その翌日、
「マスター、皆さん。サーヴァントが現れました。
北東からほぼこちら側に向かって接近してきています。数は6騎、速さは昨日と同じくらいですね」
それなら昨日会った海賊船だろう。速度が昨日並みなら彼らがこの島に到着するまでには40分ほどの猶予があるので、おやつを食べ終わってから船に乗っても十分間に合う。
一同満を持して乗船し、ルーラーのナビで敵船に向かって進む。今日も天気は良く風もそこそこあって、帆船での航海には良い日和だ。
やがて船が見えてきた。間違いなく昨日の海賊船である。
「来やがったね。今度こそ海の藻屑……いやあんなのを撒いたら海が汚れちまうね。灰も残さず蒸発させてやるよ」
ドレイクは「髭野郎」に恨み骨髄のようだ……。
「んー。でもルーラーは真名看破、つまりサーヴァントを見たら正体と必殺技を見抜くスキル持ってるから、接舷はそれが済んでからにしてね」
「あいよ!
それじゃ野郎ども、まずは付かず離れずで連中の動きを見るよ!」
ドレイクは多少頭に血が昇っていても、トップ級海賊だけあって冷静な判断力は残っていた。操舵長(舵輪関係の責任者)や掌帆長(帆関係の責任者)ほかの船員たちにてきぱきと指示を出していく。
「アイ、キャプテン!」
船員たちは昨日突然速度が倍になったことで操船に苦労していたが、今日は何とか普通に動かせていた。世界一周を夢見るだけあって技術は優秀なようだ。
先方も一直線に近づいて来ているので、距離はぐんぐん縮まっていく。やがて船影が見えてきた。
位置的に見て、こちらの右横腹に船首の
「昨日と同じ戦法かい? でも今日は通じないよ」
昨日の戦いでは避け切れずにぶつかられたが、今日は速さが違う。猪のようにまっすぐ来ても追いつかれはしない!
そのまま進みつつ微妙に旋回して、逆に彼の横腹に船首を刺す形に進んでいく。
「ちょ、何なんでござるかあのBBA! 何であんなに速いの」
先方の船の甲板で、黒い髭をたくわえた大男が驚きの声を上げる。船の大きさは同じくらいで、造られた時期はこちらが100年ほど後だから性能は勝っているはずなのに、なぜこちらの倍ほども速く動けるのか。
昨日突然現れた白い船がいないのは幸いだったが……。
「どうするんですか、船長?」
「どうもこうもねえよ。撃てぇぇぇ!」
黄金の鹿号が大砲の射程距離に入ってきたところで、男―――黒髭は砲撃命令を出した。殷々とした砲声とともに、何十発もの砲弾が黄金の鹿号めがけて飛んでいく。
なお黒髭の船「
ごく少数の当たった弾もほとんど効いた様子がない。
「これは……BBA、船に何か細工しやがったな」
もしかして白い船の乗員の中に
それならあの船が今ここにいないのも納得がいく。戦力の分散を避けて黄金の鹿号に同乗しているのだ。
「でも撃ってこないね。撃っても無駄なのが分かってるから弾を節約してるのかな?」
「そうですわね。大砲の弾も無料ではありませんし」
メアリーとアンは暢気に論評しているが、その眼光と表情は鋭い。敵が昨日より強くなっていると見て十分に警戒していた。
2人とも昨日とは逆に横腹に衝角を突き刺されるのは避けられないと覚悟していたが、なぜか黄金の鹿号は不意に速度を下げた。
「……?」
砲撃戦を避けたいのならそのまま全速力で突っ込んでくればいいのに。女王アンの復讐号の乗員全員がそう思ったが、むろんドレイクは考えなしで速度を下げたのではない。
「ルーラー、そろそろやれるかい?」
「はい、いけます」
当初からの予定通り、サーヴァントの真名を看破して情報面で優位に立つつもりなのだ。
ルーラーが双眼鏡を手に、黒髭の船の甲板をじっと観察する。
「―――ふむ、6騎とも出てきていますね。
まず黒い髭の大男がエドワード・ティーチ、ライダーです。宝具は『
女2人はアン・ボニーとメアリー・リード、2人で1組のサーヴァントですね。宝具は『
話が長すぎると皆が覚え切れないと思ったのか、ルーラーはここでいったん一息ついてから、改めて続きを説明した。
