第153話 謎の雀
光己たちが急いで悲鳴が聞こえた方に赴くと、そこでは小さい猿の群れが妙に丸々と太った雀っぽい生き物に襲いかかっていた。いや、いたぶって遊んでいるという方が近いか。
「うっきー! うっきっきー!」
「やめるチュン! 痛いのでやめるチュン!
このお豆腐は虎さまのご夕飯チュン! おまえたちエテ公に食べさせるものじゃないチュン!」
より正確には、なぜか赤地に白丸模様が入った前垂れをつけた雀(ぽい生物)が持っている豆腐とおぼしき食べ物を、猿の群れが奪い取ろうとしているようだ。
「んんっ!? 雀が人語をしゃべった!?」
「あの猿もただの猿ではありません。魔性の力を帯びている
しゃべる雀という怪異を見て驚いた光己に、清姫が厳しい口調でそんな補足を加えてきた。
今回のレムレム特異点は前回と違って妖怪がいるようだ。
「…………」
玉藻の前はなぜか難しい顔をして沈黙している。あの雀か猿に思うところでもあるのだろうか?
「いえ、今は考え込んでいる場合ではありませんでした!
マスター、いかがいたします!?」
「うーん、そうだなあ。妖怪変化同士のいざこざだったら、人間が手を出す筋合いじゃないかも。
熊が鹿を襲って食べるのだって悪事ってわけじゃないもんな。鹿だって草食べてるんだし」
「ふーむ、それはそれでひとつの見識でございますね」
そもそも雀は古くから害鳥として知られている。田畑の害虫を食べる益鳥の面もあるが、穀類等を食べたり鳴き声がうるさかったりといった被害もあるのだ。
もっとも猿の方も人に危害を加えたり農作物を食ったりしているのだが。
「所長、どうしますか?」
ただここにはトップがいるので、光己は最終判断は彼女に委ねた。
「そうね。妖怪世界の食物連鎖については知らないけど、あの雀は『虎さま』って言ったから飼い主か何かがいるのは確実よ。
助ければ何らかの情報なり、橋渡しなりはしてもらえるんじゃないかしら」
「分かりました。じゃあえっと―――」
「ではわたくしがっ!」
林の中で小さな敵相手に大勢動員すると渋滞してかえって戦いにくくなる。そう判断した光己が誰に出てもらうかの結論を出す前に、最初の戦闘で一番槍をキメて彼にインパクトを与えようと考えた清姫がずざっと飛び出す。
「あ、林の中で火を使うのはまずいから清姫は下がっててね」
「あふん」
しかしその直後にダメ出しされ、勢い余って地べたにつんのめってしまった。
さすが生まれ変わった安珍様は今日も賢くていらっしゃる、とぶつけた鼻の痛みをこらえつつ引っ込む清姫。
「というわけで、オルトリンデとブラダマンテと景虎と玉藻の前に頼む!」
「はい!」
魔猿とやらはそこまで強そうには見えないから、相手が3匹なら4人も出せばお釣りがくるだろう。そう考えての指示だったが、魔猿は確かに力こそ強くないがやたらすばしこかった。
「んうっ!? 私の槍が猿にかわされるなんて」
体が小さいので狙いにくいのを差し引いても、戦乙女の槍をかわせるというのはハンパではない。普通の猿でもけっこう素早いが、魔性を帯びた分さらに速くなったのだろう。
まあ先方から飛びかかって来る分には、神鉄の盾で受けることで逆に彼の手を潰せるわけだが。
「きっきぃ!」
魔猿はこらえ性はないらしく、片手を潰されると痛そうな悲鳴をあげて逃げて行った。すると残る2匹も見切りをつけたらしく、一目散に逃げていく。
「あっ、逃げ……さ、さすがに林の中で猿を追うのは無理ですか」
景虎はそれを追いかけようとしたが、木の枝の上を文字通り猿のような機敏さで飛び移りながら逃走されては黙って見送るしかなかった。無理して追っても罠があるかも知れないし。
「そうだな、誰もケガしないであの雀を助けられたんだからこっちの勝ちだよ。4人ともお疲れさま。
清姫も気持ちは嬉しかったよ」
「はい、どう致しまして」
「はわー。何もしていないのに気遣って下さる旦那さまにわたくしまた惚れ直してしまいそうですぅ……」
「いや、そこまで重く受け取られるとかえって困るんだけど」
それはともかく猿は追い払ったので、次はあの雀と交渉である。戦闘で手柄があった上にルーンでケガを治せるオルトリンデが適任だろう。
「雀さん、大丈夫ですか?」
「はい! ありがとチュン! 感謝でチュン!」
「どう致しまして。傷は深くはないようですが、せっかくですので治しておきましょう」
オルトリンデが指先を舞わせて空中にルーンを描くと、雀のケガがぬぐったように消え去る。相変わらずのさすルーンぶりであった。
「おおっ! あのエテ公たちを撃退した上にケガを一瞬で治せるとは、さぞ名のある神様とお見受けしたチュン!
