カルデア一行とアイリスフィール&セイバーは何事もなくアインツベルンの根拠地に帰り着いたが、驚くべきことにそこは小さいとはいえ西洋風の城であった。
「おぉっ、これもしかして城じゃないか!? もしかしてアインツベルンってすごい金持ち!?」
「そうですね、まさか一時的な拠点のためだけにこんな大きな建物を用意するなんて」
光己とマシュは驚きのしばらく固まって茫然としていた。
エルメロイⅡ世によればケイネスはお大尽にもホテルの1フロア全部を借り切っていたそうだが、それと比べても桁が違う。
何のメリットがあってそこまでするのかは分からないが、お金があったら贅沢したくなるのだろう。あるいはアイリは名前に「フォン」がついているから貴族の出身なのかも知れず、それなら体面を保つための出費という線もある。
「それじゃカルデアの皆さん、遠慮なく上がってちょうだい。敷地全体に結界が張ってあるけど、私と一緒なら大丈夫だから。
夕ご飯はもう食べたのかしら?」
「はい、ジルやイスカンダルと会う前に」
「そう。ならまず軽くシャワーでも浴びてもらって、その後でデザートでもいただきながらこの先の予定についてお話しましょう」
先ほどの会話によるとアルトリアはこの聖杯戦争の記憶があるそうだから、今後の敵陣営の動きをある程度は知っているはずだ。それを聞けばアインツベルンの勝利はぐっと近づく。
いや勝利しても聖杯は入手できない可能性の方が高いのだが、もし聖杯が汚染されているのであれば後始末をするのは御三家から派遣されたマスターとして当然の責務だろう。
アイリは一行を応接室に案内すると、メイドを呼んでデザートの用意を言いつけた。
「すごい立派な部屋だな。てかあれ本物のメイドさん? すげぇー!
カルデアでも雇用してくれればいいのに」
光己は部屋の広さや高価そうな調度品より、メイド服を着たお姉さんに関心があるようだった。
なおアルトリアオルタが水着になるとメイドになるのだが、光己的にあれは真のメイドとは認めづらいらしい……まあ残当ではある。
とりあえずアイリが言ったこの先の予定については、光己の処理能力を超えるのでⅡ世とアルトリアに丸投げした。
「まあ妥当な判断ではあるが……それでアイリスフィール嬢、アインツベルン陣営のマスターは本当に貴女ということでいいのかね? それに殺し屋を使っていないということも」
Ⅱ世としては自分の記憶にあることなので、特にしっかり確認しないと気が済まないようだ。
するとアイリは右手の甲を布巾で拭ってから、Ⅱ世たちにかざして見せた。
「令呪……!? 化粧品か何かで隠していたのか」
「ええ、若い女性としてはこんな目立つアザをそのままにして出歩くのはちょっとね。
殺し屋だって使ってはいないわ。アインツベルンの名にかけて誓いましょう」
「……むう」
そこまで言われればⅡ世も突っ込む余地がない。
もっとも仮に殺し屋を使っていたとしても、もう困ることはないのだが。
次はアルトリアが口を開いた。
「分かりました、貴女の言葉を信じましょう。
ところであのアサシンですが、ルーラーの真名看破によると名前をエミヤ……これは私の知る第4次聖杯戦争において、私のマスターであり、貴女の夫でもあった男性の名前なのです。むろんサーヴァントではなく生きた人間として」
これは非常にセンシティブな問題だと思われたが、彼は今回の聖杯戦争のカギになりそうな人物だし、ずっと隠しておくのもそれはそれで不実である。さすがに夫婦関係の内情までは述べなかったが、最低限必要だと思うことは明かしたのだ。
「なっ……!?
…………いえ。そういう世界もあったからこそ、私は彼に特別なものを感じたのでしょうね」
アイリは全く信じないか、あるいはもっとショックを受けても良さそうなものだったが、アルトリアが予想したよりは冷静だった。とはいえ表情はこわばり呼吸も乱れているので、アルトリアはそれが落ち着いてから話を再開した。
「エミヤのクラスはアサシンですが、このクラスの枠はすでに言峰というマスターが別のサーヴァントを召喚したことで埋まっています。つまり彼は正規に招かれた7騎とは別物―――それが聖杯の担い手たる貴女を殺そうとする理由といえば」
「大聖杯が起動して大災害を起こすのを阻止するために派遣されてきた『抑止の守護者』である可能性が高いわけだ」
アルトリアの台詞をⅡ世がそう言って引き継ぐと、アイリもセイバーもいくらか顔を青ざめさせながらも頷いた。
「つまり、貴方がたとエミヤは同じ目的で動いているの?」
「さすがに聡いな。その通りだが、手段と結果は違う。
彼の方法はあくまで今回の聖杯戦争をお流れにするに過ぎない。また次回の聖杯戦争が起こったら、同じことが繰り返されるだろう。
しかし大元の大聖杯を解体すれば、この問題は二度と発生しなくなるのだからな」
なるほどⅡ世の言う通りだが、ならばなぜエミヤは根本治療をせず対症療法を選択したのだろうか?
