カルデア一行は神罰&竜罰と閻魔亭の救済のために(自称)竹取の翁を成敗することにしたわけだが、今日来たばかりの一見の客がそれを女将に告げるのは時期尚早だ。もう少し親しくなってからにするべきだろう。翁が明日にも来るというのなら別だが。そこまで性急な展開にはなるまい。
「スルーズがさっき言った『聖杯クラスの魔力を持った魔術的な物品』との関わりもあるかも知れないものね。方針は決まったけれど、実行は慎重にいきましょう」
「はい」
そのあたりは光己やカーマや清姫も異存ない。むしろ慎重にして時間をかける方が混浴温泉、もとい慰安旅行をより長く楽しめるというものである。
―――話すべきことを話し終えたら、4~5人用の部屋に17人も詰めているのはいかにも狭い。一同はそれぞれが泊まる部屋に戻った。
部屋は燕、雀、翡翠、琥珀の順に並んでおり、所長とマスターは中の2部屋に、サーヴァントのみの組が端の2部屋となっている。未知だったサーヴァントが安全と分かった今そこまで警戒する必要はないのだが、あえて緩めることもないのでそのままにしていた。
光己と同じ雀の間になったのは、警護役の段蔵と、厳正なるジャンケンで決まった清姫と景虎である。
「やりました! ローマに行く時の勝負では悔しくも負けてしまいましたが、これで雪辱を果たせたというものです」
「あー、そういえばそんなことあったなぁ。
まあ今回は日替わりなんだけどさ」
「はい、そこは残念ですが旦那さまに愛の力をお見せできたのでよしとしておきます」
「うん、ありがと」
光己はそう言って清姫の頭を撫でつつ、逆隣の景虎に話しかけた。
「景虎はあれかな、
「そうですね、毘沙門天の……と言うとワルキューレの皆さんに礼を失する話になりそうですので、私もマスターへの愛ゆえにということにしておきます!」
「そっか、ふふー、いつもながらモテる男はつらいぜ!」
「そうですか、では私が身を以てお慰めしましょう!」
「ではわたくしも!」
光己の左右から清姫と景虎がしなだれかかってくる。2人とも生前の時代と普段の服装的に考えて、浴衣の下は「つけてないはいてない」の可能性があるので大変気になるのだが、それはそれとして、馬に蹴られないためか1歩引いている段蔵にも声をかけておくことにした。
「段蔵には警護役お願いしてるけど、ここが襲われるなんてことまずないと思うから、あんまり根詰めすぎないようにね」
「は、ご配慮痛み入りまする」
念のためワルキューレズに朝まで効く結界を張ってもらってあるから、光己の言う通り寝込みを襲われて被害を受ける可能性はほとんどない。それでもこうして警護役を置くというのは「最後のマスター」の重要性を理解している妥当な措置で、段蔵は手抜きをするつもりはない……が、主君の心遣いも無視できないので彼の言葉通り根詰め「すぎない」程度にやる予定である。
「うん、それじゃ1人だけ別の仕事頼むわけだからお茶でも淹れるよ」
「そ、そこまでされては困ってしまいますぅぅぅ!」
光己にとっては21世紀の感覚で軽いお礼の気持ち程度の行為なのだろうが、壊れかけの
「そう? じゃあ仕方ない、みんなの分を淹れるということで」
「そ、それでしたらまあ」
合意に達したので、光己は4人分のお茶を淹れた。
お茶請けにまんじゅうもあったので、そちらも封を切って皆に配る。
「うーん、静かで落ち着くなあ……」
「そうですねぇ……」
光己が熱いお茶を一口飲んでふうーっと息をつくと、景虎も同感という風に相槌を打った。
「ところで、あとは自称竹取の翁が現れるまで特にやる事はないのですよね?
