カルデア側にとって目の前に現れた2人は見知った存在なので、まずはエルメロイⅡ世だけが認識阻害を解除してもらって姿を現した。
(堂々と姿を晒しすぎたか。
敵対行動とまではいかんが、我々は彼女たちから見れば怪しいにも程があるからな。お礼参りは当然の成り行きか)
しかしセイバーの言い分には納得できない所もある。
「尋常に、ときたか。フン、こちらは一切お見通しだぞ。今回のアインツベルンはサーヴァントを陽動に、裏で殺し屋を暗躍させて奇襲を仕掛ける二面作戦だろうに」
Ⅱ世がわざとらしく皮肉げな顔をつくってそう言うと、アイリスフィールはまったく心当たりがなかったらしく心外そうに声を荒げた。
「何のこと? 妙な言いがかりはやめてほしいわ。
そちらこそ一体何を企んでいるの? 私には分かります。貴方たちは正式に招かれたサーヴァントじゃないでしょう?」
アイリの言葉の、少なくとも後半はビンゴである。
まあ彼女がこう言ってくることはⅡ世も予測していたので、さほど焦りはしなかった。
ここは持久戦の構えで根負けさせてお引き取り願おうとしたところで、アルトリアがそれを抑えるかのように前に出る。
「『尋常に勝負されたし』って貴女今言いましたけど、本気なんですか? 貴女がたが私たちに勝とうと思ったら、それこそ殺し屋に狙撃でもしてもらうしかないと思うのですが」
「…………いえ、単なる枕詞です。まずは貴女がたの正体と目的を探るべきでしょうから」
するとセイバーはあっさり前言を撤回した。
「とはいえ勝つ当てがないわけではありません……が……!?」
しかし戦闘になる可能性は十分あるのに真正面から出て来ただけあって勝算はあるようだったが、その台詞はだんだん尻すぼみになって最後には消えてしまった。
サーヴァントを複数連れて来れば確かに強くなるが、その分魔力消費も大きくなる。持久戦に持ち込めばすぐガス欠になるだろうというのがセイバーの見込みだったのだが、盾兵の後ろにいるマスターを今一度よく見てみれば、どういうわけか魔力が自分の2倍くらいありそうな怪物ではないか!
なるほどこれでは、真っ向勝負ではどうやっても勝ち目はない。
「……それで、貴女がたは一体何者なんですか?」
しかしこの集団には自分たちへの害意を感じないので、とりあえずそう訊ねてみるセイバー。
すると自分にそっくりな彼女は、スーツの男性に意見を求めた。
「Ⅱ世、今度は話していいですか?」
「……むう。私としてはもう少し状況が進んでからにしたい所なのだが……」
「でも昨晩埠頭でランサー陣営と対決しましたから、筋書き通りなら明日にはあの忌まわしき聖杯問答がありますよね。この機に同盟を組む所まで持って行って、アイリスフィールの城に入るべきだと思うのですが」
「……ふーむ」
アルトリアがずいぶん積極的なのは、聖杯問答に参加したいからのようだ。
Ⅱ世としては問答が終わった頃に乗り込むのが面倒が省けていいのだが、アルトリアが参加しても特段の支障はない。同盟を組んだからといってセイバーたちとずっと一緒にいる義務はないのだし、今同盟しても問題はなかった。
「貴女がそう言うなら仕方あるまい。説得は任せよう。
ただし用心は怠らんようにな。むろん私も奇門遁甲で警戒はするが」
「ありがとうございます」
アルトリアはまずⅡ世にそう礼を言ってから、事情が分からずはてな顔しているセイバーとアイリスフィールに種明かしを始めた。
「では率直に、貴女がたが知りたいことから話しましょう。
私たちはカルデアという組織の現地派遣部隊で、この第4次聖杯戦争に介入して大聖杯の起動を阻止するために来ました」
当人が言ったように実に率直かつ簡潔な説明だったが、これだけだとケンカを売ったに等しい。アイリは不審と不信を露骨に顔に出してアルトリアを睨みつけた。
「そ、それじゃやっぱり貴女たちは私たちの敵じゃ……!?」
「いえ、そうではありません。何故ならここの大聖杯は『この世すべての悪』に汚染されていて、起動したら世界中に大災害をもたらすだけの代物に成り果てているからです」
「な……!?」
アイリもセイバーも驚きを隠せない。自分たち、いや多くの魔術師と英霊が悲願をかけた願望機がそんなことになっていたなどと。
「証拠はあるの?」
「今はまだサーヴァントが脱落して吸収されていない、つまり大聖杯に魔力がたまっていないので、見ても分からないでしょう。
実は私たちも、大聖杯は100%汚染されているという確信を持っているわけではないので、もう少し状況を進める必要があるのです」
アルトリアやⅡ世の記憶と違って、ランサーのサーヴァントがヴリトラだった。それにエミヤという名の謎のアサシンもいた。こうした違いがあるので、他にも違いがある可能性は否定できないのだ。
もし大聖杯が汚染されていないのであれば、各陣営がよほどいかれた願望でも持っていない限り介入する必要は……いやセイバーの願望は諦めさせねばならないが。
