光己はトレーニングを終えると、角と翼と尾を引っ込めてからアイリスフィールとセイバーに挨拶しに行った。
「とりあえず午前中はこれで終わりですので。場所貸してもらってありがとうございました。
いやあ、なにぶん元素人ですのでここまでやるのには苦労しましたよ」
「あ、いえ、どう致しまして……」
光己の挨拶に不自然な点はなかったが、アイリの返事はいくぶんこわばって固い感じだった。
アイリはアインツベルン最高傑作のホムンクルスで魔術方面の知識もあるから超常的な現象には耐性があるのだが、光己がやらかしたことはその埒外だったらしく、ちょっと引いてしまっているのだった。
(うーん、期待したのと反応が違う?)
光己が昨日「自分は本来補欠の一般人だ」と言ったのは実は仕込みで、その素人が血のにじむような、もとい実際に血を飲む修業の果てにこれだけ強くなったのだから少年漫画のヒーロー原則的に考えて好感度大アップだと思ったのだが、どうもアテが外れたようである。何がいけなかったのだろうか?
しかしせっかく美人で性格も良さそうなお姉さんと同盟関係になれたのだから、ここはもう一押ししたいところだ。ただ光己はコミュ力は人並みなのですぐには気の利いた台詞が出て来なかったのだが、その隙に横から腕を引っ張られて連行されてしまった。
「はい、先輩はもう下がって下さいね! あとのことはこの私、マシュ・キリエライトが引き受けますので!」
「いや待てマシュ、ここはマスター同士でないと失礼に当たるだろ」
「先輩が今考えていることを実行に移す方が失礼になると思いますが?」
「心を読んだだと? サトリ妖怪にでもなったというのか?」
「先輩の思考パターンなんて、ちょっと付き合えば誰にでもすぐ分かるようになります!」
「付き合う? つまりようやく我が大奥に入る気になってくれたってことでいいのかな」
「寝言は寝てから言うものですよ先輩」
「ええい、出会った頃の純朴だったマシュはどこに行ってしまったんだ!」
「変えた本人に言われてもですね」
マシュの台詞は深読みするととても重大な内容なのだが、夫婦漫才の最中にそれに気づけるほど光己は賢くなかった……。
なお唐突にコントを見せられてぽかんとしているアイリとセイバーに対しては、アルトリアが「いつものことなので気にしないで下さい。年頃の少年少女らしくて良いでしょう?」と取りなしていたりする。
―――そんなこんなで昼食の後は、昨夜のカーマの希望に加えてダ・ヴィンチにカルデアの施設の修繕や増設のための資機材を購入するよう頼まれたので、また街に出てショッピングをすることになった。ついでに食料や娯楽用品も送る予定である。
ただその代金は光己の財布から出ることになるので、職員にはできるだけ報いたいと考えているオルガマリーにとっては痛恨の極みだった。
「仮にもアニムスフィア家当主にしてカルデア所長である私が、まだ一銭の給料も払ってない未成年に運営費を出してもらうなんて……くくぅ……。
で、でもこれも人類の存続のため……!
わ、私個人の感傷やプライドなんて気にしている暇はないのよ……」
「お労しや所長……」
机に突っ伏してぷるぷる震えているオルガマリーに、ロマニは声をかけることもできず後ろから見守ることしかできなかった……。
さて、ショッピングはアイリとセイバーの護衛としてアルトリアとジャンヌオルタを残して7人で行くことになった。まずはカルデアに送る分を買って送った後は、よさげなカフェに入っておやつを食べたり、ゲームセンターに行って遊んだりと現代のレジャーを楽しむ。
「へえー、これがマスターの時代の遊びってやつですか。仕方ないから付き合ってあげますよー」
「あんまり騒いじゃダメだぞ。ただでさえ俺たち目立つんだから」
「はーい。でもなんで目立つんですか?」
「そりゃもう、すごい美女美少女のおのぼりさんが5人もいるんだから当然だろ。みんな俺のだから誰にも渡さんけどな!」
「そういう発言の方が人の気を引くんじゃないですかねー」
などというやり取りもあったが特に騒ぎを起こすこともなく。やがて日が沈んできたのでアインツベルン城に帰る道すがら、ジャンヌがサーヴァントの反応を感知した。
「これは……妙な感じですね。明らかに7つ以上の弱い反応が、普通の反応1つを囲んで動き回っているような。戦っているのでしょうか?」
通常の聖杯戦争でサーヴァント反応が8つ以上というのは明らかにおかしい。ジャンヌは少々戸惑ってしまったが、カラクリはすでに分かっている。
「それはエミヤじゃない方のアサシンだな。『普通の反応』の方を襲っているのだろう」
「確かアサシンは排除するんでしたよね。『普通の反応』の方がどなたかまではまだ分かりませんが、助けに行きますか?」
「そうだな、行くだけは行ってみよう」
エルメロイⅡ世の音頭取りでさっそく現地に向かう光己たち。そこはすでに暗くなった裏通りで、赤っぽい服の少女が骸骨の仮面をかぶった男女十数名に囲まれて攻撃されていた。
