光己たちがもう少し接近すると、ジャンヌが女の子をはっきり視認して真名看破ができるようになった。
「真名、宇津見エリセ。ランサーですね。宝具は『
「あ、天遡鉾ぉぉ!?」
その名前を聞いた光己は噴き出しそうになってしまった。
何しろ
「いや待て、それなら何で真名が『宇津見エリセ』なんだ?」
疑似サーヴァントでも真名は憑依した英霊の名前になるのに、なぜ彼女は宿主の名前なのだろう。もしかしてマシュのようなデミ・サーヴァントなのか?
疑似サーヴァントはサーヴァント側の意志だけでなってしまうが、デミ・サーヴァントは何か怪しい実験をしないとならないはずである。すると彼女にもヤバい背景があるのだろうか?
「それともⅡ世さんみたいな状態なのかな? どっちにしても頭の中身は日本人の女の子ってことか」
無論現代人だからといって善良とは限らないが、邪悪な感じはしないから助けてもいいだろう。
横から見るとすごいことになってそうな美少女を見殺しにせずに済んで何よりである。
「よし、それじゃあの子を助けよう。みんな、頼む!」
「はい!」
光己の内心がどうであれ、エリセを助けるという方針は(今の所)間違いではない。
一同は今少し近づくと、まずは声をかけて戦っている両者の注意を引きつけた。
「そこの女の子、援護するからいったん下がって! カーマ、頼む」
「はーい」
なおカーマはいつもの幼女の姿に戻っている。大人の姿は露出度が高すぎるのと、ここぞという時の決め手のような扱いをしているので普段は見せないのだ。
カーマが放った十数本もの光の矢が巨鳥めがけて襲いかかる!
「KUeee!」
しかし巨鳥はボクサーめいた機敏なバックステップでその矢雨を回避した。野生動物とは思えない、いや野生動物ならではの本能的技量である。
しかしそのおかげで、エリセは距離を取って一息つくことができた。
「だ、誰だか知らないけどありがと……う!?」
声と矢が来た方向に顔を向けたエリセはぎょっとした。6、いや7人もの人間が空を飛んでいるのはまあ、サーヴァントならあり得ることなのだが……。
(あれ? 見ただけで男の人以外の6人がサーヴァントだって分かる……?
それにあの男の人はいったい)
彼だけはサーヴァントではないとなぜか識別できるが、背中に3対の翼を生やしているとはまるで熾天使のようだ。いや白い鳥の翼は1対だけであとの2対は機械?と
いやそれより今はもう少し下がらないと。エリセがさらに1歩後ろに跳び退くと、7人は彼女から少し離れた位置に着地した。
この巨鳥はおそらく昨日の魔猿の同類であろう。それで鶏がこれだけ巨大化した存在だとすると、けっこうな大妖怪と考えられる。
ところが光己たちが武器を構えると、その大妖怪はあっさり踵を返して遁走してしまった。
「い、いきなり逃げた!?」
「野生動物らしい判断の速さですねえ!?」
まあ巨鳥が逃げたのならエリセを助けるという目的は果たせたわけだが、ことはそれだけでは終わらなかった。
「でもあの方向だと閻魔亭に行っちゃうんじゃないかな?」
「そっちに何かあるの? だとしたら初めからそこが目当てだったのかも」
ヒルドがちょっと心配そうに首をかしげると、エリセがそれを煽るようなことを口にした。実際、巨鳥が来たのは彼が今向かっている方向のちょうど反対側からなのだ。
「デジマ!? じゃあ放っておけないな、追いかけよう。
えっと、君も来る?」
光己がエリセに助けた相手かつ年下ぽいので敬語抜きでそう言うと、エリセも同様に素で答えた。
「あ、う、うん。それじゃせっかくだからお願い」
「よし、それじゃオルトリンデが抱えてあげて。ヒルドは所長たちに報告よろしく」
「はい!」「OK!」
2人が光己の指示の早さに満足しつつ頷いて、こちらも素早く行動に移る。
一行はまた空を飛んで追いかけたが、林の中なのであまり速く飛べずなかなか追いつけなかった。
「ほ、ほんとに速いな!?」
鶏はそんなに速く走れる動物ではないはずなのに、さすが妖怪化しているだけのことはあった。元々密林や竹林に住む動物なので動きがスムーズだし。
「マスター、ここはいったん林の上に出た方が良いのでは?」
そうすれば巨鳥の姿が見えなくなる代わりに、障害物がなくなってスピードを上げられるから、彼を追い越して先回りできるという意味である。光己も同意して、閻魔亭の前にある橋の前に陣取った。
待つほどのこともなく、巨鳥が林から抜けてまっすぐこちらに駆けてくる。
「今度は逃げないんだな、やっぱり閻魔亭が目当てだったか……。
