それから2日後、ついにジャンヌオルタ謹製の刀が出来上がった。
片刃で反りがない刃長20センチほどの短刀で、
また刀身には「硬化」、柄には「召喚獣」、鞘には「癒し」と「蘇生」のルーンが外からは見えないように刻まれている。
「どうかしら? 我ながらいい出来栄えだと思うんだけど」
「おおぉ、確かにこれは風格を感じまくる……!」
刀が鞘に収まっている段階で、早くも光己は並々ならぬ存在感を刀から感じていた。
「抜いてみていい?」
「ええ、どうぞ」
許可を得た光己がそろそろと刀を鞘から抜いてみると、その名の通りオーロラのように冷たく神秘的な青い光を放つ鋭い刃が現れた。今回は普通に日本刀らしい波打つ刃文が浮かんでいる。
素人でも一目で名刀と分かる美しさだ。
「うぉぉ……すごいな。見てると吸い込まれそうだ。
これが俺の物になるのか……ありがとなジャンヌオルタ。あ、もちろんオルトリンデも」
「どう致しまして。喜んでもらえれば作った甲斐があったわ」
「はい」
光己が心底感嘆しながら礼を言うと、2人も満足げに笑みを浮かべた。
「それで、銘は何ていうの?」
「ええ、『
白夜とは北極圏と南極圏だけで見られる、夜になっても太陽が沈まない現象である。語感は悪くないが、どういう意味があるのだろうか?
「人理が焼却されてる今は、いってみれば真っ暗闇の夜のようなものよね。でもアンタという太陽は沈まずに輝いていて、いつか昼の明かりを取り戻す……ってカンジよ。
マスターが普通の人間だったらさすがに持ち上げ過ぎだけど、太陽属性のドラゴンならいいわよね」
「なるほど、太陽属性を人理にとっての太陽になぞらえたってわけか。センスを感じるな」
「そうでしょう!? 結構悩んだのよ」
光己とジャンヌオルタは気が合ったらしくハイタッチなどかましているが、傍らのマシュやオルトリンデは何とも言いようのない表情で固まっていた……。
なおジャンヌオルタ自身の愛刀は厨二めいて長たらしい名前なのだが、源頼光や義経のものは短い名前らしいので今回はそちらに合わせたという裏話もある。
「じゃ、次は祝福もらうのかな?」
「はい、愛の神によるとてもありがたい祝福ですよー。感謝感激して下さいね」
カーマは恩着せがましい言い方の上に口調も気だるげだったが、1番早く返事した辺りに本心が現れていた。
当初は彼女と玉藻の前とジャンヌにお願いしていたが、今日までにアルテミスともそれなりに親しくなったので彼女も参加してくれている。
なので本格的に祭壇をしつらえ、3柱と1人がその周りの東西南北から授けるという大がかりな儀式が執り行われる運びになっていた。
「――――――――――――」
その儀式を光己とマシュたちも少し離れて見学していたが、普段の彼女たちとは違う厳粛な雰囲気が肌で感じるほどに漂っている。
やがて祝福が終わり、また一段と風格を増した感がある「白夜」をカーマが捧げ持つようにして光己の前に進んできた。
光己もていねいに押し頂いて、儀式は滞りなく終了となる。
「ふううー。見てただけなのに緊張して疲れた」
「疲れたのは私の方ですよ。さあ、言葉じゃなくて目に見えるお礼をハリーハリーハリー」
「大丈夫だって、ちゃんと用意してあるから」
終わった後で製作関係者一同に光己が手作りスイーツをごちそうしたが、その時には先ほどの厳粛さはどこにも残っていなかった……。
おやつタイムには実は祝福が刀になじむまでの時間つぶしという面もあって、それが済んだら最後の工程、「担い手」と魔力パスをつないで召喚獣の形成となる。
ヒルドとオルトリンデがパス接続を完了すると、光己は刀を鞘から抜いて顔の前で静かに構えた。
「…………」
サーヴァントとのパスとは違うが、確かに自分とつながっているのを感じる。
やがて心気充実してきたところで、刀を天にかざして何か怪しげなポーズを決めながら強く叫んだ。
「出でよ、我が召喚獣!!」
すると刀の上に青白い稲妻のような光の束が走り、円柱状に固まった。カルデア本部でサーヴァントを召喚する時の光景にどこか似ている。
それがパチッとはじけた後には、人間の女性らしき人影が残っていた。
空中でくるっと一回転してきれいに着地したその美女の正体は―――。
「エンジョイ&エキサイティング! お仕事頑張ってる弟君のために、お姉ちゃんがさっそうとヘルプに来ましたよ!」
「「ぶふーーーーっ!!!」」
なんということでしょう、現れた召喚獣は見た目も言動もジャンヌにそっくりでした!
