ヒルドは信長の船の中から現れた男性が信長を船内に連れて行く一部始終を見ていたが、2人の会話は聞こえなかったので詳細な事情までは分からない。とはいえ普通に考えれば負傷した総大将を側近が退却させたのだろうから、ぜひ追撃したいところである。
しかし今の戦いで英霊兵たちがこちらを認識して銃撃してきたため、ヒルドは無理は避けて戻ることにした。
「こっちも痛い目遭っちゃったしね。熱つつつつ……」
あの骨の手に直接触れられたわけでもないのに結構深い火傷を負ったし、宝具に自身を投げさせるという奇抜なアイデアにも驚かされた。さすがは日本史上トップクラスの知名度を誇る武将というところか。
火傷をそのままにして帰ると心配させてしまうので、ルーンで治療してから光己たちのもとに帰還した。
「ただいまー! 信長にとどめは刺せなかったけど、船の中に入ったから戦闘の指揮はできなくなったはずだよ」
「お疲れさま。こっちも押し返せてきたし、このままいけば勝てそうだな」
英霊兵はまだ大勢残っているし、でかノブとノッブUFOも健在だ。しかし指揮官不在になれば戦闘力はガタ落ちするはずだからもはや勝勢といってよかろう。
「でも油断は禁物だよ、マスター」
「うん、そりゃもう」
というか織田信長を舐めてかかる現代日本人はあまりいないと思う。現場を去ったからといって気は抜けない。
「さっきだってヒルドに任せてなかったら俺があの宝具喰らってたかもしれないしな」
「ああ、そうかもねえ。マスターに体当たりするにはルーラーの船飛び越えなきゃいけないから信長にとっては危険だけど」
「うん、それがまさに桶狭間ムーブ」
それでこれからどうしようか。信長を撤退させたのだから、復帰する前に彼女の船に攻め込むべきか、それとも当初の予定通り距離を取ってぶっぱで決めるべきか。
「……どっちにしても、兵士たちを倒す方が先か。
みんな、しばらくジャンプしないようにしてくれ」
しかしまずは、今この場にいる敵を排除するのが先決だ。信長の目もないことだし光己は自分でやることにして、普通のブレスを彼女の船の甲板に吹きつける。
「…………!!」
超高熱の白い炎によって英霊兵たちが蒸発していく。彼らはやはり五感はないらしく、熱さや痛みを感じている様子はないが、それだけにシュールな光景だった。
するとノッブUFOとでかノブが光己に群がり寄ってきたが、こちらも清姫たちの奮闘で撃破される。
やがて信長軍の兵士は1人もいなくなった。
「……ふう。敵性反応、消滅しました」
少し疲れたのかマシュが肩で息をしながらそう言ったが、むろんこれは船の上だけの話に過ぎない。休む間もなく、彼女の通信機に(光己は竜モードの間は通信機を外しているので)カルデアから連絡が入る。
《気をつけろ! 信長の船の中で魔力反応が急速に膨張中だ……これは神霊並みだぞ》
「神霊並み……!?」
何事が起こっているのか。マシュも驚いたが、エルメロイⅡ世の報告の中にちょっと気になることがあった。
「神霊並みというと、具体的にはどのくらいなんですか? 先輩や魔神柱より上ということですか?」
《……ふむ、良い質問だな》
言われてみれば神霊もピンキリだから、もう少し細かい指標が欲しいというのは分かる。
Ⅱ世は端末を操作してデータを再確認した上で少女の質問に答えた。
《そうだな、単純な魔力量なら竜になっているマスター>魔神柱>船内の反応>>>マシュ嬢というところだ》
なおカーマや玉藻の前やアルテミスも神霊だが、カーマはビーストの権能を剥がされており、玉藻の前は本体ではなく分け御霊で、アルテミスはサーヴァントの枠内に収まるようスケールダウンしているので、2人が言っている「神霊」には及ばない。
《ただし戦闘能力は魔力量だけでは測れないし、何らかの特殊能力を持っている可能性もある。くれぐれも慎重に当たるように》
「はい! それにしても先輩が魔神柱より魔力量が多かったなんて驚きです」
《まあ竜種といえば幻想種の頂点だし、世界各地の神話でも神々に対抗できる種族として描かれているくらいだからな。ある意味当然ではある》
もっとも竜種の方もピンキリなのだが、その辺は今するべき話ではない。Ⅱ世は通信を切り、マシュも正体不明の謎存在が現れたことを皆に知らせた。
「うーん、信長公の第2形態とかそういうやつか?