温泉は大変いいお湯でしたし、ご飯も精のつくものでした……。
ここまでお膳立てが整ってしまっては何も起きないはずもなく……ふふふ……なんて素敵なのでしょう……」
「清姫殿は本当にブレませんねえ」
光己関係以外の感情の機微を
何かこう、背中を押されているような感じがする。思い切った行動に出ることにした。
「マスター、『2人で』縁側に出てみませんか?」
「え? あ、うん。いいよ」
この状況で2人きりになりたがる理由など1つしかない。光己はもちろん清姫も段蔵もすぐ察したが、止め立てはしなかった。
肩を並べて縁側に出て、
月の光の下で、景虎がやわらかい微笑を浮かべている。その笑顔がいつもより綺麗に見えた。
「マスター……」
景虎がささやくような声で言いながら、1歩前に出て光己の胸板に両手を添える。光己も景虎の腰にそっと手を回した。
「…………………………………………」
そのまましばらく、何も言わずに見つめ合う。
景虎の澄んだ深い瞳は、彼女が自分に向けてくれている想いを形にしたもののように見えて光己はとても嬉しかったが、あまり黙ったままでいられるともしかして台本を用意していなかったんじゃないかと邪推してしまう。
「景虎、まさかとは思うけど出たとこ勝負だったとか?」
「え!? いえいえそんなことはありませんよ。ただちょっとマスターに見とれてただけですから!」
これはこれでこっ恥ずかしいことを言ってしまったような気がするが、言ってしまったものは仕方がない。景虎は勢いで突っ走ることにした。
「ま、まあそのですね! いつかこういう日が来ると思って、心の準備をしてはいたのです。
ただそのせいで口を滑らせてしまいましたが」
愛ゆえに、なんて台詞はもう告白そのものである。迂闊もいいところだ。
やはり人の心とは難しいものだが、最終的な結果は分かっているので焦ることはない。いったん仕切り直して、彼の目を強い視線で見つめる。
そして―――。
「なので小難しいことは抜きにして――――――マスター、愛しています」
一番大事な言葉だけを告げると、彼も短い言葉で応えてくれた。
「うん、俺も景虎のこと好きだよ」
「……! マスター……!」
こう答えてくれると分かっていたとはいえ、実際に口に出してもらえるとやはり嬉しい。胸の中がほんわか暖かくなってとても幸せな感じがして、しかも光己も同じ気持ちでいてくれるのを感じる。
あの時この人に会えてよかったと心の底から思ったが、せっかくの機会なのでもう1つイベントをやっておくことにした。
お風呂でヒロインXXも言っていたが、予約したのはこちらが先なのだから。
「ところでマスター。ローマの特異点でお別れする前にお話ししたことを覚えていますか?」
「あー、もしかして接吻のこと?」
「はい! やはりマスターは分かって下さってますね」
こんなすぐに察してくれるとは。嬉しくなった景虎がさっそく光己の後頭部に手を回すと、彼も腰をやさしく抱いてくれた。
「それじゃ、目つぶってくれる?」
「はい!」
これから接吻するにしてはちょっと元気が良すぎのような気もするが、何しろ生前も込みで初めてなのだから興奮しても仕方ないと思う。彼も初めてなのかちょっとぎこちない感じがするが、ちょうどお互い様になるからむしろ喜ばしいというものだ。
景虎が目を閉じると、一拍置いて唇にやわらかいものが触れた。
光己も実はファーストキスで、上手くできるかちょっと不安があったのだが、唇の感触からすると成功したようだ。
女の子は唇までつややかで柔らかいなあ、なんて埒もないことを考える。
(しかしファーストキスの相手が実は女性だった上杉謙信って、よく考えたらとんでもないな)
まあそういう感慨には後でひたることにして、今は目の前にいる、いやキスしている彼女自身に集中しよう。光己はそう思い直すと、景虎の髪と背中をそっと撫でた。
いつもと違ってお互い浴衣1枚なので、体の感触がはっきり伝わってくる。おっぱいの柔らかさと背中の手触りから考えて、ブラジャーをつけていないのは確実のようだ。
パンツの方まで確かめる度胸は
―――初回であんまり長く続けるのもどうかと思ったので光己がいったん離れると、景虎は色っぽく頬を紅潮させ、とろーんと潤んだ瞳で見つめてきた。
どうやら喜んでくれてはいるが、満足はしていないらしい。
「マスター……もうおしまいなのですか?」
鼻にかかった声でこんなおねだりをされては、男たる者退くわけにはいかない。
「いや、初めてだからひと休みしただけだよ。ここからが俺の本気ってやつだ」
「はい、いくらでも受けて立ちます!」
こうして光己と景虎はセカンドキスをしたのだが―――。
「あの、お2人とも。邪魔するのは無粋と承知ではありますが、1時間は長すぎなのではありませんか!?」
夢中になりすぎて時間が経つのを忘れていたので引っぺがされた上、光己は清姫とも1時間キスさせられ、もとい幸せなキスをしたのだった。
合わせて2時間もキスし続けた光己はさすがにグロッキーで、室内に戻ると壁にもたれて休憩していたが、女性陣、特に清姫は意気軒高である。
「正月元旦というめでたい日に旦那さまと結ばれた上に口づけまでかわしてしまうとは、今日は本当に素晴らしい日でした!
