真・恋姫†無双 旅路恋しくて日はまた登る   作:からんBit

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日常

時は夕刻。山々を赤く染める茜空。空に浮かぶ入道雲が夏の香りを運んでくる。

 

『ねぇ、じいちゃん』

『ん?どうしたんじゃ。一刀』

 

声をかけられた初老の男性が振り返れば。あどけない声で祖父を見上げる孫が一人。

白い道着と黒い袴に身を包む彼はこれから敬愛する祖父と剣の稽古の時間だ。

そのはずなのに、今の彼の表情は浮かないものだった。

 

『どうしたんだ?』

 

その様子にいち早く気付いた祖父は膝を曲げて孫と視線を合わせた。

 

『じいちゃん・・・』

 

その瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

 

『僕って・・・やっぱり・・・』

 

一つこぼしてしまえば、また一つ。二つこぼしてしまえばその滴は筋となり、一刀の頬を伝う。次々と溢れ出でる涙の合間に彼はしゃくりあげながら呟いた。

 

『産まれてきちゃ・・・ダメだったの?』

 

気づけば一刀は祖父の胸の内にいた。

 

『じい・・・ちゃん・・・』

 

祖父は孫をただただ抱きしめた。

 

『ええ・・・ええんじゃ・・・今は・・・泣いてええんじゃ』

 

祖父にそう言われ、彼に我慢などできるはずもなかった。

 

『うぁぁぁああああぁぁぁぁあ・・・』

 

祖父の稽古着を握りしめ、胸に額をぶつけるようにして一刀は声をあげて泣き喚いていた。

 

『お前さんは・・・なんも・・・悪くない・・・』

 

ひぐらしの声がどこからか聞こえてきてくる。

カナカナと鳴くその音はどこか悲しげに道場の中に響き渡っていた。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

時は早朝。東京の聖フランチェスカ学園。

 

その片隅に存在する剣道場には早朝にも関わらず凛とした声が響いていた。

素足が床板を打ち、風を切る音が明け方の澄んだ空気へと吸い込まれていく。

 

正面に対して半身を取りつつ、猫足立ちの姿勢を意地する。古流空手と居合を複合したような構えを維持しつつ一刀は静かに呼吸を繰り返す。

その両の手に握られているのは竹刀ではなく木刀。身の丈を遥かに超える大太刀を雛形とした木刀だった。

 

それを易々と振り上げ、一刀はその姿勢から様々な角度へと木刀を振り下ろしていく。時に上段から、時に下段から。現代剣道ではまず教えない位置への斬撃は彼の動きが単なるスポーツでないことを物語っている。

 

一連の動きを終えた一刀は流れるような所作で剣を上段に構えて残心の姿勢を取った。

 

静かな道場をかすかな息遣いのみが満たす。

何もかもが静かな間。触れればその指が切れてしまいそうな鋭い静寂。

 

「かっずピ~~~~~~~~~」

 

静寂がいとも簡単に破られた。

 

「かずぴー!イェイ!」

「はぁ~~」

 

一刀の口から溜息が漏れた。

 

先程までの清涼な空気はどこへやら。呆れ混じれの溜息は簡単に道場の空気を柔らかいものへと変えていく。

 

「なんやねん。朝っぱらからおっも~~い溜息聞かせよってからに」

「朝っぱらからてめぇのアホ面拝まされるこっちの身にもなれ」

「ひどっ!将来を誓いあった俺に向かってそんなひどいこと言うなんて・・・ヨヨヨ」

 

わざとらしく泣き崩れる悪友。

 

「気持ち悪いこと言うなっての」

「テヘッ」

「男のテヘペロってどうしてこう苛立つんだろうな」

「あらん?かずピーには需要なかったんか?俺の貞操を狙ってるって噂のかずピーならこれでイチコロやと思ったんやがな・・・おかしいな」

 

そんな噂が流れたこともあった。

 

その発信源は目の前にいる。

一刀は無言で中段の構えを取り、腰を落とした。

 

夏が迫りくる朝焼けの空に1人の男子生徒の悲鳴が吸い込まれていった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

風の入る教室。北郷一刀はジュースを片手に汗ばむ身体に風を送りながら、自分の席に腰かけていた。

その隣には一刀の悪友である、及川 (たすく)が頭をさすりながら座っている。

 

「まだジンジンするやん。このコブが原因でキョウコちゃんに振られてもうたらどないすんの」

「安心しろ。コブが無くてもすぐに振られる」

「ヒドッ!今のは割と傷ついた!」

「事実だろうが」

 

ここは東京の聖フランチェスカ学院。最近共学になったばかりで圧倒的に女子の多いこの学校。北郷と及川は数少ない男子生徒として良好な友人関係を築いていた。

 

「そんなデリカシー無い発言ばっかしとっから彼女の一人もできないんやで~」

「・・・大きな世話だ」

 

一刀は不機嫌そうにコーヒー牛乳を口につけた。

 

「隣のクラスのさきちゃん」

「・・・・」

「また、告白断ったんやて?これでかずピーに玉砕した女の子十人越えたんやないか?」

「・・・バカ言え。まだ五人目だっての」

 

噂が立つのもさもあんなりというところだ。

 

「うわっ!数えてるん?未練たらたらや~」

「泣かした人の顔を忘れられるかよ・・・」

「だったら泣かさなきゃいいのに」

「それができたら苦労はねぇよ」

「まったく、なんでいつも断るん?」

 

今までに何度されたかわからない質問。

それを最も多く問いかけてきたこの男に一刀ももう何度目かわからない言い回しを繰り返した。

 

「俺より強い女じゃないと俺は惚れねぇな」

 

口角をあげ得意気な一刀に及川は飽き飽きとした顔で言い返した。

 

「でたよ・・・まったく、実家が道場で『強いおなごじゃなきゃ認めん!!』って。時代錯誤って言葉も裸足で逃げ出しちゃうで。かずピーは自分が天然記念物って自覚持った方がええでー」

「うっせ」

 

へらへら笑う悪友に一刀も同じように笑ってみせる。

 

そして、今日も一日が始まる。

普通の授業、普通の日常。

退屈ながらも楽しい日々。

 

それを打ち破ったのは一本の電話だった。

 

「北郷君、御実家の方からお電話よ」

 

『実家』

 

その言葉に一刀の背中に嫌な汗が流れ落ちた。

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