御山へ湯治に来た出雲の方チュン? そこの狐のお大尽からそんな気配を感じるチュン? もしや
語尾に「チュン」がつくのは猫系少女の語尾に「ニャン」がつくのと同じなのだろうが、それより雀は玉藻の前が気になったようだ。なるほど彼女はサーヴァントの身とはいえ天照大御神の分け御霊なのだから、なかなかの鑑識眼といえよう。
「自分より弱いものは
その神様にケンカを売るようなことを平然とのたまうあたり、危機管理能力は高くないようだったが……。
当然に玉藻の前は迷惑そうな顔をした。
「失礼な雀ですねぇ。別に獲って食べたりしませんよ。
私、虎にも猿にも知り合いはおりませんし」
「それはどうかな? もしかしてオリジナルはアタシの知らぬところで猿山のボスを張って、辺りの動物をちぎっては喰いちぎっては喰う魔獣のような暮らしをしていた頃もあるのではないかと、シャーロック・ホームズばりの推理力を持つアタシの虹色の脳細胞は考えてみたのであるが。狐だけに」
「話がややこしくなるので引っ込んでて下さいな。この猫缶あげますから」
「おお、オリジナルは話が分かるな!」
バーサーカーな猫が話に割り込んできたのでちょっと脱線したが、それより雀の台詞の中に気になる単語があった。
「それより今、湯治に来た、と仰いました?
もしかして雀さん、旅館か何かの従業員なんです?」
すると雀は文字通り欣喜雀躍な感じで喜び出した。
「おお、もしかしてお客様チュン!?
ひー、ふー、みー……おおー、17人もいらっしゃるとは!
新規さま17人チュン!
「……」
ずいぶん気の早い雀だと玉藻の前は思ったが、旅館があるというのはいい情報だ。そこが特異点の発生源かどうかは分からないが、そうでなくても拠点にはできる。
「あ。でも、お客様はどこの方でチュン? うちは暴力団の方はお断りしているチュン。
腕試し・素材集め・破壊目的でお泊りになるお客様の案内はできないのでチュン」
「……うーん」
カルデア一行はレムレムレイシフトで迷い込んだ身だが、帰るためにはおそらく特異点修正をする必要がある、つまり最終的には戦闘になる可能性が高い。しかしそれらはあくまで手段であって、目的は「この特異点からの帰還」だから「破壊目的」ではないはずだ。
ただし旅館に泊まるには先立つものが必要である。
「旅館で道場破りみたいな腕試しなんてする趣味はありませんけど……ただその、宿代はどこのお金でおいくらくらいなんです? 貴方を助けただけで17人みんな無料というわけにはいかないでしょう?」
「それはまあ、多少の優遇はするチュンけど、17名様無料はさすがに無理チュン。団体様ですと、お1人様1泊あたり5千
「ふむ……」
QPとは青いクリスタルのような形をした量子の欠片で、魔術用の燃料として使われているがサーヴァント間の通貨にもなっている。カルデア内部ではお金はいらないので誰も携帯していないのだが……。
「……ええと」
玉藻の前に目を向けられたオルガマリーも当然持っていない。イギリスや日本のお金もない、要するに前回と同じ一文無しである。
しかし今回はお大尽様がいた。
「ああ、それなら持ってるよ。どのくらいの大きさでいくらになるかは分からないけど」
光己のそばに黒い波紋が現れる。彼がそこに手を突っ込んで、また戻した時にはミカンほどの大きさの青い石のようなものが持たれていた。
「これは割と大きい方だけど、いくらくらいになる?」
すると雀の目が¥マークになった。
「おお、人間?のお大尽すごいでチュン!
