FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第125話 黒髭惨状5

 黒髭側のエイリークとヘクトールが離脱したので、カルデア側の清姫・沖田オルタ・オルトリンデ・メイドオルタの4人がフリーになった。4人ともエイリークの宝具でケガしているが、重傷というほどではないからここは一気に畳みかけてもらうべきだろう。

 

「4人とも、ケガしてるのに悪いけど沖田さんたちの応援頼む!」

「はい!」

 

 いつもながらマスターが自分たちのことを仲間として気にかけてくれることに、満足の意をこめて頷きつつ、清姫たちがメアリーたちの方に駆け出す。

 もはやメアリーとバーソロミューは敗北寸前だったが、それでも2人の闘志は萎えていなかった。

 

「まだ終わってない! 勝つのは僕()()だ!!」

「待ってメアリー、ここはいったん下がって!」

「いや駄目だ。今度援護射撃したら確実に()られる」

 

 後ろから相棒が撤退を促してきたが、メアリーは首を縦には振らなかった。

 さっきヘクトールを援護した時だって、アンはドレイク側の射手に狙われてケガしたのだ。同じことを2度やればもっとひどいことになるだろう。

 ゆえにメアリーは、命と引き換えにしてでも初志貫徹する道を選んだ。しかし目の前の女はやたら強く、倒すどころか横をすり抜けるのも難しい―――が、悩んでいる暇はない。向こうの4人がこっちに来たらもうどうしようもないのだから。

 

「ならこれでどうだっ!」

 

 メアリーはもはや捨て鉢になったのか、なんと折れたカトラスをヒロインXXの顔面めがけて投げつけた。

 XXはさすがに驚いたが、それでも槍の真ん中に付いた盾で防ぐ。しかしその間に傍らを通り抜けられてしまった。

 

「それが狙いでしたか! でも背中を見せるのは愚かですよ」

 

 XXがメアリーの方に向き直り、額から光弾を連射する。メアリーは避けられるはずもなく、背中が血まみれになったが、それでも走る速さは落とさない。

 

「ぐぅぅっ……!」

 

 体の傷も痛いが、それに加えて呪いのような精神的な痛みもさらに酷くなっている。あのマスターが放射している光は、どうやら彼への害意の強さに比例した威力のデバフを与えるもののようだ。

 それなら銃火器の類と違って、適当に使っても味方には無害で敵だけにダメージが入る。なんて都合のいい!

 

「痛ったいなぁ……でもまだ!」

 

 行く手を阻んでいるのはあと2人。片手槍と盾を持った少女と、海賊船には似つかわしくない貴婦人風の女だ。どっちも武術の達人ぽい雰囲気があり、普通にすり抜けるのはとても無理そうである。

 メアリーはとっさに位置関係を確認し直すと、カトラスの鞘を貴婦人女の顔面に投げつけた。

 

「!?」

 

 まさか鞘まで投げるとは思っていなかったらしく、貴婦人女がびっくりした表情を見せる。それでも日傘で鞘をはじいたのは大したものだが、その間にメアリーはジャンプして彼女の頭上を跳び越えていた。

 

「さすがに予想できなかったろ!?」

 

 これでメアリーは無手になってしまったが、人外に化ける術を使うとはいえ人間の魔術師など素手でも殴り殺せる。火の玉で迎撃したとしても、この勢いは止め切れまい。

 

「一緒に死んでもらうよ。覚悟……!」

 

 メアリーはまさに地獄の鬼のような口調で宣告して、光己の斜め上から殴りつけた。

 その必殺の気魄と残った魔力のすべてをこめた一撃が、まさかサーヴァント並みの腕力できっちりガードされるなんて。

 

「え!?」

「悪いな。俺はマスターだけど、魔術師じゃなくてガチの人外なんだ」

「え゛」

 

 パンチを受け切られたら空中で動きが止まることになるので、もはやメアリーに打つ手はない。容赦なく日傘と槍で胴体を突き刺され、メアリーは口から鮮血を吐き出した。

 

「何だよそれ、反則じゃん……」

 

 悔しそうに、しかしどこか満足げに苦笑しながらメアリーは消えていった。

 

 

 

 

 

 

