その3日後、諸々の準備が整って、ついにカルデアは7つの特異点を修正して人類を救うための第1歩、第1特異点たる1431年のフランスへのレイシフトを実行することとなった。
目的は歴史が狂わされた原因を発見し排除、そして原因の大元であると思われる「聖杯」を破壊ないしは持ち帰ることである。
「そのあたりはこの3日間でしつこいくらいやったから、今さら詳しく話すことはないわよね」
管制室の真ん中に並んだ光己たち現地班の前で、オルガマリーが出発前の訓辞を述べる。これも様式美というか、精神安定に必要な儀式というやつである。
「それでも1番大切なのは、たとえ失敗しても生きて帰ってくることよ。
まだ1年4ヶ月あるんだから、命さえあればまた挑戦できるんだから」
この人命最優先、言い換えれば部下への配慮あふれる姿勢に同席していた古株職員たちはちょっと驚いて、中には顔に出してしまった者もいたが、幸いオルガマリーは彼らの前に立っているのでそれは見られずにすんだ。
「現地に着いたら、まずは冬木の時と同じように霊脈地を探しなさい。そうすればこの前話したように補給物資を送れるようになるから。
……私からは以上です。何か質問はあるかしら?」
手を挙げる者はいなかったので、儀式は終了していよいよレイシフトが行われることになる。
「それでは現地班はコフィンに入りなさい。レイシフト担当班は席について」
「はい!」
こうして、光己たちカルデア現地班は600年前のフランスの地に飛んだのだった。
光己たちがはっと気がついた時、そこは特に何の変哲もない平原だった。
幸い天気は良く、気温も日本の夏よりはだいぶ低いが寒いというほどではなく、行動に支障はなさそうだ。うららかな日差しはとても暖かく、ここが人類滅亡の原因の1つになっているとはとても思えないのどかさである。
いや上空には露骨に怪しい巨大な光の輪があるのだが、それは光己たちの手に負えるものではないので、とりあえずロマニ達カルデア残留班が解析することになった。
「それじゃ作戦開始だな。ええと、まずは霊脈地を探すんだったっけ。それとここがどこなのか調べなきゃならんか……」
何しろこの特異点は「冬木よりはるかにひどい時空の乱れ」というだけあって広さが違い、ほぼフランス全土に渡っている。なので、本格的に動く前に地図に載っている程度の大きさの街を見つけて現在地を確認する必要があるのだった。
「ヒルドとオルトリンデは空飛べるんだっけ? 出発の前に周りを見て来てくれるかな」
せっかく上空から偵察できる者がいるのだから、あてもなく歩くより目星をつけてからの方がいいだろう。ごく順当な話なのでワルキューレ2人も承知して、北と南に手分けして飛び立って行った。
待つことしばし、2人は妙に慌てた様子で戻って来た。
「大変だよマスター! ここから3キロほど西に行ったところにある砦をワイバーンの群れが襲ってる」
「ワイバーン!?」
ワイバーンというのはゲームによく出て来る架空の生物で、ドラゴンの亜種で足が2本しかない代わりに皮膜の翼があって空を飛べる。各種ブレスは吐けないが、強靭な肉体と硬い鱗を持つので侮れない敵だ。
―――というのが光己の知識なのだが、それが15世紀のフランスに実在したというのか?
「いや居たわけないよな。てことは早くも異変に出くわしたってわけか」
「先輩、どうしますか?」
マシュが気ぜわしく訊ねてくるが、そんなことは決まっている。
「助けに行くぞ!」
人道的な見地からはもちろん、砦の住人を助ければ何らかの情報は得られるだろうし、あわよくばお金や食料や今夜の宿もくれるかも知れない。見捨てる理由はなかった。
「はい! それじゃ先輩、失礼しますね」
急ぐ時は光己の足に合わせていられない。マシュは彼をお姫様抱っこして駆け出した。
この辺りは3日間の準備期間中に相談して決めたことである。光己はちょっと恥ずかしかったが、まあ仕方がない。
途中でフランス軍の斥候らしき兵士数人を見かけたが、今はスルーである。マシュたちの足の速さに驚いているのが分かったが、追ってくる気はないようだ。
砦はまるで大きな戦闘の直後のように損壊が激しく、まして空から来るモンスター相手では防御の役には立たなさそうに見えた。20頭ほどに見える翼竜に向かって兵士たちは怯えつつも弓を射るが、ほとんど効いていなかった。
あっさり地上まで乗り込まれ、やむを得ず剣や槍で格闘を始める。ワイバーンは体長が6~7メートルほどもある巨体だが、空を飛ぶ生物の常として見かけより軽いので、一般の兵士たちでも体重をかけて思い切り突けば鱗を破れるかも知れない。
