さんはこの辺に由比ヶ浜の存在価値を見出して流しているんだろうな。

 

 三浦と異なり、自分の感情を他人に押し付けない分、居心地がよくコントロールしやすい雪ノ下は……使い勝手がいいんだよ。

 

 

 

 


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