第1話 英霊召喚
1人の少年が夜の街を走っていた。
それも普通の街ではない。赤々と燃える炎に包まれ今まさに焼け落ちようとしている廃墟で、冥府から這い上がってきたかのような骸骨の群れに追われているのだ。
骸骨たちは十数体もおり、しかもなぜか手に手に剣や槍といった武器を持っている。彼らの走る速さは少年と同程度、つまり身体能力は同じくらいであったが、素手で格闘技の経験もないごく普通の高校生が立ち向かえるわけがなかった。
「ぜぇ、ぜぇ……畜生、いったい何だってんだ!? ゲームやマンガじゃあるまいし」
走りながら、思わず悪態が口をつく。
人理なんたらカルデアとかいう会社の勧誘員に適性があるとか言われてしつこく勧誘されたあげく、拉致同然の方法で連れて来られたと思ったら、入社(?)説明会の最中に爆発事故だか爆破テロだかが起こって後輩と一緒に手を握り合って死ぬ覚悟をした……のだが、気がついたらこの地獄のような所にいたのだ。いったい何事が起こっているのだろうか?
「って、そういやあの子もここに来てるんかな?」
この街―――おそらく2004年の冬木市だと思われる―――に来てからいまだ生きた人間を見ていないが、彼女が来ている可能性はある。
名前はマシュ・キリエライト。会社の建物に入ってからの知り合いで、同年代の彼をなぜか先輩と呼んで慕ってくれるちょっと不思議な少女だ。
「いるかどうかわからんってのがつらいとこだよな」
いるならどこまでも探すし、いないなら自分のことに専念できる。しかしそれが分からないのでは行動の指標が立てづらい。
「まあ、逃げながら探すしかないか……他にすることもないしな」
一応、光己はその気になれば戦うことはできる。彼はド素人だがカルデアがくれた制服は特殊な仕掛けがしてあって、これを着ていると「応急手当」「瞬間強化」「緊急回避」という3つの魔術が使えるのだ。
もっとも魔術師にしか使えないという話だったから光己には無用の長物になるはずだったが、試してみたら
疲れたりケガしたりしそうだからむやみにやる気はないが。
「魔術がどうとか頭大丈夫かと思ってたけど、こうなると本当に魔術はあって魔術師も実在するんだろうなあ」
それはともかく、今は追手を撒いて生き残るのが先決だ。光己は心臓がバクバク鳴って苦しいのをこらえつつ、ふと気がついて「瞬間強化」を使ってスピードアップし、角を曲がったところで塀を飛び越えてその武家屋敷のような広い家の庭に入った。
「無断侵入だけど、どうせ誰もいないだろうしな。むしろいてほしいくらいだけど」
さてどうするか。光己はさっと周りを見渡すと、なぜか土蔵が気になってそちらに向かった。
運良くカギがかかっていなかったので、遠慮なく中に入る。
「木刀か金属バットでもないかなあ?」
暗くてよく見えないが、呼吸を整えつつ雑多な室内を探して回る光己。武器は見当たらなかったが、代わりに直径1メートルほどの魔法陣が床に描かれているのを見つけた。
普段の彼なら子供の遊び程度に思っていたところだが、今は状況が状況だけに妙にリアリティを感じてしまう。
「まさか街がこうなってるのはこれで悪魔を召喚したせい……なんてことはないよな」
光己は思わずごくりと生唾を呑んだが、いやそれは神経質になりすぎだろうと首を振ってその妄想を振り払う。実はあながち間違いでもないのだが、それを指摘してくれる者はここにはいない。
そこでふと物音が聞こえたので、土蔵の扉を少しだけ開けてそっと外を覗きこむ。
「……な、何だありゃ!?」
庭には先ほどの骸骨たちに加えて、全身が真っ黒い瘴気でできているかのような禍々しい人影が1体あった。彼が骸骨たちの大将で、光己を仲間に引きずりこもうとしていることは誰が見ても明らかだった。
しかもその人影とバッチリ目が合ってしまう。
「や、やば」
あわてて扉を閉めたがもう遅い。人影と骸骨たちが近づいて来るのが扉越しでも分かる。
「ど、どうする!?」
もはや逃げ道はない。こうなったらその辺に置いてある木箱を振り回して敵中突破をするしかなさそうだ。どう考えても成功率は文字通り死ぬほど低かったが、何もせず黙って殺されるよりはマシである。
光己はもう1度生唾を呑みながら手頃な箱に両手をそえたが、その時またさっきの魔法陣が目に映った。
「……そういえばさっき『これのせいかも』なんて思ったよな。もしかしたらもしかしてくれたりしないかな。
えーと、エロイムエサイム、だっけ。神でも悪魔でもいい、何でもするから助けてくれ!!」
光己がなかばヤケになって怒鳴ると―――。
「ええと、今何でもするって……じゃなくて。
はい、お呼びがかかるのを待っていました!」
まだ年若そうな女性のいっそ嬉しそうとさえいえる返事とともに、魔法陣からまばゆい光の柱がそそり立つ。なんと、本当にこの魔法陣は何者かを召喚するためのものだったのだ。
「な、何だ……まさか本当に……!?」
光己は開いた口がふさがらなかったが無理もないことだろう。その間に右手の甲に火傷のような痛みとともに赤い紋様が浮かび上がっていたが、それに気づく余裕もない。
やがて光が消えた後には、1人の少女が立っていた。
年の頃は14~15歳、一言で形容するなら「白百合のごとき可憐な少女騎士」というところか。明るく素直そうな金髪碧眼の美少女で、白いドレスの上に銀色の胸甲と籠手をつけ右手に一振りの長剣を持っている。
惜しむらくは外にいる黒い人影と骸骨たちを倒せそうな強者には見えなかったが、少女は何も気にした様子はなく初対面の挨拶をしてきた。
