その後もカルデア一行と信長一行はしばらく歓談していたが、光己はふと時計を見るといったん辞去することを申し出た。
「おや、もう帰るのかい?」
「はい、そろそろ温泉を貸し切りにしてもらった時間になりますので」
すると今ちょうど話をしていた龍馬がちょっと名残惜しそうな顔をしたので理由を述べると、龍馬は訝しげに首をかしげた。
「へえ、こんな大きな旅館でそんなことができるのかい?」
「はい、実は昨日、温泉を占拠してた羅刹を退治したのでその報酬として」
「羅刹?」
何か不穏な単語が出てきた。龍馬は興味を抱いたが、いったん帰るという人に今聞くこともあるまい。
「まあいいや、詳しいことは夕食の時にでも聞かせてもらおうかな」
「はい、それじゃまた後で」
光己たちは信長一行の部屋を出るとその足で温泉に向かったが、エリセは色紙をたくさん持って難儀していた。
「うーん、どうしようこれ。持ち運ぶと荷物になるけど、部屋にただ置いとくのも不安だし」
「俺の『蔵』に入れとく? 盗難の心配はないから」
「ほんとに!? ありがとう、何だかお世話になってばっかりだね」
「エリセは1人で迷い込んできたんだから、ある程度は仕方ないよ」
「うん」
エリセは光己が何かとよくしてくれるのをとても感謝していたが、彼が男湯の更衣室に入った後女性陣まで何人かついていくのを見て思い切り目を剥いた。
「ちょ、ちょっと待って!? まさか混浴するの!?」
エリセが驚くのは当然だったが、すると1番近くにいた清姫がむしろ不思議そうに反問してきた。
「はて、妻が夫と一緒に入浴することのどこに問題が?」
「妻!? 夫!?」
そういえば清姫は光己を「マスター」ではなく「旦那さま」と呼んでいるが、あれはこういうことだったのか!
しかし清姫といえば一目惚れした男性に逃げられたのを恨んで焼き殺したという話だが、光己は怖くないのだろうか。いや彼は清姫より強いだろうけど精神的に。
「うん、大丈夫。変な嘘さえつかなければいい子だよ」
「そ、そうなんだ」
大勢のサーヴァントを抱えているだけあってメンタルも鍛えられているということか。
清姫の恋愛事情に嘴をいれるのは勇気じゃなくて無謀なので避けるとして、次はワルキューレ3姉妹に目を向けてみた。
「そりゃもう、勇士候補にサービスするのは本業だからね。マスターのことは
ヒルドがにこっと笑いながらそう言うと、スルーズとオルトリンデもこくこく頷いた。
ただエリセが言いたいことも分かる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと湯浴み着着るしね」
ただし最後まで着ているとは限らないが!
「もちろん貴女がたの分もありますので」
さらにスルーズがそう言いながら、昨日と同様にルーン的投影でつくった湯浴み着を配って回る。何かをつくる系の能力を持たないエリセは素直に感心した。
「うわー、すごい!」
「この程度は朝飯前ですよ。これはお風呂に入っている間だけの間に合わせのものですが」
「へええー……」
間に合わせというが、手触りは本物の布と変わらない。これが大神オーディンに授けられたルーン魔術というものか。
まあそれはそれとして、ヒロインXXとカーマと景虎もどう見ても自分の意志で混浴するつもりみたいなので、もやもやするものはあるが口出しする筋合いではなさそうである。湯浴み着あるいは水着着用の混浴浴場というのは普通にあるのだし、深く考えすぎたのかも知れない。
唯一の男子である光己は……一応澄まし顔をつくっているが、あれは絶対大勢の女の子にちやほやされて喜んでいる! 何だかむかー、せめて1人に絞れ! なんてことを思わないでもなかったが、そんなことバカ正直に言えない。
1人に絞る方がヤバいという可能性もありそうだし。
「……あ、何ならエリセも来る?」
「い、行かないよ!」
すると光己はどんな勘違いをしたのか自分まで誘ってきたので、エリセは顔を真っ赤にして女湯に逃げ込んだ。
「まったくもう~。いくら湯浴み着着るからって、いきなり混浴に誘うなんてデリカシーなさすぎだよ」
エリセはぷんすかしながら女子更衣室で着替えていた。光己に悪気はないのは分かっているが、今日知り合ったばかりのレディーに言うことではないと思う。
「そうですよね! 先輩はえっち過ぎると思います。それ以外はこの冬No1のベストマスターなんですが」
「べ、別にそこまでは思わないけど」
マシュのエキサイトぶりにエリセは逆に引いてしまった。潔癖症なのだろうか?
