FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第16話 黒いジャンヌ

 光己はここで敵ボスと決戦する心の準備はしていないし、まして作戦など立ててあるはずがなかった。普通ならここは撤退一択であろう。

 しかしここで光己たちが撤退すれば、ラ・シャリテの住民が虐殺されることは明らかだ。

 

「見過ごせるわけないけど、でも……!」

 

 準備不足のまま戦って負けて死んでしまえば、ラ・シャリテだけでなく全人類が殺されたままで終わってしまう。勝算なしで突っ込むわけにはいかない。オルガマリーも無理をするなと厳命していた。

 地上では駆け出そうとしているジャンヌをアストルフォが止めているが、どうすればいいのか……!? 頭の中では断片的な思考が渦巻くばかりで、名案なんて湧いてこない。

 

「マスター、撤退してもあたしは責めないよ。もちろん突っ込んでも責めない。どっちも間違いじゃないと思う」

「……ヒルド」

 

 今日の抱っこ当番のヒルドがそう言って力づけてくれた。

 すると光己は頭の中の渦巻きがすっかり静まって、その中にあった思考のピースのいくつかがかっちりつながるのを感じた。

 

「よし、それじゃヒルドとオルトリンデに頼むかな。

 でもその前に。2人の宝具でファヴニールを倒すとはいかなくても、ケガさせることはできそう?」

「うん、そのくらいなら。何たってグングニルのレプリカなんだから!」

 

 ファヴニールの巨体を見ても、ヒルドはそれなりに自信があるようだ。ならばということで、光己は彼女の耳元にごにょごにょと何やらささやいた。

 

「なるほどー。わかった、やれるだけやってみるよ」

「ん、細かいとこは2人に任せるから」

「うん!」

 

 何とか作戦ができたようだ。ヒルドとオルトリンデはいったん着陸すると、光己とマシュを下ろして2人だけで飛び立って行った。そのまま急加速して、ヒルドは地表すれすれを、オルトリンデは一気に高空に昇ってから竜の魔女の軍団に近づいていく。

 一方竜の魔女のクラスはルーラーなので、光己たちの存在にはすでに気づいていた。先にラ・シャリテを焼き払ってから相手してやろうと思っていたのだが、2人の接近を察知するとどう対応するか考え始める。

 

(2騎だけ突出してきた……? この感覚だと上空と地上から挟み撃ちとか、そんな感じかしら。私たちの味方になりたいなんて酔狂な野良サーヴァントがいるとは思えないけど、だとしたらもうちょっとゆっくり近づいてきそうなものだしね)

 

 竜の魔女はファヴニールではなく、その近くでワイバーンに乗っていた。その容姿は髪と肌の色以外は光己たちと同行しているジャンヌとまったく同じで、しかも雰囲気や表情は白と黒ほどに違っているときては、この国の住人が「竜の魔女=復讐に走ったジャンヌ・ダルク」と信じたのも無理はない。

 

(敵……だとしたら、アーチャーを置いてきたのは痛いわね)

 

 竜の魔女陣営のサーヴァントで、対空長距離攻撃ができるのはアーチャーのアタランテだけなのだが、彼女は子供を殺させたことに怒って反抗してきたため、今は城で「矯正」の最中なので連れて来られなかったのだ。

 

(でも向こうもこんな速さで飛んで来られるってことはライダーでしょうから、アーチャーみたいな狙撃はできないはず。近づいてきたら、ワイバーンで囲んで乗騎をボコってやれば勝手に墜落するでしょう)

 

 竜の魔女、黒いジャンヌはそのような算段を立てると、速度や進路は変えずにそのままラ・シャリテに近づいていった。オルトリンデも同様だったが、ある距離に達したところで首にかけた双眼鏡を目に当てる。

 

「……竜の魔女、及び配下サーヴァントの存在、確認しました。

 入力通り、宝具を解放します」

 

 ついでターゲットの位置を把握すると、今イチ抑揚がない声でそう呟きながら魔力を集中し、攻撃の準備を始めた。

 

「同位体、顕現開始します。同期開始、照準完了……」

 

 そしてオルトリンデの周囲によく似た姿の少女たちが6人現れ、同時に槍を振りかざす!

