光己は階段を降りるまでに、自分達が何者で兵士たちにどう接するか、ごく短い時間ではあったが何とか考えついて、見た目最年長かつ情報収集のプロである段蔵に折衝を依頼していた。
「―――流れの傭兵団を名乗るわけですか。なるほど、今まさに武力を見せつけたところですから実に自然でありまするな」
それに傭兵団なら、社会情勢を詳しく訊ねたり戦闘が激しい地域に出向こうとしたりしてもおかしくない。ついでに光己が気にしていた現地のお金にこだわっても当然だし、なかなか良い建前だと思われた。
「うん、よろしく頼む」
ただ光己はもう1つ「ケガをした兵士を魔術で治してやる」というボランティアも思いついていたがこれは口にしなかった。
というのも、すでに人が空を飛ぶとかビームを撃つとかいう不思議芸を見せているのに、これ以上怪しい術をひけらかしたら魔女扱いされかねないと危惧したのだ。
もっとも武力の差は歴然だからいきなりひっ捕らえようとはしないだろうが、だからこそ何をしてくるか分からない。指名手配とかされたらたまったものじゃないのだ。
心配しすぎかとも思うが、何しろ1431年といえば、かのジャンヌ・ダルクが出来レースの異端審問の末あまりにもむごい処刑をされた年である。この手の用心はしておくに越したことはない。
(むしろ魔女裁判の方が出来レースなんだよな。捕まった人が魔女の術で逃げ出したとか捕り手を返り討ちにしたなんて話聞いたことないし。
ヒルドとオルトリンデは「異教の神に魔術を授けられた女」って言えるから定義通りの魔女だけど、だからって捕まるわけにはいかんからなあ)
しかし今のところ光己の心配は杞憂のようで、兵士たちは普通に彼らに感謝してくれていた。
「あんたたち強えな! おかげで助かったよ」
「どう致しまして。ワタシたちはこう見えても傭兵団ですから。
契約したわけではありませぬから対価を請求はしませぬが、代わりにいくつか教えてほしいことがありまする」
なるほど、もらえる可能性が低いお金を要求するよりは、それをこちらから放棄することで恩を着せて情報を引き出しやすくしたわけか。うまい手だな、と光己は感心した。
「へえ、傭兵!? 見たとこ若い娘さんばかりだが、あんたたちくらい強けりゃ雇いたい領主や金持ちなんてごまんといるだろうな。何しろ竜の魔女が現れたんだから」
「竜の魔女?」
何やら怪しげなキーワードが出てきた。段蔵が説明を求めると、この辺は特に機密というわけではないのか兵士はもったいつけずに教えてくれた。
「ああ、あんたたちはまだ知らないのか。竜の魔女ってのは、イングランドで処刑されたジャンヌ・ダルクのことさ。無残にも焼き殺されたって聞いた時は憤ったものだったが―――」
「しかしあのお方は魔女として蘇ったんだ。悪魔と取引して、フランスに復讐する魔女として!」
兵士たちの言葉には本心からの怒りや悲しみ、そして諦観がこもっていた。どうやら嘘ではなさそうで、しかも「竜の魔女」に勝てるとは思っていないようだ。
しかしまさかこんなに早く異変の原因が判明するとは。経緯は不明だが蘇ったジャンヌは聖杯で竜を操る力を与えられて、こうして各地に竜を送って自分を見捨てた人達に復讐しているのだろう。
「王は真っ先に殺され、イングランドはとうの昔に撤退した。だが俺たちには逃げる場所なんてない。どうすればいい?」
「…………」
光己にも段蔵にもかける言葉がなかった。特にフランス人であるブラダマンテとアストルフォは、未来の祖国を救ったはずの聖女が復讐の魔女と化して故郷の地を荒らしていることがショックらしく、うつむいて暗い顔をしている。
もっとも兵士たちも初対面の傭兵団に答えや慰めを求めてはいないだろうから、段蔵は一呼吸置いてからあらためて質問を続けた。
「それで、その蘇ったジャンヌは今何を?」
「オルレアンで大虐殺をしたらしいが、その後どこかに行ったって話は聞かないからそこに居座ってるんじゃないか? いくらあんたらが強いからって行くのはお勧めしないが」
「……そうですね」
無論カルデア現地班としてはいずれ行かねばならないのだが、ここで兵士たちと口論しても意味はない。段蔵はそう相槌を打つと話題を変えた。
「では彼女の話はここまでとして、最寄りの街や村の位置を教えてほしいのですが」
「ああ、あんたら服装が異国っぽいし遠くから来たんだな。そうだな、地図は機密だから見せられんが、街の場所を教えるくらいはいいか」
彼の説明によると、ここはドンレミという村のすぐ北東で、そこから北に20キロほど行くとヴォークルールという大きな街があるそうだ。レイシフト先がまさかジャンヌの生誕地付近だったとは、これが因縁というものか。
ちなみに光己たちはカルデアから地図を持って来ているので、現在地さえ分かれば行動に不自由はない。
「ふむ、ヴォークルール、でございますか。ありがとうございます。
それではあと1つだけ。ワタシたちが倒したワイバーンどもですが、肉や骨をはぎ取っていってもよろしいですか?」
これは光己の依頼ではなく、段蔵自身のアイデアである。兵士たちはちょっと首をかしげた。
「そりゃまあ、どっかその辺に埋めるだけだからかまわんが、まさか食う気なのか?」
「はい、ドラゴンの肉は鶏に似た食感で滋養もあり、特に喉が1番美味と聞きます。また骨は東洋では文字通り『竜骨』という生薬として使われておりまする。
ワイバーンはドラゴンの亜種といわれておりますから、同じ用途に使えましょう」
(なるほど、お金になるものを作って売ろうというわけか!)
