カルデア一行とジャンヌは森の奥の方まで入ると、ダ・ヴィンチ製収納袋からビニールシートを出して腰を下ろした。
「それでは改めて自己紹介を。私はジャンヌ・ダルク、ルーラーのサーヴァントとして現界しました」
「ルーラー?」
耳慣れない単語に光己が首をかしげると、ジャンヌは親切に解説してくれた。
それによると、ルーラーとは聖杯戦争で周囲への影響が大きくなりすぎる場合に召喚される裁定者で、その任務のために真名看破、神明裁決、半径10キロ内のサーヴァントの探知、そして参加サーヴァントへの令呪といったさまざまな能力を与えられている。
その分なるための条件は厳しく、聖杯にかける望みがないこと、特定の勢力に加担しないこと、などが求められる。
「ただ私の場合、クラスは間違いなくルーラーなのにその特典がなく、聖杯から与えられるはずの知識すらなくて困っていたのですが……」
幸い出身地なので言葉や土地勘といった面は問題なかったものの、現界した時は自分が何をすればいいのかすら分からず立ち往生してしまったほどである。
とりあえず周囲を探索して、最初に見つけた人里が生まれ故郷のドンレミだったのはいいが、「竜の魔女」の話がすでにここまで広まっていたため居座ることができず追い出された。それでもう少し情報を集めようと、フードで顔を隠してヴォークルールを目指していたところで光己たちと出会ったというわけである。
「なるほど、そりゃ大変だなあ……しかもその様子じゃドンレミ村には行けないか」
観光もとい資金調達と情報収集という重要な目的があったのだが、ジャンヌを仲間にするならあきらめるしかないだろう。残念である。
まあ彼女はすごいおっぱい&太腿チラリズム、じゃなかった美人、でもない立派な人物ぽいので、彼女と同行できるなら差し引きは大幅プラスだけれど。
ジャンヌのルーラースキルが使えないのは惜しいが、無いものをとやかく言っても責めるだけになりそうなので、話題にするのは控えた。
「それで、皆さんはどういった事情でここに?」
光己がそんなことを考えていると、ジャンヌが自己紹介を求めてきた。
そういえばアストルフォにもまだ詳しいことを話していなかったし、ちょうどいい機会である。
「うーんと、つまり1から説明しなきゃならんのだよな。じゃあまずはカルデアのことからか」
もっとも光己自身そこまで詳しくはないのだが、何か問題があればマシュがフォローしてくれるだろう。光己はカルデアのこと、人類滅亡と特異点のこと、そして自分たちがそれを阻止するために過去に来たことを説明した。
正直突拍子もなさすぎて信じてもらえるかどうか不安だったのだが、2人はごくあっさり信じてくれた。
「なるほど、人類が歴史ごと滅ぼされたと……ならば、私がここに召喚されたのは貴方がたと協力するためなのでしょう。ご迷惑でなければ同行させて下さい」
「うん、もちろんボクも一緒に行くよー!」
そしてフランスを守るために戦った聖女と聖騎士だけに、自分から協力を申し出てくれた。これでサーヴァントが7騎という大人数になったわけで、本当に心強い話である。
「ありがとう。俺自身はたいしたことできないけど、よろしく頼むよ」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。それでこれからどうするのですか?」
「そうだな。ドンレミには行きづらくなったから、ヴォークルールで資金調達と情報収集しようと思うんだけど」
「そうですね、私ももともと行くつもりでしたし良いのでは。ところで資金調達とは?」
なるほどサーヴァントだけならともかく、生身の人間は食料その他でお金が必要になることもあるだろう。しかしこの地に来たばかりの余所者がどうやって稼ごうというのか?
今この時も「竜の魔女」が破壊と殺戮を繰り返しているのだから、地道な労働とかそういう時間がかかることは避けて欲しいのだが。
「ああ。ここにあるワイバーンの肉と骨に加えて目玉商品、カルデアからコショウやショウガを送ってもらって売るんだ。その代金をカルデアに送って古銭として売ってもらって、その金でまたコショウを買って送ってもらう。この三角貿易なら、俺たちみんなが一生豪勢に暮らせるくらいのお金がすぐ貯まるに違いない」
「いえ先輩。カルデアの外には人がいませんので、古銭があっても売ることはできませんが……」
「ぐはっ!?」
せっかくの大構想に致命的な欠陥を指摘され、光己は心臓に杭を打ち込まれた吸血鬼のごとく白い灰になってくずおれた。
ジャンヌは彼の構想にはもちろん反対の立場だが、さすがに哀れを覚えて声をかける。
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
「あ、ああ大丈夫。ちょっと精神的に致命傷受けただけだから」
「致命傷!?」
真に受けたジャンヌが慌てて光己を助け起こしに行く。光己は何とか自力で体を起こして心配ないという意味で片手を上げたが、その手のひらが何か柔らかいものに当たった。
「ん?」
つい反射的に軽く握ってみると、それは布みたいな手触りで、柔らかく指でたわみつつも、絶妙な弾力で押し返してくる。一体何なんだろう?
