天賦の才というのは、存在それ自体が自他関係なくあらゆる人間を巻き込んで惑わせ、狂わせる代物だ。ブリタニアではこれをGift、授かり物と呼ぶらしい。
確かに、他の人間には持ち得ない力を天からの祝福と考えるのは、自然な考えなのかもしれない。
――しかし私は、こうも思うのだ。才能とは、その人間に課せられた呪いなのだと。
*
私が魔眼に目覚めた時、最初に感じたのは固有魔法の発現への喜びでも有用性への興味でもなく、ただひたすらに億劫さであった。
発現した魔眼の能力は遠視。遥か遠くを見渡し、そこにある魔力感知までをも可能にしたそれは、時代が時代ならあるいは千里眼などと呼ばれたに違いない。
ただ唯一にして致命的な欠陥である、制御が効かないという点を除けば、だが。
魔眼は遠近の調節が一切効かず、片方の目が遠くの景色がただぼんやりと見えているだけ、というのは日常生活を営む上で尋常ならざる問題があった。
度のきつい眼鏡を片目にだけ当てて、暫らく物を見てみると良い。私の苦しみの一抹でも味わえるであろう。
要するに気分が悪くなるのだ。
発現して間もなく吐き気を覚えた私は、魔眼とは実は人の気分を悪くする呪いなのではないかと勘繰ったほどだ。
ともかく、左眼が近くの物を、右の魔眼が遠くの物を見ている状態というのは、乱視と呼ぶには度が過ぎていた。眼鏡で補完のしようもない。
魔眼の制御が上手く効かない私は、畢竟、片方の視界を眼帯で隠さざるを得なかった。……無論魔眼の方である。
さて、生まれてこの方、両目で見ていた者がある日突然片目のみで生活するというのは、これがどうして中々に難しい。
生物が複数の目を理由を、誰しもが小学校で習うと思う。草食動物と肉食動物の眼の付き方の違いなども一緒に聞かされた筈だ。視界を広く云々、獲物との距離を云々と言っていたあれだ。そう、遠近感。
即ち、発現の日を境として、私から距離感を把握する能力が失われたと言って良い。
食卓に着けば醤油瓶を倒す、湯呑みを持とうとすれば手が空を切る。球遊びをすれば、受け損ねて顔面を強打する。
気分が悪くなくなったと思ったらこれだ。泣きたくもなる。
何をやっても上手くいかず、あるいは上手くいっても何かしらの失敗をする。十にも満たない小娘には、些か荷が勝ち過ぎていた。
私が自信を無くし、
「講導館、ですか?」
私と父は舞鶴近郊の講導館道場という所に向かっていた。
日曜の朝に突然、出掛けるぞと言った父は、私が返答にまごついているのを了承と捉えたのか、理由も告げずに車を出した。
暫らく車に揺られてうとうとしていた私に、父は行き先を告げた。
当然、急に眠気を遮られた体はびくりと緊張し、引き換えに頭は冴えてくる。
話を聞いていなかったと思われるのも嫌なので、私は耳に入ってきた単語をそのままに繰り返した。
「ああ。そろそろ、美緒も
初等教育も半ばに差し掛かった頃である。今思えば、以前よりもずっと弱気になってしまった私を見かねての事だったのかもしれない。
講導館とは、端的に言うならば皇国軍主導の
しかし、当時
この眼さえなければ。
睨めつけた私を、しかし父は真っ直ぐに受け止めた。
「取り敢えずやってみろ。やってみて嫌だというなら辞めたって構わん。そこまで強要はせん。しかし、いつも言っているだろう? 食わず嫌いはいかんと」
口元に笑みを浮かべながらも、父は私を見据えた。
「……嫌とは言ってません」
消え入るような声で私は言った。
不満こそあったものの、強く見つめられた私は、何も言い返す事はできなかった。
弱気で、卑屈で、臆病になってしまった当時の私は、いつ思い返しても気分の良いものではない。
入るだけ入って、何か適当な理由を見付けて辞めてやろう。
表でこそ従順でいて、心の内ではそんなじっとりとした醜い考えが頭をもたげていた私は、しかし次の瞬間、何もかもが吹き飛ばされた。
初めに、強い風が叩きつけられるのを感じた。
何事かと周りを見渡す中、車のエンジン音に隠れていた別の音に気付く。
風がプロペラに切り裂かれる甲高い悲鳴。
ガソリンが燃え、モーターの回る重低音。
風が辺りに叩きつけられる音。
女の人の、響き渡る笑い声。
咄嗟に音のする方――空を見上げると、長い黒髪をなびかせた女性が悠々と舞っているのが見えた。
吸い込まれるような青い空を、白い装束を纏った女の人が泳いでいる。何物にも束縛されない姿はどんなものよりも美しく、私は神々しささえ感じていた。
「
徐々に離れていく女性の姿を追っていた私は、横からする声に反応できなかった。
「あれが、
「あれが――」
――
知っている言葉の筈なのに、どこか遠い国の違う言葉のように聞こえる。
遠ざかっていく白い影を目に焼き付けながら、私は何度もその言葉を反芻した。
11/16 講導館の記述を改稿、訂正。
同日 冒頭に文書を追加。