 メアリーが消滅したら、2人1組の相棒であるアンも退去することになる。メアリーは確かに海賊の誉れを見せつけたが、それとこれとは別の話なのだ。

 

「あらら、どうやらお別れみたいですわね。

 でも船長。私たちが居なくなったからって自棄を起こさないで頂戴な。

 ……勝者である事があなたの取り柄。それまで無くしてしまったら、それこそ私たちが馬鹿みたいでしょう?」

「ふ、心配はご無用。自慢ではないがこの黒髭、負けることなど考えたこともありません!」

 

 この状況でドレイク一党を倒すというのはあまりにも非現実的すぎるから、恐らく精神的な問題を話しているのだろう。

 アンはそのまま消えていったが、黒髭は弱気になった様子はない。先ほどの言葉は強がりではなく本心だったようだ。

 

「―――そう! 仲間の死を目の当たりにしたまさにその時、黒髭の髭が金色とか銀色とか灼熱色に輝き、不死鳥(フェニックス)の如く蘇るのであった! 気分的に!」

 

 もっともあくまで気分だけで、本当にパワーアップしたわけでもなければ起死回生の妙案が閃いたわけでもないようだが……。

 

「せめて先生が復帰してくれれば助かるのでござるが、さすがの拙者も股間に3連蹴りをくらった男に立てとは言えんでござるからゴガッ!?」

 

 独白の途中で、背中に鋭い痛みが走る。一瞬遅れて胸から刃物が飛び出し、口から血があふれた。

 後ろから刃物で刺されたのだ。顔は見えないが、犯人候補は1人しかいない。

 

「ヘク……トール……氏……!?

 裏が読めぬ相手だとは思ってたが、この状況で裏切るとかアホでござるか……!?」

 

 黒髭はヘクトールを無条件に信頼していたのではなく、いくらかの疑念は抱いていたようだ。それゆえか彼が裏切ったこと自体は咎めなかったが、しかし今仲間割れしたら諸共(もろとも)にやられるだけなのに、何故あえてこのタイミングで!?

 

「いやいや、共倒れが嫌なら今やるしかないだろ。それじゃ船長、アンタの聖杯を戴こうか……!」

 

 ヘクトールが槍を横に振り抜くと黒髭の胸板が裂け、そこから金色に光る何かが飛び出す。ヘクトールが器用にそれをキャッチすると、その手の中で杯の形になった。

 

「……確かに戴いたぜ、聖杯」

「舐めるンじゃ、ねぇ……!!」

 

 槍が体から抜けたことで動けるようになった黒髭が、後ろを向いてヘクトールに飛びかかる。しかしヘクトールは先ほど股間を蹴り潰された身とは思えぬ素早さで横に跳んで回避した。

 

「チッ、痛そうに悶えてたのは演技だったのか!?」

「いやいや、今も痛くて死にそうだけど、もうちょっとの辛抱なんでね」

 

 ヘクトールの同僚のメディアは治癒魔術に長けているので、本拠地に帰りさえすれば治してもらえる。あと少しだと己を励まして気力を振り絞っているのだった。

 

「そうかい、じゃあ無理してねえで裏切者らしくみじめにくたばりな!」

 

 黒髭はなおも素手でヘクトールに迫るが、傷のせいで動きが遅く避けさせることすらできなかった。片手で突き出された槍が再び胸に突き刺さる。

 

「グゥッ……!」

「無理してるのはお互い様だろ? アンタこそとっとと楽になれよ」

「いやあ、死ぬ前にちょっとはいいとこ見せとかないとメアリー氏とアン氏に怒られますから!?」

 

 黒髭はニヤリ笑うと、初めからの予定だったのかヘクトールの槍を両手で掴んだ。

 

「テメェ……!?」

「海賊のお宝を奪っておいてタダですむと思うなよ。代わりにこの立派な槍でも置いていってもらおうか」

「ハッ、サーヴァントが宝具を簡単に手放すとでも?」

「いや、すぐ手放すことになると思うぜ?」

 

 黒髭がそう言った直後、亡霊たちがすうっと溶けるようにいなくなった。彼が呼び出したのだから送還することもできるわけだが、これで「盾」がなくなったのでドレイク一党はヘクトールを(むろん黒髭自身も)狙い撃ちすることができる。