でも客じゃないだろうし、まさか客を食うとかそういうのか!?」
鶏は草食だと思ったが、妖怪になって食性が変わったということも考えられなくはない。光己たちが今一度武器を構えると、巨鳥も戦いは避けられぬと覚悟を決めたのか全身から妖気がぶわっと噴き上がった。
「やっぱりやる気か! みんな撃って!」
「はい!」
タイミングを見計らっていたカーマたちが一斉に矢やビームをぶっ放す。しかし巨鳥は真上に跳躍してその攻撃をかわすと、空中で翼を広げてそのまま光己たちの頭上を飛び越えて行ってしまった。
「な、飛べたのか!?」
「そういえば鶏は飛べましたね。うまくやられました!」
今までずっと飛ばずにいたから失念していたが、普通の鶏でも短距離なら飛べるのだった。最初からこうするつもりでいたのなら驚くべき知能である。
しかもこの位置関係では、ビームを撃ってもし外れたら閻魔亭の建物に当たってしまうから撃てない。もう1度飛んで追いかけるしかなかった。
「仕方ない、あいつが開けた穴から追おう」
巨鳥が窓に体当たりして開けた穴に、光己たちも飛び込んで亭内に入る。その時には彼の姿は見えなくなっていたが、彼は窓を破るためか妖気を大放出していたのでその気配を追うことは容易だった。
不作法ながら廊下を走って追跡すると、豪華な広間にたどり着いた。中には立派な
「え、えっと。あれが目当てだったみたいだな」
そのお供え物を、巨鳥は遠慮のかけらもなく食い散らかしていた。
彼の行動原理はよく理解できたが、ここで戦っていいものだろうか? 光己たちが成すすべもなく立ち尽くしていると、従業員の雀が1羽泡喰った様子で飛んできた。
「ああっ、これはちょうどいい所にいてくれたチュン!
助けてほしいチュン!
このままだと閻魔亭は全壊チュン! それほどの破壊の化身なのでチュン!」
いささか誇大表現に思えたが、まあ雀たちから見ればそんな風に見えても仕方ないかも知れない。
それはともかく、従業員に依頼されたのだからここで戦うことに問題はないし、依頼を果たせば女将との友好度も上がる。ただこの祠と賽銭箱がスルーズが昨日言った「聖杯クラスの魔力を持った魔術的な物品」なのは明らかだから、攻撃が当たらないよう気をつけて戦うべきだろう。
「というわけで、みんな宝具やビームはなしで頼む!」
「そうね、通りがかっただけで突つかれた恨みを晴らすわ」
多分エリセは巨鳥が腹をすかせて気が立っていたところに偶然出くわしてしまったのだろう。彼女の言葉を聞いて光己たちはそう解釈したが、実は当人は「ここで活躍したら、一宿一飯ぐらいは恵んでもらえるかも」なんてことも考えていたりする。
何しろ気がついたら見も知らぬ竹林にいて、無一文で魔力もあんまりなくて困っていたのである。初対面の光己たちについて来たのも、この状況を何とかできればという思惑があったからこそだった。
(多分ここ、マヨヒガとかそういう所よね。雀は普通しゃべらないし)
そんなことを考えつつ、槍をかざして突きかかるエリセ。先ほどは簡単にかわされてカウンターを食らったが、今回は味方がいるから負けないはずだ。
「KUeee!」
すると巨鳥は食事を邪魔されて怒ったのか、今度は逃げずにエリセの槍を体重をかけて蹴り上げた。体ごと吹っ飛ばされたエリセはそのまま壁に背中を打ちつけて咳き込んでしまう。
「ぐっ! つ、強い」
それに場所が場所だけに飛び道具を使えないのがキツい。
ただエリセが期待したように、一緒に来たサーヴァントたちが巨鳥の追撃を防いでくれたので余裕を持って立つことはできた。
「大丈夫か? それにさっきのケガも残ってるな、今治すよ」
さらに3対の翼の男性が駆け寄ってきて、治癒の魔術をかけてくれた。
「そういえばさっきの雀の口ぶりだと、前にも襲われたことがあるみたいだな。
ってことは女将さんでも倒し切れなかったってことだから、そりゃ強くて当然か……」
「……」
どうやらこの(多分)旅館の女将は結構な強者らしい。まああんな謎生物が闊歩する怖い世界で旅館を経営しているのだから、むしろ当然というべきか。
それでもって、今巨鳥に対峙しているのは白い服を着て槍と盾を持った少女が2人、紺色の服を着て旗が付いた槍を持った20歳前くらいの女性、そして遊園地のスタッフのような服を着ていわゆるツインランサーみたいな武器を持った20歳くらいの女性だ。紫色の服の10歳くらいの子は接近戦は不得手らしく下がっている。
……他の4人はともかく、遊園地スタッフの女性はどこの英霊なのだろうか?