仮面の連中は間違いなく例のアサシンだ。少女の方は初めて見る顔で、弓を射ったり長い布を振り回したりして応戦しているが、数の差は否めず押されている。
アサシンが投げる黒い短剣は夜になると視認しづらく、戦士系ではない少女はよけ切れずに何本も刺さって血が流れていた。
「あいたっ! うう、これも神の試練なのでしょうか……。
でもそろそろほんとのハートブレイクになりそう……」
少女は本来ならサーヴァントの接近をかなり遠くからでも感知する能力があるのだが、今は敵に追い詰められてそれどころでないのでカルデア一行にはまだ気づいていなかった。
「何者だあの少女……? サーヴァントなのは確かだから、とりあえず助けるか」
一方カルデア側は少女に見覚えがなかったが、大方針としてアーチャーとアサシン以外のサーヴァントはなるべく倒さずに済ませたい。Ⅱ世はジャンヌの真名看破を待たず、まずは味方である旨を告げた。
「そこの少女! 我々は味方だ。まずは共闘してアサシンを撃退しよう」
「え!?」
Ⅱ世の提言は少女にとって喜ばしいものであるはずだが、なぜか少女はカルデア一行を見るとひどく動転した顔をした。
「こ、こうなったら……アセンション。天上の歌を聞かせましょう―――」
そして何と、いきなり全方位に向けて宝具を開帳―――しようとしたが、一瞬早くビームマシンガンで威嚇射撃されたのでびっくりして中断させられてしまう。
「きゃあっ! え、SF兵器!?」
「共闘するって言ったのにどういうつもりなんですかね!? こうなったら助けはしますが、公務執行妨害罪で逮捕させてもらいますよ」
ヒロインXXは一見はただの疲れたOLだが、生前はアーサー王で今は宇宙刑事である。この種のアクシデントは慣れっこなのだ。
だが少女が立ち直るのも早かった。カルデア一行を完全に敵とみなして、中断していた宝具を急いで開帳する。
「フフフ。ゴッド、モ~~ニング。これが、地球で一番の愛なのです……!!」
少女が大きなハート型の卵に閉じこもった―――かと思うと、卵はすぐ割れて中から光があふれ出す。ついでその光の中から、身長10メートルはあろうかという巨大な少女が現れた。
白い薄絹の衣をまとい紺色の長い布をたずさえ、背中には光己のそれに似た白い羽翼と黒い皮膜の翼が生えている。まるで女神のような神々しさに満ち溢れていた。
「こ、これは……!?」
驚いてぽかんと見上げるXXとアサシンたち。それをはるか上方から見下ろしている女神の全身から、まさに天上の聖なる光と見紛うような眩い輝きがほとばしる。
「……!!」
それは無償にして無限の愛で地上を照らす、ただし天罰の光である。アサシンたちは全員吹き飛ばされ、カルデア勢も建物に叩きつけられたり地面に転ばされたりしていた。
立っているのは素で超防御力を持つ光己と、盾を出すのが間に合ったマシュだけである。
「な、何だありゃ!? とにかくゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
少女がなぜこちらに敵対的なのかは分からないが、大切な人たちを傷つけられた以上黙ってはいられない。光己は「蔵」から魔剣ダインスレフを取り出すと、少女というか巨女の脚に斬りかかった。
(……いや待て。俺のと似てるあの翼は措いとくとして、あのスカートのスリットの深さだと、パンツ穿いてないかも知れんな……)
仕返しは仕返しとして、敵をしっかり観察するのも重要だろう。そんな理論武装をした光己は、斬りつけると見せかけて巨女の股間の真下に滑り込もうとした。
しかし巨女はその邪な気配を察したのか、図体の割には素早い動きで光己を蹴り飛ばそうと足を振り出す。
「おおっと!」
しかしあくまで「図体の割には」であって、ヴァルハラ式トレーニングを積んできた光己は剣の切っ先を向けるのが間に合った。魔剣の刃が脛に刺さって、痛みのあまり反射的に足を引く謎の巨女。
「痛ったぁ!? っく、宝具の効果も切れそうですし、潮時ですか」
一般的にサーヴァントの宝具開帳というのはそう長時間続くものではない。巨女の宝具もその例に漏れないもので、元のサイズに戻る前に後ろに跳んで逃走を図る。
「あっ、逃げ……いや、追いかけるのはやめとくか」
攻撃するだけしておいていきなり逃げ出した巨女に光己は憤ったが、仲間の安全の方が大事だ。見れば無事なのはマシュだけで、他の5人はまだ倒れていたり、やっと起き上がったばかりだったりするのだから深追いは避けるべきだろう。
光己は万が一の用心をマシュに任せて、礼装の「応急手当」で5人のケガを治すのだった。
パーティ全員が復調し、少女が戻ってくる気配はなくアサシンもいなくなったのを確かめると、光己はまず少女の正体を訊ねることにした。
「ジャンヌ、あの子の真名看破できた?」
「はい。名前はアムール、ルーラーです。宝具は『
「ルーラー……! なるほど、それならあの行動も納得がいく」
するとⅡ世がいかにも腑に落ちた様子でぽんと手を打ったが、どういうことなのだろうか?