「……っ、きゃぁぁ!?」
その直後に、ジャンヌが悲鳴を上げながら両手で胸をかばって後ろに跳び退いたことで、光己は自分が何をさわって、いや揉んでいたのかを悟った。
「ご、ごめんなさいぃぃ!!」
反射的に光己はドゲザしていた。ドゲザこそ生存への究極の意志、というわけでもないしわざと触ったわけでもないが、こうする以外に方法を思いつかなかったのだ。
手のひらの感触は絶対忘れないでおこう!とも固く決意していたが。
「い、いえ……わざとじゃないようですし、どうか頭を上げてください」
するとジャンヌは光己の頭と肩に手をそえて、許すというよりやさしく力づけるような口調で抱え上げてくれた。加害者としては「これが聖女か!」と感動せざるを得ない。
その後マシュには当事者ではないにもかかわらず頬をつねられたが、そのくらいささいなことと流せるくらいの感動度である。
「じゃあ香辛料を売るのは経費を稼ぐ分だけとして、そのためにも早いところサークルを設置しよう」
これ自体は必要なことなので、ジャンヌも反対はしなかった。ロマニに霊脈地を探してもらったところ運よく森の中にあったので、そこに設置してベースキャンプを確保し、計画通り香辛料を送ってもらったら、ようやく次の目的地に移動することとなる。
「でもヴォークルールまでは20キロもあるんだよな。今から歩くと夜になりそうだ」
運動部所属ではなかった光己には、時速4キロとして5時間ぶっ通しで歩き続けるのはつらい。途中で休憩を入れるとすると着くのは8時か9時になるだろう。
するとアストルフォがいかにも名案があるよ!と言いたげに元気よく手を挙げた。
「それならマスターはボクと一緒にヒポグリフに乗ればいいんじゃないかな? 他のヒトたちはランニングということで」
なるほどヒポグリフの飛翔力とサーヴァントの脚力なら、20キロ程度15分もかからない。マシュだけは生身の肉体があるから配慮がいるが、さしあたって今日のところは大丈夫だろう。
確かに名案である。
「あ、でもルーラーはうさぎ跳びかな。知識もスキルもないって言ってたから鍛えないとね!」
「じゃあレスリングでもしましょうか!」
しかし余計なことを言ったので、ジャンヌが飛びかかって取っ組み合いが始まった。
その変わり身の速さに光己とマシュは茫然としてしまう。
「マシュ、ジャンヌ・ダルクってこういう人物だったっけ?」
「さ、さあ……目の前にあることが真実なのではないでしょうか。
列聖されたのもずっと後のことですし」
さっき光己を許した時の彼女はまさに聖女ムーブであったが、考えてみれば生前はイングランド軍に対してはひたすら積極攻勢だったのだから、このケンカっ早さも彼女の一面なのかも知れない。今回の相手は同国人の聖騎士だが。
光己とマシュにはなすすべもなかったが、ブラダマンテが割って入る。
「もう、2人とも何してるの! 未来から来てくれたマスターの前でバカやったら、フランス自体がアレだって思われるじゃない」
「……はっ!?」
するとアストルフォとジャンヌは正気に戻った!してケンカをやめた。
本人の認識がどうあれ、聖騎士とか聖女とか言われている者が外国人の前でしょーもない理由で取っ組み合いをしていたら「フランスの英霊ってこんなんばっか?」と思われかねない。まだ会ったばかりでお互いの評価が定まっていない時期であり、不用意な言動は慎むべきだと判断したのである。
「これは私としたことがつい。はしたないところをお見せしました」
「いやー、面目ない!」
2人は光己に謝ってきたが、光己はさほど気にしていなかった。
「いやあ、素人マスターに協力してくれるってだけで御の字だからそんなこと思わないよ。
何だったら今のうちに、『殴り合ったらダチ!』とかやってもらってもいいし」
「い、いえ、そこまでは……」
2人ともわだかまりの原因をはっきり把握していないだけに、そこまでするつもりはないようだ。
しかしブラダマンテはまだ納得していなかった。
「でも今回ケンカ売ったのはアーちゃんだから、罰としてヴォークルールまではランニング! ヒポグリフは私が乗るから」
「ええー! 何でー!」
「何でもなにも今言ったでしょ!」
「ちぇー、しょうがないなあ」
アストルフォはぶーたれながらも了承したが、光己にはよく分からなかった。普通の馬ならともかく、空飛ぶ幻獣を貸し借りなんてできるのか!?