ジャンヌオルタはジャンヌにつかみかかり、清姫やカーマやヒロインXXたちが光己を囲んで怨めしげなまなざしを向ける。
「こっ、この自称姉! 私が一生懸命作った刀に何か仕込んだわね」
ジャンヌオルタがこう思うのは当然だったが、これはジャンヌにとって濡れ衣だった。
「い、いえ、誤解です! 私は普通に祝福を授けただけで、怪しいことは何もしてませんよ。
そうですよね、アルテミスさんに玉藻さん」
ジャンヌが儀式を一緒にやった女神に証言を求めると、月女神はよく分かってない風に首をかしげただけだったが、太陽神の分け御霊は巫女を名乗るだけあってこういう事には鋭敏な感覚を持っていた。
「そうですね、ジャンヌさんは真面目にやってたと思いますよ。少なくとも私は邪念を感じませんでしたから」
「むう」
ジャンヌが無実だとすると、光己の方がよほど彼女に入れ込んでいるということになるが。何かもう当たり前のようにお姉ちゃんと呼んでいるし。
「やっぱりアンタがマスターを弟にしたせいじゃないの!」
「なるほど、姉弟愛が起こした奇跡というわけですね!」
「コイツいいことしたと思ってる!」
やはり人類姉は精神のありようが常人とは異なっていた……。
「そ、そういうことなら私だって! マスターくん、この五円玉をじっと見つめて下さい」
「私もやりますよ! 今こそ愛の矢を全力で撃つ時です」
「ますたぁ、もう1度私の血のお風呂に入りませんか?」
「な、なにをする、きさまらー!」
ジャンヌたちのやり取りを聞いたXXたちが別の方向に騒ぎ始めたが、すると人類姉はいかにも名案が浮かんだような顔をしてぽんと手を打った。
「それなら希望者みんなの召喚獣をつくればいいんです! そうすればみんな私の妹ということになりますしね」
「なるかぁぁぁ!!」
「というか召喚獣を2体も3体も……できなくはありませんが、その分1体1体が弱くなって居る意味がなくなりますから……」
邪ンヌが咆哮すると、オルトリンデがちょっと済まなさそうな口ぶりで補足してきた。そんな美味い話はないということだろう。
するとジャンヌは唇に指を当てて思案顔しながら、値踏みするような目でじーっと召喚獣を見つめた。
「おや、何か?」
「……ええ。見れば見るほど私にそっくりですが、やはりパワーは足りないかなと」
「弟君の潜在意識そのものから出来たわけじゃありませんからねー」
無敵の姉力にも限界というものはあるようだ。
しかし本来できたはずのものより非力だと聞いて、ジャンヌはある決意を固めた。胸元で両手を組んで静かに目を閉じる。
「―――弟君、この霊基を委ねます」
「!! ア、アンタまさか!?」
ジャンヌの小さな呟きをジャンヌオルタはしっかり聞き咎めて止めようとしたが1歩遅く。ジャンヌの体は橙色の炎の塊になっていた。
「「
召喚獣の方は思考回路が全く同じのようで、止めるどころかモデルと同じテンポで掛け声のようなことを口にしていた。すると炎の塊が召喚獣の中に溶け込み、ひときわ強烈な光を放つ。
「!?」
あまりの眩しさに光己たちもジャンヌオルタも目を閉じ腕で顔をかばったが、光が消えた後にはジャンヌは1人しかいなかった。
「な、何が……!?」
光己が恐る恐る残ったジャンヌに訊ねると、当人より先にオルタが思い切り苦々しげな顔と口調で教えてくれた。
「サーヴァントのコイツが召喚獣のコイツに融合したのよ。
もともとコイツは『
ほら、召喚獣の方はパワーアップしてるでしょ?」
そう言われて光己やマシュたちが召喚獣を改めて観察してみると、確かに先ほどまでとは明らかに違う貫禄が感じられた。本当に融合したというのだろうか?