忍者は薬学にも通じているそうだがさすがだと、光己は改めて感嘆した。
一見の者がただ薬屋に持って行ってもダメだと思うが、ここの幹部に紹介状を書いてもらえばいけるだろう。何しろここからオルレアンまでは(細かい数字は地図を見ないとはっきりしないが)何百キロもあり、とても1日では着けないからお金はやはり必要なのだ。
肉の方は試食という名目で自分たちもいただけるだろう。カルデアから調味料を送ってもらえば美味しく食べられそうだ。
……調味料!?
その時光己に電流走る!
(そうだ、コショウとか送ってもらって売ればいいんだ)
ヨーロッパで香辛料と言えば大航海時代がすぐ頭に浮かぶが、この時代でも別ルートで輸入されている。かさばらない上に高く売れる、実にいい商品だ。
ただしこちらも紹介状はいるだろう。光己が年かさぽい兵士に(香辛料のことは抜きにして肉と骨だけの理由で)それを頼むと、快く砦が取引している商人への紹介状を書いてくれた。
(よし、やった! これで街で野宿はしなくてすむな。
しかしここまで知恵が回るとか、俺って越〇屋的な才能があるんじゃなかろうか)
それはともかくこれで聞くべきことは聞いたので、さっそくワイバーンの解体に入ることになる。ある程度できたところでちょうどお昼ごろになったので、実際に兵士たちと一緒に試食したところ段蔵が言った通りの代物だった。
「うん、これなら人様にも出せるな!」
「はい、十分に売り物になりまする」
「ああ、確かになかなかの味だったな! それに奴らをメシにしちまえるとは、これでちっとは気が晴れた」
兵士たちもワイバーンひいては竜の魔女への恨みを多少なりとも晴らせたみたいで何よりである。その後光己たちは彼らに別れを告げて砦を後にした。
そしてわざわざ外まで見送りに来てくれた彼らの姿が見えなくなったところで、光己はふうーっと大きく息をついて肩を落とした。
びっくりしたマシュがあわてて横から彼の体をささえる。
「せ、先輩!? 大丈夫ですか!? まさかさっきの肉が当たったとか」
「いや、腹は大丈夫だよ。ちょっと気が抜けただけだから」
「そ、そうでしたか。よかったです」
幸い食当たりではないようで、マシュはほっと胸を撫でおろした。
「いきなり戦いになったしえぐいシーン見ちゃったし、それからすぐ兵士さんたちとの交渉で頭使ったからな。ちょっと疲れたんだ」
「……そうですね。先輩自身は戦えませんから、ワイバーンのような巨大な怪物はやはり恐ろしいでしょうし」
そこでマシュはふと、今回自分は何もしていなかったことを思い出した。
「すみません、先輩。先輩のサーヴァントでありながら、またお役に立てなくて」
「へ!? いやいやそんなことはないって。マシュがいてくれてるだけで安心感が違うからさ。
というかマシュが役に立ってるってことは、俺が敵に狙われてるってことだからなあ。むしろマシュは出番がない状況の方がありがたい」
「も、もう先輩ひどいです!」
光己はマシュに対して何も不満を持たずにいてくれたが、しかし役に立ちたいと願っている後輩に対して出番がない方がいいとはなんと無情な! 理屈は分かるのがなお腹立たしい。
怒りに燃えたマシュは、両手で彼の胸板をぺしぺし叩いて抗議の意志を表明したが、傍から見たら微笑ましいじゃれ合いなのであった……。
「―――それでマスター、ドンレミ村には行くんですか?」
時代は違うが現地出身ということで先頭を歩いているブラダマンテとアストルフォが光己に訊ねる。寄らずにヴォークルールに直行するなら、そろそろ左折するべきなのだ。
「んー、そうだなあ。ジャンヌの生誕地だから村の人は肩身の狭い思いしてそうだけど、とりあえず行くだけ行ってみようか」
今は余所者が来るのを好まないかも知れないが、せっかく近くまで来たのだからちょっと見学くらいはしてみたいという観光客根性である。もし拒まれずに済んだなら、かさばっているワイバーン肉を一部売ってもいいだろう。
なお肉と骨は砦でもらった袋に入れたが、彼らから離れた後でヒルドとオルトリンデが小さい氷塊をたくさん出して冷凍保存している。また氷を作れるということは水を作れるということでもあり、長旅になっても飲料その他の水に困らずに済むというのは大きい。