それだと100、いや200万QPくらいチュン。上客様でチュン!」
「……玉藻の前、合ってる?」
「はい、200万QPでよろしいかと」
これで宿代は賄えたが、実際に泊まるかどうかは所長決裁案件となる。
「うーん……泊まる場所ができたのは嬉しいけど、新入所員にそこまでしてもらうわけには……」
「所長が今お金持ってないのは所長のせいじゃないですから、気にしなくていいですよ。
ちょうどお正月なことですし、所員有志がホワイト所長を慰安旅行に誘ったとでも思っていただければ」
「そ、そこまで言われたら仕方ないわねえ」
オルガマリーは頬をゆるゆるにして光己の言葉に乗った。オルガマリーとて皆で野宿は避けたいし、体面まで繕ってもらえたのだからもう言うことはお礼の言葉しかない。
「……ありがとう」
「はい、どう致しまして。じゃあ行きましょう」
山林の中なので、光己が紳士として淑女の手を引くために片手を伸ばすと、オルガマリーも嬉しそうにその手を取った。
そして団体様の宿泊申し込みをゲットした雀が嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら先導するのについていくカルデア一行。
その途中、アイリスフィールが光己のそばに来て話しかけた。
「うふふっ。カルデアのマスターさんはなかなかおモテになるのね?」
彼は冬木でマシュやヒロインXXやカーマやメリュジーヌといちゃいちゃしていたのに、今ここでも所長といい仲だとは。昨晩カルデアの使命は人理の修復だと聞いたが、その現場仕事を(マスターとしては)1人で担っているのにその重圧を感じさせない姿がウケているのだろうか?
「ふっふふ。それはまあ、俺は人理修復の
アイリスフィールさんならもう入国審査済みですから、軽い気持ちで来てみませんか?」
「フフッ、気が向いたらね」
光己のお誘いは軽くいなされてしまったが、むしろ穏便な返事といえるだろう……。
「ところでアイリスフィールさんのその服、もしかして俺のと同じカルデアの魔術礼装なんですか?」
「ええ、冬木で着てたあの服だけじゃ困るだろうからって貸与してもらったの。でも夢の中にまで持って来られるなんて、貴方たちのいうレムレムレイシフトって面白いのね」
「へええー、なかなか似合ってますよ」
言われてみればアイリは着替えも何も持って来なかったから、替えの服は必須だろう。
しかもこのカルデア魔術礼装という服、胸の上下にベルトがあるので女性用はバストが強調されていて実に素晴らしい。スカートもフレアミニだから戦闘などで派手に動き回ったら高確率でパンチラが期待できる。これをデザインした人物は相当分かっていると見た!
