遠山がチャリジャックに襲われた翌日。
昨日は何もなかったかのように平穏な時間が流れた午前。一般科目を受け終え、昼休みを経た後は午後の専門科目の実習だ。
クラスメートたちはそれぞれ自分の専門科目の場所へと移り、僕自身もまた、強襲科の専用施設へと足を向ける。
その途中
「お〜い、とっおるーん!」
聞きなれたアホっぽい声が聞こえる。確かこれは峰の声で間違いはないはずだ。
ぼっちな僕とは違い人気者の彼女のことだ。また今もどこかの誰かと楽しくお喋りをしているんだろう。
なんてことを考えつつ、強襲科へ向ける足を進めていると。ぽんっ、と急に誰かが僕の肩を叩き、突然の出来事に驚いて体が跳ね上がる。
だ、誰だよ、急にボディータッチしてくるやつは⁉︎ 急にそんなことされたら、その、びっくりするじゃないか!
肩に手を置く誰かに心の中だけで怒鳴りつつ、ゆっくりと振り返ると
「も〜、無視するなんてひどすぎ〜! ぷんぷんがおー、だよ!」
「……峰、さん」
金色のツーサイドアップの髪、そして特徴的なフリフリな制服。僕の肩に手を置いていたのは、我が校で知らない人は皆無であろう人気者、峰理子その人だった。
峰はその柔らかなほっぺたを膨らませ、上目遣いで睨みつけてくる。しかしその仕草や表情すらも可愛らしく、ぼっちな僕はその表情一つで言葉を詰まらせてしまう。
というかさっきの”とおるん”って、もしかして僕のことだったの? さすがにそれは僕じゃわからないよ。だってあだ名を呼ばれるなんて初めてなんだもん。
あ、言ってて悲しくなって……はこないな。うん、だって事実だもん。
「それで、僕に何か用?」
「うん! 理子ね、とおるんにちょーっと手伝って欲しいことがあるの!」
「手伝って欲しいこと……?」
「そう! 手伝ってくれる?」
こてん、と可愛らしく首をかしげる峰。本当に一つ一つの仕草がキュート過ぎて、僕からしてみればたまったものじゃない。
しかし手伝って欲しいことか。なんで強襲科でもそこまで突出したわけでもない僕なんだろう。
とはいえ、困っているクラスメートの頼みを断るわけにはいかない。言っておくが、断じて断り方がわからないのではない。ないったらない。
「いいけど、何すればいいの?」
「うわーいありがとー! それじゃあ理子についてきて!」
両手をバンザイし、ぴょんぴょんと飛び回る峰。
本当は強襲科の授業があるんだけど、まぁ単位は順調にとってるし、少しくらいサボってもいいか。
*
そうして峰に連れてこられたのは、武偵高の第二グラウンドだった。
なんでこんなところにとは思いつつ峰の背中を追って歩くと、たどり着いたのはグラウンドの片隅にある体育倉庫。
「あの、峰さん……そろそろ手伝いの内容を」
「んー? えっとねー、知り合いの
「それって、遠山の……」
「そ、キーくんが被害にあったチャリジャック事件のやつの」
とりあえず、手伝いの内容は把握した。しかしそれはそれで疑問は残る。証拠品集めならなおさら強襲科の僕ではなく、探偵科に所属する人の方がいいのではないかと。
とはいえ、僕にそんな発言をする勇気などなく、黙って彼女の仕事の手伝いを行う。
体育倉庫というだけあり、中は跳び箱やらコーンやらテントやらと、様々な用具が入り乱れていた。
そんな体育倉庫の光景を目の当たりにし、確かに一人でこの中から証拠品を探すのは面倒くさいなと、僕を誘ってきた理由に納得する。
「さてさて、なーにか証拠はあるのかにゃー?」
なんていいながら、峰は体育倉庫の中へと足を進め証拠品を探し始める。僕も彼女に続いて体育倉庫の中に入り証拠品を探すが。
思い返せば、確か昨日のうちにこの場所は調査されているはず。そうそう証拠品なんて見つかるのだろうか。
「ねぇねぇとおるん」
倉庫内を探していると、不意に峰が話しかけてくる。
「とおるんってさ、なんでいっつも一人でいるの? 友達とか作らないの?」
あらやだこの子、なんてことをズバッと聞いてくるのかしら。あまりにも単刀直入過ぎて僕、心に綺麗な切り傷ができそう。
しかしこれくらいのことでぼっちは挫けない。一人の時間を耐え抜いてきた忍耐力は伊達ではないのさ。
とはいえ「友達とか作らないの」か。うんうん、友達の多い彼女からしてみれば、僕の境遇は不思議でたまらないんだろうね。
でもね峰よ、君は一つ思い違いをしているよ。
「……友達の作り方、わからない」
作らないんじゃないの、作れないの。もしも作れるようなコミュ力あったら、今頃一人屋上でパンを貪ってないどいない!