……いやそれより、今のうちにあのロープをほどいておかないと。カーマと沖田さん、頼む。あとヒルドは俺に認識阻害かけて」
「はーい」
感想や考察の前にやることはやってもらうのがリーダーの務めである。光己はまず安全確保のための指示をした。
それがちょうど終わった時、再びⅡ世から通信が入った。
《―――来るぞ!》
その直後、信長の船の甲板が下から破れて何か黒いモノが現れる。
そいつは人間に近い形をした巨大な黒い泥の塊のように見えた。今は上半身しか出していないが、その部分だけで3メートルほどもある。
胸の真ん中に赤く光る円柱形のガラスケースのようなものがあって、どう見ても動力か制御装置のようだが……?
あと顔の真ん中にいかにも怪しげな赤い光点がある。眼だろうか?
言葉では表現しにくいが、とてもおどろおどろしい暗闇を感じさせた。
「……何だあれ!?」
あまりの不気味さに光己が思わずそう呟くと、声は届かずとも気配で察したのかその化物が叱りつけてきた。
「この第六天魔王織田信長に向かってあれとは無礼な。
しかしこんな姿ではやむを得ぬか。特別に赦してつかわすゆえ感涙にむせぶがいい」
「は、はあ、ありがとうございます……!?」
すごい上から目線だが赦してくれたみたいなので、光己はとりあえずお礼を言っておいた。
登場して即攻撃というほど気が短くはないようで幸いだったが、まさかこの化物が信長だとは。いったい何が起こったのだろうか?
光己がそれを訊ねると、信長はフンと鼻を鳴らすようなしぐさをした。
「面倒じゃし
何の因果かこの特異点に迷い込んだわしとキンカンは、元の世界に戻るために特異点を作った黒幕を探すことにしたのじゃが、その時にキンカンめが『神霊を材料にして切り札になる強兵を作ろう』と言い出したのじゃ」
キンカンとは明智光秀の綽名である。普通は謀反を起こして自分を殺した者を部下にはしないと思われるが、信長は裏切者を許して登用した例がいくつかあるのでさほどの違和感はなかった。
「黒幕は特異点を作るくらいじゃから相当な術者じゃろうし、強兵は元の世界に戻った後でも役に立つ。そう考えて採用したのじゃが、あやつの狙いは別のことじゃった」
「別のこと?」
「真のわしとやらを作るというか呼び戻すというか。隠し持っておった聖杯と英霊兵やちびノブの霊基、そしてわし自身を使ってな。
……それでできたのがこの泥の塊よ。とんだ失敗作じゃ」
確かにこれは成功作とはとても言えない。しかし光秀は事前に実験してはいないだろうから、失敗してもそれは仕方のないことだった。
「……それで、光秀公は?」
「主をたばかった上にこんな異形に変えおったのじゃ。むろん成敗じゃな」
まあ当然の話である。ただその時信長が小さくため息をついたような気がしたが、まだ人生経験が少ない光己には彼女の心情は分からなかった。
「で、ここからが本題じゃ」
信長が威儀を正してそう言ったので、光己も背筋を伸ばして改めて傾聴する姿勢を取った。
「……本題ですか」
「うむ。今こうして貴様たちと話しているわしの意識じゃが、あと1分と保たずに消える」
「え、消えるって……つまり死ぬってことですか?」
「わしの意識だけな。その後この化物がどう動くかは分からん」
「そ、そうなんですか」
創作ではよくありそうな展開だったが、余命1分以下だというのに取り乱したりせず泰然と話しているのはさすがの胆力であった。
「そういうわけじゃから、この泥人形は殺すなり手駒にするなり放置するなり貴様らの好きにするが良い。いや貴様らがわしの言うことを聞く筋合いなどありはせんがな」
「……」
光己が何と言っていいか分からず黙って彼女の次の言葉を待っていると、信長は限界が近づいてきたのかふうっとけだるげな息をついた。
「……貴様らは敵のようなものとはいえ、内輪のごたごたに巻き込んでしまったのはすまなく思う。それゆえ事情を説明したが、貴様らはわしの最期を看取ることになるわけじゃから、もう一言だけ残しておこう」
「遺言というわけですか」
それは聞き逃すわけにはいかない。光己はぐっと身を乗り出した。
そして信長は―――。
「…………ま、是非もないヨネ!」
それだけ言って、消えた。
「ちょ!? いやあの、せめてもう少し意味のある言葉残してくれてもいいと思うんですが!?」
光己は反射的に抗議してしまっていたが、残念ながら答えはなかった。
いやまあ、あの7文字に信長の人生観が凝縮されているとかそういう見方もあるかもしれないけれど!
