悪霊が完全消滅したのを確認すると、光己たちはほーっと安堵の息をついた。
「手強かった……あんなすごい残留思念をつくれる人がいるなんて、世の中広いなあ」
「そうですねぇ……」
ブラダマンテと清姫が心底同感という顔で相槌を打つ。
作った人は酒に酔っていたそうだから、サーヴァントではなく生身の人間だと思われる。つまり逸話再現や信仰補正といった効果なしにこれほどの強者を作れるとは、人格はアレだったが剣の技量や精神の力は剣聖とか古今無双とかそういうレベルだろう。
「まあそれはともかく、みんなお疲れさま。ありがとう」
「はい、マスターもお疲れさまでした。でもこれだけ散らかってしまっては、今すぐ入浴するのは無理ですね」
幸い湯舟は無事だったが、それ以外の床や立て板などは目も当てられないひどい壊されようである。激しい戦闘の後だから今入れればちょうど良かったのだが、諦めるしかなさそうだ。
「いや、下の岩風呂なら入れるかな?」
「うーん、あそこはオープンすぎてちょっと」
かなり高い位置にあるから覗きが来る可能性はまずないが、壁も何もないのでは確かに女性にはハードルが高いかも知れない。やはり入浴は浴室を修繕して仕切り板も設置してからになるようだ。
しかしそこに救いの手が伸ばされる。
「あの、マスター。修繕でしたら私たちがやりますが」
「おお、そういえばスルーズたちがいたんだったな!」
「はい、この様子ならすぐ直せます」
人間の魔術師でも割れたガラスを元に戻せるのだ。まして原初のルーンなら壊れた立て板や床を直すことなど造作もない。
燃やされて炭や灰になっていたり、あるいは破片が消失していたりすると厄介だが、ただ折れたり砕けたりしているだけならたやすいことだ。
「うん、それじゃお願い」
「はい」
ワルキューレ3姉妹の魔術により、まるでビデオの逆再生でも見ているかのような勢いで浴室が修繕されていく。
その手品か幻術のような手際に紅閻魔が畏怖混じりの驚声をあげた。
「こ、こんな……!? お客様がたいったい何者なんでちか……!?」
「お父様より授かったルーンの力をもってすれば、この程度は朝飯前です」
普段おとなしいオルトリンデも、たまには自慢したい気分になる時もあるようだ。
そして男女別にするための仕切り板や桶、椅子などの小物も直し終わったら完成である。
サービスで聖女と巫女が祝福を授けたので、生まれ変わった閻魔亭浴場はいまや新築めいてピカピカだ!
「完璧だな! みんなありがとう!」
「マスターのたってのお願いだもんね。頑張ったよ!」
「うん、やはりさすルーンは格が違った!
……えっと、まだ4時前だからゆっくり入れるな。それじゃ女将さん、約束通り今日はこの後6時まで貸し切りということで」
「アッハイ。立ち入り禁止の看板立てておくでち……」
紅閻魔はこくこくと首を縦に振るしかなかった。いや彼らには感謝こそあれ、不満や文句はないのだけれど。
光己と一緒に男湯に入るのは、最初からそれに賛同していたワルキューレズと清姫、ヒロインXX、カーマ、景虎の7人だ。マシュとブラダマンテはローマでは混浴したが、いかに貸し切りとはいえ男湯と銘打たれた場所に入る度胸はなかったのである。
残る7人はもちろん普通に女湯だ。
「いや待った。お姉ちゃんとジャンヌオルタは、家族の親睦を深めるためにもこっちに来るべきではなかろうか」
「弟君、またお説教してほしいんですか?」
「マスターの思春期ソウルは分かるけど、私はアンタの盟友であって恋人じゃないから」
「むう……」
光己はジャンヌ2人にあっさり袖にされたが、混浴そのものを止められないだけ寛大なお沙汰といえよう……。
それはそうと外の石階段に出る手前の部屋が実は更衣室だったので、そこで別れることにする。
「ええと、女湯まで声が響くようなことはしないでちょうだいね……」
「大丈夫だよ、いざとなったらルーンで防音するから!」
「そ、そう……」
オルガマリーは遠回しにR18な行為は慎むよう求めてみたが、戦乙女には通じなかった……。
仕方ないのでそちらのことはもう気にしないことにして、改めて女湯の更衣室に入る。タオルや石鹸は雀が用意してくれたが湯浴み着はなかったので、ワルキューレズに投影(ぽい魔術)で作ってもらったものを着た。
(何だか露出度が高いような気がするけど……)
実際この湯浴み着はローマでスルーズが光己へのサービスのために作ったものと同じデザインでフリーサイズに調整したものなので、オルガマリーがこう感じるのは当然だったが、男性に見せるわけではないのでそこまで気にはしなかった。
全員着替えたところで、階段を上って終点の浴室に入る。
「へえー、これが日本の温泉なのね。さっきは変な悪霊がいてそれどころじゃなかったけど、じっくり見てみるとホントにJAPAN的風情を感じるわ!」
アイリスフィールは冬木の特異点ではホテルに泊まったことはあるが、こういう和的な旅館は初めてだ。実年齢9歳の上に好奇心旺盛な性格なので、今にも走り出さんばかりにエキサイトしていた。
「ミズ・アインツベルン、濡れた床で走ると滑るので気をつけるように」
「大丈夫よ……ってっきゃあ!?」
というか実際に走って足が滑ってつんのめったが、段蔵が素早くささえてくれたので難を逃れた。
「ありがとう……そういえば貴女はニンジャだったわね。さすがの早業だったわ!