まぁ、昨日は久しぶりに他人とお昼を共にしたけど。そしてお部屋へお招きしたけれど……あれは成り行きでってやつだから、友達とかそういうのは関係ないと思う。
「あー……そっかぁ」
離れているので表情は見えないが、それでもわかる。「ヤベー答え返ってきた」って思いながら苦笑いしてるんだろう。
だけど実際に友達の作り方わからないの。というか友達の定義がわからないの。何を持って”友達”と呼べるのか、他人との線引きが僕にはわからない。
たぶんこれ言ったらもっとドン引きされるんだろうな。だから言わないよ。
僕の一言でどんよりとした空気が流れる。倉庫内がやや暗いせいもあってか、非常に居心地が悪くなる。
さすがの峰も、この空気では発言がしにくいかと、先ほどの発言をやや後悔していると
「じゃあさ、理子が友達になってあげる!」
「……へ?」
思いもよらぬ言葉につい、そんな気の抜けた声が漏れてしまう。
今なんて言った? トモダチニナッテアゲル? 何それなんて呪文?
「だ〜か〜ら〜、理子が最初のお友達になってあげるって言ってるの!」
「とも、だち……? 峰さんと僕が?」
「そそっ!」
……なんというか、さすがはコミュ力の塊。僕では一生言えないことを平然と言ってのける。そこに痺れたり憧れたりはしないけど、素直に感心してしまう。
「ねねっ、いい提案でしょ?」
いい提案って……いや、峰 本人がそれでいいのならいいんだけど。
「僕でいいの?」
「もちもちっ! で、とおるんのお返事は?」
お返事はって……うぅむ、これは困ったことになった。僕は友達とかどういう関係のことを言うのか知らないから、そういう人との付き合い方とかわからないし。もしかしたら峰に不快な思いをさせてしまうかもしれない。
それに何より、僕の側にいたら……傷つけてしまうかもしれない。でも、せっかくの峰の好意を無下にするわけにも……。
そんな数秒が一時間にも感じる程に考え、考え抜いて
「峰、さん」
ようやく棒は決断をする。
「こんな僕でいいなら、その……お願いします?」
「むふふ、りょーかい!」
そんなこんなで、僕は人生初の友人というものを手にした……らしい。
すると峰は僕の方へとやってくると、ポケットの中から携帯を取り出し
「じゃあ連絡先交換しよ!」
「ささっケータイ出して!」と、半ば強引に僕の携帯電話を奪取する。そしてカタカタと電話のキーを操作……って、何そのスピード。人の指ってあそこまで早く動くの?
ものの数秒でことを終えた峰は携帯をこちらへ投げ返し、キャッチしたその画面には彼女の連絡先が登録されていた。てかなにこれ、『リコりん♪』って……友達同士ってこれが普通なの?
