沖田オルタが放った黒い光が過ぎ去った後には、人間の姿に戻った光秀だけが残されていた。
ただそれも蜃気楼のように存在感が薄く、もはや消え去る寸前のように見える。
「……そんな馬鹿な、私は、私は何のためにこれまで。
私はただひたすらに信長公のために……汚れた聖杯を呑み……幾年月を重ね……信長公をお救いせんと長き年月を……。
それなのに……私とあやつ……いったい何が……」
本人もそれを悟っているのか戦おうとはせず、白い地面に座り込んでうわ言のように呟いている。
彼のうつろな瞳には何も映っていないみたいで光己にはかける言葉がなかったが、沖田オルタはまた1歩近づいて静かに語りかけた。
「そうか……おまえは許して欲しかったのか」
「……許し?」
光秀がふっと顔を上げる。本当に意外そうな顔をしていた。
「そんなものが欲しかったのか私は? 信長公を殺めたこの私がか……?
ああ……そうか……そうだったのかもな……」
オルタの言葉が正しいのかどうか光己には分からなかったが、光秀は納得したらしくすっきりした表情をしていた。
「―――信長、公……」
そして風に吹かれた塵のように消えていった。
光己はこれで終わったと思ったが、ふと見ればオルタまでが姿が薄れて消えかかっているではないか。
光己は同じような光景を見たことがある。ローマでブーディカがロムルスの宝具を防いだ後消えた時だ。
「沖田ちゃん、まさか!?」
「……ああ、これでお別れだマスター。
私はただこの時のために世界と契約したのだ。
運命を捻じ曲げてまで生きた代わりに、一度きりの抑止の守護者となるために」
「……運命?」
「うん。私はもともと生まれてすぐ病で死んでしまうはずだったのだが、それを姉が世界に祈って治してくれた。その対価として、今こうしてあの巨人を倒したというわけだ」
「そんなことが……」
すぐには信じがたい話だったが、ここで彼女が作り話を語る理由はない。本当に事実なのだろう。
「最初からこういう筋書きだったのだと思う。私の宝具を見たマスターが、それを見本にしてあの技を編み出して、それで光秀の聖杯を吹き飛ばして弱らせた。その後私がとどめを刺す、という。
そう考えるとちょっと嬉しいな。私はこれで消えるが、私が存在した証はマスターが生きている限り残るんだ。
……あ、いや。写真とサインもあったか。あれがマスターの家宝だというなら、藤宮家が続く限りずっとということになるな」
オルタはそう言っておかしそうに微笑んだ。
「マスターたちには本当に世話になったな。何も知らなかった、刀を振るのがちょっと上手なだけの私に良くしてくれて感謝している。
しかし特異点修正が終わるまで付き合うという約束は果たせないな。すまない」
「沖田ちゃん……」
話している間にもだんだん薄れていくオルタの姿は、まさに人が死にゆく直前の儚さを光己に痛いほど感じさせた。
彼女がすでに死と別れを覚悟しているのなら、あまり見苦しい振る舞いは見せたくない。
―――が、簡単に諦めたくないという気持ちはそれ以上に強かった。
「でも用が済んだらその瞬間にさよならってのは人情なさすぎだろ。何か方法はないのか? もう少しだけでもここに残れる方法」
「そんなにも私を惜しんでくれるのか……。
もちろん私だってもっと世界を見たい! もっと生きたい!
―――でももうだめなんだ。私が世界に借り受けた生はここまでだから」
「…………」
オルタが諦めているのか納得しているのかは分からないが、どちらにせよ彼女に手立てはないようだ。
しかし光己は彼女の言葉からアイデアが閃いていた。
「借り受けた生はここまで、か。じゃあ俺が追加で払うよ。
令呪を以て命じる。沖田ちゃん、霊基を修復しろ!」
「!!」
光己の右手の甲に浮かんでいる紋様から膨大な魔力がオルタの体に流れ込み、当人の意向を無視して彼が命じた通りの現象を引き起こす。まるで時間が巻き戻されたかのようにオルタの姿と存在感が濃くなっていくが、しかし万全には至らず半ばで止まってしまった。
「……ッ! 足りないのか!?」
「そうみたいだ。もう一画あれば足りたかもしれないが……」
「く……!」
せっかく方法が見つかったと思ったのに何てことだ。ああ、これが明日だったなら……!