もしくは大砲があれば確実にダメージを与えられるのだが、空中を飛び回る敵には当てにくいからか今は使っていなかった。
「マスター、どう戦いますか?」
砦の真ん前でいったん足を止めたオルトリンデが光己に訊ねてくる。はっきり言って光己は彼女より戦闘経験は少ないのだが、マスターの責務として知恵を絞った。
「そうだな。アレがどのくらい強いかわからんから、まずは慎重にいこう。
ヒルドとオルトリンデでコンビ組んで、2人がかりで1頭ずつ倒してくれ。段蔵は2人の援護頼む。マシュは俺の護衛ってことで」
「はい!」
どうやらサーヴァントたちにとって異議を唱える必要はない程度にはまっとうな作戦だったらしく、まずワルキューレ2人が再び宙に舞い上がる。
光己が何気なくそれを見上げると、スカートのスリットが深く広いおかげで2人のすらっと伸びた美味しそうな脚の内股がチラチラ見えた。
しかし残念ながらパンツまでは見えない。
(むう、惜しい! いやそもそもあのスリットで見えないってことは穿いてないという可能性も……!? ならなおさら見たい! でもあんまり凝視するとマシュにバレるか)
このたびも色ボケしている光己だが、これには理由がある。
今回は冬木と違って生きた人間が戦いに参加しているため、彼らが怪物に食い殺される光景を直視するという精神的なショックが大きそうな事態が起きることを本能的に予見して、無意識に気をそらそうとしていたのだ。
しかしモラトリアムは長くは続かない。マシュと段蔵は城門を叩き破るのは気が引けたので、サーヴァントのジャンプ力で光己をかかえたまま城壁の上の通路に飛び乗る。
「……うぷっ」
そして砦内の光景を見た光己は、予想した通り吐きそうになって口元に手を当てた。
兵士たちは100人ほどはいようか。しかし指揮官がいないらしく統率が取れていなくて、個々に戦ってはワイバーンの尻尾にはたき倒され爪で掴まれ、そして恐るべき顎に咬みつかれては食い殺されていた。血と肉片が飛び散り、生々しい咀嚼音と兵士たちの怒号が響く。
そのむごたらしい地獄絵図に、光己は一瞬脚の力が抜けてうずくまりそうになったが、ぐっと己を叱咤して立ち上がった。
(マシュが気張ってるのに、俺だけ萎えてるわけにはいかんからな……!)
他のカルデア職員やサーヴァントたちはともかく、マシュの修羅場経験値は光己と同じかそれ以下だろう。なら彼女より先にへたれるわけにはいかない。
「先輩、大丈夫ですか……!?」
「ああ、もちろん。マシュの方こそ無理しないように……とは言えないから、とりあえず戦いが終わるまでがんばってくれ」
「はい……!」
まして彼女の方から気遣われては尚更なのだ。
そこにカルデアから通信が入り、空中にスクリーンが投影されロマニの顔が映った。
「大変だ! そっちにサーヴァントが2騎かなりの速さで近づきつつある、というかもうすぐそばまで来てるよ。敵か味方かはわからないけど気をつけて!」
光己たちが特異点にいる間はカルデアで常に存在証明をしていなければならないので、職員たちは交代で管制室に詰めて、周囲の警戒や相談の受け付け等も兼ねて彼らとその近辺をチェックしている。今はたまたまロマニの番だったというわけだ。
戦闘中なので邪魔にならないようロマニがすぐ通信を終えると、光己たちはきょろきょろと周囲を見回した。
「あれは……!?」
見れば鷲の前半身と馬の後半身が合体したような、見たこともない動物がかなりの速さでこちらに飛んで来ているではないか。サーヴァントはおそらくアレの背中に乗っているのだろう。
あのキメラめいた動物はヒポグリフといって、雄のグリフォンと雌の馬の間に生まれる非常に珍しい幻獣なのだが、今現在の光己たちには関係ない。大事なのは、乗っているだろう2騎が敵か味方か中立かだけだ。
「ヒルド、オルトリンデ、いったん戻って!」
2人は危なげなくワイバーンたちを槍で次々と撃墜しているが、もし接近中の2騎が敵なら危険だ。ここはマスターと段蔵の援護が確実に届く距離にとどまるべきという趣旨である。兵士たちには申し訳ないが、苦渋の決断だった。
しかし幸い、謎の2騎はサイズの差もあってか光己たちなど文字通り眼中になかったようで、迷わずワイバーンたちを攻撃し始めた。しかもすでに戦った経験があるようで、ただ闇雲に攻撃するのではなく、ワイドなビームを彼らの長い首にぶつけてへし折るという特定の戦術を使っている。
「おお、味方なのか!?」
少なくとも、この異変を起こした何者かの一味ではないことは確かだ。こちらがワイバーンと戦う姿勢を見せれば攻撃はされないだろう。
