FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第124話 黒髭惨状4

 黒髭一党にとってそれはまさしくトラップだった。最初の標的にした人間が突然角と翼と尻尾を生やして人外な姿になったと思ったら、敵船の甲板全部を覆うほど広くまで白い光を放射したのである。

 当然ただの照明ではないだろう。光己の挑発をそこまで気にしなかったエイリークとヘクトールとバーソロミューには何事も起きなかったが、わりと腹を立てていたメアリーはまるで大勢に殺意と刃物を向けられているような不快感と、体がどんより重たくなる苦痛に襲われていた。

 

「くっ、何だよこれは……!?」

「ふふん、恨むならマスターに悪意を向けた自分を恨むことですね!」

 

 しかも目の前にいる変わった服を着た女は、やたらハイになってパワーもぐんと上がっている。振り回されてきた槍のような武器をカトラス(船乗りが好んで用いた片刃の曲刀)で受けたはいいものの、力負けして吹っ飛ばされた上に刀が折れてしまった。

 

「なっ……!?」

 

 それで間合いが開いたところに、女が額から小さな光弾を乱射してくる。避けられる体勢ではなく、全身にいくつもの銃創ができて血が噴き出した。

 

「ぐぅっ!」

 

 このSFチックな武器から見て、この女は本当に「宇宙の」刑事なのかもしれない。何の用があって異星の海と小島しかない特異点に乗り込んできたのだろう……なんてことを考える暇もなく、女がとどめを刺そうと突っ込んで来る。

 

「おっと、そうはさせないよ!」

 

 バーソロミューがすかさずインターセプトに入ろうとするがその瞬間、沖田が強く踏み込んで突きかかる。バーソロミューは足を止めて応戦せざるを得なかった。

 

「その台詞、そのまま返してあげますよ!」

「くっ、速い!?」

 

 ただでさえ速い沖田にバフがかかると、そのめまぐるしい斬撃の雨はサーヴァントでも実体と残像の区別がつかなくなってくるほどだった。バーソロミューはとても対応しきれず、決定打を避けるのが精いっぱいで全身にどんどん切り傷が増えていく。

 

「うっわあ、一応援護するつもりで来たけどこれは必要なさそうね」

「それはどうでしょう!?」

 

 ジャンヌオルタがいかにも感心した様子でごちたが、それは誤りだと言わんばかりのタイミングでアンがヒロインXXに牽制の一弾を放っていた。XXは槍の真ん中に付いた盾で受けたが、メアリーを追う足はいったん止められてしまう。

 

「さすが2人1組だけあって、絶妙なタイミングで撃ってきますねえ。

 でもこちらにも射手はいるんですよ!?」

 

 というか最初から射撃戦も行われていたのだが。

 カルデア側は段蔵、カーマ、オリオン&アルテミス、アタランテ、エウリュアレとドレイクが参加している。残りのマシュ、ヒルド、ルーラーアルトリア、玉藻の前、ジャンヌ、ダビデ、アステリオスはマスターと女神たちの護衛だ。

 黒髭側は黒髭と彼が呼び出す亡霊、そしてアンである。

 人数は黒髭側が上だが、質はカルデア側が圧倒していた。特にカーマとエウリュアレが射る矢は魅了効果を持っていて、当たった海賊は彼女たちの味方になってしまうのだ。

 

「カーマ様のために! 黒髭死すべし慈悲はない!」

「エウリュアレちゃんペロペロしたい!」

「はいはいバカは消えようねー」

 

 黒髭が呼び出した亡霊だけあって中には変態趣味を受け継いだ者がいたが、どちらであろうと黒髭は眉一つ動かさずに始末していた。他に方法がないとはいえ、おちゃらけていても残虐さは史実通りのようである。

 もっとも何人死のうといくらでも追加オーダーできるから困らないという理由もあったが。そしてそれはカルデア側にとっては心底面倒な話である。

 

「うーん、倒しても倒しても湧いてくると気力萎えるねえ。

 ところでダーリン。さっきマスターが『この娘たちはみんな俺のだ』って言ってたけど、あれって私も入ってるのかなあ?」

 

 狩猟の女神ともあろう者がサーヴァント戦の最中に何を言っているのか。オリオンは「萎えたのは俺の方だよ」と言ってやりたくなったがぐっとこらえて、最後のマスターなんて罰ゲームを背負った少年のために一席ぶってやることにした。

 

「いやそれはねえだろ。俺たちは早けりゃあと1時間もしねえうちにお別れになるんだからな。

 それにもしマスターが『アルテミス神以外の』とか言ってたら、黒髭は名前が出たお前をターゲットにしてたと思うぜ?」

「うげー」

 

 何を想像したのか、アルテミスは美貌の女神にあるまじきアレな表情をしたが、すぐに気を取り直した。

 

「それもそうだね。それじゃもう少しがんばっちゃおう」

「いくら倒してもキリがねえからって、放っておくとこっちの船に乗り込んできて面倒なことになりそうだしな。

 それにしても自分で呼び出した部下を平気で盾にするとは、残虐で鳴らした海賊らしいえげつないやり口だなあ」

 