 

「―――ッ!? 上空のサーヴァントがいきなり6騎も増えた!?」

「何事!?」

 

 黒ジャンヌ、そしてオルトリンデの姿を発見していたバーサーク・ライダー「マルタ」が目を丸くする。まさかまだ数キロは離れているのに、ワイバーンの群れの中にいる自分たちの位置を特定して攻撃してくるというのか!?

 

「……終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)!!」

 

 7騎の戦乙女たちは黒ジャンヌ陣営のその辺の戸惑いは一切無視して、宝具の真名を解放し7本の槍を投げつけた。この槍は必中効果を持っており、かのゲイ・ボルクと違って心臓は狙えない代わりに幸運で回避されることはない。

 つまりオルトリンデが道具を使ってでも相手の位置を認識し、さらに今回はマスターが令呪を使って彼女のパワーを強めたので、普段の彼女よりずっと遠くまで=黒ジャンヌたちの射程の外から攻撃できるという作戦なのである。

 

「槍が飛んで来る……? まさかランサーだったというわけ? 速い……!」

 

 ワイバーンを盾にするのは間に合わない。黒ジャンヌたちはそれぞれに槍を回避、あるいは得物で打ち払おうとしたが、槍は空中で軌道を変えて彼らの体に突き刺さった。

 特に黒ジャンヌとマルタは、オルトリンデが遠距離ながらも首魁あるいは強敵と判断したのか、2本ずつ向かっている。

 

「ぐうっ……!」

 

 幸い頭部や心臓といった急所にくらった者はいなかった。しかしオルトリンデの宝具はこれで終わりではなく、槍が光を放ち結界らしきものを形成する。

 

「くっ、何これ……!? 気を抜いたら座に退去させられそうな……!?」

「まるでターン・アンデッドね……一応は聖女の私がくらう側になるなんて」

 

 正確にはターン・アンデッドではなく「正しき生命ならざる存在」を退散させるものだが、魔術で召喚された使い魔であるサーヴァントは当然これに含まれる。黒ジャンヌたちは宝具の効果が切れるまで耐えるしかなかった。

 そしてその間に、地上からヒルドがファヴニールに向かっていく。

 

「文字通り、マスターの血肉になってもらうわよ! 『終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)』!!」

 

 オルトリンデの宝具と同じく、7騎の戦乙女が7本の槍を投擲する。こちらは7本が喉の1か所を狙っていた。

 ファヴニールは当然回避できず、綺麗に全てが突き刺さり、ついで結界がその周囲の肉を抉り取っていく。

 

「グゥアァァッ!」

 

 ファヴニールが全身を身悶えさせて悲鳴を上げる。巨体のおかげで首の骨までは折れずにすんだが、喉に深い傷を負えばダメージは大きい。

 光己とヒルドは、巨竜の全身に打撃を加えずとも、頭蓋や眼や喉といった急所に深手を与えれば倒せるはずという見込みを立てていて、この結果ならまずは40点というところだった。

 

「あと30点、いくよ!」

 

 ヒルドが大きな革袋を両手で持ってファヴニールのすぐそばまで突っ込んでいく。指揮官の黒ジャンヌが行動不能になっている今なら、ワイバーンに囲まれる恐れはないのだ。

 狙いはもちろん、ファヴニールが大量にまき散らしている血液である。

 

「ありがと、これで70点だね! 宝具を一点集中して倒せなかったのは残念だけど、それじゃまた」

 