「はじめましてマスター。まだ半人前の剣士なので、セイバー・リリィとお呼びください。これから、末長くよろしくお願いします」
「あ、ああ……!?」
光己にとってまさに希望通りの事態だったが、予想外すぎて茫然として、いや少女のあまりの綺麗さに見とれていると、少女は外の喧騒に気づいて表情を改めた。
「どうやらお話をしている場合ではなさそうですね。初仕事がんばります!」
言うなり少女は扉を開けて、自分から敵のただ中に飛び込んだ。まあ狭い土蔵で待ち受けるよりは賢明かも知れない。
光己はそう判断して、少女の後ろから声をかけた。
「わかった、頼むリリィ! とりあえずこれを」
光己は今の召喚(?)で何だか生気を半分くらい抜かれたような感じがしていたが、それでも気力を振り絞って「瞬間強化」をリリィの後ろから施した。女の子だからどうこうなんて言う気はないが、初対面の人にあんな化け物と戦ってもらうのだから、何もしないではいられなかったのだ。
「これは……ありがとうございます!」
リリィは光己が何をしたのか分かったらしく、ぱーっと嬉しそうに微笑みながら礼を言った。そして剣を構える。
「いきますよ! はぁぁぁぁーーーッ!」
リリィが剣を振るうたびに、骸骨が真っ二つに両断されて倒れていく。黒い人影と対決するのは後回しにして、まずは取り巻きを一掃する方針のようだ。
それはあっさりと終了し、いよいよ黒い影との一騎打ちが始まる。
「グォォォォーーーッ!」
黒い影が咆哮し、手に持った槍を振りかざす。素人なら腰を抜かしそうな迫力だったが、リリィはさすがに動揺せず落ち着いて迎え撃った。
まっすぐ突き出された槍を剣で大きくはじくと、素早く斜め前に踏み込んで彼の腰を横薙ぎに切り払う。
「グゥッ!?」
リリィの剣は相当な業物らしく、常人よりはるかに強靭なはずの彼の腰部は豆腐のように切り裂かれていた。黒い影が痛みによろめいたところへ、リリィが背後に回って心臓に突きを入れる。
「ウガァッ!?」
それがとどめとなり、黒い影はドライアイスが気化するような感じで霧となって消え去った。どうやらリリィは光己が思ったよりずっと強かったようだ。
「それはよかったけど、この実力差だともしかしてさっきの魔術無駄撃ちだった……!?」
助かった安心感で気が抜けたのもあって、光己はふっと目の前が暗くなって意識を失ったのだった。
光己が目を覚ました時、彼は座り込んで土蔵の壁にもたれていた。
「あれ、俺はいったい……!?」
「あ、気がついたんですね! 心配しました」
リリィが嬉しそうに顔を覗き込んでくる。どうやら彼女が介抱してくれたようだ。
「ありがとな。いろいろあって疲れててさ」
「どう致しまして。多分サーヴァント召喚で魔力を使ってしまったせいでしょう」
「サーヴァント……!?」
耳慣れない単語に光己がおうむ返しに聞き返すと、リリィは逆に首をかしげた。
「おや、サーヴァントを知らないということは魔術師じゃないんですね。わかりました、私もそんなに詳しくはありませんが、簡単にご説明しましょう」
それによると、サーヴァントとは歴史上の英雄や著名人の1つの側面を「クラス」という枠に当てはめて召喚する使い魔のようなものらしかった。
並の使い魔や式神とは一線を画する強力な存在で、たいていは「聖杯戦争」のために召喚される。これは「聖杯」と呼ばれる万能の願望機を奪い合うバトルロイヤルで、それこそ今この街で起こっているような大災害が発生するケースもあるという。
「うーん、まさかあの想像が当たってたとは……。
じゃあリリィも聖杯を求めて来たのか?」
「いえ、私は特に願いはないのですが……どうも私の別側面がいろいろ人に迷惑をかけているらしいので、その解決の手伝いをしたいと思いまして」
そのためにわざわざド素人の光己の呼び声に応えたというのか。何という立派な志、光己は大いに感動した。
「そっか、命助けてもらったことだし、俺もできる限り協力するよ。
でもその前に、この街に知り合いがいるかも知れんから探すの手伝ってくれたら嬉しいんだけど」
「え、この街にですか? わかりました。でもまだ5分くらいしか経ってませんが、マスターはお体大丈夫ですか?」
「ああ、歩くくらいなら何とか」
光己はよろめきながらも立ち上がると、土蔵の外に歩き出した。リリィは心配そうな顔をしているが、異を唱えるつもりはないらしく斜め後ろについてくる。
(……それにしてもリリィはいい子だな)
綺麗で素直で明るくて純真でやさしくて、スタイルはまあぼちぼちだがおそらく将来はバインバイン、しかも武装しているのに肩と腋と背中の上部まで惜しみなく見せてくれるサービスの良さ。今日はさんざんな目に遭ったが、こんな可愛い娘にマスターなんて呼ばれる仲になれたのだから悪い日ではなかったと思える。何とかこの苦境を切り抜けて、ぜひもっと親しくなりたいものだ。
「ところでこの街で聖杯戦争が起こってるってことは、リリィ以外にもサーヴァントがいるってことか?」
「そうですね。悪い人でなければ戦いは避けたいところですが」
「だよなあ。俺もまだくたくただし」
そんなことを話しながら燃え続けている街を歩く2人。相変わらず生きた人間の姿はない。
「そういえばリリィの本名ってまだ聞いてなかったな。あ、俺は藤宮光己っていうんだけど」
「藤宮さんですか。私はブリテンのアーサー王……の、王を選定する剣を抜いたあと王位に就く前の身というところですね。ですからこの剣も
「ぶふぅっ!?」
光己は噴き出した。アーサー王といえばはるか未来の外国人である彼でさえ知っているビッグネームではないか!