汚染されていたら、当初の予定通り回収もしくは解体してカルデアに帰還すればいい。
「それで、大聖杯が起動するのはサーヴァントが5騎脱落した時だと私たちは考えています。つまり脱落者を4騎までに抑えつつ残った陣営を和解させれば、大聖杯を起動させずに聖杯戦争を終結させて大聖杯を処分できるというわけです」
和解できない陣営も複数あるから、それらが脱落した後で大聖杯を見に行けば真偽は判明する。手順としては分かりやすい話だった。
「どちらに転んでも、貴女がたにとっては良い話だと思いますよ。
少なくとも聖杯の正体が判明するまでは、これだけの戦力が味方につくのですから」
「………………確かに」
セイバーはしばらく考えた後、低い声でそう唸った。
聖杯が汚染されているなら、セイバーにとってもアイリにとっても無用の物だ。カルデアとやらが後始末してくれるならむしろ有難い話である。
また汚染されていなければカルデアは手を引く、もしくは敵対関係に戻るというのであっても、今同盟を蹴るよりは得だ。
組む以上は作戦などでいくらか妥協を強いられることもあるだろうが、カルデアはこちらが知らない情報をいろいろ持っていそうだし、それに基づいて行動できるアドバンテージの方が強いと思われる。
「あとは貴女がたが信用できるかどうかですが―――むッ!」
話の途中で直感的に危険を感じ、セイバーははっと周囲を見渡した。
そして彼女が動くより早く、盾をかざした少女がアイリスフィールの前に立つ。
「!?」
カキィン!と金属音が響いた。どうやら少女の盾が銃弾をはじいたようだ。
まさかアイリが狙撃されるとは! 盾兵がアイリをかばったからには彼女たちの仲間ではあるまいが、どこの陣営だ!?
「え? 何……!?」
「アイリ、気をつけて下さい。狙われています!」
事態の詳細までは分からないものの命を狙われたことは察して青ざめるアイリに、セイバーは切るような口調で注意を促した。
今回は無事だったが、狙撃者は1人とは限らないのだ。マスター狙いならサーヴァントでなくても務まるので。
「やはり伏兵か! だが今の攻撃は……」
「はい、標的は先輩ではなくセイバーのマスターでした」
Ⅱ世はアルトリアとセイバーが話している間に、マシュにマスターへの不意打ちに気をつけるようこっそり指示してあった。それでアイリをかばうのが間に合ったのだが、アイリを狙撃したのなら、犯人はアインツベルン陣営の者ではない。先ほどのアサシンか、それとも別口か!?
カルデア側もアインツベルン側も当惑したが、Ⅱ世の金鎖陣は今回も役目を果たしていた。赤いフードに灰色の鎧のアサシンが、気配遮断を破られて姿を現す。
「地勢操作魔術で隠身が効かないのか……まったく、やりづらい」
「あれはエミヤさん……!? キャスターのマスターを殺したのも多分彼ですよね」
マシュが改めて盾を構え直すと、その後ろに光己が駆け寄って来た。
「事情は分からないけど、とりあえずアイリスフィールさんを守ろう」
アイリが殺されたらセイバーも退去・生け贄となってしまうから要保護だが、マシュの本来の仕事は光己の護衛である。護衛対象は1ヶ所に固まっている方がやりやすいので、アイリの隣に移動したのだ。
いやアイリが死んでも光己がセイバーと再契約すれば彼女を留めておくことはできるが、現在の信頼関係ではそれは無理である。
ただアイリの右手の甲には令呪がないので、もしかしたら彼女はマスターではなくⅡ世の言う殺し屋の方がマスターなのかも知れないが、どちらにせよ今光己がアイリのそばにいるのは得こそあれ損はない。
「言うまでもないけど、アイリスフィールさんが美人だからお近づきになりたいなんて理由じゃないから誤解のないようにな」
「はい、先輩の本音しっかりいただきました! 後でお説教ですね!」
「この信頼のなさは一体……!?」
「び、美人だなんてそんな……って、そんな場合じゃないわね」
アイリは容姿を褒められてちょっと嬉しかったが、今相手をすべきは姿を見せた狙撃者の方である。
実際アイリは暗殺者なんて使っていないし、目の前の人物も初対面なのだ。
「貴方、クラスはアサシンね。漁夫の利が狙いってわけ?」
「いや、狙いはおまえ一人だけだ。聖杯の担い手」
「……何ですって?」
いきなり正体を暴かれたアイリはまた当惑したが、その隙に狙撃者はマシュの盾に阻まれないよう素早く横に跳んでいた。
サーヴァント基準でもかなり速い動きだったが、その正面にセイバーが立ちはだかる。
「させるものか!」
「ちッ!」
するとエミヤは諦めたのか、また宝具を使って逃げて行った。
実際光己たちがアイリ護衛に回った以上、長引いたらエミヤは多勢に無勢で負けるに決まっているので、引き際をよくわきまえていると言っていいだろう。
「待て、おまえは何者だ!? それに聖杯の担い手と言ったな。それを狙撃するとはどういうことだ!?」
