「ええい、何故こんなことに!?」
エルメロイⅡ世がいまいましげに吐き捨てる。
アイリスフィールとセイバーを追い返すところまでは筋書き通りだったのに、まさか次に現れた「ランサー」がフィオナ騎士団の一番槍ディルムッド・オディナではなく、見たこともないインドの邪竜ヴリトラであったとは!
しかもヒルドがケンカを売ったので、この場では言葉での和解は不可能だろう。この上はある程度ダメージを与えて撤退させるか、それともヒルドが言った通り光己に喰わせるか?
どちらにしてもヴリトラのマスター(であるはずの)ケイネス……かつての師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトは死なせないようにしたいものだが……。
「やむを得ません。行きます!」
アルトリアもヴリトラの出現とヒルドがケンカを売ったことは予想外だったが、今は戦うしかない。風王結界を構えて、ヴリトラの槍を受け止めた。
霊体化していたジャンヌオルタ、モルガン、ヒロインXXも実体化して参戦する。
「ほぅ、霊体化して隠れておったか。7騎がかりならわえに勝てると思ったわけじゃな」
ヴリトラは8対1となっても余裕ありげな態度を崩さなかった。実力には自信があるようだ。
もっとも彼女には「進化のための必要悪である障害」という面があって、全力を出した自分を人間たちが倒すというのはむしろ望むところというややこしいスタンスを取っているからでもあるのだが。
「……っく!」
実際ヴリトラは強かった。槍を受けたアルトリアの手が痺れ、後ろに押されてよろめいてしまう。
サーヴァントの枠にはめられているとはいえ、さすがはかのインドラが搦め手を使わねば倒せなかった強大なる邪竜だった。元々人間ではないからか槍術の技量はさほどでもないが、恐るべき剛力と速さである。
「ならば私も!」
それを見たジャンヌが旗槍を振りかざして横合いから躍りかかった。今の彼女は160%パワーであり、前衛も十分以上にこなせるのだ。
旗槍と槍が激突し、耳障りな金属音を響かせる。
「おぉっ!? 2人ともこの時代の女学生にしか見えぬのに大したものじゃ……っと!」
「ちっ、逃れましたか」
XXのアンブッシュを、ヴリトラは後ろに跳んで避けていた。ギリギリ、いや頬に掠り傷がついていたが、それで済ませただけ大したものであった。
ついでアルトリアとジャンヌが左右から飛びかかろうとしたが、ヴリトラは身体の周りに金色に光る丸ノコギリの刃のようなものを展開してそれを阻む。単なる槍使いではなく、魔術あるいは魔力を操ることもできるようだ。
今回は2人がちょっと腹部を斬られただけで済んだが、一歩間違えば重傷を負いかねない危険な技に見えた。
「ふむ、ならば私は彼女のマスターを討ちましょうか。サーヴァントがいかに強くても、マスターが死ねば終わりになるはず」
その様子を見ていたモルガンがすっと槍を頭上に掲げる。ヴリトラのマスターが魔術迷彩で隠れているのはとっくの昔に見抜いていて、それを貫通して一撃で葬るくらい、彼女にはたやすいことであった。
―――が、それをⅡ世が慌てて小声で止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
いや確かに貴女の言う通りではあるが、個人的にヴリトラのマスターは殺したくないんだ」
「……」
モルガンの目がすっと細くなり、危険な光を帯びる。
まさか裏切る気か?と疑ったのだが、さすがにそれはあるまいとすぐ否定した。
「どういうわけだ?」
「そのマスターは私の旧師なのだ。いや私の記憶通りならばという前提がつくのだが……」
ランサーがヴリトラに変わっていたなら、ケイネスも他の者に変わっていてもおかしくはない。早いところ姿を見せてくれればいいのだが、こちらの後衛サーヴァントに攻撃されるのを恐れてか出て来る気配はなかった。
しかし通常の聖杯戦争で神霊が召喚された例などないのに何故あんな高位神霊が出現したのか。もしかしてこちらのマスターが神性と魔性を持つ竜種だから因果をさかのぼって影響を受けたのか?