しかしこの口ぶりだと、彼女も彼を相当好いていそうである。
「それよりマシュさんは、光己……さんたちが男風呂で何してるか気になったりしないの?」
エリセは朝からずっと光己のそばにいたが彼を名前で呼んだことはなかったので、どう呼ぶべきかちょっと迷ったが、今さら苗字で呼ぶのはよそよそしいと思うのと、彼は年上だろうからいきなり呼び捨ては失礼なので、とりあえず名前をさん付けで呼ぶことにした。
「そ、それは気になりますが男湯という
「だ、だよね」
マシュがぼっと頬を染めたのを見て、エリセもまた顔を赤らめた。
エリセも思春期だから男子と女子のあれやこれやに興味はあるが、これは刺激が強すぎる。
なので彼と男湯のことはいったん棚上げにして、普通に温泉を楽しむことにした。
―――更衣室を出ると建物の外で、少し先の岩山まで橋がかけられていた。その先は石畳の階段を昇っていくようだ。
「す、すご……!?」
ただよく見ると岩山はかなり急勾配で、万が一
橋を渡ったら
少し進むと右側に円形の岩風呂があったが、そこの湯は通路の下から流れ込んできている。
「どういう仕組みなんだろう?」
「階段の上が浴場なんですが、そこのお湯をこちらにも流してるみたいです」
「へえー」
手が込んだ細工だとは思ったが、エリセはこの湯に入ろうとは思わなかった。洗い場がないし、壁がないのはさすがに乙女として不安なので。
そして階段を1番上まで昇ると、ついに待望の浴場に到着した。
「うわあ、露天風呂だー」
床と壁は杉か
さっそくかけ湯をしてから湯舟に足を入れると、染み渡るような温かさが伝わってきた。
「うわー、すっごくいいお湯……! 祠から流れてきてるから、神様的なパワーがこもってたりするのかな」
実に日本的情緒漂う、素晴らしいスポットである。温泉は良い文明!
ひと息ついたところで周りを見回してみると、みんなもう思い思いに湯に浸かっていた。英霊だけあってこういう場所でも絵になる人ばかりだが、中でも玉藻の前は「傾国の美女」と言われただけあって、濡れた肌に薄布1枚の艶姿が同性でもドキドキするほど魅惑的だ。
(うーん、やっぱり英霊ってすごいなあ)
エリセがそんなことを思いながらぼーっとしていると、隣に誰かが腰かけたのを感じた。
「お邪魔していいかしら?」
「あ、所長さん。はい、どうぞ」
そういえば彼女とはまだあまり話していなかった。トップの方から新入所員に面談しに来てくれたことにエリセはちょっと恐縮して肩をすくめたが、オルガマリーは気にした様子もなくすぐ本題に入った。
「さっきは初対面の人がいたからぼかした言い方したけど、なるべく早いうちにカルデアの本当の仕事を教えておくべきだと思ってね。今しないとだいぶ後になっちゃうし、その時に『そんな話聞いてない!』って言われても困るから」
「そ、そうですね」
この後は信長たちと夕食でお酒も入るだろうから、今話さないと下手したら明日になる。オルガマリーの言い分は妥当であった。
「でもせっかくのお風呂だから、細かいことは後にして大まかなところだけにしておくわね。
信長公たちに言ったことも嘘ではないけど、何のためにそれをしているかというと――――――人理の修復、つまり滅ぼされそうになっている人類を救うためなの。人間の職員20名足らずと、サーヴァント21騎だけで」
「…………ええっ!?」
直球でとんでもない爆弾を放り込まれて、エリセは一瞬息が止まってしまった。人類が滅ぼされそうになっているっていったい何だ!?