「説明は無意味だ。僕は人の理解の埒外において使役される者。人倫の枠に囚われた者とは、相容れる筈もない」
Ⅱ世はその背中に疑問を投げかけたが、返ってきたのは交渉を拒否する言葉だけだった。
エミヤが退散し、ジャンヌのサーヴァント探知とⅡ世の金鎖陣でも特段の反応は見られないので、一同は話し合いを再開することにした。
「不幸中の幸いと言うべきか、これで我々が貴女がたの敵ではないことは分かっていただけたと思う。波止場でも怪しいといえば怪しい言動をしたが、それも止むに止まれぬ仕儀あってのこと。むしろあって然るべき追い打ちがなかったことに、そこのセイバーも違和感を感じていたのでは?」
「……そうね。今回はこちらが助けられた形になったわけだし」
Ⅱ世のたたみかけるようなトークスキルに、アイリは頷かざるを得なかった。
実際もしも彼らが敵だったなら、自分はとっくに死んでいたのだ。
「ところでお尋ねしたいのだが、先程のアサシンについて何か心当たりは? 聖杯の担い手とか言っていたが」
「……それは」
この辺はアインツベルンの秘事であり、初対面の者にやすやすと明かせることではない。
とはいえ命の恩人の質問にあまりすげない答えをするのも気が引けた。
そこで、秘事とは別に自分が感じたことを話すことにする。
「彼の正体は見当もつかないけど、確かに不思議な感じはしたわ。初めて会う相手のはずなのに、何故か……私にとって深い因縁のある人だったような……。彼は私を殺すためだけに、私は彼に殺されるためだけに、この場に居合わせたかのような……。
私たちは2人とも、お互いを壊し壊される運命にあるような、そんな気がしたの」
「そんな!?」
護衛している相手にそんなことを言われてはたまらない。セイバーが泡喰ってアイリに詰め寄る。
一方Ⅱ世は顎の下に手を当てて考え込んでいた。
「ふーむ。アインツベルンの秘技の結晶たるホムンクルスの直感ともなると、笑い飛ばせる話ではないな」
アイリが話を逸らせようとしたことも考えれば、エミヤの正体と思惑についてある程度の想像もついてくる。しかしそれを性急に口にするのは避けた。
「互いを殺し合う運命……いいえ。
いいえ、アイリスフィール。それはありません。
貴女は私がこの剣に懸けて守り通します。貴女は勝利すべくしてこの戦場に立っているのですから」
「ええ、そうね。こんな頼もしいサーヴァントが側に居るのだし、何も怖がることなんてないわ」
せっかく主従が絆を深めているのに水を差すこともないので。
やがてアイリはセイバーとの話をいったん終えるとマシュの方に体を向けた。
「最後に、そちらの盾の英霊さん。あの援護は本当に見事でした。礼を言います」
「はい、どう致しまして。同盟相手が無事で良かったです」
「ええ、ここまで来たら同盟を断るという選択はないわね。仲良くしましょう」
「はい、こちらこそ!」
そしてついに同盟が成立したが、その傍らではセイバーがまた考え込んでいた。
(あの盾のようなものは……仮にそうだとしたら、あの少女は……。
いや、本人がまだ知り得ないのなら、私が口にするべきではないのでしょう……)
「マシュのことが気になりますか?」
「え!?」
不意に声をかけられてセイバーがそちらに顔を向けると、カルデアの自分が微笑を浮かべてこちらを見ていた。
なるほど、彼女なら当然事情を知っているはずだ。
「マシュはもう自分に力を貸しているのが誰であるか知っていますよ。
そのことを受け入れて、力も発揮できています。問題はありません」
「そうですか、なら私が言うことは何もありませんね。
やはり貴女がたは悪人ではない。それだけは確かなようです」
「おや、私だけでは信用できないと?」
「ええ、今いち」
セイバーが小さく笑いながらそう言うと、向こうの自分も同じように笑った。
「フフッ、その判断は正しいですよ。何しろ私は、まだ重大な隠し事をしているのですから。
Ⅱ世、そろそろいいのでは?」
「そうだな。レディ・モルガン、認識阻害を解除してくれ」
「え!?」
セイバーにはとても聞き過ごせない人名を聞いた直後、彼らの背後の気配が変わりいくつかの人影が現れる。
まさかこれだけの戦力を隠していたのか!? しかもその中にいるあの女は。
「モルガンーーーーーッ!!!???」
セイバーは思い切り目を剥いて絶叫した。
お願い、死なないでセイバー! あんたが今ここで倒れたら、アイリさんやイリヤとの約束はどうなっちゃうの?
魔力はまだ残ってる。ここを耐えれば、モルガンに勝てるんだから!
次回「セイバー死す」デュエルスタンバイ!
モルガンってアルトリアの聖杯にかける願いが「自分が王のまま国を救う」だったらそんなに怒らないでしょうけど、「王の選定をやり直したい」だったらブチ切れそうな気がします。AZOでは当然のことながらZeroセイバーで良かった(ぉ