「なるほど、ならば気絶させる程度にしておけばいいか。
我が夫、それでいいですか?」
モルガンは独断で遂行せず、事前にマスターに確認する程度には気づかっているようだ。
光己もⅡ世もこの方針なら文句ない。
「そうだな、それでお願い」
「分かりました、では」
モルガンが改めて槍を掲げると、ヴリトラの後ろのコンテナの陰から赤い血煙のようなものが沸き上がって、槍の柄の中に吸い込まれた。
いや本当に血を抜いたのではなく、ケイネス(と思われる者)から抜き取った魔力が血煙のように見えているだけである。
ついでどさりと人が倒れたような音が聞こえた。うまくいったようだ。
何しろモルガンは他者の魔力を吸収する術には非常に熟達しているので、迷彩越しでもちょうど失神する程度に奪うくらい朝飯前なのである。
「うまくいきました。これでヴリトラはすぐに魔力切れに陥ることでしょう」
「いや、あそこにいるのがケイネス卿ならそうはならない。ヴリトラに魔力を供給しているのは彼ではなく、婚約者のソラウ嬢なのでな」
「……ほう」
それはモルガンにとっても光己にとっても意外な話だった。
もっともヴリトラはどう見ても燃費は悪そうなので、どちらにせよ長期戦になればこちらが有利になるだろうが。
今は3人がかりで攻撃して、攻め切れてはいないものの宝具を使う暇は与えていない。しかし高速で接近戦をしているので、Ⅱ世やジャンヌオルタが支援攻撃を加えるのは難しかった。
「でも3対1でやり合えてるだけでも凄いよなあ。特にアルトリアの剣なんて目に見えないのに」
「そうだな。ヴリトラの方が間合いは広いとはいえ、さすがは高名な邪竜というところか」
「それで我が夫。ヴリトラをどうするのですか?」
ヒルドが言った通り本当に喰ってしまうのか、それとも追い払うのに留めるのかということだ。
いやいくら光己が竜人とはいえヴリトラの霊基をまるごと喰うなんてできるのだろうかという不安はあるし、かといって彼女は多少打撃を与えたくらいで退いてくれるほどぬるい相手ではなさそうだが。
「んー、まあここまで来ちゃったら喰うしかないかな、と。
でもあの中に割り込むのは無理だからまずは遠隔ドレインかけて弱らせたいけど、ヴリトラは対魔力も高いみたいだからケガさせないと難しいな」
遠隔ドレインは戦国時代に行った時にギルガメッシュにやったからカンは掴んでいた。
ヴリトラを霊基ごと喰うとしたら、まずある程度魔力を奪って弱らせた上で、じかに接触する必要がある。いきなり全部は無理だった。
「なるほど。しかしああも敵味方が近づいていると私でもやりづらいですね」
「うーん、そっか……つまり一瞬でも引き離せばいいんだな。
アルトリア、いくぞ!」
それなら経験がある。光己はまずアルトリアに声をかけて注意をうながしてから、久しぶりにカルデア支給の礼装の機能を使用した。
「『
すると礼装からアルトリアに魔力が送られ、ごく短時間ながら出力が大幅に上がった。少女騎士が剣を握り直し、力を込めて横薙ぎに振り抜く!
「ぬぅおっ!?」
ヴリトラは何とか槍で受けたものの、弾き飛ばされてコンテナに背中を打ちつけた。その隙を逃すカルデア現地班ではない。
「てりゃあ!」
ジャンヌオルタが黒い炎を飛ばしてヴリトラの足にからみつかせ、同時にⅡ世も火炎弾を飛ばす。ヴリトラは火炎弾は殴って潰したものの、黒い炎はまともに受けてしまう。
「熱っ!? ふん、そう来なくてはのう」
ヴリトラはそれでも余裕そうだったが、次に何本もの魔力の剣が腹や腰に突き刺さったのはさすがに効いた。貫通はしなかったが痛みでよろめき―――はしたが、すぐに体勢を立て直すと加害者に向かって手のひらをかざす。
その手の先に蒼い炎が燃えた直後、光己たちの周りに青い箱のようなものが出現する。
「……わえのものじゃ!」
ついで箱が急速に縮んでいく。まるで光己たちをそのまま押し潰そうとするかのように。
「小癪な!」
しかしモルガンが槍を向けると、箱は外側にはじけて消えていった。魔術的な技量ではモルガンに分があるようだ。
「むう! 本当にやるのう」
ヴリトラが感心したかのような、困ったような声を上げる。
ここはもう1度接近戦に戻るか、それとも距離を取って宝具を使うか?