「手間と難易度の問題だろうな。一口に解体といっても、それは大樽一杯に貯まったニトログリセリンを抜き取る作業みたいなものでな。
雑に扱えば樽が壊れて大惨事になりかねん。安全に処理するには事前に入念な下準備が必要だ。一晩二晩ではどうにもならん」
和解できる陣営を先に説得しておくのもこのためである。作業中に襲撃されてはたまったものではないので。
「なるほど……それで、彼は説得できるのかしら?」
「目的は同じですから、話し方次第でしょう。
先ほど話した4騎縛りがありますから脱落させるのは好ましくありませんし、個人的にも彼と戦いたくはありません。
性格的な相性はお世辞にも良かったとは言えませんが、彼が真剣に世界の平和を願っていたのは確かですから」
「……うまくいかせたいものね」
アルトリアのやや沈痛な声色での答えに、アイリも同じような表情で頷いた。
次は正規に召喚されたサーヴァントたちについての話である。担当はⅡ世だ。
「彼についてはこちらから追わなくても、先方から勝手にやって来るだろう。アイリスフィール嬢は外出する時は警戒を怠らないようにしてくれ。
次は正規の7騎についてだが、まずセイバーとキャスターは今ここにいるから解決済みだな。バーサーカーは当人とは会話が通じないが、マスターとは連絡が取れていて明日会う予定になっている。
アーチャーとアサシンは、アーチャーが説得不可能なのとマスター同士がつるんでいるので排除せざるを得ない。
この両名は、私とアルトリア嬢の記憶通りなら明日の深夜にこの城に押しかけてくる。ライダーも来て、いや最初に来るのはライダーなのだが、ともかく彼とアーチャーとセイバーで『聖杯問答』と称した飲み会が始まるのだ」
「……は!?」
1つしかない至宝をめぐって殺し合う間柄でなぜ問答だの飲み会だのという流れになるのか。アイリとセイバーは数秒ほどぽかんと口を開けて、返す言葉が思いつかなかった。
「私にとってもあの征服馬鹿の考えることは意味不明なのだ。
いや彼らの会話によれば、聖杯は相応しい者の手に渡るのだから、問答で王の器だの格だのを示せば血を流すには及ばないということらしいが」
「…………。うーん、まあ分からなくもありませんが」
セイバーはこのままの流れならライダーの挑戦を受けて問答に応じる身だけに、一応理解はできたようだ。
「それで、その場で誰かが聖杯を手にしたのですか?」
「いや、アサシンが邪魔に入ったので問答自体が中断された。
もっとも問答を最後までやったところで、三者とも敗北を認めはしなかっただろうがな」
話し合いだけで決着がつくなら、人類史に戦争なんて起こっていない。どう転んでも、最終的には腕力でケリをつけることになるに決まっている。
「まあ、そうですよねぇ……」
仮にその問答で劣勢になったところで、じゃあ聖杯諦めて帰りますなんて誰も言うわけがない。
ではなぜそんな問答をするのかといえば、単に酔狂か、論破することで精神的優位に立つためか、そんなところだろう。
「―――で、そちらの私!」
そこにアルトリアがセイバーに向かってがばっと身を乗り出した。
「その問答ですが、私に代わってくれませんか?