「ほんとにルーンって便利だな。2人に会えてよかったよ」
「えへへー、どう致しまして! 頭撫でるとかしてもいいんだよ?」
「よろしい、ならばナデナデだ」
ヒルドはもともと闊達な性格の上、冬木以来の付き合いだけに、光己とはだいぶ打ち解けあってきたようだ。なぜかマシュはあまり面白くなさそうな顔をしているが。
そこに段蔵が声をかけてくる。
「マスター、前方から人影……フード付きの外套を着ておりますので人相はわかりませぬが、体格と歩き方から見ておそらく若年の女性が1人、こちら側に歩いてきておりますが、いかが致しまするか?」
「え」
光己の視力では「言われてみれば何か見えるな」くらいなのだが、さすがは忍者のサーヴァントというところか。
この時代、この情勢で女性の1人旅というのはいかにも怪しい。
「サーヴァントかも知れないな。でも敵か味方かはやっぱりわからないし、あからさまにならない程度に用心しながら行こう」
「はい」
そしてお互いに相手がサーヴァントだと認識できる距離まで近づくと、女性はゆっくりとフードを外した。
20歳くらいのスタイルのいい美人で、紫色の服を着て銀色の軽甲冑をまとっている。温厚そうな雰囲気だが存在感というかカリスマ性というか、一種尋常でない何かが感じられる。
「こんにちは。見たところ貴方がたもサーヴァントのようですが、7、いえ6人も一緒とは珍しいこともあるものですね。
私はジャンヌ・ダルクと申しますが、お名前をお伺いしても……?」
「!?」
まさか敵の首魁といきなり出くわすとは! 光己たちは思い切り色めき立ったが、すると女性は慌てて両手を上げて敵意がないことを示した。
「い、いえ、私は『竜の魔女』ではありません! 私はほんの数時間前に現界したばかりですし、むしろ彼女のことを探っているのです」
もちろん光己たちが「竜の魔女」の手下で、「もう1人のジャンヌ」を倒そうとしているという可能性も考えられるのだが、ジャンヌは光己たちの雰囲気を見て、フランスを荒らすような者たちではないと判断したのだ。だからこそ先ほども自分からフードを脱いで自己紹介したのである。
光己たちは正直とまどったが、悪党ではなさそうだし敵意も本当になさそうなので、とりあえず話を聞こう……とした直前、なぜかアストルフォがジャンヌに食ってかかった。
「あー! えーと……何だっけ!?」
どうやら何か因縁があるようだが、具体的なことは思い出せないらしい。
ジャンヌの方も「ケンカなら買うぞ!?」みたいな顔つきをしているが、何故そんな気分になったのかは自分でも分からない様子である。
「アーちゃん、知り合いなの?」
「ん? う~~~~~ん、そうのような違うような……。
ライバルであって敵ではないというか、まあ今戦うことはないと思うよ!」
ブラダマンテに事情を訊ねられたアストルフォだが、理性が蒸発しているだけに返事には信憑性が薄かった。
もしかしたら他の聖杯戦争で会ったことがあるのかも知れないが、今敵対しないのなら争う必要はなさそうだが……。
「これはあれか? フィクションなら善のジャンヌから悪のジャンヌが分離して復讐を始めたとか、そういうのが王道なんだけど」
「分離、ですか……。冬木で会ったリリィさんとアーサー王みたいな別側面というのならあるかも知れませんね」
光己とマシュにも事情は分からなかったが、いろいろ知っているかも知れないし、とにかく話を聞くべきだろう。
「でもここじゃまた人が来るかも知れないし、とりあえず向こうの森に移動しない?」
「そうですね、そうしましょう」
こうして、光己たちはもう1人のジャンヌと出会ったのだった。
ジャンヌはもう少し引っ張ってから出すつもりだったのですが、そういえばレイシフト先はドンレミ付近ということでしたのでここで出すことにしました。
ルーラーは以前に参加した聖杯戦争のことを覚えているという設定がありますが、原作ではここのジャンヌは不完全ですのでほとんど覚えていないということにしてあります。