「KUeaea!!」
「鳴いてもわめいても無駄ですよ。おとなしく今日の晩ご飯になりなさい!」
言っていることもひどく俗っぽいし。
しかし実力は本物だった。4人がかりなので巨鳥の挙動を的確に封じ込めており、カウンター的に槍の穂先を突き刺して打撃を与えている。そのたびに赤い血が飛び散り、巨鳥の動きがだんだん鈍くなっていった。
「……って、そろそろ私も出張らないと!」
このまま終わってはしまっては活躍どころか、ただその場にいただけの役立たずと言われかねない。傷はほとんど治ったので、エリセは急いで前に出た。
(敵が弱ってから出て来ていいとこ取りしたずるい奴って思われるかも知れないけど、役立たずよりはマシ!)
エリセは大回りして巨鳥の背後に回り込むと、体ごと飛び込んで渾身の力で槍を突き入れた。
手応えアリ! かなり深く刺さったから、あとは槍を手に持っていれば巨鳥がどう動こうと逃げられることはない。
「
つまり飛び道具を使ってもいいということだ。エリセは空いている左手から、特製の魔術弾を巨鳥の首筋にぶっ放した。
「KUueue!?」
これは効いたらしく、巨鳥がぐらりとよろめく。
その直後に4人がさらに槍を突き立てると、巨鳥はついに絶命し―――たのはいいのだが、倒れ込んだ先はよりにもよって賽銭箱で、しかもその拍子に箱のフタががぱっと開いて、中から眩い光があふれ出たのだった。
エリセたちは一瞬早く槍を抜いて離脱していたが、これはどう考えても何かよろしくない事態である。
部屋の外に出てただなりゆきを見つめていたが、そこにようやく紅閻魔が現れる。
「あの野鳥が現れたと聞きまちたが……これはまさか!?」
「あっ、女将さん! 実はその野鳥が死に際に賽銭箱に倒れ込みまして」
「賽銭箱にでちか!?」
紅閻魔が慌てて部屋に入るが、ちょうどその時光はふっと消えてしまった。
「ああ、何てことでちか……」
「……」
紅閻魔は相当落ち込んだ様子なので、声をかけるのは憚られた。なので光己たちが黙って様子を見ていると、最初に助けを求めてきた雀が彼女に近づいて、このたびの
「女将! このお客様がたは、あの野鳥が奉納殿でお供え物を食い荒らしていたので退治してくれたのでチュン! 悪いのは最後まで迷惑かけてきたあの魔鳥なのでチュン!」
「……なるほど、そういうわけでちたか。賽銭箱が開いてしまったのは残念でちたが、お客様がたにはお礼を言わねばなりまちぇんね」
それを聞くと紅閻魔は笑顔をつくって光己たちに礼を述べた。
義理もないのに妖怪を退治してくれたのだから、多少の被害は仕方がない。むしろ巻き込んでしまったのを詫びねばならぬくらいである。
「……どう致しまして」
光己たちは元々恩に着せる気はなかったので、とりあえず無難に挨拶を返した。
すると不意に紅閻魔が軽く顎を上げ、電話でもしているかのような様子になる。
30秒ほどしてそれを終えると、なぜかとても済まさなそうな顔を見せた。
「えっと、その。助けてもらっておいて申し訳ないのでちが、ひとつお願いを聞いてはもらえないでちょうか? もちろん強制とかではなくて、本当に良かったらでいいのでちが」
どうやら賽銭箱のフタを開けられたのは彼女にとって相当な痛手のようだ。なら鍵でもかけておけばいいのにと光己は思ったがそれは内心にとどめておいて、口にしたのは別のことである。
「ええと。今すぐ大至急ということでなかったら、所長が戻るまで待ってもらえませんか? そちらもあの鳥の始末とかここの掃除とかあるでしょうし」
「ああ、それはそうでちね。そこまで急ぎではありまちぇんので、おまえ様のいう通りにしまちょう。
おまえ様がたは、とりあえずお部屋でお待ち下ちゃい」
「はい、ではまた後で」
光己はそう答えると女将に言われた通り部屋に帰ることにしたが、この横乳と横太腿が素晴らしそうな女の子はどうするのだろうか。
「君はどうする?」
「うん、乗りかかった船だからとりあえず聞くだけ聞いてみる」
エリセは他にすることもない身なので、ここは光己たちに同行することにした。