「はい、アーちゃんが乗ってるヒポグリフはもともと私が魔術師アトラントから奪……いただいたものなんです。実際私もライダークラスで現界すれば連れて来られるんですよ!
いえアーちゃんに譲ったのを後悔してるわけじゃないんですが、アーちゃんが乗ってるの見たら、私ももう1度乗ってみたくなりまして」
「へえー。まあお互い納得してるんなら」
いとこで仲も良いみたいなので、光己はいちいち口出しするのは避けた。ちゃんと乗りこなせるなら問題あるまい。
いやそれどころか―――。
「それじゃマスター、皆さん、そろそろ出発しましょう!
マスターはヒポグリフは初めてですよね? なら私のお腹にしっかりつかまっててくださいね!」
流れに任せているだけで、レオタード美少女に合法的に後ろから抱きついていられるというタナボタにありつけてしまうのだ!
ただ光己は馬にすら乗ったことがないので空飛ぶ幻獣に乗るのは怖かったが、勇気とはこういう時に振り絞るものである。ヒルドに腋の下をかかえてもらって宙に浮かんでヒポグリフの背中に座った。
「あ、考えてみたらこのままあたしが運んで行ってもいいんだよね。もしヒポグリフが怖いんだったら、あたしがヴォークルールまで抱っこしてってもいいけど?」
「ん? う~~~ん。ありがたい申し出だけど、今回は先にブラダマンテの話に乗ったから次回にしとくよ」
「うん。マスターってその辺けっこう義理堅いよね」
彼は先ほどの三角貿易とやらでも、自分だけではなく「俺たちみんな」と言っていた。仲間との友誼を大切にするのはエインヘリヤルとして好ましい性質であり、ヒルドは彼の将来への期待度をまた1ポイント上げていた。
それはともかく、光己がヒポグリフに乗ったらヴォークルールに向かって出発である。
鷲と馬の幻獣が翼を大きくはためかせると、その重そうな図体がふわりと浮かび上がる。
「おおっ!?」
光己の体勢はバイクの2人乗りの後ろ座席と同じで、彼の体を固定するものは前席にいる人の身体しかない。まして空中では不安度倍増であり、光己はブラダマンテのお腹に回していた手に力をこめて、胸板と腹部を彼女の背中に押し当ててしがみついた。
「あっ、すみません、マスター。発進が急すぎましたか?」
「いや、大丈夫だよ。でもこのままの体勢でいい?」
「はい、かまいませんよ」
「ありがと」
ブラダマンテが快くしがみつく体勢を許してくれたので、光己はほっと息をついた。
しかしこの体勢は……!
(控えめに言って最高!)
ぴったり密着している彼女のカラダは、強い戦士なのにそこまでマッシヴではなくやわらかくて温かくて、何かこう非常に気持ちいい。それに髪やうなじの匂いがいかにも女の子という感じに甘酸っぱくて、具体的にはシートベルトもなしに空を飛んでいる不安感が90%ほどカットされるくらいにグッドだった。
カルデアに来て以来いろいろ大変なことが多いが、こういう良イベントがあるとモチベーションが回復する。
「でも2人乗ってるのにこんなに速いってすごいな。時速80キロくらいは出てるのかな?」
「そうですね。もっと出せますが、これ以上は向かい風がマスターにはきついでしょうから」
「そだな、ありがと」
「はい!」
まあランニング組にあまり急がせるのも何だし、このくらいがベストだろう。むしろもっと遅くても良いのだけど!