しかしヴリトラが結論を出す前に、アルトリアが突っ込んできた。モルガンたちに支援してもらうより、ヴリトラに宝具を使わせない方が有利と踏んだようだ。
「させませんよ!」
「ぬっ!」
もちろんジャンヌとXXも参加して、先ほどと同じ状況に戻る。
といってもヴリトラを負傷させるという目的は果たしたわけで、光己はまず礼装を脱ぐと、角と翼を尻尾を出す神魔モードを展開した。
「…………!?」
その変貌を初めて見たモルガンがかなりびっくりした顔をする。
いや生前の部下にも似たような芸当ができる者はいたが……。
「みんなありがと! それじゃいくぞ悪の奥義! 名付けて『魂喰いの魔竜』!!」
いつもの厨二っぽいネーミングにモルガンとⅡ世がまた微妙な顔をしたが、効き目のほどは確かだった。2人の知覚力には、ヴリトラの傷口から大量の魔力が光己の黒い翼に吸い取られているのが感じられる。
「ぬむぅ、まさかサーヴァント化したとはいえわえから魔力をこれほど吸い取るとは、そちらのマスターもなかなかやるのぅ。だがそうそう好きにはさせぬ!」
それに気づいたヴリトラがまた光の円刃を展開しつつ、体ごと光己たちの方に突っ込んでいく。刃はかなり大きいので、アルトリアたちには阻みようがない。
「いえご心配なく! ここは私にお任せ下さい」
しかしそういう時こそ後輩の出番である。マシュは「時に煙る白亜の壁」をみずからの前面に展開すると、自分から前に出てヴリトラの突進を受け止めた。
「おぉ!? 見た目通り防ぎが達者な者もいるのか」
「見事だマシュ。あとは私が」
すかさずモルガンが次の魔術を使い、ヴリトラの足元からコールタールのような黒く重い魔力の濁流を出現させる。ジャンヌオルタの炎で足を火傷していたヴリトラは踏ん張り切れず、後ろに流されてしまった。
それを確認したモルガンがかすかに微笑む。
「モルガンさん、どうかしましたか?」
「……いや、何でもない。こうしておまえと組んで戦うのも久しぶりだと思っただけだ」
敏感にもそれに気づいたマシュに、モルガンは普段より少し柔らかい口調でそう答えた。
あの頃は王ではなかったが、それでも懐かしく思う。もしここに■■■■■もいてくれたなら―――いや詮無いことだ。
「それで我が夫、その姿はどうしたことだ?」
見れば光己は全身の肌が黒い鱗に変わっており、腕や脚からは円錐形の突起が何本も生えている。まるで人型のドラゴンにでもなったかのようだ。
■■■■■■でもそこまではしなかったというのに、この男大丈夫だろうか。
「うん、これは神魔モードの第2形態。ヴリトラはだいぶ弱ってきたみたいだし、これなら接近戦に入り込んでも大丈夫」
しかし光己は軽い口調でそう答えると、ぱっと飛び出して闘争の輪に加わった。
ヴリトラはマスターが変身して接近戦に混じってきたことに驚いたが、アルトリアたちとの戦いが劣勢になってきたこともあって、彼が背後に回るのを許してしまう。
「えーと。いきなり血を分捕るとか喰うとか言って申し訳ないとは思うんですが、これも人理のため。どうかご容赦を」
光己は基本的には善良でお人好しなタイプなので、人型の知的生物にこちらの都合でケンカを売って丸ごと喰い尽くすという蛮行には正直罪悪感を覚えるのだが、ここまで来たらやり通すしかない。悪魔の翼の指先をヴリトラの背中に突き刺した。
「ぐぅっ!?」
魔力どころか霊基そのものが吸い取られていくおぞましい感触にヴリトラが眉をしかめる。
槍か円刃で追い払おうと思ったが、そうはさせじとアルトリアたちが斬りつけてくるのでその暇もない。
「ぐ、ぅ、ぅ……」
霊基と魔力を急速に失いつつあるヴリトラの姿がだんだん薄く透明になっていく。そしてついに、現世から消失して座に還ったのだった。
「敵サーヴァント、消滅しました……戦闘完了です」
神霊サーヴァントと戦って2人が軽傷を負うだけですんだというのに、マシュは顔色がちょっと冴えなかった。光己と同じで、蛮行に心を痛めているのだろう……。
その光己は自分より強いサーヴァントの霊基を丸ごと飲み込むという荒行をしたため、かつてない全身の痺れと倦怠感で目を回して気絶していた。最後の根性で神魔モードを解除して人間モードに戻っているが、しばらくは起きそうにない。
なお2人の傷はモルガンが治癒魔術で治している。
「マスターくん、大丈夫でしょうか……?」
ヒロインXXが光己を心配して膝枕しているが、スクリーン越しに診察したヒルドはいたって暢気な口調で言い切った。