彼らの部屋に入って座布団に座ったところで自己紹介でもしようかと思ったが、ふと考え直して中止にする。
(このヒト翼と角と尻尾引っ込めたら神性も魔性も感じられなくなったけど、さっきまではホントに堕天使みたいだったよね……)
彼は言葉遣いに関してはフランクなようだが、もし本当に堕天した元熾天使だったなら、軽々に素性を訊ねるのはトラウマを刺激して怒らせることになりかねない。藪をつつくのは避けて先方から話を振ってくれるのを待っていると、男性はいたって軽い調子で名乗ってきた。
「俺たちはカルデアっていう団体の所員でここへは迷い込んできたクチなんだけど、君は?」
「私は宇津見エリセ……エリセでいい。ただの
「へえー、お互い大変だな。あ、俺は藤宮光己。こちらは俺のサーヴァントのスルーズとオルトリンデと、ヒロインXXとカーマとジャンヌ・ダルクだよ。よろしく」
「よ、よろしく。うわぁ……」
エリセは邪悪な魔術師やサーヴァントを狩る仕事をしているが、その一方でサーヴァントの生前の生涯を尊重し、敬意を払っている。なので戦乙女やインドの女神や救国の聖女と知り合いになれたのはひそかに大興奮モノなのだが、遊園地スタッフの女性だけはやっぱり謎だった。
なお光己の方はエリセが「ナイトウォッチ」とわざわざ英語で言ったことから
―――やがて紅閻魔がオルガマリーたちと一緒に現れて、彼女の依頼を聞くことになる。
「……ええと、実はでちね。あの部屋は奉納殿といいまちて、
閻魔亭を訪れたお客様は、お帰りになる際、その満足度に応じた『感謝の気持ち』をあの賽銭箱に投げ入れるのが習わしなのでち。
それで賽銭箱には去年1年分の『ありがとう』が込められていたのでちが……」
カルデア一行のように初見で習わしを知らない客からは、普通にフロントで料金を受け取ったりもするのだが、本来はこちらが正式なやり方なのである。
「感謝の気持ち……ですか? あの、具体的にはどういう……?」
「清姫さん、
清姫の素朴な疑問を玉藻の前が散文的な台詞で抑える。神々の世界もなかなかに世知辛いようだ……。
「まあ、お客様の気持ちには個人差があるでちが、基本的には玉藻の言う通りでち。
新年のはじめ、この『感謝の気持ち』を
奉納する前にフタを開けてしまったため、「気持ち」が解放され蒸散してしまったのである。つまり奉納できなくなってしまったのだ。
それ自体は不慮の事故であり、光己たちや女将や雀に罪はないのだが……。
「奉納できないと、閻魔亭が少々まずいことになってしまうのでち。奉納日は2週間後の1月15日(小正月)なのでちが、それまでに少しでも補填できるよう、協力してほしいのでち。
我侭言ってると承知ではありますが、どうかこの通りなのでち。
もちろん断ってもらってもお客様がたには何の不都合もありまちぇん。あくまでただのお願いでち。
うまくいった
女将はそこまで言うと深く頭を下げた。
クレーンの話を聞いていた光己たちには、ある程度事情を推察できる。
(多分例の賠償金と何か関係あるんだろうなあ……いやないかも?)
それとこれとはまったく別の問題かも知れない。いや賠償金の利息を払っていたら本来奉納すべき
(所長、どうします?)
光己が視線でオルガマリーに訊ねると、オルガマリーはもう決めていたらしく返事は早かった。
「分かりました。私たちがどれだけ役に立てるかは分かりませんが、できる限りの手助けをしてみましょう」
するとエリセもおずおずと口を開く。
「あ、あの、女将さん。その手助けをしてる間の宿代とか、そういったものはどのような?」
「もちろん無料でちよ。我侭言ってるのはこちらでちから、よほどの無茶振りでない限りサービスでち」
「そ、それなら私も参加ということで……!」
こうしてカルデア一行とエリセが閻魔亭の売上アップ計画に参加することになったのだった。
今回戦った巨鳥は、原作第七節に出てきた「地獄極楽鳥」です。
鳥があの奉納殿に入り込む理由といったら、お供え物食べることくらいですよねぇ。しかも雀の台詞からすると初犯じゃないみたいですし、閻魔亭周辺って治安悪そうですな(^^;