 ヒルドは欲を張ってファヴニールにとどめを刺そうとはせず、血液を採取し終えるとすぐ撤退した。オルトリンデが黒ジャンヌたちを抑えていられる時間もそう長くはないのだ。

 そしてヒルドが撤退したのを確認すると、オルトリンデも結界を消して退却したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……やってくれたわね。まさか空を飛べて飛び道具まで持ってるとは思わなかったわ」

 

 黒ジャンヌが右肩と左腿の傷口を手で押さえながら苦痛と呪詛の声を上げる。たった2騎の敵にここまでいいようにやられるとは。

 死者が出なかったのは僥倖だが、敵はいったん距離を取りはしたものの、まだ留まってこちらの動向を窺っているようだ。

 

「それでどうするのだ、マスターよ」

 

 考え込んでいる黒ジャンヌの後ろから、バーサーク・ランサー「ヴラド三世」が声をかける。どう動くにせよ、迷っていられる時間はあまりないのだ。

 

「……そうですね、今回はしてやられました。撤退しましょう」

 

 敵のランサーが距離を取ったのは、あの宝具をもう1度使うための魔力を回復させる時間を稼ぐためだろう。彼らが街を守ろうとしているのなら、街を襲えば近づいてくるだろうが、住民を見捨ててでも魔力が回復するまで待ってから来られてはこちらが危険だ。

 飛ぶ速さは向こうの方が上なので、吶喊するのも無理がある。全員が負傷していることでもあるし、今は退くべきだろう。

 

「そうか、やむを得まい」

「ええ、でも次はこっちが思い知らせてやるわ」

 

 そういうわけで黒ジャンヌたちは踵を返して、オルレアンの方に戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンたちが去っていくのを見て、ジャンヌは脚の力が抜けたのか、かくっと地面に膝をついた。

 

「帰っていく……ラ・シャリテの人たちは助かったのですね」

「今日のところは、ですが。しかしキズは負わせましたから、明日すぐまた襲ってくるということはないでしょう」

 

 感慨深げに呟くジャンヌに、地上に降りたオルトリンデがそう応じる。ただ黒ジャンヌ陣営には修道服っぽい服を着た女性がいたから、もし彼女が治癒術を使えるなら、あまり長い日数は稼げないが。

 

「はい、ありがとうございます。マスターの判断にも感謝と敬意を」

 

 ここで決戦を挑むという選択肢もあったが、光己にそれを望むのはいろんな意味で酷だろう。しかし彼は多少賭けの要素はあったものの、見事な作戦で黒ジャンヌを退却させてくれたのだ。

 

「というかマスターはつい先日まで素人だったと聞きましたが、よくとっさにあそこまで周到な作戦を思いつきましたね」

 

 双眼鏡と令呪で宝具の射程を伸ばしたり、ちゃっかり邪竜の血液を採取したり。時間を取って考えれば、多少の経験がある者なら誰でも思いつくかも知れないが、10秒かそこらで簡単に立案できることではない。たいした作戦家だとジャンヌは素直に感嘆した。

 

「そうでしょう! マスターは魔術師じゃないのにマスターで、しかも頭良くってやさしくって頼りになるんですよ!!」

 

 すると当人が答えるより早く、ブラダマンテが彼の背中に抱きつきながら、我が事のように自慢げに称賛した。相当高く評価しているようだ。

 

「いやあ、俺ができるのはこういうことくらいだからがんばってるだけだよ。

 今回はヒルドが励ましてくれたおかげだし」

 

 光己は謙遜してそう答えたが、首に回されたブラダマンテの手をさりげなく軽く握って、つまり背中に押し付けられた豊かなおっぱいが少しでも長くそのままでいるようにしていたりもする。

 

「そうですか……でも1つだけ残念だったのは、彼女の真意を聞けなかったことですね」

「真意?」

 

 ジャンヌが真顔になったので、光己も意識を背中の感触から彼女の言葉に戻した。

 

「はい。なぜ竜の魔女はこんな大掛かりなことをしてまでして多くの人々を殺して回っているのか、せめてその理由を聞きたいと思うのですが……いえ今回の状況では無理だったのはわかっていますが、そんな機会があればいいなと」

