FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第148話 問答終わって夜が更けて

 来客が帰ったので、メリュジーヌはようやく彼女の言う「同胞」と対面することができる。

 

「見つけた……見つけた……まさか本当に私に仲間がいたなんて」

 

 瞳を潤ませながら、迷わず光己に抱きつくメリュジーヌ。

 今度はマシュも止めなかったが、抱きつかれた当人が困惑して苦情を述べた。

 

「ちょ!? 誰だか知らないけど、とりあえず鎧は脱いでくれないかな」

 

 光己は美少女に抱きつかれるのはたとえ初対面でも歓迎なのだが、硬い金属鎧を着ていられるとさすがに痛い。

 するとメリュジーヌも自分の迂闊さに気づいていったん離れ、鎧の代わりにドレスをまとった。

 

「これならいいかな?」

「うん。敵じゃないみたいだからいいよ」

「ありがとう……!」

 

 メリュジーヌは改めて光己に抱きつくと、嬉しそうに彼の胸板に頬ずりした。

 何しろ生前は「竜の妖精」という独自の存在で、愛する主や尊敬すべき王はいても、同族は1人もいない身の上だったのだから。

 そのいないはずの同族に今、なぜか汎人類史のサーヴァントとなった身で出会えるなんて。しかもその同胞は、ためらいもなく抱き返してくれたのだ。

 最後の竜の亡骸から零れ落ちた左手、ただ(うごめ)くだけの肉塊から生まれた自分を。多くの妖精と人間たちを、愛する者さえ手にかけた末に、妖精國の滅びの一因にまで成り果ててしまった自分を。彼はそれを知らないのだとしても、それでも心がはじけそうなほど嬉しい。

 彼の体温はとても暖かく感じる。魔力の質は自分と少し違うけれど、間違いなくアルビオンだと分かる。ずっと感じていた淋しさ、心の隙間がすごい勢いで埋められていく―――!!

 

「ああ、来てよかった……」

 

 メリュジーヌは彼が髪と背中を撫でてくれる優しい感触に包まれてうっとりしていたが、横から声をかけられてハッと我に返った。

 

「メリュジーヌ、そろそろ離れてもらえるか? 皆を待ちぼうけさせているのでな」

「はっ、へ、陛下!? こ、これは大変な無礼を」

 

 他の者はともかく、王を待たせてしまっていたとは。メリュジーヌはあわてて彼から離れると、深々と頭を下げて謝罪した。

 

「よい、気にするな。

 それでおまえを皆に紹介する前に確認したいのだが、おまえにはマスターはいるのか?」

「いえ、おりません。

 英霊の座でくすぶっていたところ、同族の気配を感じましたのでもう矢も楯もたまらず飛んできたものですから」

「そうか、それならいい。

 しかしはぐれのままなのは良くないな。我が()()()()、彼女との契約をお願いできますか?」

「んー、モルガンがそう言うなら」

 

 光己としてはメリュジーヌは正体はまだ分からないが、助けてくれたし自分に好意を持っているようだし、モルガンも推薦するなら問題あるまいという判断だった。

 まだちょっと幼いがすごい美少女だからだなんて理由は5割くらいしかない。

 

「……」

 

 一方メリュジーヌは彼がモルガンを呼び捨てにしたことがちょっと気にかかったが、彼女自身が納得しているのなら差し出口を挟む方が無礼に当たる。それに彼と契約できるのはとても嬉しいことなので、今回は何も言わず2人の好意に甘えた。

 こうして光己とメリュジーヌが契約を結んだら、話は次の段階に移る。

 

「さて、皆もう分かっているだろうが、メリュジーヌは生前は私の臣下だった者だ。

 ただ少々訳ありなのでな。同盟を結んでいるだけの者には詳しい事情は話せん。

 強くて信頼できる味方なのは確かだから、戦力としては安心してもらっていい」

「……」

 

 アイリスフィールとセイバーは部外者扱いされてちょっと鼻白んだが、アイリとてアインツベルンの秘密をすべて話せとか言われたら諾とは言えぬ身である。黙って頷くしかなかった。

 

「―――さて、これで急ぎの話は終わったな。用もないのに外にいては生身の者は寒かろうから、そろそろ建物の中に戻るべきだと思うが」

「そうですね。実はこの建物の周囲に例の分裂アサシンが大勢いたのですが、アーチャーが退去したらみんな逃げていきましたし」

「え!?」

 

 ジャンヌのさりげない爆弾発言にみな驚いたが、アサシンが退散したのであれば今さら言うことは何もない。モルガンの提案通り建物の中に戻った。

 一同気が昂っていてすぐには眠れなかったので、また応接室に戻ってお茶の一杯でもいただくことにする。

 自己紹介が済んだところで、セイバーがアルトリアに訊ねた。

 

「それで、なぜ聖杯問答で『私は我が故郷の救済を願う』と言ったのですか?