「2人とも、戦闘再開! ただしあの2騎にはあまり近づかないように」
それでも光己の指示は実に慎重だった。ヒルドとオルトリンデは仮にも戦乙女である自分たちへの評価が低いのではないかと思わないでもなかったが、自分たちの安全に配慮してのことなので不満は言わなかった。
「はーい!」
「了解」
ただ謎の2騎がどんな人物かは先に見ておきたかったので、さりげなくヒポグリフの横に回って背中に乗っている2騎の様子を窺う。
前席にいるのは中世的というかファンタジーっぽい軽装の金属鎧を着た、15~16歳くらいの少年か少女か判断がつかない中性的な人物だった。彼(彼女?)がヒポグリフを操っているようだが、残念ながら見覚えはなく真名の推測もできなかった。
しかし後席の17~18歳くらいの少女は、驚くべきことにほんの数日前に会ったばかりの知人であった。少しだけ近づいて大声で呼びかける。
「ブラダマンテ!」
「え!? まさかヒルド!?」
しかも喜ばしいことに、先方もヒルドのことを覚えていた。一般的にはサーヴァントは他の所で現界した時の記憶を持っているケースは少ないのだが、ブラダマンテは魔術師嫌いで普通の聖杯戦争に参加することはほぼ無いからか、それとも今は人理が焼却されている異常事態だからか、冬木でのことをしっかり覚えてくれていた。
「じゃあもしかして他の皆さんも来てるんですか?」
「うん! オルガマリーとリリィはいないけどマスターは来てるよ」
「そうなんですか。じゃあとりあえず、ワイバーンたちを倒してからお話しましょう!」
「うん!」
ヒルドとブラダマンテはすぐ合意に達したが、前席の少年(少女?)はヒルドのことを知らないので説明を求めた。
「ブラダマンテ、知ってる人なの?」
「うん、他の所で一緒に戦ったことがあるの。みんないい人だったよ。マスターも頭良くて頼りになったし」
「へえ、キミがそう言うなら仲良くできそうかな。ボクは理性が蒸発してるし、キミはロジェロのことになるとIQ下がるから、頭いい人は嬉しいよね」
「誰のIQが下がるって!?」
少年(少女?)は軽口を叩きつつも、光己たちと交渉を持つことには賛成のようだ。
こうなればサーヴァント4人で連携を取れるので、ワイバーン20頭など問題にならない。あっさり全滅させた。
一応動く者がいないことを目視確認してから、光己たちの所に戻って来る。
「マスター、終わったよ! それにそれに! なんとブラダマンテがいたんだよ!」
「マジで!?」
信じがたいほど喜ばしい報せだ。光己のその感動を実現すべく、レオタード姿の少女がヒポグリフの背中から飛び降りて、彼の目の前に降り立つ。
「はい! 久しぶりなのか最近なのかはわかりませんけど、また会えて嬉しいですマスター!」
「おお、本当にブラダマンテじゃないか!」
まさかフランスに来て1時間も経たぬうちにスタイル&サービス抜群の美少女、もとい頼りになる聖騎士と再会できるとは!
両手をぐっと握り合って喜びを分かち合う2人。光己は現金にも、先ほどまでの沈鬱ぶりから一転してすっかりハイテンションになっていた。
「それで隣の人は?」
「あ、はい。アーちゃん……アストルフォっていいまして、十二勇士の同僚なんです。女の子みたいに見えますけど、れっきとした男ですから気をつけてくださいね」
「マジで? ってことはあれか、フランスのピンチにかつての聖騎士が2人も駆けつけたってことなんだな。うーん、これは希望が出てきたな」
そういうことならこの先の特異点でも現地で味方が現れるだろう。実に心強い話だ。
「そうですね! 私もアーちゃんも冬木の時みたいに気がついたらここにいたって感じで、普通の聖杯戦争で魔術師に召喚されたのとは違いますから。
それで、マスターたちはやっぱり特異点修正のために来たんですか? もしそうなら、私たちにはマスター……召喚主がいませんからまたご一緒できますけど」
「おお、それそれ。実際冬木の時の続きだから、2人が来てくれたらすごく嬉しい。
それじゃさっそく詳しい話……いやその前に、兵士さんたちと話しといた方がいいか」
光己たちは城壁の上の通路にいるのだが、その下には無事だった兵士たちがもう何十人も集まってきているのだ。今内輪で長話するのは良くないだろう。
というわけで光己たちはとりあえずお互いに簡単な自己紹介だけしながら、通路に付けられた階段を下りて兵士たちのもとに向かうのだった。
予告通りブラちゃんさっそく再登場であります。せっかくなので同僚も出てもらいました。
ジャンヌがいつ出るかは未定です(ぉ