しかし光己にはまだ手札があった。鱗が薄い胸の辺りを、左手の爪でためらいもなく切り裂く。
赤い鮮血が噴き出し、オルタの全身に滝のように降りかかった。
「マ、マスター、これは……!?」
さすがに当惑しているオルタに、光己はふんすと息を荒げて説明した。
「ドラゴンの血だよ。俺の血はちゃんぽんだから、飲んだらどうなるか分からないけど、今ここで消えるよりはマシだろ。
さあ、両手ですくって美味しそうにごっくんするんだ!」
「……何だかえっちな言い方に聞こえるが、マスターがそうしろと言うなら従おう」
オルタが光己の言う通り、手のひらで彼の血をすくって口元に運ぶ。まずは舌を伸ばして味を確かめた後、あまり美味しいものでもなかったが覚悟を決めて飲み込んだ。
「これは……すごい魔力!? 力が身体に染み渡っていくような」
「効果アリか! よし、それじゃお腹がパンパンになるまでヤろう」
「だから何でえっちっぽい言い方をするんだ……?」
オルタは頬を赤らめて困った顔をしたが、彼は文字通り血を流してまでして助けようとしてくれているのに強くは言えない。おとなしく頷いた。
一口飲むたびに、消えかけていた霊基がどんどん修復されていく。単に強い魔力が含まれているというだけではなく、彼がちゃんぽんと言っただけあって未知の作用があるようだ。
そこでふと光己の顔を見上げてみると、竜の姿だから表情の仔細は読み取れないが何となく興奮しているように思えるのは気のせいだろうか?
(もしかして痛みを紛らわせるためにふざけて騒いでいるのか? 確かマスターは魔術師でも武士でもないはずだからな)
戦闘や苦痛に慣れていない一般人が、血が大量に噴き出すほどの深い傷の痛みを黙って耐えるのはつらいことだろう。泣きわめく代わりにえっちな放言をしているのだと考えれば頷ける。
(そこまでして私を助けてくれるのか……昨日会ったばかりで、仮に今助かっても特異点修正が終わったらお別れなのに)
オルタは目頭が熱くなってきて、何故か目の前の光景がにじんで見えて困ったが、込み入った話をするのは体をちゃんと治してからだ。
なのでとにかく彼の血をがぶ飲みしていると、やがて霊基が安定してきて峠を越えたのが分かった。
ついっと顔を上げて、その旨を彼に報告する。
「マスター、心配をかけたな。もう大丈夫だ、私はこのまま現界していられる」
「マジか!! やったな。やっぱり世の中こういうハッピーエンドでないとな」
「うん、ありがとう。すべてマスターのおかげだ。
本当に……ありがとう」
光己は自分の生存報告を我が事のように喜んでくれて、しかも恩に着せる様子がまるでない。
彼に会えて良かった、とオルタは改めて思った。
「どういたしまして、とにかくよかった。
ところでそろそろ帰りたいんだが。ぶっちゃけ俺は自分のケガは治せないからな」
「む、それはいけないな。急ごう」
オルタがもう1度刀を振ると、無色透明の空間に裂け目が入った。その内側から、今度は青い海や空の光景が広がっていく。
光己が気がついた時には、元通りルーラーアルトリアの船のそばの海上にいた。沖田オルタも戻っていたが、当然ながら光秀の姿はない。
「―――明智さんの姿が消えた!? って、沖田オルタさん血まみれですけど大丈夫ですか!?」
「マスター、その胸の傷はいったい!?」
マシュたちの反応を見るに、光己たちが「無穹の空」にいた間、こちらでは時間が経っていなかったようだ。光己はとりあえず玉藻の前を呼んで、傷の治療を依頼した。
「はい、ただその前に人間の姿に戻っていただけると助かるのですが」
するとそんなことを言われたが、敵が残っているなら竜モード解除はまだ早い。目を閉じて魔力感知を行う。
「んー、もう誰も残ってないみたいだな。ならいいか」
信長は復活できなかったようだ。まあ戦国時代で会った彼女と違って仲良くするのは難しそうだったし、遺言通り是非もないということにしておいた。
人間の姿に戻った後パンツとズボンだけ穿いて、玉藻の前に胸の傷を治してもらう。
それが済んだ時には、沖田オルタも海に飛び込んで海水で血を洗い流して戻ってきていた。いや船上に戻ったのは沖田ノーマルに抱えてもらってだが。
「それで、いったい何があったのですか?」
一同を代表してマシュが光己と沖田オルタに訊ねる。
2人はちょっと顔を見合わせたが、光己が語ることでもないのでオルタに任せることにした。
「そうだな、では私から話そう。
ついさっきまで忘れていたが、実は私は『抑止の守護者』という存在で、明智光秀というかあの化物を討つために派遣されてきた者なんだ。
だから『無穹の空』に連れて行って倒してきたけれど、それで私は魔力を使い切って消えることになってしまった。いや最初からそういうさだめだったんだ。
しかし完全に消える前に、マスターが令呪と血を使って私の霊基を補強してくれたんだ」
「抑止の守護者、ですか」
マシュもこの言葉は聞いたことがある。何でも人類を滅亡させるような害悪が現れた時に、これを排除するために「霊長の抑止力」、あるいは「人類の無意識の集合体」といわれるものが遣わしてくる者だとか。
この定義だと、魔神柱絡みの特異点では毎回出て来てもよさそうなものだが、冬木やフランスやローマではその必要がなかったか、来ていたが会わなかったか、あるいはさっきまでの沖田オルタのように当人がそれと認識していなかったか、その辺りだと思われる。
―――特異点では抑止力は働かないという説もあるが、そんなことはなかった!