 

 ジャンヌの立場では無理もないことと思われたが、光己はあえて反対意見を述べた。

 

「うーん。気持ちはわかるけど、俺はやめといた方がいいと思うな」

「え、なぜです?」

「だって竜の魔女にどんな深い理由があったとしても、結局は殴って聖杯取り上げなきゃならんのは変わらんからさ。なら復讐心でトチ狂っただけってことにしといた方が気が楽かな、と」

「ああ、マスターの立場だとそうなるのですね」

 

 ジャンヌが葛藤しているのは竜の魔女が「もう1人の自分」らしき存在だからであって、光己にとっては単に事件を起こした迷惑な者に過ぎない。ましてこの先いくつもの特異点をかかえているのに、敵の事情をいちいち背負ってはいられないだろう。

 

「ああ、でもジャンヌが聞くのは止めないからさ。チャンスがあったら聞いてみてもいいよ」

「はい、ありがとうございます。あくまで私情ですから、作戦の邪魔にならない程度にとどめますので」

「ん、よろしく。それじゃ竜の魔女の姿も見えなくなったし、いよいよパワーアップイベントに入るとするか!」

「ああ、ファヴニールの血で無敵になるというあの話ですね!」

 

 ブラダマンテが相槌を打ちながら光己の背中から離れる。光己はちょっと後悔したが、口に出してしまった以上は実行するしかない。

 

「確かジークフリートは背中に葉っぱが貼りついてて、そこだけ無敵にならなかったんだよな」

「はい、伝承ではそうなってますね」

 

 マシュの返事に光己はこっくり頷いた。

 

「じゃあ全身に念入りに塗りつけないといかんな。日本にも『耳なし芳一』なんて昔話があることだし」

 

 つまりハダカになって洗面器の水で体を拭くような感じでやればよさそうだ。しかし何もない平原の真っただ中、それも女性陣の前ではさすがに恥ずかしいので、光己は考えた末ヒルドに氷の板で更衣室をつくってもらった。

 中はちょっと寒かったがまあささいなことだ。

 

「何しろこれで『俺は人間をやめるぞマシューーー!!』な展開になったんだからな!」

 

 などとちょっとハイテンションな独り言をいいつつ、光己はファヴニールの血液が入った革袋に手を入れた。

 

「おおっ!?」

 

 血液に触れた指先がビリッと痺れる。さすがに最上級の竜種だけあって、当然ながら血もハンパではないようだ。何というか、「力」を感じる。

 ただ不快な感触ではない。これなら塗っても良さそうだ。

 

「おおぉ、し、痺びびびび……」

 

 血を塗るたびに痺れが走る。その赤い液体が肌にしみ込むごとに力が湧いてくるような感じがした。

 そして最後に残ったコップ1杯分ほどは、両手にすくってぐいっと一気飲みする。

 

「グワーッ喉が焼ける!? ア、アストルフォ、たの、む……」

 

 しかしちょっと急ぎすぎたのか、喉と胃がカーッと熱くなって気が遠くなってきた光己は、最後の気力で更衣室の外で待機してもらっているアストルフォに介抱を頼むと意識を失ったのだった。

 




 美遊礼装目当てにガチャしたらイリヤktkr!(礼装は来なかった)
 これで魔法少女が揃ったということはプリヤイベを書けというリヨグダコ神のお告げなのだろうか。しかしオルレアン編の後は作中時間は8月だから水着イベも書きたい……そうだ、連結してプリヤが終わるかと思ったところで事故で水着イベになだれこむようにすればいいんだ! もちろん現地水着鯖も登場で!
 それはそれとしてワルキューレ強い! 空飛べて必ず当たる飛び道具持ってるなんて、セプテム編のカエサルとかダレイオスとか兵士何人連れてても上空から狙撃されたら手も足も出ずにやられてしまうではないですかどうしろと(ぉ

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