うーん、カルデアに来てよかった。機会があったら忍法とか見せてくれると嬉しいわ」
「……ど、どう致しまして」
やっぱり忍びの者ではなくニンジャとして扱われることに、ちょっとこう申し訳なさのようなものを感じつつ、この呼び方は尊敬や憧憬のような意味を含んでいるので悪い気はしなかったりする段蔵なのだった。
「それじゃさっそく湯に入りましょう!」
「お待ち下さい、その前に『かけ湯』をするのが礼儀でありまする」
「かけ湯……ああ、先に体にお湯をかけて汚れを落とせということね」
自分たちの後に入浴する人もいることを考えれば当然のマナーだろう。アイリは湯舟のそばにしゃがむと、桶で湯をすくって肩からかけた。
人造の美女の肩から胸、太腿や膝の上を熱い湯が流れ落ち、きめ細かな白い肌を濡らしてさらに艶やかさを醸し出させる。微妙に肌に貼りついた湯浴み着の透け具合が大変に色っぽい。
当人はそんなことはまったく意識せず、ひたすら明るくはしゃいでいるが。
「うっわー。ただのお湯じゃなくて、何だかこう滋養というか、ちょっと口では表現しがたいエネルギーみたいなものを感じるわね。ボイラーで沸かしたんじゃなくて、天然の温泉なのかしら?」
「さようですね。後ろの山の地下から湧いているのかも知れませぬ」
ましてや閻魔が経営して人外の客を迎える宿屋である。この敷地自体に神的な霊気がこもっていたとしても不思議はない。
いや建物の中ではどちらかというと陰気なものを感じたが、今ここは聖女と巫女の祝福のおかげかとても穏やかで暖かい雰囲気が漂っていた。
「それじゃかけ湯もすんだことだし、入るわよ! そーれ!」
「ちょ、お待ち下さい!」
いきなりお尻から飛び込もうとしたアイリを慌てて止める段蔵。何かこう、子供の世話をしているような気分になってきた。
まあ生前?の頃はよくやっていて慣れているのだけれど。いやだからこそついかまってしまうのか?
とにかくアイリを普通にゆっくり浸からせて、やれやれと一安心する。
(しかしこれは本当にいい湯でございまするな……)
壊れた
―――そこで段蔵がふと周りを見回してみると、他の7人もすでに湯に入っていた。玉藻の前とタマモキャットの尻尾や肉球は衛生的に見てどうかとも思うが、仮にも天照大御神の分け御霊とその分け御霊なのだから、かけ湯をちゃんとしたのなら、むしろ湯を浄める効果さえ望めるだろう、ということにした。
しかし生身の(サーヴァントだが)人は浸かり方が浅いと乳房が湯に浮くものなのか。絡繰の身には縁のないことだが、壮観という気はする。
「ふあー、これは気分がいいですねえ! さすがは閻魔様?が経営してる旅館だけはあります。
それに外ですから開放感があっていいですね。マスターがオケアノスで毎日入浴したがってたのも分かります」
「そうね、ただのお湯じゃないっぽいわね」
その「浮いてる」組の一角、ジャンヌ2人も温泉は気に入ったようだった。
ちなみにジャンヌの生前の頃のフランスは浴場文化がまだ残っており、庶民の自宅に作れるものではなかったが町には普通に風呂屋があった。パン屋の兼業というケースが多く、パンを焼いた余熱で湯を沸かしたり蒸気を出したりしていたわけである。
生前のジャンヌが実際に公衆浴場に行ったことがあるかどうかは……本人が語っていないので不明だった。
「まあ何にせよ、マスターについて来てよかったわ。冬木の街も退屈はしなかったし、地獄の旅館のお風呂に入るなんて普通の聖杯戦争じゃ絶対経験できないことだしね」
「ええ、そうでしょうとも! 連れて来たお姉ちゃんに感謝して下さいね!」
「
「ぶーぶー、オルタってばほんとにツンデレさんなんですから」
毎度の掛け合いをしつつも2人の雰囲気がいつもより柔らかいのは、やはり湯の効用によるものだろう。