「我々が行っている特異点修正と違って、通常の聖杯戦争でルーラーが出現するのは主に『聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐため』だ。つまり横槍を入れている我々を排除するために聖杯が召喚した、と考えれば彼女が我々に敵対したのも当然だな」
「あー、ルーラーなら俺たちが正規サーヴァントの集団じゃないってことはすぐ分かりますものねえ」
アムールがルーラーであれば、マシュたちの真名を看破できるのだ。シールダーやルーラーなんて特殊クラスがいる時点でもう怪しい。
「とはいえルーラーは聖杯の傀儡ではなく、あくまで自分の意志で行動している。アムールが『愛の神』であるなら、我々が何をしに来たか説明すれば納得してくれるはずだ。
ただ私が見たところ彼女は疑似サーヴァントのようだから、依代の性格が強く出ていたらその限りではないが」
その辺はまた接触して話し合いを求めるしかないが、愛の神の疑似サーヴァントという属性に嫌悪感を持つ者が現れた。
「何か私ともろ被りですよねー。話し合いなんてまだるっこしいことはやめて、今回のお返しに先制攻撃で仕留めるべきじゃないですか? 何かこう、イラついて屋上に行きたくなりそうな予感がします」
「気持ちは察するが4騎縛りがあってな」
ただでさえエミヤというイレギュラーがいて縛りがキツくなっているのだから、和解できそうな相手に先制攻撃はよろしくない。確かにまだるっこしいのだが、そこはご理解願いたいところである。
「まあ、マスターがいいんでしたら私もいいんですけどねー」
カーマはそう言いつつ光己の顔をチラチラッと流し見てみたが、特に反応はないのでアムール撃滅に賛成ではないようだ。残念だが仕方ないので、気分を改めて話を変えることにする。
「それで、これからどうするんですか?」
「予定には変更なしだな。いったんアインツベルン城に帰ってから、全員でバーサーカー陣営の説得に行く」
ただアルトリアとセイバーを前に出すかどうかは悩ましい。マスターと話をつけるまでは下がっていてもらう方が無難かも知れないし、先に明かす方が誠実という考え方もある。
マスターがバーサーカーを抑えていられるなら、どちらでも問題はないのだが。
「その辺りは、実際に対面してみないと分からないな」
「大変ですねえ」
カーマはその辺の面倒事にはかかわらないので、口調は本当に他人事であった……。
その後は特にアクシデントも起こらず、一行はアインツベルンの森の片隅でバーサーカーのマスター、間桐雁夜と対面していた。
雁夜は身長は光己と同じくらいでやや痩せ型の、20歳台後半に見える男性だった。まだ若いのに白髪で肌も土気色、さらには片頬が妙にゆがんでいる。何か深刻な病気か悩み事でもかかえていそうな重い雰囲気を持っていた。
カルデア側は光己とマシュとⅡ世、それとジャンヌだけが前に出て、残りは認識阻害で後ろに隠れている。雁夜の方も魔力の消費を避けるためかバーサーカーを霊体化させ、1人で交渉に臨んでいた。
「……あんたが、ランサーのマスター?」
「その名代として聖杯戦争を請け負った者だ。そちらは間桐雁夜、バーサーカーのマスターだな?」
まずはお互い本人確認した後、いよいよ本題に入る。
「ああ。約束の条件、本当に守ってくれるんだろうな?
……と言いたいところだが、条件を変えさせてもらっていいだろうか」
「ん? 貴方はアーチャーというか遠坂のサーヴァントと一対一で対決したいのだと思っていたが、気でも変わったのかね?」
「ああ、確かに最初はそう考えていた。
しかしいざ対決の時を前にして、勝つ自信がなくなってきてしまったんだ」
「……何と?」
Ⅱ世は雁夜の弱気な発言にかなり面食らってしまった。
なるほど一対一でギルガメッシュに勝てるサーヴァントなどまずいないが、雁夜のサーヴァントのランスロットは相性的には有利である。戦い方次第では勝つ目はあると思っていたのだが……。
「いや、バーサーカーは決して弱いサーヴァントではないんだ。何しろこの国ではとても有名な大妖怪だからな。
バーサーカー、姿を見せてくれ」
「……何だと!?」
雁夜の声に応じて姿を見せたそのサーヴァントは。
なぜか玉藻の前によく似ていて、服の色と手足に謎の肉球がついているのが主な相違点だった。雰囲気的には明るい、というか頭のネジがだいぶ抜けてそうな感じである。
「オッス、オラタマモキャット! ご主人の友達か? ご主人は病弱ゆえ、あまり無理させないでくれるとキャットも嬉しいのだな。とりあえず友好の証として、ニンジンと猫缶を要求するのである」
「お、おう……!?」
まったく想像もしていなかった怪しげな生物の出現に、Ⅱ世とアルトリアは頬をぴしりと引きつらせるのだった……。
雁夜さんは原作よりはマシな結果になる……といいなあ。
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