オルガマリーはエリセが動転して心臓バクバクなのが分かっているのか、落ち着くまで待ってから話を再開してくれた。
「私たちが魔術王と呼んでいる者の仕業で、歴史上のターニングポイントがいくつかねじ曲げられていて、あと1年以内にそれらをすべて元通りに修正しないと人類が滅びるように仕組まれてるのよ。
そのポイント『特異点』には彼の手下の『魔神柱』やサーヴァントがいて、彼らを倒して聖杯を奪えば時空の復元力で修正が始まって、後は見ていればいいという感じね」
「…………」
エリセはまだ言葉が思い浮かばない。サーヴァントを大勢かかえているのだから荒事をしてるのだろうとは思っていたが、まさかこれほどの大事件だったとは。
「といっても無理に特異点に行けとは言わないから安心して。現地班は順番制になってて、行きたくても行けない人がいるくらいだから、留守番で裏方してもらってても問題ないわ。
藤宮もそのつもりで貴女を誘ったんだろうし」
「ああー、ま、まあ、そうですよね」
あの説明だけで魔神柱なんて怖そうなのと戦えというのはかなりサギだ。光己がそんな後出しジャンケンするような人だとは思えないから、オルガマリーの言うことは正しいと見ていいだろう。
「それも嫌なら、契約解除してもらっても構わないわ。その場合はカルデアには招けないけど」
これも当然の話だ。ただそうするとエリセは本格的に天涯孤独で無一文で、しいて他の身の振り方を考えるなら閻魔亭の正式な従業員になるか、信長一行に入れてもらうということになるが……。
(仮にOKしてくれたとしてもよそ者感山盛り……!)
これはつらい、つらすぎる。どう考えてもカルデアの方がいい。
ただ返事をする前に、確認すべきことがある。
「ええと。特異点の修正って、今どれくらい進んでるんですか?」
「魔術王が作ったものは8つあって、そのうち4つは修正済みよ。今のペースなら十分間に合うわ」
「ほんとですか!? だいぶ希望が出て来ましたね。
あ、でもそれってサーヴァントはともかく、マスターは光己さんだけなんですか?」
「ええ、ほぼ彼1人よ。最近アイリスフィールが加入したけど、諸事情で今のところ彼女に現地行きをお願いする予定はないわ」
「なるほど、まあ人間より元熾天使の方が強いですものね」
エリセはお風呂で気が緩んだせいか、それともオルガマリーの話が衝撃的すぎて自制心のタガの方が緩んだからか、光己についての疑念をつい口に出してしまったが、するとオルガマリーはハトが豆鉄砲くらったような、という比喩表現そのままの顔をした。
「は!? えっと、熾天使って何!?」
「だって光己さんって背中に3対の翼出して空飛ぶじゃないですか。その中に悪魔っぽいのもあって、しかもドラゴンに変身できるとなるとルシフェルなのかもって、いやさすがにそれはないかなーって半信半疑というか一信九疑な状態なんですけど」
「ああ、そういうことね」
それでオルガマリーはようやく腑に落ちたようで、しかし当然ながらエリセの想像は否定した。
「そう思うのも分からなくはないけど、彼は人間……少なくとも頭の中は、ああいえ、たまに竜種的な価値観が出るけど、だいたい人間よ。首から下も、つい半年前までは魔術師ですらない一般人だった」
「え、それって……」
「ええ。これはカルデア内部では周知のことだから話しちゃうけど、彼は自分が死んだらマスターがいなくなって特異点修正ができなくなるからという理由でファヴニールの血を飲んだの。
その後も別の竜の血を飲んだり、色んなサーヴァントと契約して魔術的な影響受けたり、果てはヴリトラを丸ごと食べちゃったりして、今は『天使の翼の力と悪魔の翼の力とバビロンの蔵の亜種を持った
「…………は!?」
今度はエリセがはてな顔になって硬直したが、オルガマリーは構わずどこか遠い所を見るような目をして話を続けた。
「……そう。私たちのせいで人間やめるハメになったのに、そんなことおくびにも出さずに前向きに仕事してくれて、私のことも『所長はよくやってます』と言って認めてくれて気遣ってくれて……ほんと何てお礼言っていいか分からない、私の大切なひと」
(う、うっわぁ。もしかしてこの所長さん、光己さんのこと好きなのかなあ)
恋する乙女という感じではないが、深い情念を抱いているのは間違いない。エリセは何と言っていいか分からずおろおろしていたが、オルガマリーはすぐ我に返って謝罪してきた。
「あ、ごめんなさい。変なこと言っちゃって。
とりあえずカルデアの概要だけ話したけど、来てくれるかしら?」
こんな話を聞いて断るなんてあり得ない。エリセは即承知した。
「はい、もちろん! 元の世界では悪い魔術師やサーヴァントをこ……退治する仕事してた身ですから、現地班だってやれますから」
「ありがとう、それじゃこれからよろしくね」
「はい、こちらこそ!」
こうしてエリセは正式にカルデアに所属することになったのだった。
男湯の方は別タイトルにして書く予定です。その際は予告を致しますので。