 なお黒髭はヘクトールがドレイク側のスパイだとは思っていない。もしそうなら股間を蹴られることはなかっただろうから。

 

「さーて、俺と一緒に死ぬか(おたから)を捨てて逃げるか好きな方を選びな!」

「この野郎……!」

 

 これにはさすがのヘクトールも、普段の飄然ぶりを投げ捨てて、怒りを露骨に顔と声に出さざるを得なかった……。

 しかし黒髭の発言は否定できない。敵船の射手からの視線と殺気は今や攻撃開始寸前レベルなのだから、彼を蹴り剥がそうとしたらその間に射殺されてしまうだろう。

 ヘクトールが彼のマスターから受けていた任務は、聖杯に加えてエウリュアレも奪取して来いというものだったが、こちらはもう諦めるしかなかった。

 

「畜生、死ぬなら1人で死にな!」

 

 ヘクトールは悔し紛れに憎まれ口を叩くと、槍から手を離して後ろに跳んだ。聖杯をポケットに突っ込み、別のポケットからごく小さな模型の船のようなものを取り出す。

 それを海面に放り投げると、21世紀でいうサーフボードに似たものになった。ただし魔術師メディア謹製の脱出用礼装なので単なる波乗り道具ではなく、魔力を注入するとジェット噴射で海上を高速走行できる機能がついている。

 

「今の体調で魔力を出すのはつらいんだけどねぇ……!」

 

 しかし泣きごとを言ってはいられない。ヘクトールは股間の痛みで目がくらむのを必死で耐えながら、全力で古巣の船めざして疾駆した。

 

 

 

 

 

 

 光己たちが見たのは黒髭がヘクトールの槍を掴んだ場面からなので、ヘクトールが聖杯を奪ったことは知らない。

 しかし裏切られて致命傷を負った者とその加害者がいたなら、人情的には後者にヘイトが向くのが普通だろう。黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の射手たちはまずヘクトールに向けて矢をつがえたが、すると彼は防衛戦のエキスパートだけあって一瞬早く槍から手を離して海に飛び込んでしまった。

 

「む、これでは船が邪魔で見えないな」

 

 アタランテが残念そうにごちたが、槍を失ったランサーなど怖くはない。ヒルドやカーマなら空から飛び道具を撃てるから一方的にボコれるはずだ。

 光己はさっそく追撃してもらおうとしたが、ルーラーアルトリアがそれを慌てて止める。

 

「お待ち下さい。先ほど話した船が急に速度を上げています!」

「!? なるほど、ヘクトールが黒髭の船から脱出したから回収しようというわけか」

 

 神話級の魔術師なら、遠出している仲間からの救難信号を受信して船を加速することも可能だろう。これでその船がアルゴー号であることはほぼ確定となった。

 これでは少人数での追跡は危険である。ヘクトールを討つチャンスだが、今は黒髭組を少しでも早く仕留めることに専念するしかなかった。

 まずはこちらの船に1人だけ残ったバーソロミューにヒロインXXが意向を訊ねる。

 

「何かとんでもないことになりましたが、貴方はどうします?」

「……そうだね。もう戦う意味はないし、船長の所に戻らせてくれると嬉しいかな。

 いや船長のことだから、男と2人で果てるなんて嫌がりそうだな。あくまで船と運命を共にするということで」

「……いいでしょう」

 

 XXも沖田もジャンヌオルタも、死に逝く覚悟をした者にその場所を選ばせてやるくらいの慈悲の心は持っていた。武器は油断なく構えつつ、ついっと1歩後ろに下がる。

 

「ありがとう、話の分かる人っていいねえ。

 もし次があるなら味方として会いたいものだね。何しろ理想的なメカクレ少女がいるし、ダイヤの原石のような素材もいるからね」

「…………」

 

 するとバーソロミューは感謝の言葉を述べながら女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に帰って行ったが、最後までフェチを隠さなかったのでXXたちは気の利いた返事ができず、何ともいえない顔で見送るしかなかった……。

 当の黒髭はバーソロミューが戻って来ると彼の予想通り露骨に嫌そうな顔を見せたが、バーソロミューも大海賊団のトップを張った男だから、それがポーズであることくらいは分かる。やれやれと苦笑したが、特に文句は言わなかった。

 黒髭とドレイクが話す邪魔をしたくはないし。

 

「さあて、そろそろさよならのお時間ですな!