貴女がやっても嫌な思いをするだけなのは分かってますので、代理出席したいと思うのですが」
「えええ!? ……って、貴女は問答を経験済みなんでしたね。私にとって不愉快な結果になったのですか?」
「ええ、身体的なケガはありませんでしたが。なのでリベンジをしたいのです」
「……」
目の前にいる女性がとても負けず嫌いな性格であることは、セイバーも身を以てよく知っている。
セイバーはライダーやアーチャーに恨みはないので、アルトリアがそこまで望むなら代わってやっても構わないが……。
「でも先ほど貴女は聖杯にかける望みはないと言いましたよね。ちゃんと問答できるんですか?」
「私とあの2人との問答では、むしろない方が有利ですから」
「……」
どうやらセイバーの望みはライダーやアーチャーにとって評価すべきものではないようだ。
ならば自身で論戦してその価値を証明したいとも思うが、それがうまくいかなかったからアルトリアはリベンジを望んでいるわけで。
「それとですね。さっきⅡ世が言ったように、問答の最中にアサシンが襲ってきます。私の記憶通りにいけばライダーが宝具で倒しますが、事態の流れによってはアイリスフィールが攻撃を受ける可能性もあるのです。
いえ問答に同席せず邸内に隠れていれば大丈夫ですが、ライダーのマスターは来るのです。そういうわけにはいかないでしょう」
「なるほど……しかしそれでは、アイリの代わりにミツキが危険に晒されるのでは?」
「はい。ですのではなはだ不本意ではありますが、モルガンに幻術か何かでごまかしてもらえればと……」
アルトリアがためらいつつもモルガンの顔を見ると、魔女な姉は思い切り愉悦の表情を浮かべた。
「うむ。我々の目的を考えれば、アイリスフィールはあまり表に出さぬ方が得策だな。サーヴァントの我が儘でマスターを危険に晒さないのも当然のことだ。
良い判断ではあるが……人にものを頼む時には、それなりの言い方というものがあるのではないか? ん?」
「ぐぎぎぎぎ……」
ここぞとばかりに超上から目線で見下ろされてアルトリアはぎりぎりと奥歯を噛み鳴らしたが、今回の希望が私情であるのは分かっているので拒否することはできなかった。
「お、お願いします。モルガン」
「『モルガン』!? んん!? 『モルガン』……!?」
「くくぅ……! あ、姉上! お、お願い致します……!!」
アルトリアが屈辱の涙を飲みつつもモルガンを姉上と呼んで頭を下げると、魔女陛下は満足したらしく舌鋒を収めた。
「んー、まあよかろう。
連中がアイリスフィールの顔を知らないのであれば、私の分身を使えばいい」
モルガンは魔力リソースさえあれば自分と同じ能力を持った分身を複数操ることができる。これらはサーヴァントそのものというわけではないので、サーヴァントが見てもサーヴァントだとは思わないはずだ。
ただそのままだと魔力が強すぎて怪しまれそうだから、それを削る分人間っぽく見えるように細工すればいい。
それでも眼力がある者なら不審がるかも知れないが、Ⅱ世によればアインツベルンというのはホムンクルス製作の大家だという。そういうホムンクルスなのだと言い張れば、連中もそう深くは突っ込んで来るまい。
「分身……さすがはモルガン王妃ね」
アイリはモルガンの技量にいたく感心したようだ。
そういうことなら任せても良さそうである。アイリ自身は問答をしたいわけではないし。
「それじゃお2人にお願いするわね。
……で、これでさしあたっての問題は全部結論が出た……って、ちょっと待って。
今までの話にランサー陣営のことが出なかったんだけど、どうなってるのかしら?」
カルデア一行が倒したにせよ和解したにせよ、あるいはまだ出会ってないにせよ、話題にしないのはおかしい。なのでこちらから訊ねてみると、アルトリアとⅡ世はあまり語りたくないのか目を見合わせたが、押しが強いのはアルトリアの方らしくⅡ世の方がやれやれといった感じで話し始めた。
「……喰った。こちらのマスターが」
「は!?」
また何かおかしなことを言われて、アイリとセイバーは目をぱちくりさせた。
今度は何の冗談なのだろう?
「冗談でも嘘でもないぞ。実際に、ランサーの霊基を丸ごと
そうだ、貴女が聖杯の担い手ならランサーが大聖杯に回収されたかどうか分かるのではないか? 時刻はちょうど昨日の今頃なのだが」
「え!? え、ええ……そうね。そういえば何か来たような感覚が、気のせいぐらいにはあったけど……」
「ふむ、なら99%喰えたということになるな。ランサーは4騎縛りの勘定に入れなくていいわけだ」
「……ええと、それはそれでいいと思うけど……」
アイリはⅡ世の目算には同意したが、その前の段階はやっぱり理解できなかった。
サーヴァントが人間の魔力を奪うことはままあるが、人間が敵対的サーヴァントを丸ごと吸収するとはいったい。
「いやいや、俺はただの一般人マスターですよ。本当は数合わせの補欠だったのが、事情があって現場入りになっちゃった程度の」
「……」
すると視線に気づいたのかカルデアのマスターが言い訳めいたことを言ってきたが、この怪物が本来は補欠だったというならカルデアとはどんな魔境なのだろうか。怖くなってきたアイリは考えるのをやめたのだった。