「ええ、まったくお人好しというか前のめり過ぎというか。おかげで毒気が抜けちゃったわ」
ジャンヌオルタははーっとわざとらしくため息をつきながらそう言うと、「じゃ、疲れたから休むわ」と言い足してどこかへ歩き去って行った。サーヴァントは魔力さえあれば身体的な疲労というものはないので、単に居づらさを感じたのだろう。
すると召喚獣はちょっと困ったような顔をしたが、追いかけるほど空気読めない子というわけではなく気を取り直して光己たちの方に向き直った。
「―――さて、そういうわけで改めて自己紹介です。
ジャンヌ・ダルク、
「うーん、それじゃやっぱり本当に融合したのか……」
光己も当然思うところはあったが、本人が自分の意志でやったことで、しかもそれを後悔してるといった様子はなさそうなので触れるのは避けた。
「はい! これでこの特異点が修正された後も、弟君のお仕事を手伝えるようになりましたから、よろしくお願いしますね」
「ああ、そういうことになるのか」
サーヴァントではないのなら、特異点が修正されても英霊の座に退去とはならない。光己(の短刀)と一緒にカルデアに帰ることになるわけだ。
光己としては「自分の潜在意識から形成された召喚獣」に興味はあったが、こうなっては仕方がない。むしろお姉ちゃんとずっと一緒にいられると考えれば大変結構な結末ともいえる。
……ジャンヌは姉でも何でもないのだが、そこには疑問をまったく抱いていないようだ。
「分かった、こちらこそよろしく」
光己が笑顔をつくってジャンヌと握手すると、カーマたちも自爆宝具の応用で召喚獣を強化したという献身ぶりには文句を言えないようでおとなしくなった。
―――これでお守り刀関係のイベントは全部終わったので、光己は聖杯に願って鍛冶場を消去した。次はこの島にいる間にそれなりに親しくなったアルテミスとオリオンとアタランテ、そしてランサーオルタの写真とサインを手に入れる。
「よし、これでこの特異点でやることは全部やったかな。もう1回くらい水遊びしたかったけど」
「いえ先輩、むしろ仕事はこれからかと……」
光己はお宝をゲットしてすっかり有頂天のようで頭の中がいろいろとお花畑だったが、真面目なマシュはちゃんと考えていた。
そういうわけで、改めて作戦会議を始めるカルデア一同。
「やっぱり『契約の箱』がネックなんだよな。あれを残したまま全員出航ってわけにはいかないし、といって壊したらどこまで被害が広がるかはっきりしてないから、迂闊にさわれない」
「カルデア所属ではない者だけ残るという手もあるが、賭博性は否めないな」
光己がまず叩き台を提出すると、アタランテがそんなことを言った。
カルデア所属のサーヴァントは10騎(とジャンヌ)、現地組は6騎である。カルデア勢が去った後にアルゴノーツが来た場合、現地組が勝てるかどうか不安があった。
そのくらいヘラクレスは脅威なのだ。メディアが後ろで援護するというのも大きい。
「しかしずっと待機というわけにもいくまい」
ランサーオルタはやはり消極策は好みではないようだ。
まあこの島に1週間いて誰も来なかったのだから、これ以上待っても時間の無駄というのは頷ける。
アルゴノーツ所属のメディアは優秀な魔術師だというから1週間前の戦闘の気配を感じていたかもしれないが、だからこそ近寄って来ないということも考えられるし。
「うーん、悩ましいな」
「それじゃマスター、私とルーラーさんで偵察に行ってきましょうか」
これは沖田の案である。彼女は非常に速く飛べるので、ルーラーの探知スキルと合わせれば、攻撃を受ける恐れなく遠くまで偵察できるという意味だ。
「……うん、それじゃお願いするかな。でも2人とも、くれぐれも気をつけて慎重にね。
そうだ、念のためXXもついていってくれる?」
「はい、では行ってきます!」
「マスターくんはいつもながら私たちを気づかってくれて嬉しいですね!」
沖田とXXは心配してもらえてテンション上がったのか元気良くそう答えると、ルーラーアルトリアを伴って矢のような速さで飛んでいった。あれなら相当な広範囲を見て回れるだろう。
やがて3人は無事に帰ってきて報告をしてくれた。
「ここから東北東に100キロほど行ったところに、サーヴァントが3騎乗った船を発見しました。速さはルーラーさんの船には及びませんが、こちらに向かっているようです。
接触はせずに戻りましたが、どうしますか?」
「こっちに来るなら話は早いな。全員で迎え撃とう。
いや敵と決まったわけじゃないけど」
発見した船がルーラーの船より遅いなら、海上で対面あるいは戦闘しても出し抜かれて島に上陸される恐れはない。むしろその船が島や「契約の箱」のことを知らなかった場合にバレずに済むというものだ。
「はい、ではさっそく」
こうして光己たちは新たな出会い、あるいは戦いに向けて出航したのだった。
そういえばエドモンってジャンヌが嫌いですが、監獄島にお姉ちゃん連れて行ったらどうなるんだろう。
まあ仮にエドモンが仲間になってくれなかったとしても、その時はお姉ちゃんに代役してもらえば問題はないのですが(ぇ