「それより先輩、黒い巨人が動き出しました!」
「え!? あ、ああ」
信長の意識が消えたからか、化物がついに行動を始める。
1度何かをこらえるかのようにぐぐっと身を震わせた後、獣のごとく咆哮する。
「NOーーーBUーーーNAーーーGAーーーKOーーーUUUUU!!」
「しゃべった!?」
「信長公、と言ったような」
するとあの化物には成敗されたはずの光秀の霊が取り憑いているのか、それとも彼の思念が焼きついているとかそういうのか?
「……ソウデスカ、ノブナガコウマデワタシヲ。
フフ……フハハハハハハ!」
今度は急に哄笑し始める。何を考えているのかさっぱり分からない。
「いいでしょう! 公までが私の信長公をお認めにならないのならば―――私が本当の信長公となりましょうぞ!!」
そしてだんだん口調がしっかりしてきた代わりに、発言内容が怪しくなってきた。
本当の信長公になるとか意味不明である。
「そうだ……私が、私こそが……信長公を!
最も信長公を理解し、信長公を殺し、信長公をお救いできる!
フハハ……ハハハ……ハーッハハハハハハ!!!! そうだ、私こそが真の信長公……!
衆生済度の神……第六天魔王波旬・織田信長!」
狂ったように笑いながら、光己たちには矛盾と狂気しか見出せないことを叫び続ける光秀。少なくとも手駒にするのは無理そうだ。
巨人の体から黒い泥があふれ、船の甲板に流れ出ていく。
「マスター、あの泥は危険です。触れればサーヴァントでも汚染されますが、だからこそ放置していくわけにはいきません!」
ルーラーアルトリアは泥の正体が何であるのか分かったようだ。
彼女の言うことが正しければ、化物を放置したままこの特異点を修正したら、彼が元いた世界にとんでもない害毒をばらまくことになってしまう。化物の頭の中がまともならまだしも、あの様子では望み薄だ。
「うーん、正直平行世界のことまで責任持ちたくないんだけどなあ」
しかしメンタルパンピーの光己としては、この辺りが正直な気持ちだった。さっきの信長に恩義があるわけでもないし、あの巨人ははっきり言っておぞましいのでかかわりたくない。
マシュたちに危険で不要な戦いをさせたくないという気持ちもある。
「―――なんてことは考えてないですよね、マスター?」
すると何故かカーマが背中を押してきた。物ぐさでダウナーな彼女が何故だろう?
「だってあんな頭イカれた泥人形が第六天魔王、つまり私を名乗ってるんですよ!? それに
普通に考えて神罰案件では?」
「あー」
そういえばそうだった。これは彼女の名誉にかかわる話である。
少なくともその名乗りはやめさせるべきだろう。光己は光秀に大声で呼びかけた。
「ちょっと待ったぁーーーっ!!」
「……む!? 何だおまえたちは」
光秀は光己たちの存在に初めて気づいたような顔をしたが、光秀にとって光己たちが見知らぬ存在なのは事実だ。今回の彼の反応は真っ当である。
「カルデアという組織の現地派遣部隊で、藤宮光己という者です。
初対面なのに不躾ですが、その第六天魔王波旬という名乗りはやめていただけるとありがたいのですが」
「……? カルデアというのは聞いたことがないが、何故そんな指図を受けねばならん」
これも真っ当な返事だったが、光己たちにも真っ当な理由があるのだ。
「それはもちろん、こっちに本物、いや現身ですが第六天魔王がいるからですよ。カーマ、言ってやって」
「はい!」
元気よく頷いてカーマが進み出る。
「初めまして、明智光秀さん。元
人の名前を勝手に名乗るのはやめて下さいね♡」
「ちょ、今何か変なこと言わなかった!?」
彼女が口に出した言葉は順当だったが、とても怪しい含意があったような気がする。光己が念のため確認すると、同じものを察したのか清姫が割り込んできた。
「そうですそうです! そういういかがわしいことはこのわたくしが」
「清姫も何言ってるの!?」
いきなりぐだぐだになってしまったが、堅物の光秀にとってはついていきがたい展開である。目をいからせて侮蔑の言葉を吐いた。
「何を言っているのかまったく理解できんが、おまえたちもあの時私の邪魔をした連中の同類か!?
愚か者どもめ、真の信長公であるこの私にひれ伏すがいい!!!!!」
こうして自称第六天魔王・明智光秀との戦いが始まった。
主人公が邪ンヌに作ってもらっている短刀に付与する機能はどれが良いですか?(鞘とは別枠)
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