「先日もいた上半身裸で斧を持っている男はエイリーク・ブラッドアクス、バーサーカーです。宝具も先日と同じ『
貴族的な感じの服を着た男はバーソロミュー・ロバーツ、ライダーです。宝具は『
最後に緑色の服を着て槍を持った男がヘクトール、ランサーです。宝具は『
これで敵サーヴァント全員の名前と戦闘スタイルを暴けたことになる。黒髭側が知っているのはダビデ・エウリュアレ・アステリオスの3人だけだから、まさに圧倒的優位に立ったといえるだろう。
しかし油断はできない。今回の戦場は船の上、海賊のホームグラウンドなのだから。
「海賊といえば、ヘクトールだけ毛色が違いますね」
古今東西の英雄に詳しいマシュが不思議そうに呟く。
他の5人はみな有名な海賊なのに、彼だけは都市国家の防衛で名を成した人物なのだ。むろんアルゴー号の関係者でもないが、スタンス的にはそちらの方がまだ近いくらいである。
「……って、ヘクトールはここじゃアルゴー号に乗ってたんじゃなかったっけ!?」
ハッと思い出した光己がアタランテにそう訊ねると、狩人乙女も不思議そうに首をかしげた。
「ああ、確かに乗っていたが……スパイとして送り込まれでもしたのか? イアソンめ、本当に嫌らしい真似をする奴だな」
ヘクトールはトロイアという都市国家の王子で防衛戦を指揮していたが、彼の死後有名な「トロイの木馬」と呼ばれる計略で都市が陥落したという歴史がある。今回は逆に敵中に潜入して内側から切り崩す役目を負わせたとすると、皮肉というか何というか。
「それとも単にイアソンに愛想を尽かして鞍替えしただけか? いや、エウリュアレ神によれば黒髭は気持ち悪い男だそうだし、やはりスパイが順当か」
どちらにしても今は敵だから戦うしかないが、彼はなかなかの曲者ぽいから、味方になってくれることを期待して手加減するなんて生易しいことはすべきではないだろう……。
光己たちがそんな話をしている間にも両船はさらに接近し、ついに肉眼で顔が見える距離になった。
ところがそこにまたルーラーからエマージェンシーが入る。
「皆さん、また違うサーヴァントが近づいてきています! 数は5騎、黒髭の船のさらに向こう側ですね」
「何ですと!?」
アルゴノーツなら3人のはずだから、彼らと黒髭組以外の海賊団がまだいるということか? 本当にいろんな団体がいる特異点だ。
「ドレイクさん、どうする!?」
「そいつらがここに来るまでには多少時間があるんだろ? なら決まってる、それまでに髭野郎をボコって聖杯を巻き上げて、それから考えればいいんだよ」
「おおぅ、何という海賊脳」
仮に新手が黒髭の仲間だったならドレイクの方針は完全に正解だ。敵が二手に分かれている所を各個撃破することになるのだから。
しかし人理修復賛成派=こちらの味方、あるいは第三勢力だった場合は悪手である。前者なら組んで戦えるし、後者でも先に黒髭組と戦わせて勝った方を襲うというムーブができるのだから。
「いやアンタが考えてることは分かるけど、ここまで近づいたら方向転換しても逃げ切れないよ。いったん突っ込むしかない」
ルーンで足が速くなったといっても、排水量300トンという重量物が簡単に急速転回はできないらしい。
「それにアレだ。確かアルゴノーツのメディアって奴はすごい魔術師なんだろ? で、もしヘクトールがスパイだとしたら、そいつを目印にして黒髭の居場所を突き止めるとか、そういう魔術を使えたっておかしくない。
というかそうでなきゃ、こんな絶妙のタイミングで出て来られないんじゃないかい?」
なるほど一理ある。そういうことならイアソンの狙いは明白だ。
「つまりイアソンは、黒髭が他の誰かと戦って消耗するのを待ってるってこと?」
「理解が早くて助かるねえ。もちろん仮定の話だけど、もしそうだったらここでアタシたちが逃げても漁夫の利は得させてもらえないってことさ」