 おかげでカルデア側はなかなか黒髭とアンまで攻撃を通せないのだ。もっとも黒髭とアンも「盾」の後ろからの射撃だから、先ほどのようなナイスアシストはめったに出せないのだけれど。

 

「ま、長くは続かねえさ。やっぱり数が違う。

 カルデアの連中はだいたい、特に清姫とXXとカーマはオーラが見えるくらいハイになってるしな」

 

 俺もあれくらい女の子にハイになられてみたいなあ、とオリオンは思ったが、今は戦闘中なのでつつましく沈黙を保った。

 黒髭側はマスターとエウリュアレを三方から攻めてきたが、その分包囲の陣は薄い。左右どちらかが破れたらそちらに行っていた者が反対側に向かえるから、そうなれば人数差で圧殺できるだろう。

 左右とも潰して全員が黒髭とアンにかかるようになったら、いくら黒髭が無限に亡霊を呼べるといっても防ぎ切れまい。

 

「なるほどー。ところでダーリンは私への愛でハイになったりしないの?」

「ならねえよ! 仮になったとしてぬいぐるみの身でどうしろと!?」

「えーん、ダーリンが冷たいよう」

「お前な……。

 それよりヘクトールがもし本当にスパイだったら、エイリークがやられる前に動くだろうから気をつけろよ」

 

 ヘクトールは今はどうにかやり合えているように見えるが、エイリークが倒れたら4対1になってしまう。彼としてはその前に離脱したいはずだが……。

 

「ギ、ガガガガガ!」

 

 そのエイリークは沖田オルタに対しては、船の甲板の上で大勢が戦っているという彼女の機動力が発揮しにくい場所なので前回より有利だったが、もう1人の少女が妙に強くて難儀していた。技量も腕力も二流のはずなのに、思い切り叩きつけた大斧を真正面から受け止めてみせるとは。

 実際絵面的には、年端もいかぬかよわそうな乙女が筋骨隆々の大男と互角に打ち合っているという明らかにおかしな情景だったが……。

 

「いえ、愛の力をもってすればこれくらいはごく当たり前のこと! わたくしの愛とますたぁの技が見事にかみ合った夫婦的コンビネーションなのです!!」

「なるほど、この力強くも温かい闘志が湧き出てくるのが愛の力なのか。わかりみ」

「ギィィィィ!」

 

 その合間に沖田オルタが長い刀で斬りつけてくるので、エイリークはもはや満身創痍だった。相手はバフ付きの2人なのだから当然の展開なのだが。

 

(……やれやれ、これは潮時かねえ)

 

 ヘクトールは戦場の様子をざっと眺めて、内心でそんな判断を下した。

 彼自身も2対1とはいえ本気で戦ってなお劣勢であり、うかうかしていたらここでやられてしまう。1番賢いのはここでいきなり海に飛び込んで逃げることだが、何の手土産もなしに帰るのはマスターがヒステリー……はともかく、こんなキテレツなナリをしたお子様どもに一方的に負かされて逃走するのは面白くなかった。

 

「せめて一矢くらいは報いておかな……っとぉ!」

 

 考え事をしていたら槍が耳をかすめて少し切られてしまった。

 この片手槍の少女、おとなしそうな顔して連続突きの速さはすさまじい。ちょっとでも気を抜いたら全身穴だらけにされそうである。

 一方黒い剣の少女は一発のパワーがすごかった。両手で受けても手が痺れてしまう。

 

「大したモンだ。手っ取り早くマスターを始末すれば、どうにでもなると思ったんだけどねェ……。

 いやはや傑物だ。ま、この程度で潰れるようじゃ生かしておく価値もない」

「そう言う貴様にはどんな価値があるんだ? ミミズやミジンコの方がまだ人類の役に立っているぞ」

「言ってくれるねえ……」

 

 ミジンコ未満扱いされてヘクトールはさすがに眉をしかめたが、そこは戦場経験豊かだけに飄々とした態度を崩しはしなかった。防戦しつつ敵の様子を窺っていると、黒髭たちの援護射撃のおかげもあって、ついにエウリュアレを守っているサーヴァントたちにわずかな隙を見つけた。

 

(マスター狙いと口にしたから気が緩んだか!? 甘いぜ)

 

 体を低くして、光己ではなくエウリュアレめがけて猛ダッシュする。彼女を捕えれば人質としても使えるから、敵がいくら多くても生還は可能だろう。

 しかし真ん中辺りまで来たところで、足元で何かが爆ぜて全身が炎に包まれた。

 

「ぐっ!? これは一体」

「非人道兵器・お札マキビシですわ。甘いのはそちらです」

 

 つまりあらかじめお札を床に撒いておいて、ヘクトールが真上に来た瞬間に起爆させたのである。隙があるように見せたのも故意だった。

 玉藻の前が滑るような足取りでヘクトールの懐に飛び込み、日傘で彼の顔を突くと見せかけて槍を払うと同時に股間に膝蹴りを喰らわせる!