「ふふっ、とおるんの初めて、奪っちゃった♪」
あの、その言い方やめてくれませんか? なんか卑猥な感じに聞こえてしまうんで。
「それじゃあ、これからよろしくねっ、とおるん♪」
「あ、うん……よろし──っ!」
わずかな悪寒を感じ、倉庫の入り口に目を向けると。そこにはこちらに
発砲準備万端のセグウェイに背を向けている峰は気づいていない。
「──峰ッ!」
「へ? おわわぁっ⁉︎」
峰の腕を掴み、強引にこちらへ引き寄せる。まん丸の目が驚きでさらに大きく開かれ、小さく華奢な体が僕の胸へと吸い込まれる。
──ダダダダダダッ‼︎
直後に乱射される銃弾。武偵高の体育用具は防弾性ということもあり、跳び箱の後ろ側へと身を隠す。
「わわわっ、乱れ打ちだー!」
こんな時でもアホっぽさを忘れないところはさすがは峰というところか。
というか、なんでこれは僕たちを狙っているんだ? もしかして証拠品を集めに来た僕たちを消すため? でもそれだったら昨日の調査が妨害されなかったのが不思議だから、おそらく狙いは個人。
僕と峰のどちらか、それかまたは両方を狙った……
「まさか武偵殺し⁉︎」
”武偵殺し”。爆弾やあのセグウェイのようなマシンガンを使い、《武偵のみ》を狙って犯行を繰り返す犯罪者のことだ。
昨日遠山もセグウェイで追われたって言ってたし、今僕たちを襲っているものとみて間違いはない。
「武偵殺し⁉︎ だったら理子達殺されちゃうの⁉︎」
「そんなこと、させるわけがない」
セグウェイの台数は視認できるだけで4台。対してこちらは二人。手数では完全にこちらが負けているし、峰に戦闘は期待できない。
となると、僕があれを全て片付けるしかないか。
「峰、できるだけ身を屈めてて。絶対に、顔は上げないで」
「うにゃ⁉︎」
峰の頭を軽く押さえ下げさせる。
それは彼女に被害が行かないようにするため。そしてもう一つ、
(あぁ、これを使うのは久しぶりだなぁ)
学ランのポケットから取り出したのは、銀紙の包装を施されたチョコレート。俗に言う”ウィスキーボンボン”というやつで、包みを開けると即座に口に放り込む。チョコレートの甘さとアルコールの独特の香りが口を満たし、ごくん、とそれらを一気に飲み込む。
別に糖分欲しさにチョコを食べたわけでも、最後の晩餐をしたわけでもない。これはこの状況を打破する鍵を開くために必要なことなのだ。
「……ふうぅ」
体の中、湧き上がる何か。まるで血が沸騰するかのように、体を熱が侵していく慣れない感覚が全身を走る。
頭に何かが生まれる違和感を感じると同時に、そこには二本の小さな”角”が生え、爪は伸び獣のような鋭利なものへと変わる。
ここまでくればもう大丈夫。これならあれをすぐに片付けられる。
近くにあった防弾性の体育マットへ手を伸ばし、数キロはあるそれを片手で軽く持ち上げる。
そして一瞬、銃声が止んだその隙をつき、跳び箱の後ろから一気に身を晒しセグウェイ達へ向けて走りだす。
無論そんなことをすれば、銃弾の雨霰をお見舞いされるが。手に持った防弾マットを壁になるように投げつけ、雨を防ぐ傘のように銃弾を回避。
次にマットを飛び越えると、視界を防いだせいで対処に遅れたセグウェイのうち一台を発砲し破壊。そして着地と同時にもう一台のセグウェイを
だがそこにはすでに僕の姿はなく、見事に
これで4台、全てのセグウェイを破壊し終えた僕は、息を整え熱くなった血を冷ます。
生えていた角はその姿をなくし、爪も元どおりに。湧き上がっていた何かも鳴りを潜め、これでようやく”元の僕”へと戻ることができた。
これが僕が普通とは懸け離れた武偵高においても”普通じゃない”最大の理由。
何を隠そう僕には”人以外”の血が──”鬼”の血が流れているのだ。
まぁ、設定が厨二っぽいなーって。