「それはともかく、先輩も沖田オルタさんも無事でよかったです!
あ、そうだ。敵が残っているかどうか確認しませんと」
マシュがそう言いながら通信機でカルデア本部に連絡を取り、生体反応調査を依頼する。
すると信長の船には生き残った者はもうおらず、聖杯もないことが明らかになった。
《聖杯が消滅したのは残念だが、致し方あるまい。
あとは信長の船に何か残ってないか調べてみてくれ》
あんな化物を作り出したくらいだから、この世界にはない特異なテクノロジーがあるかもしれない。その断片でも入手できれば何かの役に立つのではないかという趣旨である。
「はい、了解しました」
そんなわけで、甲板の上の熱が冷めてから信長の船に乗り込む光己たち。
船室を調べてみると、1番広い部屋にSFでよくある大きなガラス製の培養槽があった。おそらくあの化物はここで作られたのだろう。
接続されている機械類も込みで、完全に破壊されていて修理は無理そうだったが、せっかくなので写真を撮って、重要っぽいパーツだけでも持って帰ることにする。
それ以外は、使えそうなものや危険なものは特になかったので、放置でいいだろう。
「あとはランサーオルタの説得だな。よし、俺のあふれる愛で口説き落してみせよう」
「愛じゃなくて性欲ですよね。やめておいた方がいいと思いますよ?」
光己は疲れているにもかかわらず意欲十分だったが、カーマが速攻で冷や水をかける。
思春期少年はフォローを求めて周りを見渡したが、彼の希望に沿おうとする者はいなかった……。
「解せぬ」
「……マスター、本当にそう思ってるんですか?」
「…………」
今度は玉藻の前にも冷ための声で突っ込まれて、光己は完全に沈黙した。
マスター以外の説得役としては、同じアルトリアであるルーラーとメイドオルタ、あと着替えの担当者であるヒルドと嘘を見破れる清姫が順当だろう。ということで、ルーラーとヒルドと清姫がランサーオルタを寝かせている部屋に赴く。
―――ランサーオルタはえっちなランジェリーを着させられてヤケになっていたからか、「契約の箱」は壊すべし神霊も退去させるべしという強硬派だったが、普通の服に着替えられると聞くと態度を軟化させて、「箱」に続く道をすでに埋めていることと、カルデア側のサーヴァントが16騎もいることで、方針を変えて仲間になってくれた。
「そちらには『アルトリア』も『オルタ』も複数いるそうだから、呼び方はランサーオルタで構わない。よろしく頼む」
「こちらこそよろしく頼む。ランサーオルタ色っぽいヤッター!
ところで何でバスタオル巻いてるの?」
「あんな服のままで人前に出られるわけないだろう!」
「つまり俺と2人きりの時は着てくれるってことでFA?」
「先輩はそろそろ黙って下さいね!」
光己が戦闘の興奮がまだ抜けないのか、ランサーオルタのえちえちさにやられたのか、またあほなことを言い出したので、マシュが締め上げてどこかに連行していった。
「……ええと。マスターは時々あのような思春期脳になりますが、普段は私たちにとてもよくして下さる方ですので……」
ルーラーが弁護を試みたが、口調が多少乾いていたのは仕方ないことだろう……。
「いや、気にするな。海賊どもよりははるかに上品だし、最後のマスター、だったか? その重任で潰れてしまうよりはずっとマシだ。
それにもうすぐこの人目を引くランジェリーともお別れだからな」
しかし、幸いランサーオルタは普通の服をもらえるということで寛大になっていて、彼女とのファーストコンタクトはひとまず無事に終えられたのだった。
ノッブが復帰するプロットも考えてはみたのですが、狂のままじゃ何ですし、といって弓や讐だと宝具の性質的に考えて黒髭組が涙目どころじゃないので没になりましたo(_ _o)
あと本文中で「特異点では抑止力は働かないという説」について触れてますが、原作で沖田オルタや龍馬が現界できたのですからこの説は間違いということにしてあります。
主人公が邪ンヌに作ってもらっている短刀に付与する機能はどれが良いですか?(鞘とは別枠)
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ガンド
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氷作成
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魔術解除
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お姉ちゃん