 貴女はそれを望んでいないはずだったのでは?」

「それはもちろん、あの願いのままで勝たないとリベンジにならないからですよ。

 あと征服王に『国が、民草がその身命を王に捧げるのだ』と言わせるためでもありました」

「なるほど、想定問答を作ってあったというわけですか」

「ええ。あとは勝利宣言してからあの酒甕(さかがめ)を持ち去ろうとすれば、英雄王が怒って武器を飛ばしてくるのはほぼ確実ですからね。征服王が反論を考えつく前に問答はおしまいというわけです」

「フフッ、正しさとか高潔さという言葉が聞いてあきれますね」

 

 セイバーが小さく笑いながらそう言うと、アルトリアも同じように微笑んだ。

 

「ふふっ、それはあくまで手段ですから」

 

 実際フェアとはいえないやり方だったが、アルトリアはとても負けず嫌いな性格で、このたびはそちらが優先されたのだった。

 やがてお茶会がお開きになり、客室に入る光己たち。メリュジーヌの事情を聞くため、女性用の部屋に集まった。

 まずはモルガンが口火を切る。

 

「では先に要点だけ話しておこうか。メリュジーヌがマスターに執着しているのは、彼女もアルビオンだからだ。

 妖精國では同種の者がいなくて1人きりだったのでな。それでマスターの存在を感知したら会いたくなったということだ。召喚されてもいないのにここまで来られたのは、アルビオンの『境界の竜』としての力だろうな。

 あるいはランサー枠が『なくなった』から聖杯が補充しようとしたところに、メリュジーヌがうまいこと乗っかったのかも知れん。私とマスターがいるから連鎖召喚的な縁はあるしな」

「なるほど……」

 

 光己の方はメリュジーヌがアルビオンだと気づいていなかったので、今ようやく彼女のアグレッシブぶりの理由が分かってこくこく頷いていた。

 

「うん! そういうわけだからこれからずっとよろしくね!」

 

 メリュジーヌが光己に向かってにぱーっと無邪気に笑う。モルガンは彼女がこれほど感情をあらわにするのを初めて見たが、それほど同族に会えたのが嬉しいのだろう。

 

「しかしマスター。特異点から現地サーヴァントをカルデアに連れ帰ることはできるのですか?」

「うん。時空の乱れがひどい特異点だと無理らしいけど、もしここがそうだとしてもメリュジーヌなら大丈夫じゃないかな」

 

 召喚なしでここまで来られたのだから、カルデアに来ることもできるだろう。清姫が契約なしで来たのに比べれば難易度は低いはずだ。

 

「まあ今日はもう夜も遅いから、明日になったら本部に確認するよ」

「そうですね、お願いします」

「マスター、カルデアって何?」

 

 するとメリュジーヌがそう訊ねてきたので、光己はカルデアの概要と、その現地部隊としてここ1994年の冬木市に発生した特異点を修正しに来ている旨を簡単に説明した。

 

「へえー、大変なんだね。分かった、全力で手伝うよ!」

 

 メリュジーヌに人理修復に協力する義理はないのだが、彼がしていることなら別である。

 モルガンもいるのだから尚更だった。本当の意味で妖精國を愛していた彼女を裏切るようなことをしてしまったが、それを咎めるそぶりも見せない彼女に少しでも償えるのだから。彼女が人理修復を手伝っている理由はまだ聞いていないが。

 

「うん、ありがとう」

「よし、これで話はついたな。ではメリュジーヌ、先ほどおまえが我が()(つがい)と言った件について解決しておこうか」

 

 空気が凍った……。

 

 

 

 

 

 

「え、えっと、陛下!? それはどういう……!?」

 

 今までモルガンは光己をマスターと呼んでいたはずなのに、唐突に夫扱いとはどういうことか。メリュジーヌは動揺を隠せなかった。

 

「別に難しい理由ではない。アイリスフィールとセイバーの前で痴話ゲンカになったら恥ずかしい上に話がこじれかねんからな。他の話が片づくまで待っていただけのことだ」

「……」

 