 BBA、これで勝ったと思うなでござるよ!?」

 

 バーソロミューの予想通り黒髭はもはやドレイクと戦う気はなく、最後に遺言というかトークを楽しみたいようだ。

 もっともドレイクの方は黒髭とのトークなんて心の底から願い下げなのだが、今の彼は裏切りで死を目前にした身である。海賊の情けで応じてやることにした。

 

「ああ、はいはい。もう何を言われても負け犬の遠吠えだから。さっさと消滅しちまいな、黒髭。生き続けるのもキツいんだろ、今のアンタ」

 

 その内容はいささか無情なものではあったけれど……。

 しかし黒髭はどんな感性をしているのか、気味悪い笑顔で喜んでいた。

 

「おおおのれ。そんな優しい言葉を掛けられれば……BBAにデレたくなってしまう……。

 そうだ、ここは彼氏居ない歴=年齢の哀れなBBAのために男からのプレゼントってやつをくれてやるでござる。どうせ座には持って帰れないでござるからな」

 

 黒髭はそう言うと、胸から槍を引き抜いてドレイクに投げて寄こした。

 甲板に転がったそれをドレイクは一応拾い上げたが、ちょっと困った顔をしている。

 

「余計なお世話だ!

 しかしこれがかのヘクトールの愛槍(ドゥリンダナ)だと証明できたら、好事家に高値で売れるんだろうけど、それは無理っていうかコレ厳密にはレプリカだよな。どうしろと?」

「おおぅ、人様から贈られた大英雄の宝具を商品としてしか見ないとは、さすが拙者たちの先輩……。

 しかし残念。サーヴァントの宝具は持ち主が現世から退去すると一緒に消えてしまうんでござる。つまり売り物にはなりません!!」

 

 黒髭が痛快そうに笑いながら面白くもない現実を突きつけてきたので、ドレイクは槍を床に投げつけた。

 

「それじゃプレゼントでも何でもないじゃないかっ!!」

「いやいや、モノはなくなってもそれが贈られたという事実はなくならないでござるよ。そう、まさに愛!」

「アンタの愛なんか要るもんかっ!!」

 

 ドレイクが心から嫌そうに叫ぶ。まったく無理のないことだったが、そこで光己はふと気がついて甲板に転がった槍を拾い上げた。

 光己が奪取すれば元の持ち主が退去しても宝具は現世に残るのと、カルデアにはヘクトールの子孫がいることを今思い出したので。

 今回は特異点破壊サイドに所属=人類の敵としての登場だから、ブラダマンテは嬉しくないかもしれないけれど。

 

「しかしアンタ、どう見ても致命傷なのに元気だねぇ」

 

 その辺とは別に、ドレイクは黒髭のタフさにだけは感心していた。尊敬はしないが。

 

「そりゃもう、拙者だって一応は名の知れた大海賊ですからな!

 しかしキツいのも事実。満足したし死ぬとするか!」

 

 黒髭はやりたいことはやり終えたのか、ようやく退去する気になったようだ。

 

「そうかい。ところでアンタの最期はマシュから聞いてるよ。その首だけはきっちり忘れず持って行くんだね」

「そうか、じゃあしょうがないな!

 黒髭が誰より尊敬した女が! 誰より焦がれた海賊が! 黒髭の死を看取ってくれる上に、この首をそのまま残してくれるなんてな!

 それじゃあ、さらばだ人類! さらばだ海賊!

 黒髭は死ぬぞ! くっ、ははははははははははは!!」

 

 そして本当に満足そうに高笑いしながら、光の粒子と化して消えていった。

 

「―――やれやれ、最後まで騒がしい船長だ。ま、悪くはなかったけどね。

 それじゃ私も去るとするか。ご機嫌よう!!」

 

 それを見届けたバーソロミューも、彼の後を追って現世から退去し、ここに黒髭海賊団は最期の幕を閉じたのだった。

 

 

 


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