「うーん、確かに。あ、でもアルゴノーツはあと3人のはずだったけど」
「アタランテと別れた後に仲間を増やしたんじゃないか? アンタたちがアタシと別れた後に仲間増やしたみたいに」
「ほむ」
実に筋が通った話だ。正解の可能性は高そうである。
それなら彼女が言う通り、イアソン(推定)が来る前に黒髭から聖杯を奪取するのが最善だろう。
なおもし、ここの黒髭が戦国時代で会った黒髭ビンクスと同一人物かつ、その時のことを覚えていたとしても、聖杯をもらう必要性は変わらないので戦闘は避けられないと思われる。
「そうだな、それじゃ速攻で黒髭を叩こう。
みんな、連戦になるかもしれないけどよろしく頼む」
「はい!」
こうしてカルデア一行とドレイク海賊団は改めて方針を固めたが、逆に黒髭側はドレイクたちの戦力が大幅に増えまくっていることにいささか動揺していた。
「ちょ、なんかBBAの味方多すぎないでござるか!? まだ遠目だけどぱっと見20人くらいいるでござるよ」
「だねえ。海賊としてのカリスマ性の差が如実に出ちゃったか」
メアリーはいつもながら黒髭に対して容赦というものがなかった……。
「ひどくない!? 拙者だって生前は皆に恐れられた大海賊だったんでござるが」
「気持ち悪がられるの間違いじゃない? どっちにしても好かれるのとは違うよね」
「そうですわね。見た感じ、新しい仲間の人たちは海賊っぽくありませんし」
射手だけあって目がいいアンがそう補足する。
生身の人間の
「で、我らが船長はどうするのかな?」
バーソロミューがその辺の生産性のない論議をスルーして、今1番大事なことを訊ねると、黒髭も我に返って方策を考え始めた。
「敵が3倍もいるんなら普通は逃走一択でござるが、向こうの方が足が速いんじゃそれは無理。
……となるとぶっぱしかないでおじゃるな。バーソロミュー氏、一発派手にブチかますでござる」
「いいのかい? 間違って黄金の鹿号が沈んでしまったら、愛しの女神様も逝っちゃいかねないけど」
「なに、心配はいらんでござる。あれだけ
黒髭は態度こそおちゃらけていたが、冷酷な海賊だけあってシビアな計算をしていた。
自分より足が速い上に人数も3倍という大敵と張り合うには、多少のリスクは覚悟して、初手で大打撃を与えるくらいしか手はないのである。
「なるほど、それじゃいってみますかね。
総員、戦闘準備。―――全砲門一斉掃射! 『
バーソロミューが大きく腕を振りながら宝具の真名を高らかに叫ぶと、唐突に生前の彼が率いていた海賊船団が黄金の鹿号を半包囲する形で出現した。
「なっ!?」
あらかじめ聞いてはいたが、まさか本当に(1隻だけではなく)船団を丸ごと召喚できるとは。光己たちはさすがに度肝を抜かれたが、聞いていたおかげで対応は間に合った。
「マ、マシュ!」
「は、はいっ! 顕現せよ、『
海賊船団が一斉に大砲を発射した直後、白亜の城の幻像が黄金の鹿号を囲む形で浮かび上がる。その城壁の堅さは担い手の精神力の強さに比例するとされており、今のマシュの「先輩は
数百発もの砲弾が雨あられと激突して耳をつんざくような爆音が立て続けに響くが、堅牢無比の城壁はヒビ1つ入らない。
「おおぉ、何かランサーオルタの時より堅くなってるような……!?」
光己は城の雰囲気からそんなことを感じたが、とりあえず当人に言うのは避けた。
やがて砲撃が終わり、海賊船団が姿を消す。
「よし、ちょっとビビったけど耐え切ったみたいだね!
それじゃ今度はこっちの番だ。野郎ども、このまま突進するよ!」
「おおーっ!」
サーヴァントではない生身の人間があんな大技を見せられたら、普通は身がすくむものと思われたが、すぐさま反攻を指示できるドレイクは、やはり肝の座り方がハンパではなかった。
それに励まされた船員たちも気合いを入れ直して、黒髭の船にさらに肉薄していくのだった。
ルーラーのサーヴァント探知と真名看破がここまで強いとは。これがバニー兼ディーラーの実力ということか(違)。