《大丈夫、命に別状はないよ! あれだけの霊基を消化するには相応の時間が必要だけど、明日の朝か昼頃には目を覚ますんじゃないかな。どれだけ成長するか楽しみだよー》
そのお軽い様子にXXは怒るというよりあきれたが、このままでも大事ないのであれば言うことはない。
「そうですか、それは良かったです。あとヴリトラさんのマスターはどうします?」
「そうだな、マスターがこの様子では意見を聞けない。Ⅱ世に任せるしかあるまい」
モルガンがそう言って水を向けると、Ⅱ世は元々の計画を打ち明けてきた。
「ああ、当初の予定では今日は後日また会う約束をするにとどめて、明日の夜に説得をして
もっともケイネス(と思われる者)がサーヴァントを失ったのなら、嘘八百を並べ立てる必要はない。Ⅱ世がライネスの名代だとか、アーチボルト門閥がカルデアスやレイシフトといった偉業を実現しただとか、トランベリオ一派の陰謀がどうとか、そんなたわごとを吐かなくても、敗北の事実を受け入れさせるだけで戦闘放棄してくれるはずだ。
放棄しなければⅡ世たちが手を下さずとも、他のマスターとサーヴァントに殺されるだけなのだから。聖堂教会に保護を頼むという手もあるが、誇り高き一流魔術師がそんな屈辱的な道は選ぶまい。
「ケイネス卿が泊まっているホテルは知っているから、とりあえずそこまで送って来よう。レディ・モルガン、同行を頼む」
「良かろう。アルトリア、貴様も一緒に来い」
Ⅱ世がモルガンに同行を求めたのは、彼女が自分を一瞬だが疑ったことに気づいていてその疑念を解消させるためであり、モルガンがアルトリアに声をかけたのは万が一敵襲を受けた時の用心のためである。
アルトリアはモルガンの一方的な要求を受け入れるのは面白くなかったが、彼女の言い分自体は妥当なので拒否することはできなかった。
―――そうして3人は出かけていったが、やがて戻ってきた時Ⅱ世はどこか疲れたような、落ち込んだような複雑な表情をしていた。
「Ⅱ世さん、どうかしたんですか?」
心配したマシュがそう訊ねると、Ⅱ世は隠すようなことでもない、いやきっちり説明しておくべきことだと考えたのか普通に教えてくれた。
「ああ。ヴリトラのマスターは私の記憶通りケイネス卿だったのだが……ヴリトラというのはかなり扱いにくいサーヴァントだったらしく、心労がひどかったのがお労しくてな。聖杯戦争に緒戦で敗北してしまったのだから尚更だ。
時計塔に帰ることには同意してくれたし、レディ・モルガンに魔力を少し返してもらったから身体面の問題もないのだが」
「そうですか……でも聖杯戦争に参加してサーヴァントを失ったマスターが無事に帰れるのは幸運なことなのでは?」
「ああ、実際そのためにこうして一芝居打ったのだからな。結果良ければ全て良しということにしておくさ。ディルムッド・オディナを召喚しなかったのだから、ソラウ嬢との仲もそこまで悪化はしないだろうしな」
Ⅱ世はそう言うと、いくらか愁眉を開いた。
特異点の中で人助けをしても実質的な意味はあまりないのだが、それでも助けたい人を助けることができたのは事実なのだから。
「しかしマスターがこの状態では、今日はもう活動できないな」
「まだ何かする予定があったのですか?」
「いや、明日の夜までは何もない。だからどこかのホテルにでも……いや、これは困ったことになったぞ」
「何か問題があるのですか?」
「ああ……
「「な、何ですってーーー!?」」
マシュやXXたちの驚く声が唱和する。
そういえば特異点F以来ずっと現地のお金を持たずにレイシフトしてきたが、今度こそお金なしでは寝床を得られない特異点に来てしまったのだ。段蔵がいれば悪党の金持ちの家から頂戴してくることができるが、今ここにいるメンツではバレずに盗むことはできないだろう。
「うーん、先輩が毎回危惧していたことがついに現実になったのですね。どうしましょうか」
「そうだな…………仕方ない。今日のところはカルデアからテントを送ってもらって、どこか広い公園でキャンプでもしよう」
冬木市の地図は持って来ているし、水や食料はテントと一緒に送ってもらえばいい。先のことはともかく、今夜はそれで済むはずだ。
「そうですね、そうしましょう」
こうしてカルデア一行は新しい方針をさだめると、ひとまずこの場を立ち去ったのだった。
多数のアンケート投票ありがとうございました。
「アルビオン」が最多数でしたので、これでいこうと思います。
今後ともよろしくお願い致します。
主人公の進化先はどれがいいですか?
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アルビオン