俺じゃなかったらこの喜びを顔に出しちゃってるね!という感じである。
「ありがとう。実は『カルデア戦闘服』というのも見せてくれたんだけど、ぴっちりボディスーツはさすがにちょっと。なぜか胸元に穴開いてるし」
「ああー、あれを着て街中に出るのはキツいですよねえ」
あれをアイリほどのスタイルが良い女性が着れば確かに目を離せなくなるほど魅惑的だとは思うが、さすがに欲望の開放の仕方がストレートすぎる。断られたのも残当だと光己は思った……。
「あ、そうそう。アイリスフィールさんはどんな魔術が使えるんですか?」
むしろこれこそ最初にするべき質問である。アイリもこの特異点に妖怪変化がいると分かった以上、肩を並べて戦うことになったのだから隠し立てはしなかった。
「アインツベルンの者として錬金術には自信があるけど、戦闘に使えるものとしては治癒術と、あと針金に魔力を通して使い魔にすることができるわ」
この使い魔は元が針金であるだけに変幻自在で、空を飛ぶこともできる。たとえば鳥や剣の形にして敵を襲わせ、接触した瞬間にその形を崩して縛り上げるといった芸当も可能だ。
サーヴァントには通用しないが、さっきの魔猿くらいなら当たりさえすればどうにでもなる。
「それともう1つあるんだけど……うーん」
さすがエルメロイⅡ世が「マスターとして望みうる最強のスペック」とまで褒めただけあって、アイリには何か切り札めいたものがあるようだが、なぜか教えるのにはためらいがあるらしく口ごもった。
「……? 何か問題がある魔術なんですか?」
「そうね、問題というか何というか。仕方ないから話すわ。
アーチャーとアサシンとライダーの魔力を受けたからか、それとも大聖杯の力が流れ込んできたのかは分からないけど……一時的に『天の衣』をまとって魔力を強化することができるようになったの。
具体的に言うと、B級サーヴァント並みのスペックになる上に治癒能力は特に上がるわ」
「へえー、いいことじゃないですか」
それの何が問題なのか? 光己が相槌を打ちながら水を向けると、アイリはやはり微妙にためらいつつ話し出した。
「ええ、確かにいいことなんだけど……『天の衣』はこの礼装と同時には使えないの。つまり先に脱いでおかないといけないのよね」
なおこの「天の衣」、露出度が高い上に下着がないという難儀な服だったが、若い男性相手にそこまでは明かさなかった。
「え、そ、そうなんですか」
光己も竜モードになる時は服を脱ぐ必要がある身なので、アイリの気持ちは分かる。いや若い女性なら切実さは何倍も上だろう。
彼女の着替えを見てみたいという正直な欲求は沸き起こったが、それを口にするのは控えた。
「まあそのうち、機会があったらお見せするわね」
「そ、そうですね。期待してます」
そんなことを話しながら歩いているうちに、一行は雀の案内で結界を抜けて―――。
その向こうには、不自然なほど巨大で10階くらいありそうな、和風建築の旅館ぽい建物が建っていた!
「おおっ!? こ、これはすごいな」
「確かにすごいですね。山を背にしてこんな立派な建物が!」
光己もマシュも驚いた。雀が従業員だからこじんまりしたものを予想していたのだが、まさかこんな大きな旅館だったとは!
「さようですな。ワタシも城や神社仏閣以外ではこれほど大掛かりな建築物は見たことがありませぬ」
「これは内装もすごそうですね。楽しみになってきました!」
段蔵と景虎も期待に胸をふくらませる。これは光己が先ほど言った通り慰安旅行を楽しめそうだ。
「はわわ……はわわ……はわわわわわわわ!
ここは……ここは……まさか!」
しかしなぜか、清姫と玉藻の前は妙に怯えていた。
雀の紹介によれば、ここは地獄の番外地でどんな
「……んん? 地獄? 閻魔?」
「ひゃーーーーーーあ!!!!
やっぱりそうだったーーーーー!!!!」
確かに地獄とか閻魔とかいうキーワードにはデンジャーなものを感じるが、それにしても2人のこの怯えようはいったい何なのだろうか。
「それでは中に案内するチュン。
17名様、ご案内チュン」
「あいや、
ちょっと待った、ちょっと待ったぁ!。
マスター、マシュ様。この建物、見るからに怪しいと思われませんか? いえ思いますよね、だって建築学的にありえねー! きっと妖怪の住み
なので帰りましょう。戻りましょう。拠点は他を探すということで」
「……? もしかして玉藻の前、ここに来たことあるの?」
この反応はそうとしか思えない。もしかして地獄の閻魔に責め苦を受けたとか、そういうのだろうか?
光己がそう訊ねると、玉藻の前は微妙にかぶりを振った。
「いえ、マスターが想像してるような責め苦というのはなくて、普通に客として泊まる分には何の問題もないのですが……はわわわ」
「なら玉藻の前もそうすればいいんじゃ?」
「そ、それはそうなのですが……」
そう説かれても玉藻の前と清姫はやっぱり気が進まない様子だったが、普通に泊まる分には問題ないとなるとあまり説得力がない。結局みんなで旅館に入ることになったのだった。
鯖の「天の衣」も入れたかったのですが、アイリもいるとややこしくなるので、1人2役してもらうことにしました。しかも羞恥プレイ前提なんて、これが人間のやることかよぉ!(ぇ
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