ここは一気に最後までいくべきか、それとも貞淑さ重点で日を改めるべきか……?
明日はお風呂でサービスもするわけですし、そちら方面に走り過ぎては淫乱な女と思われかねませんからね」
舞い上がらんばかりに喜びつつも冷静な計算をしているさまは実年齢小学生の狂化EXとは思えないしたたかさだった。サーヴァントでも頭の中身は成長・変化するわけで、末恐ろしい、もとい将来が大変楽しみである。
「……それ以前に初めてが人前というのはあんまりですね。やはり日を改めた方が良さそうです」
「そうですね、添い寝だけにしておきましょう!」
景虎も同意見だったので、今夜のところは3人とも健全な夜を過ごしたのだった。
―――そして翌朝。光己たちは朝食を摂り終わると、この旅館が気に入ったからという名目で(事実でもあったが)例の200万
お釣りはちゃんと出せるそうなので、事件が早めに解決しても損はない。
「といってもすることはないんですが、どうしましょうか? 外で散歩でもします?」
「そうね。天気もいいし自然豊かだし、これだけいれば魔猿も怖くないからそうしましょうか」
ミス・クレーンとは朝食の時は会わなかったから、昼食の時にでも探してみればいいだろう。そう判断したオルガマリーは、皆で近辺の探索に出ることにした。
着替えて外に出てみると、今日も晴れていて風もなく散策日和である。
「それにしてもいい所ね。季節的には冬のはずだけど暖かいし、山林といっても荒れてなくて歩きやすいし」
「でも建物が閻魔亭しかないってのも不審といえば不審ですよね。人家も商店も類似の旅館も見当たらないのはどういうわけなんでしょう」
「隠れ里というのが本当ならおかしくないわよ。亭内の調度品や食材をどこから仕入れてるのかって謎は残るけど」
光己とオルガマリーがそんなことを話しながら、今日も仲良く手をつないで山の中の獣道を歩いている様子は大変微笑ましいものだったが、そこでまたジャンヌが2人に近づいて注意を促してきた。
「お2人とも、またサーヴァントを1騎探知しました。行ってみますか?」
「え、またか。迷い込んだのか旅行客なのか分からないけど、意外に繁盛してるのかな?」
「まあそうでないと利子だって払えなかったでしょうしね。でも遠いの?」
「そうですね、8~9キロくらいはあります」
「それなら飛べる人だけで行ってきますよ」
獣道を歩いてそこまで行くのは大変だ。光己がそう言うと、オルガマリーも頷いた。
「そうね、対応は任せるわ」
「はい、では行ってきます」
行くのは光己、ワルキューレズ、ヒロインXX、カーマ、それに探知役のジャンヌの7人だ。光己が翼と角と尻尾を出して、ジャンヌを抱えて飛ぶことになる。
ジャンヌの案内に沿って進むと、林の中で1人の女の子が大きな鳥と戦っていた。
女の子は14~15歳くらいで、古代日本風の白い貫頭衣を着て長い槍を持っている。鳥は体高2メートルほどの極彩色の鶏といった感じだ。
女の子はサーヴァントとはいえ弱っている様子で、体格の割に素早い巨鳥に苦戦していた。槍を突き出してもさっとかわされ、いかにも硬そうな
「KU、KU、KU……KUeeeeeee!!!!」
「痛たたたたたぁっ!? に、鶏のくせに強い……!」
「うーん、見た感じ悪党じゃなさそうだけど……横から覗き込んでみればもっと正確に分かるかも知れないな」
「バカなこと言ってないで、もう少し近づいて下さい! そうすれば真名看破できますから」
「ルーラーのお姉ちゃんはもっと頭のネジ緩めてもいいと思うんだ」
とか言いつつ、女の子がやられてしまっては大変なので光己たちは急いで接近するのだった。