 

「もはや言い逃れは聞きませんわ。浮気移り気デートに遅刻、狐はまるっとお見通し」

 

 そう言いながらくるっと身を翻して、足の裏で再び金的に蹴りを入れる。語調はコミカルだが、やっていることは実にえげつなかった。

 そしていったん下がって力を溜めてから、満を持してクリティカルな跳び蹴りをやはり金的に叩き込む!

 

「いざ受けやがれ、『日除傘寵愛一神(ひよけがさちょうあいいっしん)』!!」

 

 その後は空中でくるくるっと前転して体勢を整えるときれいに着地、すると同時にヘクトールがいた辺りで爆発が起こった。まるでライ〇ーキックの演出のようだ。

 あれではいかな大英雄でも生物的にも男性的にも死を免れまい。

 

「見ていて下さいました? マスター?」

「見てたけど、どういう意図なんだ!?」

 

 玉藻の前がにこやかに話しかけてきたが、光己は恐怖しか感じていなかった。

 これはあれか、さっき「この娘たちはみんな俺のだ」と放言したから圧力をかけてきたということか!?

 彼女には片想いの相手がいると聞いたからその手のアプローチは控えていたのに。もしかして傾国ってそういう……?

 

「それはもちろん、1番厄介な敵を倒した手柄をちゃんと見てて下さってたかどうか気になっただけですよ」

「……ならいいんだけど」

 

 玉藻の前の返事が本当かどうかはいささか疑わしかったが、光己は深入りを避けた。

 とにかくこれでヘクトールが脱落して一気に有利になったと思われたが、まさかアレを喰らってなお自分の足で立っているとは。

 

「いや、死にかけだけどねもうホント」

 

 実際声にも力がなかったが、後ろから無言で斬りつけたメイドオルタの剣を転がって避ける程度の体力は残っていた。その勢いのまま立ち上がって跳躍し、女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に退却する。

 もちろんメイドオルタと玉藻の前はとどめを刺すべく追いかけたのだが、また黒髭とアンが援護射撃したので止まらざるを得なかったのだ。

 しかしそれだけの援護をするには2人の方も体をさらす、つまり敵に狙われるリスクを冒す必要があった。

 

「よそ見してんじゃないよ!」

「せぇいっ!」

 

 ドレイクとアタランテが機敏に反応して、黒髭とアンを狙い撃ちする。頭や心臓を狙った鋭い攻撃だったが、2人は腕でかばってどうにか致命傷は免れた。

 ヘクトールが船に戻ったのを確かめると、再び亡霊の後ろに隠れる。

 

「チッ、仕損じたかい」

「しかし利き腕を含めてかなりの傷を負った。今後は先ほどのようなうまい援護はできまい」

 

 黒髭とアンはヘクトールを助けたはいいものの、対価は安くなかったようだ。しかもエイリークが孤立して、4人がかりで囲まれてしまう。

 

「グ、ガガガガ!」

 

 この苦境を切り抜けるには宝具を使うしかないが、四方から攻められていては力を溜める余裕がない。その上バーサーカーというクラスは、こういう時に良い作戦を考えるという知的作業には向いていなかった。

 

「ガガガ!」

 

 しかし妻の助けか、エイリークはとっさの判断で清姫と沖田オルタの間に体ごと突っ込んだ。その結果脇腹を少し斬られはしたものの、いったん包囲から抜けることに成功する。

 さらに甲板の縁まで走って手すりを背にした。これならば少なくとも背後からの攻撃は受けずにすむ。

 ところが新手の2人はビームや水弾という中距離向きの飛び道具を持っていた。これはどうにもならず、しかも手すりを背にしたのが災いして逃げ場がないので滅多打ちになってしまう。

 

「グガガガガ!」

 

 しかしエイリークはそれに耐えた。たとえ4対1だろうと、ヴァイキングの戦士は敵に一太刀も報いずに斃れたりしないのだ。

 

「グググァアア、ブルラララララァーーッ!!」

 

 渾身の魔力を斧にこめて真横に振り抜く。赤紫色の衝撃波が渦を巻き、清姫たちに襲いかかって薙ぎ倒した。

 ただこの宝具は自身の生命力をも費やすもので、エイリークの体はもはやそれに耐え切れず、足元から光の粒子と化して消え始めている。

 

「―――」

 

 しかしエイリークは特に心残りがある様子は見せず、ごく平静な様子で退去した。

 

 …………。

 

 ……。

 

「ふう、まさかあの状態から宝具をぶっ放すと驚きました」

「とっさに護りのルーンを使いましたが、そうでなかったらもっと酷いことになってましたね」

 

 どうやら清姫たちは、オルトリンデがルーンを使うのが間に合ったおかげで軽傷ですんだようだ。戦乙女の面目躍如であった。

 これで黒髭側は1人が退去、1人が重傷となったが、それでも戦いはまだ続く。

 

 

 


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