光己がそう言って称えると、リリィはちょっと困った様子で肩をすくめた。
「いえ、私は今申し上げた通り王位に就く前の修業中の身ですから、そんなに持ち上げないで下さい。実際半人前ですし」
「うーん、そうなのか……まあ俺も半人前どころかド素人だから、人のことは言わないよ。
それよりアーサー王が女性だったことにびっくりした」
「当時は女性が王になるのはあまりないことだったので男装してましたから。400年くらい昔だとブーディカっていう有名な女王もいるんですけど」
「へー」
そんなことを話して2人はだいぶ打ち解けてきたが、その時道端にこんもりしたボロ切れのかたまりのようなものが落ちているのを見かけた。
いや端から出っ張っている金色のものは人間の髪の毛だ。ついに生身の人間を発見したのか?
「生きてるなら助けたいけど……」
「? どうかしたんですか?」
「いや、こんな状況だからうかつに近づいたら危ないかもと思ってさ。悪いけど見てきてくれる? なるべく慎重に」
「はい、承知しました」
なるほど彼が言うことは実に妥当だ。リリィは頷いて、そろそろと用心深くボロ切れ、いや倒れている人影に近づいていく。
すぐそばまで近づいても人影に動きはない。しかしリリィは彼(あるいは彼女)は人間ではなくサーヴァントであることに気づいた。
「マスター、この方はサーヴァントです。魔力が尽きて動けなくなったんだと思います」
「へえ!? うーん、どうしよう」
「放っておけば本当に魔力が切れて退去するでしょうけど、マスターが魔力を送れば蘇生はできると思います。
そのくらいならサーヴァント同士の戦闘は無理ですので問題はないかと」
「そっか、じゃあ助けよう」
即断だった。光己自身まだ全然回復などしていないのだが、この少年は天性のお人よしなのだ。
彼(あるいは彼女)の傍らに膝をついて手をかざし、制服の「応急手当」を使用する。
「……」
制服の機能を使う時は魔力だか生命力だかを消費するため、光己はまた頭がくらくらしてきた。しかしここで倒れられない理由がいくつもあるので、もう1度気力を振り絞って魔力を送り続ける。
そして1分ほども経っただろうか、彼(あるいは彼女)は光己の献身的な看護によりついに息を吹き返した。小さく身じろぎしながら、人の気配を感じてそちらに顔を向ける。
「う、うーん……水……パン……」
サーヴァントは物質的な食事はいらないのだが、魔力不足というのはよほどつらいのだろうか。あるいは生前は食料不足が深刻な暮らしをしていたのかも知れない。
まあその辺は今の光己には関係のないことで、とにかく彼、いや声が女性的な高い声だったので彼女の意識が戻ったことを喜んだ。しかもこちらを向いたその顔が、光己と同年代の金髪ツインテ美少女だったとは!
それに加えて体を起こして上半身のボロ切れを外した彼女の服装は、カラフルなレオタードのようだった。肩と胸元を大胆に露出し、豊かにふくらんだバストの形もはっきり分かる。
(サーヴァントってサービスがいい美少女ばかりなのか!? もしかして聖杯戦争ってガチバトルじゃなくてミスコン的なイベントだったりするのか!?)
疲労のためか少女2人の美貌のためか、かなり間の抜けたことを考えてしまう光己なのだった。
少女騎士っていい響きですよね(挨拶)。
リリィは当然ながら黒王や槍オルタや獅子王より非力ですが、代わりに宝具に男性特効がついてます。つまりブラダマンテと組むことで目潰しからの股間攻撃という極悪コンボが実現するわけですな!