 モルガンの言い分は今のところ妥当で、メリュジーヌには抗弁の余地がない。

 

「というより私の考えでは、我が夫とおまえはいずれも『大元のアルビオンから派生して生まれたもの』だからな。番というより兄妹という方が適切だと思う」

 

 実年齢は光己よりメリュジーヌの方がずっと上なのだが、光己はマスターだし見た目では年上だし、それにメリュジーヌは寂しがり屋で甘えん坊なので、姉より妹の方が座りがいいだろうという趣旨での発言である。

 

「きょ、兄妹……!」

 

 新鮮な驚きにメリュジーヌが目を輝かせる。

 確かにその表現は適切で、しかも単なる同族というよりさらに身近で気安い関係だ。

 しかし番という、身も心も深くつながる情熱的な関係も捨てがたい。

 

「ああっ、私はどうすれば……!?

 こ、これが俗にいう究極の二択というものなのか」

 

 頭をかかえて真剣に考え込んでいるメリュジーヌに、モルガンはちょっとあきれつつも助け舟を出すことにした。

 

「まあ落ち着け……。

 何も今すぐ決める必要はないのだ。マスターと呼んでいる分にはどちらとも取れるからな」

「さ、さすがは陛下!」

 

 メリュジーヌはモルガンの意見に従って結論を先送りすることにしたが、ここでおかしなことに気がついた。

 

「しかし陛下。陛下は今マスターのことを『我が夫』とお呼びしたのに、マスターが私の番になってしまってもよろしいのですか?」

「構わん。我が夫は一夫多妻主義者だからな。

 我が夫の時代の汎人類史ではタブーというか不法なのだが、我が夫にとっては人類を救う褒美という位置づけのようだ。

 無論、誰でも受け入れるわけではないが、おまえなら許そう」

「……有難き幸せに存じます」

 

 騎士としては不謹慎に感じるが、光己が騎士ではないのなら、そこまでかたくなになることもあるまい。というか一夫一妻を貫徹されると、夫を取り合うことになってしまう。

 ん? これはどこかで聞いたような……?

 

「気づいたようだな。我が夫の志向は私とおまえにとってむしろ幸いなのだ」

「……! そ、それはまさか」

 

 メリュジーヌは現界した時にアーサー王や円卓の騎士ランスロットのことも知ったが、かの騎士は王妃と不義密通を働き、それが遠因となって国が滅びることになったという。

 しかし自分たちの場合は関係者一同が一夫多妻を認めるのなら、彼と自分が番になっても国が割れるようなことにはならないのだ。

 ただ別の問題はある。

 

「しかしそれだと、陛下は私のことをそういう目で見ていたということになるのでは!?」

 

 するとモルガンはついっと目をそらした。

 

「いや……確かに汎人類史のランスロットにはそちら方面の問題はあったし、国が滅びる原因にもなったのだが……。

 しかし理想かつ最強の騎士であったことも事実だからな。おまえに着名(ギフト)を与えた時は私は独身だったから問題なかったし」

「それはまあ……」

 

 モルガンの釈明はちょっと言い逃れめいていたが、事実関係に間違いはない。それに理想はともかく、最強の妖精に最強の騎士の名を当てるというのは当然の話だ。

 ただよく考えると、「オーロラ」はモルガンの配偶者ではなかったものの、彼女への想いのためにモルガンを見捨ててしまった自分にとっては皮肉な名前であるとも言える。サーヴァントが生前の逸話に引っ張られるものだというならなおのことだ。

 だが今回のモルガンは、それを乗り越える手段を講じていた。いや彼が一夫多妻主義者なのは偶然かも知れないが、それはそれで、運命は彼女に味方しているということである。

 やはり陛下は王に相応しい方と再認識したが、そこに何故かマシュが割り込んできた。

 

「あ、あの、モルガンさんにメリュジーヌさん!