特に聖女様の方は頭のネジまで何本か緩んで人類姉に近づいていた。
「じゃあ仕方ありません、実力行使です!」
「きゃああっ!? ちょ、いきなり何するのよ」
「スキンシップです! 弟君がいつも女の子たちにやってるみたいな」
「マスターだって女の背後からいきなり胸揉んだりなんてしないわよ!?」
どうやらジャンヌは不意打ちで後ろからジャンヌオルタのおっぱいを揉みしだいているようだ。マスターの影響を受けたようだが、ファミパンよりマシかどうかは議論が分かれるところだろう……。
「んっ、あン……って、いいかげんにしなさい!」
「きゃん!」
まあ怒ったジャンヌオルタが後頭部でジャンヌの鼻に頭突きを喰らわせて追い払ったので、今回は比較的穏便に収まったけれど。
「……お2人とも元気ですねえ」
ブラダマンテがその姉妹?ゲンカを眺めてぽへーっとした顔で感想をもらす。
ジャンヌオルタとはフランスでは敵対したが、今や仲間になった上に姉?ともそれなりに仲良くやれている様子には大変心和むものがあったのだ。
「これもマスターの人徳のおかげでしょうか? いつもやさしいし頭いいですし!」
「まあ、その辺は同意するわ」
オルガマリーも彼のおかげで色々救われた身なので、それは否定しなかった。
ジャンヌオルタの場合は厨二病要素も大きかったような気はするが。
「それにしてもお風呂っていいわねえ……身も心も緩んでリラックスできるわ」
「所長さんは大変なお立場ですものね! マスターも言ってましたけど、慰安旅行だと思ってゆっくりするといいと思います」
「ええ、ありがとう」
実際オルガマリーはカルデア本部ではトップとして多忙かつ重大な責務を負っている身なので、時々光己に方針を訊かれる以外は特段の仕事がない今は休暇のようなものなのだった。
「でも実際、どうすれば事件解決になるのかしら?
前回は運よくすぐに聖杯戦争が起こってると分かったんだけど」
何事もなく平穏ならばレムレムレイシフトは起こらないだろうから、光己やオルガマリーが関与すべき事件が起こっているのは間違いないのだ。今はまだそのカケラも見えていないのだけれど。
「まあレムレムレイシフトの最中は何日過ごしてもカルデアでは時間が経たないのは分かってるから、事件の方から寄ってくるまでは休暇を楽しんでもいいのかしらね」
「そうですね、そうしましょう!」
ブラダマンテもその方針には賛成のようだ。
むろんすでに休暇を楽しみまくっている者もいる。
「ぷはーっ、効くぅ! 昼間っから温泉で美酒を好きなだけいただけるなんて、甲斐性のあるマスターを持つと幸せですねっ!」
玉藻の前はちゃっかりお酒を注文しており、お盆を湯舟に浮かべて徳利とおちょこで昼間から酒盛りをしていた。
普段は状況が状況なのであまり表に出さないが、実は金目の物が大好きで贅沢を愛する傾国的な一面も持っているのだ。
「まったく、これだからオリジナルは邪悪な魂とか言われるのだワン」
「別にいいじゃありませんか。マスターがいいって言ったんですから。
何なら貴女も飲みます? あ、マシュさんはまだ未成年だと聞きましたからダメですよ」
傾国狐も最低限のモラルは持っているようだ。そばにいたマシュは酒精に多少の興味を持っていたようだが、こう言われては仕方がない。
「むう、ちょっと残念です」
「気にするななすび! 生身の体には入浴前中後の飲酒は良くないゆえな!」
「誰がなすびですか!」
―――とか何とか言いつつ、女湯では皆おおむね和気藹々と温泉を楽しんでいるようだった。
ようやくお風呂回になりました。まずはウォーミングアップに、平和な女風呂からであります。
カーマちゃんは幼女でいくべきか大人になるべきか、大変悩ましいです。
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