そしてヴォークルールの城壁が見えてきたところで、光己は地面に降りるよう頼んだ。
「幻獣に乗って飛んで入ろうとしたら、竜の魔女と間違えられるかも知れんからさ」
「ああ、さっきは襲われてる最中でしたからいいですけど、今はそうじゃないですものね」
そういうわけで光己とブラダマンテは着陸して、ヒポグリフをアストルフォに返して引っ込めてもらった。
「それでマスター、ヒポグリフの乗り心地はどうでしたか?」
「ああ、最初は怖かったけど慣れてくると爽快だったな。今度はただの移動じゃなくて散策で乗せてもらってみたいかな」
「そうですか、じゃあ時間が取れた時にお乗せしますよ! マスターに私の故郷見てもらえるのうれしいですし」
「おー、そんな風に言ってもらえる方がうれしいな。もんじょわ!」
「Montjoie!」
機嫌よさそうにハイタッチをかわす光己とブラダマンテ。光己は明るく快活なタイプと相性がいいようだ。
その後はみんなで普通に歩いて街に向かう。段蔵のニンジャ視力によれば、城壁の上には見張り兵がいるが、門は開けっ放しで衛兵はいないようだ。
ただ城壁は例によって半壊状態である。
「うーん。考えてみれば、ワイバーンは空飛べるんだから体当たりで壁壊す必要ないよな。ってことは、これはイングランド軍の大砲なり投石器なりでやられたってことか」
「でもイングランド軍は撤退したんですよね。なのに修繕しないというのは、それだけの余裕がないのでしょうか?」
光己の独白にマシュが首をかしげる。
「うーん。ワイバーン相手じゃ役に立たないから後回しなのかも知れないな。
でも盗賊とかは入りやすくなるだろうから直すべきだとは思うけど、やっぱ余裕がないのか」
何にせよ、イングランド軍が撤退したからか衛兵がいないのはラッキーだった。もしいたら簡単には入れてくれないだろうから、夜を待って段蔵に気絶させてもらうとか、そういうイリーガルな手段を取らざるを得ないところなので。
「そういうの見てみたいって気持ちはあるんだけどさ」
「マスターのご下命があればいつでも披露いたしまするが?」
「へ? いやいややらなくて済む時にやらなくてもいいって」
忍者娘は妙にやる気たっぷりだったが、必要もない不法行為はしたくないので今回は辞退した。
そして一行は無事街に入ると、まずは肉と骨と香辛料を売って軍資金を手に入れた。次はその店で宿屋を紹介してもらって今夜の寝床を確保する。
あとは情報収集だが、砦で聞いた以上の詳しい話は聞けなかった。
ただ街の中の建物はおおむね無事で、住人もそこまで暗い感じはしないので、城壁が壊れていたのはやはりイングランド軍の仕業のようだ。
光己とマシュは外国の街ということで建物やら何やらいろいろ物珍しくて観光してみたいのだが、今日のところは我慢していた。
「そこそこ大きな街ですが、民間人や一般兵には詳しい情報は知らされてないのかも知れませんね」
ジャンヌが残念そうにぼやく。領主ならもう少し情報を持っているかも知れないが、会う伝手はなかった。
「まあ仕方ないよ。それじゃ暗くなってきたし、今日はもう切り上げよう」
「はい」
知らない街で夜中に出歩くなんて無駄な危険しかない。光己たちは宿屋に引き上げると、マシュ以外のサーヴァントは食事はいらないし霊体化できるから部屋もいらないのだが、軍資金は十分あるということで、ヒルドたちにも食堂で好きなものを食べてもらっていた。
「へえー、これが600年後の料理ですか! なかなか美味しいですね!」
「うんうん。こうしてみんなで美味しいごはん食べてると、人類を滅ぼそうなんて考えまったく理解できなくなるよね!」
ブラダマンテとアストルフォは特に興味があるだろうし。600年後の料理は口に合ったようで何よりだった。
その後はもう就寝なのだが、部屋割りは当然ながら男女別である。アストルフォがいなかったらマスター1人というのは不用心なのでみんな同室もありえたが、十二勇士の1人がいる上にヒルドが部屋に結界を張ったのでは安全性について不安を申し述べる隙がない。
「ご不安でしたら段蔵が天井裏で警護いたしまするが?」
「へ? おお、時代劇でよくあるアレか! あー、興味はあるけど1人で徹夜は悪いからいいよ」
「そうですか……」
段蔵は残念そうだったが、大名的なメンタルを持っていない光己には、そこまでされると申し訳なさが先に立ってしまうのである。
そんなわけで、フランスに来て最初の夜は(残念ながら)何事もなく更けていったのだった。
魔法少女イベントは敵HPの低さに時代の流れを感じるなあ……。