 今ランスロットという名前を出しませんでしたか? そういえば中庭でもそう呼んでいましたし」

「ん? ああ、そういえばマシュはギャラハッドなのだったな。おまえにとっては不肖の父ということになるのか……」

「ああ、思い出した。君には見覚えがあるよ」

 

 実はメリュジーヌも生前にマシュと会ったことがあって、その時のことを思い出していた。

 しかし今は仲間だから、今更とやかく言う気はない。

 

「ふーむ、こうなってしまっては仕方ないか……」

 

 妖精國の詳しい内情は実際に行く時までなるべく話さないつもりだったが、バレてしまったことについてはそうもいかない。モルガンは素直に白状することにした。

 

「先ほど私が着名と言ったのを覚えているか? 簡単にいえば強化付与術の一種で、英霊の名前を媒介にしてその性質や能力の一部を付与するというものだ。

 ただしメリュジーヌの場合はそれ以上に、とある事情でそのままだと身体が崩壊してしまうから、着名によって維持していたという理由もあったがな」

 

 もっとも今はサーヴァントになったから外しても大丈夫だが、外すと露出過多になるから人前ではちゃんと付けるべきだろう。

 

「それであえてランスロットの名を選んだ理由は、今言った通り彼が最強の騎士だからだ」

「むう~~~」

 

 マシュとしては何だか凄い魔術で名誉的なものでもありそうな「着名」とやらに不肖の父の名が選ばれたのは実に不満なのだが、彼が最強の騎士なのは事実なのでケチのつけようがなかった。

 チラッと横を見てみるとアルトリアも何か言いたそうな様子だが、具体的な言葉が思い浮かばないらしく沈黙している。

 

「それもこれもあの人が不倫なんかするからです! 今度会ったらお説教です」

「そ、そうか。まあ好きにするがいい」

 

 モルガンは深入りを避けた……。

 

「ところでその魔術は今でも使えるのですか?」

「いや、今は生前ほどの力がないから無理だ」

「そうなのですか……」

 

 うまく使えば相当役に立ちそうな魔術に思えたが、使えないものは仕方がない。

 それに英霊にはプライドが高い者も多いから、他人の名前をかぶせられることに不快感を覚える可能性は高いし。

 しかし最近光己に好意を抱くサーヴァントが多い。彼は生涯独身を貫くべきなのに、これは由々しき事態なのではあるまいか。

 

「マシュ、今何か変なこと考えなかった?」

「いえ、何も」

 

 すると要らない時だけ鋭い先輩が突っ込みを入れてきたので、丁重に聞き流しておいた。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでメリュジーヌの紹介はどうにか無事終わったのだが、就寝の時になってまた問題が持ち上がった。

 

「私は孤独に弱くて、自信がなくて。

 あと竜なので、夜は体温が恋しいんだ」

 

 メリュジーヌがこんなことを言い出して、光己と同衾しようとしたのだ。

 

「え、竜にはそんな性質があったのか。じゃあ仕方ないな」

「何言ってるんですか先輩! どうしても人肌が恋しいならⅡ世さんと寝て下さい」

「私を巻き込むな!

 というかこんな所にいられるか! 私は男性用の部屋に戻るぞ!」

「あ、に、Ⅱ世さん待……いえ、これはこれでいいですね。先輩も男性用の部屋に帰りましょう!」

「え、マスターはこの部屋で寝てもいいのでは? 他の人を襲わないよう、私が隣でしっかり見張りをしますので」

「そうですね。私が反対側を固めれば万全です!」

「え!?」

 

 カーマとヒロインXXが怪しげなことを言い出したので、マシュはそちらに矛を向けざるを得なくなった。

 

「な、何言ってるんですかお2人とも。女性用の部屋に男性が泊まっていいわけが」

「それを貴女が言いますか? オケアノスでは毎日マスターと2人で寝て、お風呂も2人で入ってたくせに」

「んぐっ!? い、いえそれは私が生身の肉体を持ってるから仕方なくですね」

「でもマシュさん恥ずかしがってただけで嫌がってはいませんでしたよね? むしろ喜んでたのでは」

「よ、喜んでただなんてそんな」

 

 マシュはトマト並みに真っ赤になってうろたえたが、こうなっては敵方に援軍が来るのは必至である。

 

「なんだ、君もマスターのことが好きだったのか。なら素直にそう言えばいいのに」

「ち、違いますぅぅぅぅ!」

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

「カーマさん変な煽りはやめてくださいっっっ!」

 

「―――というか貴女たち、人様の家でいつまで破廉恥な話をしているのですか。貴女たちこそこの部屋から出ていきなさい!!」

 

 そして結局、良識派のアルトリアとジャンヌにマシュとカーマとXXとメリュジーヌは部屋から叩き出されて、廊下で一晩過ごすことになったのだった。

 ―――マスター? むろん男性部屋(結界付き)である。

 

 

 


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